ムスリムが西洋社会で直面する困難――よりよき統合のために何が必要か

「イスラーム国」へ渡航する若者の報道や、フランスの週刊誌「シャルリー・エブド」の襲撃事件がきっかけになって、ヨーロッパにおけるムスリムの統合の問題が、あらためて関心をあつめている。「ヨーロッパで育ったムスリムの若者が、社会から疎外されるのはなぜなのか」。ムスリムのおかれた事情は、出身地の文化や、現在の居住国によって多様であり、一般的な議論は難しいが、本稿では、多くのムスリムの直面する困難と、それに対処する方法を理論的に整理してみたい。

 

 

ムスリムの直面する困難

 

ヨーロッパで生きるムスリムが直面する困難の第一は、「文化」の違いに起因するあつれきである。ムスリムの多くはアジア・アフリカ諸国からの移民とその子孫であるが、彼らの持ち込む文化やイスラームの規範と、西洋社会の規範はしばしば摩擦をおこす。この場合には、両者をすりあわせることが必要になる。一方でムスリムは、自由民主主義や人権の原理を受容する必要がある。他方で、主流社会の側は、これらの原理に反しない範囲で、ムスリムの文化慣行を尊重することが求められる。相互の対話を通じて、このような作業を積み重ねてゆくことが課題になるのである。

 

第二の困難は、ヨーロッパに存在する「差別と偏見」の構造である。ムスリム移民たちの多くは、移住した当初、社会の下層にくみこまれた。今日、社会的上昇をはたすムスリムも多いが、全体としてみれば、依然として社会経済的な格差が存在している。就職や社会生活における差別も残存している。意識のうえでも、非西洋系にたいする偏見はながい歴史がある。第二次大戦後、人種差別の根絶の取り組みが行われるようになったが、近年では、国際関係の緊張、テロ事件、移民・難民の増加などを背景に、状況の悪化もみられる。差別の克服のためには、いっそうの取り組みが不可欠なのである。

 

第三の困難は、社会からの「疎外」である。ムスリムの若者の多くは貧しい家庭に育ち、学校の中退率や失業率も高い。つまり学業や就業によって、社会とつながることが難しい。他方、出身国の文化にしたがう年長世代と、ヨーロッパ生まれの若者の間には断絶があり、若者は地域のムスリム・コミュニティからも疎外されやすい。この結果、一部の若者は非行や犯罪、ギャングの世界に入り込んでしまう。疎外の克服のためには、一方では若者の学業や就労を支援し、他方では若者と家族・コミュニティとの対話をうながし、つながりを再建するための支援が必要となる。

 

 

文化をこえる対話の課題

 

これらの困難はいずれも深刻であり、しかもこれらが絡みあうことで、解決がいっそう難しくなる。はじめに「文化」のあつれきの問題をとりあげよう。一般に非西洋系の移民は、保守的な慣行を持ちこむことが多いが、彼らは移住後にリベラルな価値観を身につけてゆくことを期待されている。ところがムスリムの場合には、出身国の慣行とイスラームの規範が結びついていることが多く、このため一部の移民は、保守的な慣習の放棄に抵抗を感じる。とりわけ重要なのが、女性の地位をめぐる問題であり、女性に対して厳格な性モラルを課し、社交を制限し、若年結婚と専業主婦業を奨励する慣習が望ましいかどうかが議論の対象となる。近年では女性の高等教育や社会参加も進みつつあるが、他方では、イスラームの遵守を強調して保守的な方向へ向かう運動もあり、この点をめぐっては、ムスリム・コミュニティの内部の意見は大きく分裂している。

 

ところでこの問題を論じるにあたっては、イスラームの規範の再解釈という課題をさけて通れないが、ここには「言論の自由」の制約という、第二の障害が存在している。ムスリムも「言論の自由」の一般的な価値を承認するが、これがイスラームの教義の解釈・批判に向けられる場合、それが学術的なものであっても、反発を感じる人が多いのである。また、多くのムスリムには、他の宗教を理解し、対話する志向が弱いとされる。あらゆる宗教は自らの優越性を主張するから、これらの問題はどの宗教にも存在するのであるが、ムスリムにおいては、とくにこうした傾向がつよいことが指摘される。

 

対話を妨げる原因は主流社会の文化にも存在する。世俗性の強い西ヨーロッパ諸国の文化環境には、宗教一般への不信感が存在する。民族差別を批判するリベラルな知識人も、ムスリムの宗教的なニーズに対しては強い共感を示さないのである。このためムスリムは自己の文化を防衛する必要を強く感じることになる。この点は「ラシュディ事件」(1988年)以来、くり返し指摘されてきたことである。イスラームをパロディ化したラシュディの小説に対して、多くのムスリムが抗議の声を上げたが、リベラルな知識人の多くは、作品の創造性・芸術性を称賛し、これを「言論の自由」として擁護する一方で、これに抗議するムスリムを「不寛容」として批判したのである。本来、イスラームにかぎらず、「宗教的感情」と「表現の自由」の間には緊張関係があり、両者のバランスを考えることが必要なのだが、こうした事情を主流社会が理解しようとしないかぎり、両者の対話の困難は持続すると考えられる。【次ページにつづく】

 

 

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