急転するトルコの政治情勢――11月に今年2度目の総選挙へ

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶真の教養を身に着ける「シノドス・サークル」

https://synodos.jp/article/20937

「イスラム国」をめぐる方針転換

 

米国などからの批判にもかかわらず、トルコはこれまで「イスラム国」に対しては消極的な対応を維持してきた。国内基地を提供するように求めるワシントンの度重なる要請をはねつけるとともに、「900キロ以上にわたるシリアとの国境を完全に管理することは不可能」との理由で、トルコ経由で「イスラム国」に戦闘員や資金、武器が流入するのを事実上黙認してきた。

 

そもそもトルコ政府は「イスラム国」はイラクおよびシリアにおける現在の問題の原因ではなく「結果」と考えている。イラクではマリキ前首相がシーア派中心の政治を行ったがゆえにスンナ派住民の中に同じスンナ派の「イスラム国」への支持が強まった。シリアでも同様に、アサド大統領が退陣せずに内戦が拡大し、「イスラム国」が台頭する権力の空白を生んでしまった。このように「イスラム国」問題をとらえるトルコは、イラクに対してはスンナ派を排除しない政権運営を求めるとともに、シリアに対してはアサド大統領の退陣を要求している。

 

しかしトルコ政府は「イスラム国」に対する方針を転換、7月29日に米軍が対「イスラム国」軍事作戦のためにトルコ南部のインジルリク空軍基地を使用することを許可した。さらにトルコは8月28日、シリア北部の「イスラム国」関連施設に対して米軍主導の有志連合と共同で空爆した。翌29日、トルコ政府は有志連合による空爆に継続的に参加すると発表した。

 

方針転換の背景には、複数の要因がある。まず、トルコ国内で「イスラム国」の脅威は着実に高まっていた。「イスラム国」によるリクルート活動が活発化するとともに、「イスラム国」に多くの若者が参加している。さらに6月には「イスラム国」がトルコ語版の広報誌を刊行した。タイトルは『コンスタンティニエ』、すなわちイスタンブールであり、「イスラム国」がイスタンブールの征服を目標にしたことを示唆している。この中で「イスラム国」は読者に「イスラム国」への移住を薦め、「エルドアン大統領は無神論者のPKKを支援している」と批判した。そしてスルチ事件を契機にトルコへの直接的な「イスラム国」の脅威が及ぶことになり、トルコ政府は軍事的対応を余儀なくされた。

 

それまで渋っていた空爆作戦に参加を決めた第二の要因は、トルコが要求していたシリア北部での「安全地帯」の設置を米政府が承認したためと思われる。「安全地帯」は「イスラム国」が支配するトルコ国境一帯に設置が検討されている。トルコ政府は、「安全地帯」は難民保護のためと説明する。トルコにはすでに190万人を超えるシリアからの難民がおり、これ以上の難民を受け入れることは政治的にも経済的にも難しくなりつつある。そこでトルコはこの「安全地帯」で難民への支援を行うことで国内への流入を防ぐことを考えている。

 

そのためにはまずこの一帯から「イスラム国」を排除することが不可欠であり、トルコの空爆参加はそのための措置である。空爆で「イスラム国」が排除された後は、トルコと米軍に支援されたシリアの穏健派反政府勢力が「安全地帯」を掌握するという算段のようだ。

 

第三に、トルコ政府はこれ以上の対米関係の悪化を避けるうえでも対米協力が必要と判断したとみられる。対米協力を拒否し続けるトルコ政府に対して、ワシントンは不信感を募らせていた。政府関係者や有識者の中からは、トルコに見切りをつけてイラクのクルド自治政府(KRG)との協力関係を重視すべきだとする意見や、「イスラム国」に対して米軍と協力するPKKのテロ組織指定を早急に解除すべきだとの意見も出ていた。また、イランがP5+1(国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツ)との核合意を経て急速に欧米諸国に接近する中、トルコの国際的イメージがそれとは対照的に悪化したこともトルコ政府は気にかけていたはずである。

 

トルコが空爆に参加した第四の理由は、シリア北部でクルド人勢力の台頭を防ぐことだ。「イスラム国」掃討後、「安全地帯」をどのシリア反政府組織が治めるのかについて、トルコと米国はまだ合意に至っていない。しかし少なくともシリアのクルド人勢力が「安全地帯」に進出することをトルコが認めないことは明らかだ。シリアのクルド人勢力はトルコ政府がテロ組織指定するクルド人武装勢力PKKと密接な関係にあるため、シリア北部でクルド人勢力が支配を強めることにトルコは神経を尖らす。

 

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、米政府は8月3日までにトルコ政府に対し、「イスラム国」排除後の「安全地帯」にシリアのクルド勢力を進出させないとトルコ政府に確約している。こうして「イスラム国」を殲滅したい有志連合と、クルド勢力を抑え込みたいトルコ政府の利害は一致した。

 

 

PKKとの和平交渉は事実上崩壊

 

