フィリピン大統領選挙――なぜ、「家父長の鉄拳」が求められたのか?

腐ったシステムへの怒り

 

では、なぜ民主主義や自由を脅かす規律と強権を訴えたドゥテルテが支持されたのだろうか。一言で言えば、腐ったシステムへの不満と怒りだ。支持者に聞くと、フィリピンでは民主化後、人びとが自分勝手な放縦に走り、政治家や役人の腐敗、違法賭博、犯罪、麻薬が蔓延するなど、きわめて混乱した社会が出来上がってしまった。この「自由と民主主義の過剰」が生み出した混乱を根底から変革するには、家父長的の強権によって国家と社会に規律を植えつけなくてはならないというのだ。

 

こうした声は、もともと中間層や華人系実業家に多かった。フィリピンを発展させるためには、マハティールやリー・クアンユーのように厳格な規律で統治する強いリーダーが必要だというのだ。それゆえ今回、富裕・中間層からドゥテルテ支持者が出てきたのも驚きではない。経済政策への不安も語られるが、彼らは誰が大統領になっても経済成長は続くはずだと自信をもっている。経済に自信があるがゆえの賭けなのだ。

 

ただし、規律を訴える候補者が、これまで正副大統領選挙で当選したことはない。元警察長官のパンフィロ・ラクソンや元マニラ首都圏開発庁長官のバヤーニ・フェルナンドらがその例だ。では、なぜ2016年に、階層や地域を越えて規律と強権に支持が集まったのだろうか。

 

これを説明するのは難しいが、広範な人びとの間で非効率で腐敗したシステムに相当の不満が蓄積していたことを指摘できる。経済成長が続き「新興国フィリピン」となった今、かつて「しょせん途上国」として諦めていた問題に、もはや耐えられなくなってきたとも言える。しかも国民の10人に1人が海外出稼ぎに出て海外旅行者も激増するなか、フィリピンの問題は他国と比較されていっそう鮮明に浮かび上がった。

 

経営者は、渋滞と非効率な税関による商品の流通の遅れや、煩雑なビジネス許認可の手続きに不満をためている。華人系実業家は、国家が身代金目的の誘拐を根絶できないことに怒っている。中間層は、高い税金にもかかわらず劣悪な公的サービスに苛立っている。公共交通機関は死に物狂いの通勤を強いるし、警察が怠慢でスリや強盗もなくならない。短期契約労働者は、5ヶ月ごとに契約を切られ、そのたびに役所をたらい回しにされて書類を集めないといけない。海外出稼ぎ労働者は、海外から精一杯送金したにもかかわらず、帰国すれば空港で賄賂を要求されるような母国に怒っている。災害被害者は政府の非効率な緊急支援物資の配給など遅々たる復興支援を経験した。

 

ただし、規律と強権は、これまで貧困層には人気のないテーマだった。規律の名のもと、不法占拠地の住居や露店を国家に破壊されてきたからだ。しかし、ドゥテルテへの支持は、ビサヤ語圏外の貧困層にも広まった。彼らによれば、自由と民主主義が金持ちに食い物にされた結果、物価は上がり続け、富も一部に独占され、やけくそになった者たちが犯罪や麻薬に走っている。これらを正すためには、家父長の鉄拳が必要だというのだ。「もう独裁者にしか期待できない」といった声も聞こえてくる。驚いたことに、「ドゥテルテが勝てば全て自由になる」と語った麻薬常習者もいた。不正な社会と自分の悪癖を正して欲しいというのだ。

 

 

ドゥテルテのナショナリズム

 

ドゥテルテの凄さは、こうした人びとの多様な不満や怒りを一身に引き受けて結集させ、根深い階層・地域・宗教の分断を乗り越えて、変革を望む「私たち」という共同性を作り上げたことだ。

 

ナショナリズムへの訴えも秀逸だった。通常、候補者は自らのシンボル・カラーを決めて選挙戦を戦うが、ドゥテルテは国旗をシンボルにした。演説のステージ上には国旗があり、国旗に口付けして右手を左胸にそえた。最終演説会では、一辺数十メートルもある巨大な国旗が何百人もの支持者の上に覆いかけられた。富める者も貧しき者も、キリスト教徒もイスラーム教徒も一緒になって、国旗が地面に落ちてしまわぬよう両手を高く挙げた。

