伝統に携わる――チベット難民芸能集団の現在

移住(に関する言説)が伝統に及ぼす影響

 

本節では、難民社会でもうひとつ大きな焦点となっている移住問題と、それが伝統に及ぼす影響を描きだす。

 

1990年代以降、多くの人びとが欧米、とくにアメリカへ移住している。難民社会では、高学歴保持者や社会的地位の高い人間ほど早い段階で移住しており、こうした移住者たちは、インドに残されたものたちから「道徳的に堕落している」「地位や知識のある人間が残って難民社会を引っぱっていくべきなのに」などと語られてきた。実際、筆者がはじめて調査をおこなった2002年時点では、海外に移住する人間は批判される一方で、批判する者も本当は海外移住願望をもっている、というアンビヴァレントな状態におかれていた。しかし、2005年の調査時以降、状況が大きく変化している。これまで後ろめたいものであった移住が積極的に受容され、どんどん語られるようになっているのである。

 

では、そもそもどのようなかたちで難民社会における移住言説が形成されてきたのだろうか。特権的な階級の移住は別として、民衆レベルでの移住言説、そして実際の移住にとくに大きな役割を果たしたといわれるのが、マーティン・スコセッシ監督の『クンドゥン』という映画を巡っての顛末である。ダライ・ラマ14世の亡命をテーマにしたこの映画は、キャストにたくさんのチベット人を擁していた。なかでも、TIPAの中心的な演者がかなり多数この映画に出演している。

 

この映画の撮影は半年以上の長期にわたり、撮影期間中、演者たちはアメリカでの生活を満喫することとなる。出演料は、インドの経済状況からすれば莫大なもので、演者たちの懐を大いに膨らませた。そして、撮影が終わった演者たちは何をしたかといえば、概して貯蓄を好まぬチベットの人たちらしく、給料を散財し、アメリカから大量の舶来品を持ってダラムサラに戻ってきた。彼らの持って帰ってきたものはインドではなかなかお目にかかれるものではなく、多くの人びとが羨望のまなざしでそれを見ていたという。だが、彼らの多くが羨んでいたのは、そうした物質だけではなかった。

 

クンドゥンの撮影に行った演者たちは、アメリカの「10年ビザ」が支給されており、またアメリカに行ける、というそのことに対して人びとは羨んでいたのである。このビザを演者たちが手にしていたということが、問題となり、結果的に大きな批判を生んだのだ。このビザに関して、保持者と疑われた者たちからは「そんなものは存在しない」という説明がなされていたようだが、事実、クンドゥンの撮影で長期間アメリカに滞在していた演者のほとんどが、すでにアメリカにとくに苦労することもなく移住してしまっていることからも、このビザは発給されていたと考えるべきであろう。

 

憶測の段階での批判は、実際の移住を目の当たりにした聴衆たちによって加速され、「演者たちが海外に公演に行くのは移住するコネを作るためだ」などという陰口が叩かれるようになる。しかし、こうした批判にさらされるのが撮影に参加していない演者たちであったということを考えると、そこでのTIPA批判はきわめて理不尽なものであった。ときがたつにつれて、TIPAを批判していた当人たちが海外に移住していったことから、こうした批判は鳴りを潜めたかに思われたが、TIPAの演者が移住するたびに、「やはりTIPAにいると移住しやすいらしい」といううわさが立つことになる。

 

TIPAに新しく演者たちが入ってきたのはこうした文脈のうえで、である。新しい演者は上述の通り、芸能に関心をもってTIPAにアプローチしてきた人びとであった。だが、彼らのなかには、海外移住に関するうわさを考慮にいれてTIPAに入団した者もいる。たとえば、ある若年演者などは、「就職難だし、あとでアメリカに移住するためにTIPAに入った」と、なんの衒いもなく語っている。こうした人びとにとって、TIPAは次のステップに移行するための腰掛のようなものであり、TIPAがこれまで保存してきた伝統は、まさに移住のための文化資源として活用されてしまっている。

 

こうした現状を見て、寄宿制で芸を磨いてきた演者たちのなかには憤りを隠さない者もいる。いくらグローバル化の波にさらされ、西洋的な風習が生活のなかに入りこんでこようとも、こうした演者たちのなかには、まだチベットの伝統芸能を演じることの意味を引き受けようとする者たちも多いし、彼らはおおっぴらに海外移住生活を称揚することに対して抵抗を感じている。しかし、新しく入団した演者たちは、伝統に対して年長者たちが政治的な目的を達成するために同じように文化資源的なアプローチをおこなうにしても、あくまでグローバル経済のなかで自分のポジションを向上させるためのツールとしてもちいているきらいがある。このような姿勢に対し、真面目な演者たちは批判的な立場をとるのである。

