2016.05.24

刑務所がテロリストの「聖地」に――東南アジアに広がるISILの影響とは?

竹田いさみ×荻上チキ

国際 #荻上チキ Session-22#インドネシア#IS#ISIL#東南アジア

今年1月に起きたジャカルタのテロ事件。世界最大のムスリムの国・インドネシアで今、何が起きているのか。そして、東南アジアに広がるISILの影響とは。獨協大学教授の竹田いさみ氏が解説する。2016年03月15日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「ジャカルタのテロから2か月。 刑務所で広がる過激思想。東南アジアに広がるISILの影響とは?」より抄録。(構成/大谷佳名)

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

ISILが狙う「アメリカ・権力」の象徴

荻上 今日のゲストを紹介します。獨協大学教授の竹田いさみさんです。よろしくお願いします。

竹田 よろしくお願いします。

荻上 今年1月14日にインドネシアの首都・ジャカルタでテロ事件が起き、8人が死亡しました。この事件、どういったものだったのでしょうか。

竹田 事件が起きた場所は、大統領官邸や日本大使館も近いジャカルタの中心部です。死者8名のうち4名は実行犯、自爆テロリストです。重軽傷者は26名。タムリン通りという大きな通りの角にスターバックスがあり、最初にそこで自爆テロが発生しました。

その数十秒後に、大通りの真ん中にある警察官の詰め所で二度目の自爆テロがありました。次に、実行犯が拳銃を乱射しながら小型の手榴弾を爆発させ、何人かの民間人の方が亡くなりました。そして最後は、テロリストがスターバックスの駐車場に戻り、自分たちが持ってきたリュックサックに手を触れた瞬間、自爆しました。

この事件が非常に衝撃的だったのは、インドネシアがテロ対策のため非常に厳重な警戒を行っていた直後の出来事だったということです。去年の12月から1月にかけて、テロ対策のために警察官8万人、軍隊7万人を動員して厳重な対応をしていました。それは、シリアに拠点を置くインドネシアの過激派から、「インドネシアで『コンサート』を行う」とテロ予告があったからです。ところが、クリスマスや年明けの時期にテロ事件が起きなかったので、警戒を解除してしまった。そのタイミングで事件が起きたのです。

この事件でさまざまな事が分かってきました。一つは、インドネシア政府の警戒は厳重なものであったが、その隙をつかれてしまったということ。また、重軽傷者26人のうちオランダ人とオーストリア人の二人は、事件の後に航空機でシンガポールの病院に緊急搬送されました。ジャカルタは大きな街ですが、高度な医療サービスが十分ではないのです。

今回のような爆弾テロに巻き込まれた時に、また航空機で1時間かけてシンガポールに行かなければならないとなると大変です。インドネシアにはヨーロッパの人や日本人も多いですし、やはり事前に何かあった時のための対応をしなければならないと、より気持ちが引き締まったと思います。

荻上 なるほど。今回の事件現場となったスターバックスですが、そもそもジャカルタにはたくさんあるのですか。

竹田 たくさんはないです。なおかつ値段も東京と変わらないので、ヨーロッパの人々やアメリカ人、オーストラリア人などの白人や、インドネシアでも富裕層の人々がコーヒーを飲みに行く場所という印象です。

荻上 ということは、格差を象徴する場所と言えるわけですか。

竹田 過激派から見ればそうなるかもしれません。今回の事件はISが犯行声明を出しましたが、インドネシアのISが明確に狙っている標的は二つあります。一つは、アメリカ系のシンボリックな施設。スターバックスがそうです。以前からも大使館を狙うなどの噂がありました。二つ目はインドネシア政府。それも、政府=警察官なんですね。今回も警察官が狙い撃ちにされており、死者は出ませんでしたが重症を負いました。警察官に向かって至近距離から発砲しています。

荻上 アメリカ資本の象徴と、権力の象徴ということですか。

竹田 はい。警察がなぜ狙われているのか不思議に思われるかもしれません。警察は市民を守りますよね。とくに発展途上国では、警察もしくは民間警備会社に守ってもらうしかない。しかし、警察がテロリストに狙われているとすれば、そばに行くと逆に危ないことになります。市民がものすごく動揺してしまうわけです。

荻上 分断を促すわけですね。

竹田 はい。また、もう一つの背景として、インドネシア政府が過去10年間に渡ってテロ対策を徹底的に行ってきたことがあります。特殊部隊「D88」を動員してテロリストやテロ容疑者をたくさん捕まえてきたのです。ですから、テロリスト予備軍や過激派と呼ばれる人たちは警察に対しての反感や怨念、復讐心に満ち溢れているのです。

実は過去5年間くらい、インドネシアのスラウェシ島中部・ポソという街では、警察官が襲われたり暗殺される事件が毎年、起きています。ポソはイスラム過激派が拠点を置いている地域なので、警察もかなり手荒く取り締まったのだと思います。だから非常に反感を持っているわけです。これで両方がいたちごっこです。

今回、犯行したのはポソの影響化にある小さなグループである可能性があります。つまり、今まで警察官に対して非常に復讐心を持っていた、東インドネシア・ムジャヒディングループの系列である、西インドネシア・ムジャヒディングループの流れをくむ、小さなグループ4人が今回の犯行に及んだのではないかと言われています。この東インドネシア・ムジャヒディンも、西インドネシア・ムジャヒディンもISに対する支持を表明しています。

竹田氏
竹田氏

刑務所がテロリストの「聖地」に

荻上 もともとISを支持していたのではなく、途中からということですか?

