中国の大気汚染はなぜなくならないのか

中国では、現在でも時折、社会不安をもたらしかねないほど深刻な大気汚染が華北地域など各地で発生する。

 

産業活動などの人為的な要因が大きく関係する大気汚染による健康リスクのために、「外出を控えるように」といった注意喚起すら頻発する事態となっているにも関わらず、なぜ改善が遅滞し、根本的な解決に向かわないのであろうか。

 

大気汚染の要因は多様かつ複雑であり、未だ全容解明されているわけではない。一方で、この問題が中国の政治・経済に深く根ざし、その構造が大気汚染の改善を一層困難にしているという明確な事実がある。

 

本稿では、中国における大気汚染問題の根幹的要因である工業汚染源をめぐる政治・経済の構造的問題について考えてみたい。

 

 

大気汚染の地域格差への視点

 

日本で中国の大気汚染状況が報道される場合、その内容は北京市の汚染状況、日本への越境汚染の2点に留まる場合が多い。これにより、情報の受け手は、大気汚染が北京市で発生し、当地が深刻な汚染に見舞われ、日本へも越境飛来するといった理解のみになりがちである。しかし、それは問題の一端に過ぎず、実態はそのような単純なものではない。 

 

大気汚染状況を示す用語としてすでに一般的になりつつあるPM2.5(微小粒子状物質)年間平均濃度(環境NGO緑色和平による政府公開データの整理に基づく)で中国国内の状況を見ると、2015年、366都市のうち約8割が中国のPM2.5年間平均濃度基準2級(基準限度)である35㎍/㎥を超過していた。

 

同年に最も深刻だった都市は、新疆ウイグル自治区のカシュガル地区(119.1㎍/㎥)であり、2013、2014年は共に河北省邢台市(2013年、155.2㎍/㎥、2014年、131.4㎍/㎥)であった(表1参照)。

 

北京市は、2013年の都市ランクではワースト13位(90.1㎍/㎥)、2014年同26位(83.2㎍/㎥)、2015年同27位(80.4㎍/㎥)である。なお、2015年に最も濃度が低かったチベット自治区の林芝地区では10.6㎍/㎥であり、汚染程度に大きな違いがある。

 

 

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表1:中国主要都市のPM2.5年間平均濃度ワースト10位

注:括弧内はPM2.5年間平均濃度(単位:㎍/㎥)。2013年は74都市、2014年は190都市、2015年は366都市のランキング。

出所:緑色和平,2013年(http://www.greenpeace.org.cn/PM25-ranking/

2014年(http://blog.sina.com.cn/s/blog_4d08227f0102vhcr.html )

2015年(http://www.greenpeace.org.cn/pm25-city-ranking-2015/ )より筆者作成。

 

 

このように、都市ごとのPM2.5年間平均濃度を算出した大まかな状況を見るだけでも、2015年に300近い都市が基準超過していたこと、北京市よりも深刻な大気汚染状況に直面している都市が多数存在していたこと、汚染の程度が一様ではないこと、が分かる。

 

ここで問題は、このような大気汚染の地域格差や実情、とりわけ汚染が最も深刻な地域への関心が極端に低いことであろう。事実、日本でも2013年初頭頃よりPM2.5問題として

中国大気汚染への関心が高まっているが、中国各地の汚染格差がなぜ生まれるのか、原因はどこにあるのか、だれが最も深刻な汚染に直面しているのか、という点に関心が持たれることはほとんどない。

 

この社会の無関心は、後に述べるように、グローバルな経済システムを通じて自らも関わりを有する可能性がある汚染集中地域の違法な汚染源を放置することにも繋がる。そして、それは越境汚染をも引き起こす中国大気汚染の根幹的要因に目をつぶることでもある。

 

 

汚染源集中地域の実態

 

筆者が注目するのは、中国のなかでもとりわけ深刻な大気汚染地域である華北地域、特に河北省の大気汚染である。日本でも頻繁に報道される「北京市周辺の大気汚染」を考えた場合、河北省における深刻な汚染状況は無視することができない。なぜなら、河北省は北京市、天津市という2つの直轄市と隣接し、両市を取り囲むように位置しており、その大気汚染が風の影響で回流するからである。

 

河北省は、上述のPM2.5年間平均濃度ワースト10位以内に7都市(2013、2014年)、3都市(2015年)が入った(表1参照)。北京市、上海市などの国際的に有名な都市に比べ、河北省の知名度は高いとは言えない。なぜ、その河北省に大気汚染が深刻な都市が集中しているのであろうか。

 

その答えを端的に言えば、中国が急速な経済成長を遂げる過程において、河北省が重工業の一大生産拠点となり、大気汚染源の集中地へと変貌したためである。同省は、とりわけ2000年前後から急速な経済成長の過程で鉄鋼・セメント・板ガラスなどの重工業が急速に拡大し、邢台市・石家庄市・唐山市・邯鄲市など多くの都市が大気汚染源の集中地へと変貌した。例を挙げれば、同省における粗鋼生産量は、2000年時点では約1,230万トンだったが、2013年には約1.9億トンにまで激増している。この生産を行うために、膨大な量の石炭が使用され、深刻な大気汚染の原因となってきた。

 

さらに、同省では、このような重工業および経済成長を支える電力供給源として、安価かつ低品質の石炭を大量に利用する火力発電が増大した。その電力の一部は、北京市にも送電されている。そして、重工業の発展・経済成長・開発と共に、増大し続けてきた自動車走行など他の要因も大気汚染に拍車をかける。【次ページにつづく】

 

 

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