「エイズを終わらせる」ために何が必要か

「政策一貫性」が失われつつある

 

――最後にエイズのジェネリック薬に対するTPPの影響について教えてください。

 

先進国の一部の特許法では、製薬企業が持つ臨床試験のデータを保護する規定がありますが、その他の国にはありません。そこでTPPは、臨床試験のデータ保護期間を新たに統一し、それを各国の特許法における標準的な装備にしようとしているのです。

 

TPP妥結前によく報道された通り、TPP交渉ではその保護期間を12年、8年、5年のいずれにするのか議論され、結局8年に決まりました。経緯としてはオーストラリア、ニュージーランド、ベトナムは5年を希望しましたがアメリカが12年と強く主張したため、「それなら間をとって8年にしましょう」と日本が勧めたわけです。これは、米国同様に知的財産権保護を強化したい日本が、漁夫の利を得るためによく使う手口です。

 

このルールが適用されると、保護期間中はジェネリック薬に臨床試験のデータを添付できなくなります。するとその薬は臨床試験を経ていないと見なされ、当然、認可されることはなくなり、市場には出せません。これはまさにインドやその他の地域のジェネリック薬企業を狙い撃ちにするものです。

 

これだけでなく、米国は、医薬品における知的財産権保護の強化のために、あらゆる手段を講じています。その例としてよく挙げられるのが、期限が切れそうになると少し成分や形を変えて特許を取得し直し、さらに20年間延長する、いわゆる「常緑化」(エバーグリーニング)です。

 

先に述べた通り、「TRIPs協定」は2001年の「ドーハ宣言」で、各国は国民の健康を守るための措置として知的財産権に一定の柔軟性を持たせることを可能としました。これに対してアメリカの製薬企業協会(PhRMA)は圧倒的なロビーを展開し、結果として、米国は経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)の交渉において、臨床試験のデータ保護と常緑化を常に求める「TRIPs+」というパッケージを常に強制しようとするのです。

 

これは、保健・医療産業の側が一方で「途上国でも治療薬のアクセスを拡大しよう」などと綺麗事を言いつつ、実際に目指していることは何か、ということを非常に明確に表しています。これまでMDGsの時代は、援助効果の文脈において「政策一貫性」が強調されてきました。この「政策一貫性」というのは、あらゆる政策を「途上国の開発の促進」に向けて調和させていこう、ということです。ところが、特に知的財産権の問題に対しては、政策一貫性とは真逆の方向を向いているわけです。

 

2016年から世界の開発・環境・地球規模課題戦略となっているSDGsは、「持続可能な世界」に向けた「変革」の重要性を強調しています。実際、国連で採択された文書のタイトルは「我々の世界を変革する」(Transforming Our World)です。しかし、私たちは、SDGsの下の世界において、先ほども見た通り「エンド・エイズ」「三つのゼロ」といった、いわばラディカルなスローガンが氾濫する一方で、肝心の政策については、いたるところでMDGs時代から逆行する事態が起きている、ということについて、強い危機感を持たなければなりません。

 

スローガンに踊らされるのでなく、そのスローガンが実際に意味するところを実現するには何が必要か、ということを、市民や当事者の立場から強く主張していかなければ、我々はSDGs時代に、MDGsにおいて達成したことの多くを失うことになりかねません。「真の変革のために闘う」ことこそが、市民社会に求められているのです。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

 

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