赤旗はなぜ十字架を恐れるのか――中国キリスト教の苦悩

宗教であれ自発的アソシエーションであれ、それまで社会の自律的アクターとして振る舞ってきた集団に、今後も存在が許されるかどうかは、「社会主義」「愛国主義」からの検証、批判に耐えられるかどうかにかかっていた。その検証を制度化したのが、1950年代に制定された、社会団体、宗教団体に対する厳しい管理制度である。

 

社会が主体の日本では、「何をもって宗教とするか」「某カルト教団は邪教か異端か正統か」といった問題は、政府の関知することではない。政府が宗教と関わるのは、せいぜい、自らを宗教と主張する団体が宗教法人認定を求める時くらいであろう。しかし党が主体の中国では、何が宗教で何が邪教かも、党が一方的に規定した。いわゆる「中国五大宗教」、すなわち道教、仏教、イスラム教、カトリック、プロテスタントのみが宗教として認められ、条件付きで活動が許された。

 

また、それぞれに「愛国宗教団体」という翼賛組織が設けられ、あらゆる宗教活動はその指導下におかれた。無論、社会の自律性を無視したこうした手法は、その後に禍根を残すことにもなった。例えば、ウイグル族を中心としたスンニ派とスーフィズムの影響を強く受けた回族を、同一組織(中国イスラム協会)で管理することは難しい。50年代末に発生するチベット動乱も、経典言語からして全く違う漢伝大乗仏教、雲南省を中心とした上座部仏教、チベット仏教を、十把一絡げに同一組織(中国仏教協会)に放り込んだ無理が、一つの背景となっている。

 

特に、キリスト教は厳しい管理、干渉の対象となった。カトリックでは1957年に中国天主教愛国会、プロテスタントでは1954年に中国基督教三自愛国運動委員会が成立、全教派全信徒が、その指導下におかれることになった。国外ミッションとのパイプを持つキリスト教は、防諜の必要からも、戦時において翼賛政策の標的にされやすい。この点は、宗教団体法に基づいて日本基督教団を成立させた戦時日本と、よく似ている。

 

この時すべての中国教会は、国外との関係断絶を求められることになった。問題は、カトリックにおいてバチカンとの関係を絶つことは、ローマ法王という教義の本質を喪失することにもなるという点にある。当然のことながら多くの聖職者がこの方針に反抗し、投獄の憂目を見た。また、服従を潔しとしない聖職者、信徒たちが、信仰の純潔を守らんとして地下化するきっかけになった。

 

プロテスタントにおいては、もっと複雑な事情があった。三自愛国運動委員会を率いた呉耀宗、丁光訓といった指導者たちは、その大半が米国等でリベラル神学を学んでいた。彼らの留学時代とは、まさに米国において神学的リベラリストとファンダメンタリストが鋭く対立する時代であった。そして中国には、ファンダメンタリストの立場を採る教団、聖職者も、少なからず存在していたのである。彼らはリベラル神学の信仰を「偽クリスチャン」として、その指導下には入ろうとしなかった。こうしてプロテスタントにおいても、ファンダメンタリストを中心とした地下化現象が起こることになる。

 

50年代後期の「反右派運動」から、60年代半ばに始まる「文化大革命」において、社会に官製の価値を押し付ける教育は、暴力的な大衆運動へと変容してゆく。党内左派は、この運動を利用しつつ、「遅れた文化」としての封建時代の文物を破壊し、宗教活動を徹底的に迫害した。結果として中国天主教愛国会、中国基督教三自愛国運動委員会の指導下にある「公認教会」が、壊滅的な打撃をこうむったのである。そして改革開放の時代、地下化したせいで政治運動の暴風をやりすごした「非公認教会」が、その信徒数において「公認教会」をはるかに上回るという、皮肉なねじれ現象が生まれた。

 

 

都市部「非公認教会」の勃興

 

現在、中国には少ない推計で6000万人、多い推計では1億人を超えるクリスチャンが存在すると言われている。ただし、うちカトリック信徒は1000万人程度であり、大半はプロテスタント信徒が占める。プロテスタント信徒も、「公認教会」の発表では1000万人から2000万人程度でしかない。つまり、「非公認教会」のプロテスタント信徒が、少なくとも3000万人、場合によっては1億人近くいるという計算になる。中国初の民間シンクタンク「世界と中国研究所」を設立した政治学者李凡は、プロテスタント「非公認教会」を「中国最大規模のNGO」だと称している。

 