 

 

巨大な国旗を掲げる人びと(写真/Richard Atrero de Guzman)

巨大な国旗を掲げる人びと(写真/Richard Atrero de Guzman)

 

 

ドゥテルテは国民の連帯を訴える一方で、国民の間の不平等にも敏感だった。ビサヤ、ミンダナオ地域の遊説では、聴衆にビサヤ語で語りかけ、いつもマニラのエリートによって重要な決定を下されることを批判し、連邦制を導入して地方により大きな自治権が与えられるべきだとした。

 

またイスラーム教徒はミンダナオの先住民なのだから、彼らの権利は守らなければならないと主張した。そして圧倒的にキリスト教徒が多数を占めるマニラの聴衆に対して、「アッラーは偉大なり!」と何度も連呼し、「この言葉は神を賞賛し同胞を傷つけないということを意味するだけなので、あなたたちも口にするのを恐れてはいけない」と訴えた。

 

さらに自分の息子がイスラーム教徒と結婚していることを紹介し、息子夫婦の子どもを宗教融和の象徴としてステージに上げた。同時に母方にマラナオの血が入っており、祖父が華人であり、父がセブアノだと強調した。国民の分断と対立は乗り越えることができ、それを自らが体現しているというのだ。

 

 

キリスト教徒の息子とイスラーム教徒の嫁の間に生まれた孫を紹介するドゥテルテ(写真/Richard Atrero de Guzman)

キリスト教徒の息子とイスラーム教徒の嫁の間に生まれた孫を紹介するドゥテルテ(写真/Richard Atrero de Guzman)

ドゥテルテの支持者たち

マニラのイスラーム教徒もドゥテルテの集会に駆けつけた

 

 

メディアはドゥテルテとドナルド・トランプの類似を強調するが、この点で大きく異なる。トランプは移民や既得権益層への敵意を強調して白人の低所得層から支持を得た。他方、ドゥテルテは社会の分断を乗り越えて変革を望む「私たち」から支持を得たからである。

 

 

反市民の道徳

 

選挙戦でこうした国民の連帯が生じたのは、今回が初めてではない。2010年大統領選挙でも、アキノが腐敗と戦う国民の結集を呼びかけた。ただし、アキノの作った連帯が市民的道徳に基づいたとすれば、ドゥテルテの作り出した連帯は「反市民の道徳」に依拠した。

 

アキノ政権は、「品行正しさ」(disente)をキーワードに、社会を規律化し腐敗や貧困を改善しようとした。ロハスも「誠実な道」によって、「フィリピンを品行正しき人びとに取り戻す」と語った。アキノやロハスの政治集会では、フォーク歌手のノエル・カバンゴンが、「私は良きフィリピン人」(Ako ay Isang Mabuting Pilipino)を歌い、ゴミを散らかしたり、汚職をしないといった市民的道徳を訴えた。

 

他方、ドゥテルテの言葉は粗野で暴言も多い。演説が中だるみすると、下品な言葉で政敵、政治腐敗、犯罪者を罵倒した。聴衆も、彼の罵りを待ち望んでおり拍手喝采を送った。またドゥテルテには、ダークな「処刑者」のイメージも強い。国内外の人権団体は、「ダバオ暗殺団」(Davao Death Squad)による千人以上もの超法規的処刑に関与したとして批判する。だがドゥテルテは、「民衆を苦しめる犯罪者や役人をぶち殺してやる」、「人権など関係ない」と強調した。人々を苦しめる悪者を処刑するのは違法かもしれないが、法を超えた世界の原理的には正しいというのだ。

 

こうしたドゥテルテの姿は、世直し義賊に他ならない。フィリピンには、植民地期や戦後の混乱期に活躍した義賊(taong labas, tulisan)に関する豊かな民間伝承がある。それらは大衆映画のテーマとなり、義賊を演じた俳優は政治家へと転進していった。エストラダは、戦後トンドのギャング「アション・サロンガ」を演じて大成功したことをきっかけに、大統領まで登りつめた。ラモン・レヴィリャ元上院議員も、カビテの義賊ナルドン・プティックを演じている。義賊が希求されるのは、法は所詮エリートのためにすぎず、法を畏れぬアウトローでないとこの国は変えられないという認識が受け継がれてきたからだ。

 

 

