MLBは新しい時代に突入した!――『ビッグデータ・ベースボール』解説

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プロスポーツ史上最悪といわれる「20年連続負け越し」を記録してしまった米野球チーム、ピッツバーク・パイレーツ。地元のファンにもソッポを向かれ、存続の危機に瀕していた。何とかしなければならない、しかしお金はない……。ビッグデータを活用して、お金をかけずに強いチームをつくれないか? ピッツバーグ・パイレーツに起こった2013年の奇跡の物語を描き出す『ビッグデータ・ベースボール』(トラヴィス・ソーチック、角川書店)から、生島淳氏による解説を転載する。(シノドス編集部)

 

 

『ビッグデータ・ベースボール』解説

 

ここには、ページをめくるたびに、知的な興奮がある。

 

ここまでメジャーリーグは進化していたのか! という純粋な驚き。そして、なおかつ読んで面白い。『ビッグデータ・ベースボール』は、ポスト『マネー・ボール』の時代でもっとも刺激的なベースボール・ブックだ。

 

2013年、『ピッツバーグ・トリビューン・レビュー』紙に採用されたトラヴィス・ソーチック記者は、ナショナル・リーグ中地区のお荷物球団、ピッツバーグ・パイレーツの番記者となる。かつては鉄鋼の町として栄えたピッツバーグだが、IT産業など新しい町へと生まれ変わっていた。パイレーツは鉄鋼と同じく衰退の憂き目に遭い、アメリカン・フットボール、そしてアイスホッケーの人気に押され、ファンから20年以上も見放された球団だった。

 

ところが、ソーチック記者はパイレーツの快進撃を目の当たりにする。当然のことながら、記者魂がうずく。

 

このチームには、何が起きてるんだ?

 

ソーチック記者は丹念な取材によってその理由を明らかにしていく。

 

 

パイレーツ本拠地のスタンドは閑古鳥が鳴いているから入場料収入も少なく、フリーエージェントになった大物選手を獲得するわけにはいかない。しかもゼネラルマネージャー(GM)のニール・ハンティントン、監督のクリント・ハードルともに2013年に結果を残さなければ、自分たちのクビが飛びかねない状況にあった。

 

じゃあ、どうする? 追い詰められた男たちが頼りにしたのは「ビッグデータ」だった。

 

メジャーリーグでは映像、コンピュータ・テクノロジーの発展にともない、大量のデータが扱われるようになっていた。パイレーツが注目したのは、「打球の方向」や「落下点」といったデータだった。

 

パイレーツのスタッフは、打者ごとに打球の行方を詳細に分析し、仮説を立てた。

 

ビッグデータに合わせた極端な守備シフトを敷けば、簡単にアウトを取れるんじゃないか?

 

野球では100年以上にわたって、内外野ともに「定位置」というものが存在する。しかし、ビッグデータはそれが科学的な根拠に基づいていない曖昧なものであることを証明していた。特に左の強打者は、レフト方向へは打球を飛ばさない。なのに、遊撃手と三塁手は左側にポジションを取っている。これは、ナンセンスなのではないか? だったら、遊撃手を右サイドに守らせた方がデータ的には正しいことになる。

 

 

日本では古い話になるが、通算868本のホームランを放った王貞治に対しては「王シフト」、メジャーリーグではシーズン73本の最多本塁打を打ったボンズに対するシフトが有名だった。

 

GMのハンティントンは、1990年代にクリーブランド・インディアンスで働いた経験があった。この球団は、『マネー・ボール』で重要な役割を果たすポール・デポデスタ(映画版では太っちょのジョナ・ヒルがオタク丸出しで演技していた役)など、高学歴のデータ派を生み出した。その薫陶を受けたハンティントンはビッグデータを読み込む優秀な分析スタッフを揃え、すべての相手打者に対して極端な守備シフトを採用したいと考えた。

そうすればお金をかけず、選手の守備位置を変えるだけで勝てるチームが作れるはずだ……。

 

しかし、GMがこうした戦略を現場に強要するわけにはいかない。監督のハードルの支持を取り付けなければならなかった。

 

ハードル邸で行われた会談で、ふたりは戦略の大幅な変更に合意する。ハードルが解説者としてデータ革命を目の当たりにしていたことが幸いしたのだ。こうしてパイレーツは他球団に先駆け、大量のデータをいち早く採用することになり、この瞬間、お荷物球団の命運が変わった。

 

しかし、ここからが難題である。

 

野球はデータがやるものではない。人間がプレーする。データなんてくそくらえ! と思っているコーチや選手もいる。特に投手などは、内野ゴロを打たせて「打ち取った」と思ったら、定位置に内野手がいないため、ヒットになってしまうケースに我慢がならない。実際、私もメジャーリーグの日本人投手から、

 