竹田 そうです。もともとISとは別のテロ組織でした。彼らは「ジェマ・インスラミア(JI)」という、東南アジアの広域テロ組織に所属していたのです。ところがインドネシア政府がJIを非常に厳しく取り締まり、組織を解体しました。その残党がポソにいたわけです。

ですから、もともと東南アジア全体を視野にカバーする巨大なテロ組織JIの一部が、ISの支持に回ったということです。また、「イスラム国家を作る」という共通の思惑もあります。そうした中で、国内で行き場のないJIの残党や貧困層の若者たちがISに共鳴するというわけです。

荻上 なるほど。これまで警察に追いやられてきたJIの残党が、反警察という理念のもとにISと合流し、今回のテロを引き起こしたということになるわけですね。

竹田 そうです。実行犯4人のうち2人は過去にもテロ容疑で有罪になっています。また、実行犯4人ともイスラム過激派の有力な精神的指導者であるアマン・アブドゥラフマンが収監されている「ヌサ・カバンガン刑務所」を訪ね、接触していたことが明らかになっています。そこで今回の事件に関する指示が下された可能性も考えられます。

荻上 刑務所では外部からの面会が簡単にできる環境になっているのですか?

竹田 はい。刑務所の管理体制は非常にずさんで、面会はかなり自由にできます。とくにヌサ・カバンガン刑務所には、もう一人の精神的指導者アブバカル・バアシルも収監されています。ここに行けばISを支持する重要なテロリストに会える。刑務所がある意味、テロリストの「聖地」となっている面があるのです。

また、刑務所の管理に対するメディアの批判を受け、治安当局が刑務所を捜索したところ、アマンの周辺の人々から27台のスマートフォンが見つかりました。刑務所内の監視体制は非常にゆるいため、受刑者もスマートフォンや携帯電話を自由に使えるわけです。

さらにアマンのいる部屋は4人部屋で、そのうちの1人もイスラム過激派で、フィリピンからの武器密輸グループの有力者だったです。考えられませんよね。悪い人同士を同じ部屋に入れてしまうから、話題は悪いことしかないでしょう。ですから、さらに過激さを増していく。しかもスマホがあって、すぐ外とも連絡がとれると。

荻上 刑務所の効果として、更生のためのプログラムもありますが、もう一つは「無力化」というのがあります。刑務所に入っている間は犯罪に手を染められない環境を作るということですが、どちらも機能していないですよね。

竹田 無力ではなくて、むしろエンパワーです。アブバカル・バアシルはバリ島テロ事件で逮捕された時はやせ細っていましたが、刑務所に入って太ってしまいましたから。今は77歳と高齢にもかかわらず、非常に健康です。その彼が、今インドネシアのIS支持者の頂点にいるんです。その次にいるのが若手の指導者アマン・アブドゥラフマンです。

荻上 映画や漫画の世界みたいですね。さきほど、インドネシアでは徹底的なテロ対策を行ってきたというお話がありました。そうして大勢のテロリストたちを捕まえて刑務所に入れたところ、今度は刑務所がテロリストたちの養成所になってしまったというわけですね。

シリアへ向かうIS支持者たち

荻上 そうした中で、スマートフォンなどを使って外部のISILと繋がり、具体的な作戦や細かいことも詰めていくわけですよね。

竹田 はい。ISの側はシリアにバルン・ナイムという情報担当の若手指導者がいます。彼がFacebookやブログを通じて、連日インドネシアに向けて「シリアに来ないか」と呼びかけているんですね。シリアの首都ラッカがどれほど素晴らしい街か、また多国籍のIS戦闘員が異教徒と戦っていると実況放送を含めながら動画で配信しています。

それでインドネシアの若者がスマホを通じて影響を受けるわけです。シリア

の場合、ISの戦闘員は日割りで給料がもらえるとよく言われます。するとシリアにいけばお金儲けができると思う人もいるし、イデオロギー上は死後の世界に憧れる人もいるし、さまざまな動機でシリアに行く。

たとえば最近、トルコ政府が200人のインドネシア人に対して入国拒否しました。彼らはトルコのイスタンブールを経由してシリアに向かう途中だったので、テロリストにリンクする危険性があると判断したわけです。非常に衝撃的なのは、実はこのうちの半分は女性や15歳以下の子供でした。

なぜ女性が子供を連れていくのか。一つの考えは、夫が単身赴任で既にシリアに行っており、その後を追っかけている。もう一つは、インドネシアにいる未亡人が新しい生活を見出すためにシリアに行く。さまざまな動機がありますが、やはりネット空間で簡単にリンクできてしまう点が大きいのだと思います。

求められるテロ対策とは

荻上 警察を何万人も配置するより、刑務所の周りのWiFiの電源を切ることの方がテロ対策としてはより効果的なのではないですか?