SNSが作った義賊

 

かつて大衆映画が政治の世界に義賊を蘇らせたのなら、今回、義賊としてのドゥテルテ像を作り上げたのはフェイスブックなどSNSの力だった。国内外の支持者は、ドゥテルテにまつわる様々なエピソードをSNSで拡散させた。その過程で、虚実の入り混じったドゥテルテ像が作られ、日々の会話のなかでまことしやかに語られていったのだ。

 

マニラに住む熱烈な女性支持者はこう語った。「彼は麻薬に厳しいけど、三回までは許される。一回つかまっても二回つかまっても、牢屋から出るときに1万ペソのお小遣いをくれる。だから本当は優しいんだ。でも三回目までやってしまうと殺されてしまう。」現地で聞くドゥテルテの「伝説」は、枚挙に暇がない。

 

さらに支持者は、応援ソングやダンスのビデオを作ってSNSに投稿し、選挙戦に陽気でポップな彩りを寄せた。有名な応援ダンス・ソング「Just do it」では、双子の男性ユニットと女性芸能人が、「今何時だ? 2時30分(tu-terte)だ。変革の時だ!」と歌った。この2時30分は、ドゥテルテのニックネーム「DU30」(フィリピン英語でドゥ・テルティと発音する)にちなむ。そこには、有言実行のイメージが凝縮されている。

 

 

ドゥテルテの支持者たち

ドゥテルテを支持する若者たち

 

 

ドゥテルテはしばしば「デマゴーグ」と批判される。だが実際に彼の話を聞くと、内容は首尾一貫しないし、カリスマ的な扇動者というよりも田舎の親分のようだった。ドゥテルテにカリスマがあるとすれば、それは人びとが様々な願望を彼に投影し、それがSNSを通じて共有された結果だろう。人びとの不満と希望とSNSが、義賊ドゥテルテを作ったのだ。

 

 

リスクある賭け

 

ドゥテルテ新大統領は、どこまで改革を断行できるだろうか。彼がダバオ市で行った政治手法は、治安の改善に全力を尽くし、投資が国内外から自然に集まるようにするというものだ。厳格な犯罪対策の他に、深夜の酒販売、タクシーのぼったくり、歩きタバコなどを禁止し、ゴミの分別や監視カメラを導入した。2014年に、ダバオ市を中心とするダバオ地域は、全国17地域のうち、9.4%というもっとも高い経済成長率を記録している。うまくいけば、この手法が全国で成功するかもしれない。

 

しかし、首長に権限が集中する地方政治とは異なり、中央政治では多くの有力な利害関係者がいるので、抜本的な改革と政治的安定を両立させるのは難しい。既得権益の構造を大きく変えようとすれば、反発する勢力が出て政治を不安定化しかねない。だが、安定のために既存の勢力と連携すれば、抜本的な変革は不可能だ。

 

不安要因もある。穏健な改革勢力は副大統領にロブレドが当選し、ドゥテルテの深刻なスキャンダルが暴露されれば、彼を弾劾裁判で辞任に追い込みロブレドを大統領に就任させようとするかもしれない。国軍出身のアントニオ・トリリャネス上院議員は、ドゥテルテの不正疑惑を追及し、クーデターをちらつかせた。選挙後に融和の姿勢を見せているが、ドゥテルテが共産党幹部の恩赦等を進めるならば、国軍の反発も予期される。

 

また、ドゥテルテはリャイラ・デリマ元司法長官と人権問題をめぐって舌戦を繰り広げた。その余波で、日系企業からも信頼される叔母のリリア・デリマがフィリピン経済特区庁長官から外されるならば、外資やビジネスとの関係にも緊張が走りうる。いかに優秀な人材を閣僚に迎え、下院からの支持で政権を安定化させつつ改革を実施していけるかが鍵だろう。

 

この大統領選挙は、新自由主義時代の民主主義の課題を反映している。新自由主義は経済成長をもたらしても、公的サービスの改善を約束しないし、格差の拡大や契約雇用による不安定な生活を強いる。だが、民主主義は多様な利害の調整を必要とするため、人びとの不満を即座に解決しない。「優しい権威主義」による大変革を渇望する人びとの選択は、新自由主義と民主主義の矛盾を最先端で経験してきたフィリピンのリスクある賭けだといえよう。

 

 

 

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