シリア人権監視団発表の死者数統計に潜む政治的偏向

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シリア人権監視団が政治的・イデオロギー的志向性によって死者を「民間人」に分類したり戦闘員に含めたりしている疑いについて、体系的証拠を見出すにはどうすればよいだろうか。

 

ここでは任意の隣り合った2期間において、死者数の増加、具体的には上述の二つのグループが、内訳によらず一定か否かを検討する。任意の2期間は(1)2014年4月1日と5月19日、(2)2014年8月21日と12月2日、(3)2015年2月7日と3月15日、(4)2015年4月16日と6月9日、の4組とした。

 

4組の任意の2期間においてグループ毎にカイ二乗検定(独立性の検定)を行う。この時、分類に恣意性がなければ、グループ内の内訳分類とは関係なく、累積死者数が増加しているはずである。戦闘の激しさによって特定の集団に死者が集中する可能性を考慮し、2グループ×4組の検定を行った。なお有意水準は5%とした。

 

表3は2グループ×4組のクロス集計表とカイ二乗検定の結果である。グループ1はすべての2期間において内訳分類とは関係なく累積死者数が増加している。しかし、グループ2では4組すべての2期間において、内訳分類ごとの累積死者数の変化に違いが生じている。4組すべてにおいて有意水準5%のカイ二乗検定で帰無仮説が棄却されている。こうした結果は、特定の集団に死者が集中することがあったとしても、通常は生じ得ない。

 

 

表3 シリアの紛争による死者数のクロス集計(単位:人) (出所)表1をもとに筆者作成。

表3 シリアの紛争による死者数のクロス集計(単位:人)
(出所)表1をもとに筆者作成。

 

 

計量分析の結果から、シリア人権監視団は「民間人」の政治的・イデオロギー的志向によって、民間人と戦闘員を恣意的に区別している可能性が極めて高い、と言えよう。

 

 

おわりに

 

シリア人権監視団の死者数統計は、データ集計のありようの変化、数値そのものの変遷のいずれをとってみても、恣意的な操作の痕跡が見られることが確認できた。

 

シリアの紛争は、その発端となったアラブ諸国の「アラブの春」がそうであるように、「長期独裁政権」対「民主化」という構図のもとで捉えられることが多く、体制転換が生じて当然だと考えられてきた。勧善懲悪に基づくこうした予定調和が実態に即していないことは、シリアを含むアラブ諸国が混乱の度合いを深めるなか、最近になってようやっと認知されるようになった。

 

しかし、シリア人権監視団のデータに潜む政治的偏向は、極端に単純化された「アラブの春」のステレオタイプを再生し、シリア情勢を的確に理解することを阻害してしまっている。

 

政治的偏向を含んだデータは、本来であれば紛争の実態を把握するにあたって依拠すべきものではない。とりわけ、シリアの紛争は、アラブ湾岸諸国の衛星テレビ局などによる「煽動放送」や、インターネット、SNSなどを通じた情報拡散がその趨勢を左右する「情報戦争」をとしての性格を色濃く持っているがゆえに、中立的な情報、データに基づいた現状認識が求められている。

 

シリア人権監視団の発表は、国連各機関、欧米諸国のメディアが依拠している「もっとも信頼できる情報」であるが、「情報戦争」としてのシリアの紛争においては、ありとあらゆる情報に政治的価値を付与されていることを忘れるべきではない。

 

 

サムネイル:A View of Syria, Under Government Crackdown. VOA News photo gallery

 

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