竹田 たしかにそうなのですが、目の前の問題をすぐ解決できないのがインドネシアという国なのです。たとえば、ジャカルタでは常に大渋滞です。本来であれば空港からジャカルタ市内まで1時間くらいで行ける距離なのですが、3時間前後かかります。夜に雨が降っていた時のワースト記録は、6時間だったそうです。高速道路が渋滞することは誰もが分かっているわけですから、なぜもう一本作らないのかと思いますよね。それをしないわけです。

荻上 それは財政上、厳しいということですか。

竹田 財政の問題もあるかもしれませんが、今のままの方がお金を儲けられる人もいて、さまざまな利権があるのだと思います。だから解決しない、もしくはできない。たとえば、ジャカルタの国際空港はすごく古くて、東南アジアの他の近代的な空港と比べると非常に前近代的な感じです。私も最初は古臭いなと思ったのですが、何度も行っている間にこのままでも味があって良いのではないかと思うようになるんです。

シンガポールのように全員が近代化を追わなくても良いじゃないか。インドネシアのようにスローペースで、目の前の問題を少しずつ解決していく国もあって良いじゃないかと、交通渋滞にどっぷり浸かって、私自身が変わってきました。それくらい考えないとやっていけません。

荻上 なるほど。同じように、テロ対策で分かっている部分に対しても力を注げない面があるわけですね。

竹田 今回の事件もそうですが、インドネシアの過激派はJIが壊滅される前から同じ人脈で繋がっているのです。精神的指導者はずっと同じなんですね。過激派の長老、アブバカル・バアシルはJIの精神的指導者であり、バリ島の爆弾テロ事件の時もリーダーでしたから。しかし、テロの実行犯ではないので処刑されないんですね。若手のテロリストを育成し、影響力を行使してテロリストを生み出す。ですから、旧来的なネットワークが続いているのです。その中からいくつかのグループが出来てきます。

荻上 そうしたことが分かっていながらも対処できないという現実、歯がゆくもありますよね。

竹田 そうですね。現在、インドネシアを含め東南アジア全域でイスラム教徒が多い国はフィリピンとマレーシアです。これらの国でも、ひょっとするとジャカルタのテロ事件のようなことが起きるかもしれないと危惧しています。

荻上 ネットワークが国境を越えて広がっていくということですか。

竹田 はい。すでに、フィリピンやマレーシアからシリアのISへ渡航する人々が出てきていますから、自分たちの国に戻ってきて事件を起こすのではないかと考えられます。今回の実行犯の場合はシリアに行っていない、ホームグローン型(自国で育った)のテロリストですが。

荻上 テロ対策となると単純に何が問題だと還元はできないものの、やはり各国が同時期に、国ごとの固有の課題にしっかり向き合っていかなければ、テロの拡大を防ぐことは難しいわけですか。

竹田 そうです。インドネシアが今やるべきことは何かというと、まずは刑務所の管理体制の改善です。これをしっかり取り組まなければなりません。あとはテロリストの出所後のフォローです。現在、こうしたことは行われていないので、受刑者が出所後にまたグループを組んで、さらに過激化してしまう。今回の事件もそうでした。

荻上 なるほど。そうした悪い循環を断つことがまずは重要だということですね。

Session-22banner

プロフィール

竹田いさみ海洋安全保障

バンコク、ジャカルタ、シンガポールなど東南アジア地域を中心に、世界の現場で調査研究を行ってきた。カバーする分野は、東南アジアの実情、テロなど過激派の問題、海賊など海洋問題。海洋帝国を築いたイギリスの海洋史も詳しい。また、東南アジアや中国を代表する第一線のジャーナリストを動員して、国際問題を討論するメディア・フォーラムを開催し、数多くの国際的なコーディネーションを手掛ける。著書に『国際テロネットワーク<アルカイダに狙われた東南アジア>』、『世界を動かす海賊』、『世界史を動かす海賊』など多数。アジア太平洋賞特別賞などを受賞。上智大学大学院国際関係論修了、ロンドン大学およびシドニー大学に留学。国際政治史で博士号(Ph.D.)取得。読売新聞や朝日新聞の有識者委員、海上保安庁政策アドバイザー、防衛省政策懇談会の委員などを歴任。

この執筆者の記事

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

この執筆者の記事