2011.11.11

TPP参加で日本農業は伸びる

浅川芳裕 月刊『農業経営者』副編集長

国際 #TPP#農業再生#補助金#衛生植物検疫措置

TPP(環太平洋パートナーシップ)に加盟すると、「日本農業は壊滅する」と言われる。一方、「GDP1.5%の農業のため98.5%を犠牲にするのか」との主張もある。

両論 ──反対派の「農業壊滅論」、推進派の「農業犠牲論」── ともに的外れである。農業と国民経済が一体である本質を完全に見誤っている。

日本のGDPとその内の農業GDPとを比較してみれば一目瞭然である。農業はいうまでもなく、経済活動のひとつである。農業の成長サイクルは、日本のGDPの推移とほぼ相似している。

農業GDPは日本のGDPと同様、経済の高度成長期、成熟期を通じて右肩上がりであった。”失われた二十年”の間は下降傾向にある。国民所得が伸びなければ食費が削られ、その原材料を生産する農家経済に直接影響を与える。

日本農業だけがGDP比率が低いとの議論も事実誤認だ。米国1.1%、ドイツ0.9%、英国0.7%と日本より低く、フランスは2%、オーストラリアでさえ3.9%を占めるに過ぎない。

そもそも先進国とは経済成長によって農家が他産業に移り、農業GDPが相対的に低くなった国のことだ。残った少数精鋭の農家が高度化・多様化する食マーケットに呼応し、技術力、生産性を高め、先進国の農家は付加価値を増やしていく。

つまり、経済成長と需要創造こそ、農業発展の要諦なのである。

反対、推進両派が説く「農業再生論」も意味がない。高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加などで「今の農業はダメだが、『保護によって再生できる』もしくは『改革によって強く再生する」との見解だ。現実に農業は死んでもいなければ、政治で蘇生できる対象でもない。

農家人口の年率2%減少は、農場の生産性2%向上と一致している。耕作放棄地の増加も、生産性向上と過去の農地への過剰投資の結果だ。他の先進国でも、全く同じ現象が同じ率で起きている。

「農業大国なのは、日本の関税が高く、保護されているからだ」という批判があるが、これも事実ではない。

コメを上回る農業生産額の3割を占める野菜の関税は、多くの品目で3%。5000億円市場の花卉はTPPを待たずとも初めから一貫して関税ゼロである。果物の関税は5%から15%程度だ。代表的な果物リンゴの輸入比率は0.01%で、青森県では生産量に占める輸出割合が1割を超えている。

野菜や花、果物のほか、すでに低関税の鶏肉や卵、雑穀などを合わせると、生産額の合計は4兆5000億円で、日本農業全体の約6割に達する。補助金もほとんどなく、農家の自助努力による黒字生産品目だ。

他の先進国が外需で農業GDPを伸ばしてきた中、日本農業は内需依存で発展してきた。逆にいえば、外需を取り込めば他国と比べ成長の“伸びしろ”は大きい。

成長を望まず現状維持を求めても、少子高齢化によってコメの国内需要は、20年後には現在より20%減る事実は変わらない。市場縮小に歩調を合わせるばかりの減反政策や赤字作物を補てんする戸別所得補償制度を続ける農政に、国民・農民はどんな未来を思い描けばいいのか。

「TPP交渉参加9カ国は食料の輸出国ばかりだから日本は輸入を増やすしかない」との反論もあるが、真相は異なる。9カ国の農産物輸入は急増している。経済成長と人口増加によって、ここ10年で、600億ドルから1300億ドルと倍増した。TPP輸入市場とは日本農業にとって輸出市場である。日本の農業GDP764億ドルの倍に迫る農産物マーケットが現れている。

TPPという成長する農産物マーケットへの参入要件を和らげることが政府の限られた役割の1つだ。米国は世界最大の農産物マーケットだが、不透明な検疫規制やバイアメリカン条項など制約が多く、輸出意欲の高い日本農家の足かせになっている。

また、農業法人による海外投資・農場進出も年々増加しているが、工業分野と比べ、国際的な協定において農業投資のルール化が進んでいない。輸出増大のみならず、TPPを通じて日本政府はこの分野でも主体的にルールづくりに参画できる絶好の機会である。さらには、TPPに含まれるSPS(衛生植物検疫措置)協定や品種の育成者権保護などの知的財産といった分野でも日本は貢献できる。

これ以上、農業と他産業を二項対立の概念としてとらえる「農業壊滅論」「農業犠牲論」の両論者がいくら農業をネタにTPP談義をしても不毛だ。

問題は「開国と農業再生の両立」ではない。他産業と同様、農業も「開国と成長」をいつの時代も両立していけばよい。

日本農業の発展のために、政府の交渉力が試されている。

プロフィール

浅川芳裕月刊『農業経営者』副編集長

1974年、山口市生まれ。月刊『農業経営者』副編集長。カイロ大学文学部東洋言語学科セム語専科中退後、ソニーガルフ(ドバイ)、ソニーモロッコ(カサブランカ)勤務を経て、農業技術通信社入社。著書に『日本は世界5位の農業大国』(講談社)、『日本の農業が必ず復活する45の理由』(文藝春秋)、共著に『農業で稼ぐ! 経済学』など。農業情報総合サイト『農業ビジネス』、ジャガイモ専門誌『ポテカル』の編集長を兼務。

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