「ドイツ見習え論」に警鐘を鳴らす

先月、『ドイツリスク 「夢見る政治」が引き起こす混乱』(光文社新書)を上梓した。ドイツにおける、エネルギー転換(脱原発と再生可能エネルギー導入)、ユーロ危機、ロシア・中国への接近、歴史認識問題などについての現状報告の本だが、これらの問題に通底するドイツの「危うさ」を「夢見る人」としてのドイツ人の特質に求め、日本に根強い「ドイツ見習え論」に警鐘を鳴らす、という趣旨の本である。

 

キーワードの「夢見る人」とは、拙著で次のように定義した。「自分の抱いている先入観や尺度を対象に読み込み、目的や夢を先行させ、さらには自然や非合理的なものに過度の憧憬を抱くドイツ的思惟の一つのあり方」(p.11)と。これはロマン主義的傾向としてドイツ文化論などではつとに指摘されてきた、ドイツ人の国民性である。

 

私はベルリン特派員時代に、福島第1原発事故をきっかけにしたドイツ脱原発方針の決定、ユーロ危機を通じたドイツや欧州の変容、そして、ロシアや中国に接近するドイツ外交の姿などに直面した。これらの問題でのドイツの振る舞いは、私にとって時に驚きに満ち、ドイツとは何かを深く考えさせるものだった。

 

遠い日本の原発事故から時を置かず脱原発を決定するプロセスは唐突に思えたし、どうやら欧州全体の経済的繁栄にはつながらないユーロシステムへの疑念もわいてきた。ドイツ人は正しいと信じる道を邁進しているのだが、やがて電気料金の高騰や、債権国ドイツと、重債務で苦しむ南欧諸国との間の亀裂が深刻化し始めるのを見たとき、果たして、ドイツの政策決定は、結果を十分計算した上で行われて来たのかどうか、疑念がふくらんできた。

 

理想が先行し、その結果、意図を裏切る結果を生む自縄自縛の状態に陥っているのではないか。そうしたドイツの傾向を一言で表すキーワードとして着想を得たのが、この「夢見る人」の概念だったのである。

 

 

夢見るドイツとそのリスク

 

ではこのドイツの「夢見る」性格のどこが日本にとっての「リスク」になるのか。私の考えではそれは二つの方向から来る。

 

一つは日本で根強いドイツを理想化する傾向から来る危険である。

 

日本人が外国を理想化する傾向は、ドイツばかりが対象ではない。この問題に踏み込むと日本文化論になってしまうが、外の世界に倫理や行動の基準を求めて止まない日本人の性向は、一神教世界のように絶対的かつ明示的な倫理基準を内包しない日本文化の、宿命とも言えるものなのだろう。

 

理想視する対象は時代により、近代欧州の社会制度や科学技術、米国の物質的豊かさ、ソ連、中国の共産主義、などと変遷してきたわけだが、その多くが色褪せる中でドイツに関しては、今なお、脱原発、再生可能エネルギー導入、欧州地域統合(国民国家の超克)、歴史認識問題(周辺国との和解、過去の克服)などで、無条件に理想視される傾向が強いのではないか。

 

しかし、そこでは多くの場合、日本とドイツがおかれた条件の違いを綿密、冷静に分析していくだけの知性が欠けている。脱原発では、ドイツの電力網は欧州全域の電力網とつながっており、電気が不足しても周辺国から輸入できる条件にあることや、ドイツでは石炭(褐炭)が自給可能であることなどの条件の違いがある。歴史認識問題でも、少なくとも近代日本とドイツが置かれた歴史的、地政的条件の異同に十分意を払うことが、意味ある比較の前提条件となる。

 

リスクのもう一つは、より直接的なものである。2014年のウクライナ危機では、プーチン大統領のクリミア併合に共感を覚えるドイツの有力政治家がいたことを捉えて、「ロシアロマン主義」という言葉がドイツメディアに登場した。ドイツはどこか、西方世界の合理主義や啓蒙主義に背を向けて、ロシア、中国と言った東方世界を「夢見る」性向があるらしい。日本にとって懸念されるのは、こうした東方世界への夢が、ロシアを超えて同じ大陸国家中国との関係緊密化に結びつくことである。

 

とりわけ、歴史認識問題において近年、ドイツメディアは安倍政権の「歴史修正主義」への批判と裏腹に、中国の主張と重なるように「先の戦争に関し謝罪も補償もしていない日本」という見方を何のためらいもなく打ち出すようになっている。こうした報道がさらにドイツのアカデミズム、政府の認識に影響を与え、尖閣問題などが先鋭化した場合、中国側を利するような立場に傾かないだろうか。【次ページにつづく】

 

 

 

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