「極端なシフト、あまり好きじゃないんですよね。投げていても、落ちつかないから」

 

という話を耳にしたことがある。

 

監督のハードルは、コーチ、そして選手たちを説得する必要に迫られた。本書には次のような一節がある。

 

「自らが分析官たちにより大きな信頼を置いたように、分析官たちをよそ者ではなく大切な一員と見なしたように、ハードルは今シーズンの選手たちに2人に接してほしいと考えていた……(中略)……分析官にこれほどまで選手たちと接する自由を与えていたチームは、メジャーリーグには存在していなかったはずだ」

 

ハードルをはじめとしたスタッフの「ヒューマン・スキル」がこの本の読みどころでもあり、単なる「データ・オタク本」にとどまらない魅力がある。さらに、スタッフだけではなく、データによって脚光を浴びた選手の「ヒューマン・ストーリー」にも読みごたえがある。

 

パイレーツは隠れた才能を持つ人材を発見するにあたってもビッグデータを活用した。かつて、アスレチックスが出塁率を重視したように。しかし『マネー・ボール』時代以降、すべての球団が数字の価値に気づきはじめ、単にデータを見ただけでは優位性は確立できない。技術革新によって生み出された大量のデータから、「何か」を発見しなければならない。それには分析官の仮説、目のつけどころが勝負になる。

 

パイレーツが発見したのは、キャッチャーの「フレーミング」という技術だ。

 

球審のストライク、ボールの判定は極めて曖昧なものだ。どうしてもホームチームに有利な判定が出る傾向が強い。しかし、パイレーツは微妙な判定をストライクにする技術に長けた捕手が存在することを、ビッグデータにより発見した。

 

2012年のオフに、気になる選手がいた。ヤンキースでプレーしていたラッセル・マーティンだ。マーティンは29歳で迎えた2012年、打率2割1分1厘と低打率に終わり、攻撃型の志向が強いヤンキースにあっては「終わった選手」と見なされていた。しかし、パイレーツはマーティンに2年間でおよそ1700万ドルの契約を提示する。メディアは嘲笑った。

 

「パイレーツには焼きが回った!」

 

マーティンこそは、微妙な判定をストライクにする体やミットの使い方=ピッチフレーミングをマスターしていたのだ。その価値にヤンキースはもちろん、他の球団も気づいていなかった。このシーズンは、黒田博樹もヤンキースでプレーしており、黒田もマーティンの恩恵にあずかった選手のひとりだった。

 

マーティンはパイレーツの熱意を意気に感じ、移籍を決意する。そしてスタッフの提示するビッグデータの重要性をよく理解し、投手陣の成績を格段にアップさせたのである!

 

 

メジャーリーグを変えた『マネー・ボール』が出版されたのは2003年6月のことだった。10年以上の月日が経ち、ビッグデータがメジャーリーグに与える影響が、ここまで浸透していたとは想像もしなかった。もはや、『マネー・ボール』の発想は、旧石器時代の話に属する。本書にはこう書かれている。

 

「『マネー・ボール』でオークランド・アスレチックスが採用した指標は、今日の基準で考えるとかなり初歩的なものだった。アスレチックスは野球界がそれまで正しく評価していなかった出塁率を活用した。この数字はメジャーリーグ公式サイトの選手紹介ページでも、有望選手を紹介した大学野球のディビジョンⅠのサイトでも、簡単に見つけることができる。しかし、新たな投球追跡技術、高性能コンピューター、詳細なデータを提供するBISのような企業が登場した現在、野球は加速度的に増加する大量のデータとともに、新しい時代に突入していた」

 

 そしてソーチック記者はこう結ぶ。

 

「チームがデータ分析の競争で後れを取れば、追いつくことも加速度的に難しくなる」

 

つまり、21世紀の野球は選手だけではなく、ビッグデータを処理し、それを現場へのアイデアとして供給するスタッフの「戦い」の時代に突入したのである。2010年代に入って、この分野での投資を渋ったチームは、長期的には厳しい戦いを強いられることになる。

 

個人的な感想だが、『ビッグデータ・ベースボール』を読むと、日本の野球はメジャーリーグに比べ、ずいぶんと遅れを取ってしまったと感じざるを得ない。アメリカ的な発想を取り入れている球団はあるのだが、スタッフと現場の間の連携がうまくいっていないなど、成績になかなか結び付いていない。それは野球の差だけではなく、テクノロジーの差であったり、野球の未経験者を受け入れきれない保守的な発想の差だったりもする。

 

『ビッグデータ・ベースボール』は、野球の楽しみ方を変えてくれる可能性を持っている。これからは、テレビ中継でも打者ごとに守備シフトの紹介がされるようになるだろう。野球の中身が変われば、メディアも、記者も変わっていく。本書は、2015年に登場した野球史に残る傑作である。

 

サムネイル「By alpineinc

 

 

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