未来志向の日ロ首脳会談――領土問題の解決と平和条約締結に向けて

【シノドスに参加しよう!】

▶メールマガジン「αシノドス」

 https://synodos.jp/a-synodos

▶セミナー「シノドス・サークル」

 https://synodos.jp/article/20937

▶ファンクラブ「シノドス・ソーシャル」

 https://camp-fire.jp/projects/view/14015

安倍首相の長年の悲願

 

2016年5月6日、ロシア南部のソチに安倍首相が訪問し、2015年11月にトルコで行われて以来となる約半年ぶりの日ロ首脳会談が行われた。

 

この首脳会談は、安倍首相の長年の悲願であったと言って良い。そもそも2012年12月に第二次安倍政権が発足してから、安倍首相は北方領土問題の解決と平和条約の締結を前提とした日ロ関係の深化を重要な外交目標に位置付けてきた。そのため、就任直後から積極的にロシアのプーチン大統領との会談を精力的に行い、個人的な信頼関係を深めていった。両首脳の関係のピークは、2014年2月のソチ五輪の開会式に、西側の多くの首脳がロシアの人権問題を理由に出席を拒んだ中、安倍首相が駆けつけた時であったと言える。そして、同じ年、プーチン訪日が予定されていた。

 

しかし、両首脳が積み上げてきた信頼関係は、ウクライナ危機で水を差されることになった。2014年3月のロシアによるクリミア編入、その後のウクライナ東部の混乱で、欧米諸国が段階的に対露制裁を強化していく中、日本としては本心では制裁に参加したくなかったものの、日米関係やG7(ロシアはウクライナ危機により、G8メンバーから外された)メンバーとして制裁に参加せざるを得なかったのである。

 

とはいえ、日本の対露制裁は、欧米諸国の制裁レベルに比べ、かなり軽微なものであった。それでも、ロシア側は日本の制裁に反発し、特に日本が米国の圧力によって制裁を強化したことを激しく批判した。こうして、本来2014年に予定されていたプーチン訪日は今現在に至るまで実現されていないのである。

 

そのような苦境の中でも、安倍首相は各地でのサミットなどの折や電話などでプーチンとの対話を辛抱強く続けてきたが、日ロ関係の改善を米国が望まず、かなりの圧力をかけていたことは一番の障害であったといえる。日米同盟を基軸とした日ロ関係が外交の最大のプライオリティとなっている日本にとっては、米国の意向を最大限尊重する必要があり、対露関係改善を目指せば、米国の反感を買うという状況は、日本にとって大きなジレンマであった。

 

それでも、プーチン訪日に先立って2014年春に予定されていたが、やはりウクライナ危機により中止された岸田外相の訪露が2015年9月20日から22日に実現され、21日には約2時間20分に渡る外相会談がラブロフ露外相との間で行われたことは、一つの突破口になったと言える。マスコミ報道では、本外相会談の成果はほとんどなかったという主張が大勢を占めていたが、たまたま同時期にモスクワに滞在していた筆者は、現地の識者やジャーナリストから確実な進展があったと聞いていたからである。

 

9月28日には米国・ニューヨークで、11月16日にはトルコのアンタリヤで米露首脳会談が行われたものの、プーチン訪日は2016年以降になることも明らかになった。そして、年明けから1月から、安倍首相が「非公式の訪露」に言及し始め、5月の欧州歴訪に合わせてソチで首脳会談が行われることが決まったのだった。

 

ここで「非公式」とされるには理由としては以下のことが考えられる。まず、外交では国家間の平等を維持することが尊重されることから、首脳の訪問も交互に行われるのが原則である。2013年2月に安倍首相はロシアを公式訪問しており、次はプーチン大統領の訪日というのが通常あるべき姿であった(実際、2014年の訪露が決まっていたのは前述の通りである)。そこで便宜的に非公式とされたといえよう。

 

他方、ウクライナ危機をめぐり、安倍首相就任以降、良い雰囲気になっていたかに見えた日ロ関係が緊張するなか、安倍首相の対露外交の目的を果たすためにはロシアの歓心を買うことも重要だ。米国の手前、大手をふるっての訪露は難しいが、そこを非公式という形でお茶を濁した感もありそうだ。

 