 

だが、こうした真面目な演者たちも、移住という現実に向き合うとき、伝統というものに対するアプローチを変えざるを得なくなってくる。移住先でチベットを売りにして生計を立てることはきわめて困難であり、多くの者がベビーシッターやファストフード店の裏方として働くことになる。筆者のチベタン・ギターの師などは、果物工場でリンゴにワックスがけをする作業に従事しており、その仕事は、伝統の保存や促進という彼らがインドにいる際に携わっていた職とは大きく異なるものとなっている。結果的に、伝統は、仕事に忙殺される彼らにとってはメインに据えられるものではなくなってしまっている。

 

とはいえ、唯一の救いは、こうした元TIPAの演者たちのなかに、移住先に在住するチベット人の若者たちに対しワークショップを催し、伝統のなんたるかを語り継いでいる者たちがいる、ということだろう。アメリカでいえば、アメリカという地に生まれたチベット人たちが亡命政府化で提唱される「真のチベット文化」に触れる機会は限定されていたが、TIPAの人びとがグローバル経済の磁力に吸い寄せられたことが、逆に若者たちに学習機会を提供した、ということもできる。このような視点から見れば、ネグリやハート[2003]がその帝国論のなかで展開したグローバル化がもつ可能性の一端をここでは見いだせるかもしれない。

 

だが、この話がうまくいくのは、あくまで寄宿制で徹底的に伝統を身体化された人びとが移住する限りにおいてである。高卒以降、TIPAに加わった人びとが提示する伝統は、その正確性・真正性が問われるがゆえに聴衆にとってもまた違った意味合いをもち、アメリカでも違った意味をもたざるをえないことには配慮しておくべきであろう。彼らと寄宿制で育った者たちを同列に語ることはできず、また、彼らも演者として過渡期であるがゆえに、何とも判断しがたく、今後の事態に注目する必要がある。

 

(注5)ただ、このような人びとは決して多数派ではない。とくに、進んで主催する者となるとさらに少数になる。

 

 

グローバル状況下における伝統――まとめにかえて

 

これまで、とくに教育システムの変遷に焦点を当て、チベット難民社会の伝統文化の牽引役を担ってきたTIPAにおける伝統を巡る状況の移り変わりを見てきた。彼らの伝統保存は、難民社会の文脈と密接に関連しており、それが伝統の伝達に大きな影響を及ぼしている。本稿は、伝統とその表象に従事する人びとを取りまく状況を駆け足で描きだしてきた。彼らがいかにグローバル経済と結びつき、彼らが保存する伝統というものがそのなかで翻弄され、ときには思わぬかたちで外部へ広がっていく様相の一端を提示できたのではないだろうか。

 

チベット難民社会における伝統舞踊を支えてきたのは、難民社会のみならず、海外からの助力でもあったことはいうまでもない。西洋社会から見れば、国を追われた人びとの伝統を守る、という行為に参与することは、人道主義的な立場から見てきわめて魅力的な選択肢だったろうし、その破壊に共産主義勢力中国の関与があるがゆえに、冷戦構造期の自由主義圏の人びとは積極的にチベットの支援に関与したことだろう。

 

だが、支援と同時に、海外の消費者が消費の対象として「チベット」や「チベットの伝統文化」を設定したこと、そして、西洋的ライフスタイルを志向する難民社会の言説形成が入り混じった結果、政治的負荷をもった伝統は、その意味づけを経済的なものにも変化させていく。伝統に携わる人びとのなかには、伝統に対する価値づけを変化させ、まさにその伝統を使って海外に移住しようとしている者もいる。伝統に携わることがより剥きだしのかたちで経済にかかわるようになっているのだ。

 

TIPAが設立された1959年8月からはや52年がたとうとしている。新たに入団した演者たちもTIPAに来て8年が経過しようとしている。彼らもTIPAの歴史に名を残す者たちである。彼らが、寄宿制下で育った人びとから何を学び、いかに伝統と向きあっていくのか、これからも追っていきたい。

 

 

参考文献

・ネグリ、A ハート、M、2003、『帝国』、酒井隆史ほか訳、以文社。

・山本達也、2009、「伝統/現代を生きるディアスポラ」、博士論文、京都大学大学院人間・環境学研究科に提出。

・Calkowski, Marcia S., 1991, “A Day at the Tibetan Opera: Actualized Performance and Spectacular Discourse”, American Ethnologist., 18:643-57.1997, ”The Tibetan Diaspora and the Politics of Performance”. In, Tibetan Culture in the Diaspora., F. J. Korom (ed.), pp51-58.,Vienna: Austrian Academy of Science Press.

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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