なぜシリア難民はヨーロッパを目指すのか――中東の「プッシュ要因」から探る

「この1,2カ月で、シリア難民が急にヨーロッパのことを口にし始めた。多くの難民が何としてでもヨーロッパ諸国に行こうとしている」

 

9月中旬にヨルダン北部にあるザアタリ難民キャンプで会った国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の担当者は、シリア難民が置かれた厳しい現実をこのように話していた。

 

9月だけでドイツに着いた難民は20万人を超えたと推定されている。国際移住機関(IOM)によると、ヨーロッパに流入する難民の数は月を追うごとに増えており、今年初めから10月初めまでで56万人を数えている。その半数以上がシリアからの難民だ。

 

日本での報道はめっきり下火になったが、彼らは今も決して整備されているとはいえないルートを利用しながら、死に物狂いで地中海を渡り北上を続けている。

 

彼らのほとんどはシリア国内の武力対立が「内戦」と呼ばれるようになった2012年半ばごろから、周辺の中東諸国に難民となって流出していた。しかし、その彼らが今年夏ごろからなぜ急に、数千キロの危険な道のりをたどってでもヨーロッパを目指し始めたのだろうか。

 

レバノンとヨルダンで9月に行った現地調査で判明したのは、難民を引きつけるヨーロッパ側の「プル要因」とは別に、難民を中東から押し出そうとする「プッシュ要因」がきわめて強いことだった。

 

 

シリア難民はどこに行くのか

 

UNHCRよれば10月初め現在、国外に逃れたシリア難民は全体で405万人に上る。また国連人道問題調整事務所(OCHA)は、シリア国内に留まっている国内避難民(IDPs)は760万人に達していると推定している。シリアの全人口が2240万人程のため、実に国民の半数以上が国内か国外で避難生活を強いられている。

 

国外に出た難民が最も集中しているのはシリアに隣接するトルコ(8月下旬現在194万人)、レバノン(9月末現在108万人)、ヨルダン(10月初め現在63万人)の3カ国だ。この3か国が難民の90%を受け入れている。

 

 

立山-1

 

 

ヨルダンの場合、シリアからの難民は2012年末にはまだ11万人程度だったが、2013年に急増し、2014年初めには58万人に達した。それ以降も増加したが、2015年に入るとほとんど増えていない。むしろここ数カ月は若干だが減少している。

 

何故、ヨルダンでは難民数が減少傾向にあるのだろうか。援助関係者によると、シリアからヨルダンに逃れてくる難民は最近では1日50人程度だが、出ていく難民は倍以上の120人から130人に上っている。

 

それでもヨルダン在住の難民数が大きく減少しないのは、出生率が極めて高いためだ。つまり数字だけを見ると、ヨルダンにいるシリア難民に動きがないように見える。だが実際には、かなりの難民が移動しているか、あるいは移動を強いられているというのだ。レバノンも同じような状況にある。

 

しかも、ヨルダンを出ていく難民のほとんどが、内戦が続くシリアに戻っていくという。どうして彼らは危険極まりないシリアに戻るのだろうか。この問いに対する答えこそ、難民を引きつけるヨーロッパ側のプル要因と、流入してきた難民を再び押し出す中東諸国側のプッシュ要因を結びつけるものだ。

 

 

プッシュ要因1:難民の経済的困難

 

中東諸国側のプッシュ要因として最も大きく作用しているのは、シリア難民が直面している厳しい現実だ。

 

「難民」というと難民キャンプで生活しているというイメージを持つかもしれない。だがヨルダンの場合、難民キャンプは冒頭で紹介したザアタリともう1カ所しかなく、キャンプ居住者は難民全体の15%程度に過ぎない。一方、レバノンには難民キャンプは存在しない。

 

つまりヨルダンではほとんどの難民が、レバノンでは難民すべてが「ホスト・コミュニティ」と呼ばれる普通の町や村に住んでいる。特にシリアに地理的に近いヨルダン北部やレバノンのベカー高原北部には多くの難民が押し寄せ、人口が2倍から3倍に急増した地域もある。

 

この結果、アパート代などの家賃も高騰しており、ヨルダン北部では平均で3倍、一部は6倍にまで跳ね上がったとの報告もある。家賃が払えず、工事中のビルや空き地にテントを張って住んでいる難民も多い。ただ空き地といっても無料ではない。テントを張るための土地使用料を地主に支払わなければならない。

 

ヨルダンの貧困ラインは月98ドルだが、シリア難民の86%は貧困ライン以下の生活をしている。この数字に表れているように、家賃の高騰を含めシリア難民の生活状態は極めて厳しい。もともと貧しい層が難民となっている上に、ヨルダンでもレバノンでもほとんど仕事に就けないからだ。

 

そもそも、シリア難民が流入する前から、両国では失業者が多かった。国際労働機関(ILO)によればヨルダンの場合、失業率は難民流入前の2011年ですでに14.5%あった。そこに難民が入ってきた結果、2014年には22.1%にまで上昇した。また、英国の王立国際問題研究所の調査によれば、難民を多く受け入れている地域の若者の失業率は42%にも達している。

 

このため多くの一般国民は「難民に仕事を奪われた」という意識を持っている。こうした国民感情、さらに後に述べる政治的な理由から、両国政府とも原則としてシリア難民に対し労働許可を出していない。

 

結局、シリア難民が合法的に就労することはほとんど不可能だ。一家の大黒柱である成人男性が働けないとなると、結果的に児童労働や売春、口減らしのために女の子を早期結婚させるケースなどが増えているという。成人男性の不法就労もあるようだが、法的保護がないためかなりの低賃金など過酷な労働条件を強いられている。

 

なお今回は調査していないが、シリア難民の最大の受け入れ国であるトルコも同様の問題を抱えている。世界銀行の報告によると、インフォーマル・セクターで働いていたトルコ人労働者のほとんどすべては、低賃金のシリア難民に取って代わられたという。ちなみにトルコ政府もシリア難民に労働許可を出していない。【次ページにつづく】

 

 

 

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