フジテレビ「池上彰緊急スペシャル」の「字幕取り違え」事件についての私見――テレビ報道の映像・字幕翻訳者としての経験から

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2つ目の仕事が、文字起こしだ。朝鮮・韓国語の入った取材VTRの生素材の音声を、日本語で文字に起こす作業である。ディレクターはその文字起こしを見て、素材のうちのどの部分を番組で使うかを決めていく。文字起こしをした時点で、それが最終的にどう使われるかは、翻訳者にはわからない。

 

そして3つ目が、これとは対照的に、最終的な放送内容にかかわる作業である、編集作業への立ちあいと字幕作りだ。取材VTRから番組で使う部分を切り出してつなぎ合わせる際に立ちあって、音と内容に間違いやずれがないか確認する。これで編集が決まったら、字幕をつけていく。

 

この間で複数回、ディレクターやデスクの確認やチェックは入る(翻訳者はあっちに行ったりこっちに行ったり、引き回されることになる)。ちなみに、2つ目の文字起こしと3つ目の編集・字幕作成に同じ翻訳者が呼ばれる場合もあるが、そうでない場合もある。

 

私がかかわったのは主に北朝鮮に関する報道だが、このような番組作りのプロセスのなかで、編集においてもとの資料や発言の「文脈」が重視されない、無視されることすらあるのは日常茶飯事だった。

 

よくあったのが、政府や党の公の声明から全体の意図や文脈を読み取るのではなく、表面的に、言葉的に「過激」で「反日、反米」的なところだけ抜いてほしいという指示だ。これが政治的なネタの場合の「基準」だとしたら、もう少し柔らかい社会、文化ネタの場合の基準をひとことで言うと、「面白おかしい」と「変であること」であった。

 

文脈的な「正確さ」を求めたい翻訳者としての良心から異を唱えたこともあるが、それは難しいことであり、聞き入れられることはほぼない。原則としてフリーランスで翻訳会社に所属し、呼ばれたら派遣されていく外部の翻訳者に、番組制作に対する発言力はない(もちろん、だからといってテレビ報道における翻訳が「つねに正確さを欠く」という意味ではなく、その内容がつねに不誠実だ、ということでもない)。

 

 

思考停止のずさんな仕事現場が生んだ致命的なミス

 

このように、文脈無視やある種の「他者化」、「対象化」は日常的に起きていたことだとしても、さすがに発言と字幕、ボイスオーバーが完全に異なっているという今回の件には驚いた。

 

とはいえ、だからこそ、今回の件を「意図的なねつ造」と言い切ってしまうのは当初から違うように思っていた。

 

先に述べたように切り貼りの編集技術は高く、誘導も含む恣意的な取材や編集も可能で(それらは実際に行われている)、意図的なねつ造ならもっと上手にいくらでもできるからだ(もちろん、上手くやればいい、ということではない)。

 

おそらくそこにあったのは、ただただ、「決めつけられた前提のもとで、何も考えずに進行していくずさんな仕事」だったのだと思う。そのようなずさんな仕事の場に、発言者やもとの資料の文脈を考慮する余地はない。

 

繰り返しになるがそこにあるのはあらかじめ決められた前提どおりに作り、とどこおりなく終わらせる、ということだけで、もしかすると、自覚的な「悪意」どころか何らかの「意図」すらもないかもしれない。また近年、経費も削られるなかでそのような空気にさらに拍車がかかっているのではないかとも想像する(翻訳の単価も下がる一方だと聞く)。

 

かつてはどうせバレやしない、どうせ見ている人も反発しない対象だからとタカをくくって北朝鮮についてやっていたことが、今は韓国についてもできているのだとしたら、だ。このような空気が今回、「ねつ造」と言われても仕方のないミスを生んだのではないか。

 

今回の件は、番組作りにおいて、そもそも「あおりありき」という内容的な問題と、日々忙しいなかで多くは下請けの制作会社や契約のスタッフが追い立てられながら「やっつけ」でやっているという方法的な問題が、一番悪いかたちで結びつき、露呈した事件だろう。そして、この2つは別々の問題ではなく、同じ構造から生まれている同根の問題だと思う。

 

私見だが、そこでもっともないがしろにされているのは「専門性」だろう。たとえば調査報道であったり、専門家の解説であったり、そして翻訳であったりというプロフェッショナルの仕事、プロフェッショナルとしての姿勢だ。今回の番組の作りひとつを見ても、それは明らかではないだろうか。

 

池上彰氏は韓国問題の専門家だろうか、また普段から韓国について取材している記者たちの知見はどのくらい生かされたのだろうか、そして翻訳者はきちんと必要なところで仕事をさせてもらえたのだろうか。

 

このような現状は同時に、作り手自身のプライドすらも、そして視聴者もないがしろにし、結局は、視聴者に迎合したはずがむしろ視聴者の信頼を失うという結果を招いている。

 

最後に、朝鮮・韓国語の映像・字幕翻訳に携わった者として少し書いておきたいことがある。

 

2003年からの、日本での韓流ブームを影で支えてきたのは映像・字幕翻訳者たちでもある。この番組作りにも本来なら、前述したように素材を起こす段階なり、編集して字幕を作る段階なりでかかわっているはずだと思うが、フジのおわびから明らかになったのは、少なくとも最終段階のチェックにはおそらくかかわっていないという事実だと言っていいだろう。

 

彼女たち(あえて彼女たちと言ったのは、9割方が女性の、雇用環境として不安定な世界でもあるからだ)、プロフェッショナルの仕事をいったい何だと思っているのだろう、と心から思う。

 

またあくまで私の経験で言うが、朝鮮・韓国語の映像・字幕翻訳の世界は、在日、韓国人、日本人がほぼ同じ割合で働いている世界だった。

 

そういえばあるプロデューサーが北朝鮮についてバカにするような態度をとったとき、それに怒った韓国人の翻訳者が私に同意を求めてきて、2人で一緒に愚痴を言って憂さ晴らしをした思い出もある。日本人翻訳者たちからは、韓流ブーム以前の日本で朝鮮・韓国語を学ぶということの不遇さについての話もよく聞いた。

 

様々な人がいて、朝鮮・韓国語とのかかわり、言語を通じた朝鮮半島への思いは、それぞれに深い。生活があるとは言え、誰だってそのような気持ちを裏切ることになるような仕事をしたくはないはずだ。

 

 

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