こうして2月頃には安倍首相の訪露がかなり確実なものとして報じられるようになった。その一方で、米国が安倍首相の訪露に反対しているという報道もあり、その実現はギリギリまで危ぶまれていた。日本ではそのような報道はなかったが、4月16日には、ロシアの経済紙『ヴェドモスチ』で、安倍首相が米国の圧力により訪露を取りやめたということが報じられた(http://www.vedomosti.ru/politics/news/2016/04/16/637947-mid-premer)。

 

それでも、20日にはプーチン大統領本人が5月6日にソチで日ロ首脳会談が行われること、それが両国の相互利益に基づくにとっての利益に基づき、両国間関係の拡大に寄与することへの期待を述べ、日ロ首脳会談の実現はほぼ間違いないという感触をもたらしたのだった。

 

 

錯綜する北方領土問題

 

しかし、安倍首相が解決を悲願としている北方領土問題、そして日本が北方領土問題の解決を前提としている平和条約締結は難しいという現実は変わっていなかった。

 

たとえば、2015年9月にモルグロフ外務次官が北方領土問題は「解決済み」と述べ、領土問題の交渉の可能性が全くないような雰囲気すら醸していた。加えて、2016年1月26日には、ロシアのラブロフ外相が日本との平和条約交渉について、領土問題の解決とは全く別であるとし、日本の立場を否定しただけでなく、平和条約がない状態でも経済関係が活発化していることから、平和条約によって両国の経済関係がより一層発展するという日本の主張をも打ち消した。また、日本が国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指すのであれば、よりバランス感覚を持つべきだとして、事実上、日本の米国追従外交を批判するなど、ロシアの対日強硬姿勢が目立っていた。

 

その一方で、訪露がほぼ確定してきた4月12日には、やはりラブロフ外相が北方領土問題について「4島全てが交渉対象」という考えを表明した。そして、4島の帰属問題解決に向けた交渉を「拒否しない」とも明言し、「われわれは4島の帰属を完全に明確にしたい」とも述べ、日ロ間に領土問題が存在していることを確認したのであった。

 

このことの意義は実に大きく、ロシアが軟化したのではないかという希望的観測も持たれた。だが、訪露直前の5月2日には、極東地域や北方領土の土地を希望する国民に無償で提供する法律がロシア議会の上下両院で可決されたあと、プーチン大統領が署名し、ホームページを通じて公布され、成立した。具体的には、極東地域や北方領土への移住を希望するには、都市から離れた場所の1ヘクタールの土地を無償提供し、農地などとして5年間使えば、正式に所有を認めるというものだ。同制度は5月から沿海地方、カムチャツカ地方、サハリン州などで試験的に施行され、10月からは極東の全域および北方領土にも適用範囲を広げられる予定である。

 

プーチン政権は発足当時から、開発が遅れ、人口も減る一方の極東と北方領土の発展を優先課題に掲げ、インフラ整備や貿易の規制緩和などを行ってきたが、今回の法律が施行された背景には、経済状況が悪化している中で、また極東・北方領土向けに想定されていた予算が2013年以降、クリミアにかなり振り向けられるようになっている中、同地に移住者や投資を呼び込むことで、政府の予算を使うことなく開発を進める狙いがあると考えられる。

 

最近、極東などへの中国企業・工場の誘致が実に熱心になされており、それもこの計画と同じ目的にあると言えるだろう。つまりロシア政府は、日本に対しては北方領土の帰属について明確でないことを認めながら、同時に人口増とその定着を目指す、つまり実行支配を強化するという矛盾した動きを見せているのである。しかも、5月4日には、ペスコフ大統領報道官が、北方領土問題について、首脳会談で大きな進展が可能だとは思わないという、日本側の期待感を挫くだめ押しの一言まで発していた。【次ページにつづく】

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

・大賀祐樹「こんな「リベラル」が日本にいてくれたらいいのに」
・結城康博「こうすれば介護人材不足は解決する」
・松浦直毅「学び直しの5冊〈アメリカ〉」
・山岸倫子「困窮者を支援するという仕事」
・出井康博「「留学生ビジネス」の実態――“オールジャパン”で密かに進む「人身売買」」
・穂鷹知美「ヨーロッパのシェアリングエコノミー――モビリティと地域社会に浸透するシェアリング」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(9)――「シンクタンク2005年・日本」第一安倍政権崩壊後」