トルコ政府はPKKと2013年に正式に和平交渉を開始した。同年5月、PKKはトルコ国内からイラク北部の拠点へ戦闘員の撤退を開始した。しかしその後の交渉は停滞してしまう。PKKはトルコ政府が合意事項を実行していないと不満をあらわにし、トルコ政府はPKKが武装放棄に応じていないと批判した。さらに6月総選挙を前にして、それまでクルドとの和平を進めてきたエルドアン大統領が突然「クルド問題などは存在しない」と発言し、クルド側の政府に対する不信感はさらに強まった。

 

6月総選挙でクルド系のHDPが大躍進し、今後の和平交渉に一縷の希望が見えたのもつかの間、PKKは7月11日、停戦破棄を発表した。声明の中でPKKは、「停戦期間中にトルコ政府はトルコ南東部で道路建設やダム建設を推し進めてきたが、これはPKKとの戦いを念頭に置いた軍事的行為である」と主張、「ゲリラ部隊の総力を挙げて抵抗する」と宣言した。そして12日から13日にかけて実際にトルコ軍の車両などに攻撃を仕掛けている。そして前述したように、スルチでの爆弾事件を受けてPKKはトルコ軍兵士2人を7月22日に殺害し、トルコ政府は空爆に踏み切ることとなる。

 

「イスラム国」への空爆は数回で終了したものの、PKKへの空爆は8月になっても継続され、PKKも連日トルコ軍への反撃を繰り返している。空爆開始から1カ月でトルコ軍はPKK戦闘員771人を殺害した。一方、PKKの攻撃による犠牲者も増加し、兵士や警察官ら72人、民間人20人が8月21日までに死亡した。

 

PKKとトルコ軍の戦闘が激しくなる中、PKK指導者のアブドゥッラー・オジャランは獄中から停戦に向けたアピールを行った。HDPのデミルタシュ共同党首は「PKKもトルコ政府も武器を置き、和平交渉を再開させるべきだ」と訴える。

 

しかし現在のところPKKが一方的に停戦する気配はない。オジャランの釈放をトルコ政府に要求するPKKは、オジャランの停戦呼びかけを「トルコ政府に言わされたもの」と考えている。そしてHDPからの呼びかけについても、「HDPとPKKは組織上無関係だ」として、PKKの決定に影響は与えないとはねつける。PKKの幹部の1人は独紙のWelt am Sonntagに対し、「PKKもトルコ政府も武器で問題を解決できるとは思っていない。しかしPKKが一方的に停戦することはできない」と述べている。

 

PKKはもちろんオジャランを指導者として崇め、そのイデオロギーはオジャランの理念に基づく。しかしながら、オジャランは終身刑で長年服役中であり、彼がPKKの実際の行動を決定しているわけではない。PKKの内部にもオジャランの交渉路線に反対し、武装闘争を求める勢力も存在する。また、街頭での抗議行動などで力を誇示するYDG-H(愛国革命的青年運動)のように、PKKの青年組織でありながらもPKK執行部からはある程度自立して動くグループもある。そして今年の春以降、オジャランとHDP議員団との面会をトルコ政府は許可しておらず、オジャランとPKK側のコミュニケーションもスムーズには進んでいない。

 

 

再選挙は11月1日に

 

8月24日、エルドアン大統領は連立協議を打ち切り再選挙を決定した。投票日は11月1日。PKKに対する空爆は、6月選挙でAKPを追い詰めたHDPのイメージ悪化を狙ったエルドアン大統領の戦略との見方は根強い。しかしながら、8月以降の世論調査からは、AKPの支持率は国会で過半数を確保できるほどには回復していないようであり、エルドアン大統領の思惑通りには推移していない。総選挙まであと一か月半。現在の政治状況が強いリーダーシップを望む世論を生み出し与党AKPに有利に働くのか、逆に与党批判が噴出し野党を利することになるのかが焦点になるだろう。また、PKKとトルコ軍の衝突が続く南東部では選挙に向けた治安の確保が重要課題となる。

 

11月の再選挙で再び6月選挙と同じような結果が繰り返されるのであれば、当然連立交渉が求められ、新政権の成立は年末にずれ込む可能性がある。それまでの間トルコは「イスラム国」およびPKKとの戦いを続けながら暫定政権による不安定な政治運営を余儀なくされる。トルコにとって2015年は、政治的に「失われた年」になりそうだ。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

AWS Access Key ID: AKIAJSA5SEKND2GVG7TA. You are submitting requests too quickly. Please retry your requests at a slower rate.

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.268 

・植原亮「エンハンスメント論争の行きつくところ――BMIから徳へ?それとも?」

・出井康博「留学生という名の単純労働者」

・堀内進之介「学び直しの5冊〈現代社会〉」
・有馬斉「患者が望まない延命治療を行うことは正当化できないパターナリズムか――『死ぬ権利はあるか』出版に寄せて」
・穂鷹知美「移動の自由がもたらす不自由――東ヨーロッパを揺り動かす移住・移民問題」
・多賀太「男性の「ケア」参加はジェンダー平等実現の決め手となるか」
・吉永明弘「ローカルな視点からの環境論」