プロテスタント「非公認教会」は、大きく言って3グループに分類できる。第一は、50年代以来のファンダメンタリスト教会。2013年に逝去した林献羔(サミュエル・ラム)率いる広州の大馬站教会(後に榮桂里に移転)などは、その典型であろう。第二は、80年代から河南省、安徽省などで爆発的に広がった、カリスマ主義的な教会である。異言の奇跡等を重んじる彼らの教義は、一部が農村に従来から存在する民間信仰と習合し、「東方閃電」に代表されるようなカルト集団をも生んでいる。

 

第三は、90年代から目立ち始めた都市部の新興教会である。神学的には改革派が多く、ホワイトカラー層や大学生などが多いことも特徴である。北京の「守望教会」、四川省成都の「秋雨之福」教会等が、これに該当する。このうち、中国当局にとって現時点で最も頭が痛い存在は、第三グループであろう。第一のグループは指導者の高齢化で曲がり角にさしかかりつつあるし、第二のグループはカルトの汚名を口実に取り締まることもできる。

 

これに対して第三のグループは、法律に明るい有識者を抱えており、政府宗教管理部門もむやみに手出しができない。中国の将来を担う名門校の大学生が新たな信徒として次々と参加していることも、当局の危機感につながっている。

 

市場経済化の加速が「社会主義」の褪色につながった1990年代、中国共産党は「愛国主義」の片輪走行に打って出たが、結局国民糾合の核心たりえず、社会には価値の空白が生まれていた。自らの富の最大化以外、人生の目的が見いだせない者、特に若者が、必死に新たな人生の座標軸を求めていた。改革派教会では、教会員が長老の選出選挙を行い、牧師ではなく長老が運営の最高責任者になる。こうした民主的雰囲気と、神という絶対的な価値の座標軸、および猜疑心をはさまずにつきあえる教会独特の「交わり」が、若者たちの心をとらえたのだと言っていい。

 

こうして、知識人や大学生を多く抱えることになった第三グループの「非公認教会」は、総じて市民意識、参与意識が高い。翼賛団体を拒否し、真の意味でのボランタリー・アソシエーションとして振る舞おうとする彼らは、長い目で見れば、「党=価値の主体、社会=価値の客体」という中国的構図を、逆転させてしまう可能性すらある。ここが、中国共産党にとって最大の脅威なのである。

 

中国共産党がこうしたキリスト教会、特に「非公認教会」の動きに神経をとがらせる理由は、他にもある。第一に、その国際性。世界教会とつながるキリスト教が活動を活発化させることで、国境を越えた市民社会の影響が、中国社会にも及ぶ可能性がある。例えばカトリック教会は、フィリピンにおけるマルコス政権の打倒、南アフリカにおけるアパルトヘイトの廃止、1989年東ヨーロッパの体制崩壊にも、一定の役割を果たしている。「カラード・レボリューション」や「アラブの春」を警戒する中国共産党にとって、カトリック教会は不気味な存在であるに違いない。

 

プロテスタント教会についても、すでに韓国教会関係者が中国国内で「脱北者」逃亡にかかわるなど、国内社会への影響が見られる。また、教会が国外の政府とつながる可能性もある。2006年、法学者王怡、同李柏光、および作家余傑(いずれも著名な教会指導者ないしクリスチャン)がホワイトハウスでブッシュ大統領と会見、中国の「非公認教会」問題への関与を求めたことなどは、その典型であろう。

 

第二に、キリスト教には公益アソシエーションを組織し、福利厚生事業、教育事業、慈善事業等に進出するという伝統があり、事実中華民国期の中国には、数多くのミッション系諸学校、孤児院、老人ホーム、病院等が存在した。中国共産党は、国体の論理に加えて、成果の独占を合法性のよりどころにしている。つまり、経済成長をはじめとする中国のありとあらゆる成果は党の功績なのであり、これも統治の合法性の一根拠だとしているのである。

 

従って、中国共産党は自らと功を争う別組織の存在を嫌う。成果をあげた社会団体も、その点はよくわかっていて、通常「党と政府による指導のよろしきを得て、ようやくこれだけのことができました」といった説明に終始する。逆に、政府がうまく処理できなかった事業を社会団体が成功させ、それをうっかりメディアが称賛したために、罪のない社会団体が民政部門から陰湿な意趣返しを受け続けているといった事例もある。市場経済化で穴のあいた福利厚生を社会団体が埋めてくれるのは、党と政府も原則的に歓迎しているが、その成果を宣伝されては困るのである。まさに、痛し痒しである。

 

こうした状況から、中国共産党からキリスト教への警戒は、当面解かれまい。浙江省における十字架破壊のような事件は、今後も断続的発生が予想される。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
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