地下資源に群がる精霊たち――モンゴルにおける鉱山開発とシャーマニズム

家畜の「減少」・水不足・粉塵被害

 

シャーマンの話に入る前に牧民たちの窮状にもう少し耳をそばだててみよう。現在、彼らは家畜の減少や水不足、粉塵による健康被害といった問題に悩まされている。牧民たちは水不足と牧草地の悪化の原因をオユートルゴイの鉱山開発が原因だと理解している。彼らの語るところによると、鉱山建設には莫大な量の水を要する。オユートルゴイ鉱山は地下水脈を掘り当てて、そこからパイプラインで水を鉱山敷地内に供給するという方法をとった。そうした中、牧民たちが使う井戸の水量は減り、中には枯れ上がるものも出てきたのだという。

 

また鉱山開発によって牧草地の草の生え具合も悪くなったのだとも語る。そんな矢先、ゾドとよばれる大寒害が2008年から3年続いてこの地域を襲い、多くの家畜が凍死した。鉱山敷地に程近いある井戸の近くに夏営地を置く牧民(63)は、かつてその井戸を利用していた牧戸は10軒ほどあったが、今は彼の家のみになってしまったのだと嘆いた。

 

その理由は不明なのであるが、こうした「水不足」にさらなる拍車をかけているのが「井戸の私有化」である。すなわち裕福な郡センターに住む不在畜主たちは掘削ドリルを使って深井戸を掘り、ポンプ式の汲み上げ施設をつくった。そして、こうした井戸のポンプ小屋に鍵をつけて井戸の「所有者」以外の人間が使えないようにしたのである。本来、モンゴルの遊牧民にとって井戸は誰の所有物でもなく、地域の牧民なら誰もが利用できるというのが慣わしであった。こうした井戸の「私有化」によって、貧しい牧民たちはさらなる「水不足」へと追いやられたのかもしれない。水のないところでは、人も家畜も生きてはいけない。

 

水のない草原は牧草地にはならず、単なる草原でしかない。川や湖といった地表水がほとんど存在しないゴビ地域において井戸の私有化は、牧草地の事実上の私有化であるといっても過言ではない。しかしここで重要なのは、牧民たちは水不足と牧草地の悪化の原因をオユートルゴイの鉱山開発が原因だと理解しているという点である。

 

「(鉱山会社が)あちらこちらで土地を掘り返したので、大地が怒っているのだ」

 

彼らは口を揃えたかのようにそう語る。オユートルゴイ鉱山側も、この事態に対処すべく鉱山周辺域に住む牧民たちのために冬の家畜小屋を建設してあげたり、井戸を新たに掘って牧民に提供したりした。また、鉱山敷地の中心から直径20km圏内を影響圏と呼び、その圏内で放牧をしていた牧民に対して、補償金(一種の立ち退き料)が支払われたのだという。牧草の不足を補うために干草が鉱山会社から提供されたこともあった。

 

しかし、それでもなお、(あるいはそれがゆえに)牧民たちは不満を口にする。「オユートルゴイは俺たちのことを相手にしてくれない」と。

 

こうした不満は家畜の「減少」や水不足だけではない。鉱山周辺域には、ひっきりなしに建築資材やガソリンなどを運ぶタンクローリーが行きかっており、未舗装の道路が多いこともあり、草原に粉塵を撒き散らしているのである。

 

 

砂煙を巻き上げるタンクローリー(オユートルゴイ鉱山付近)

砂煙を巻き上げるタンクローリー(オユートルゴイ鉱山付近)

 

 

こうした資材は陸路で中国から入ってくる。中国人のドライバーたちは近道をするために草原、すなわち牧草地を通過することも少なくないのだという。その結果、鉱山周辺の牧民たちの生活圏である草原は常に粉塵にさらされることとなった。

 

また、トラックが巻き上げる粉塵による被害は家畜だけではない。牧民立ちの中には呼吸器系健康不安を抱えていることを訴える者も少なくない。聞き取り調査をした牧民たちの中には咳き込みながらインタビューに答える者も多くいた。また、家畜の原因不明の死や下痢といった問題を口にするものもいた。

 

オユートルゴイ鉱山は開発に伴う地元住民への補償を行ってはいるが、決して地元の人々は満足していない。

 

 

粉塵被害を語る牧民の老婆

粉塵被害を語る牧民の老婆

 

 

シャーマンの誕生

 

そんなハンボグド郡でシャーマンが増えている。2012年現在、ハンボグド郡には30人ほどのシャーマンがいるといわれている。このハンボグドのシャーマンたちは鉱山が生み出したといっても過言ではない。

 

地元の老人によると、そもそもこの地域でシャーマンがいたという話は聞いたことはないという。住民の多くはモンゴルの他の地域と同様に仏教を信じてきた。そんな場所にシャーマニズムが広まるきっかけとなったのは、2007年のことである。ちょうど、オユートルゴイ鉱山の工場建設が開始されて間もない頃のことだった。一人の足の不自由な老人(シャーマン)がバガノール(ウランバートルの東100kmほどに位置する炭鉱都市)からこの地にやってきて「布教」を開始したのだという。人々は彼のことを「バガノールのシャーマン」と呼んだ。

 

バガノールのシャーマンは、当初ハンボグドの人々に全く相手にされなかった。しかし徐々に占いや相談をする地元住民も出てき始めた。やがてバガノールの老人は、仲間のシャーマンを二人ほど呼んできたのだという。そんな中、2008年、ハンボグド郡の住民の中から、バガノールのシャーマンに弟子入りし、二人のシャーマンが誕生した。

 

一人はテルビシ(仮名)といい20台半ばの男性であり、もう一人は彼のオバでもある50代の”チムゲー”(仮名)である。彼らはともに郡センターの住人だった。やがてバガノールのシャーマンとその仲間は故郷に帰り、この二人が次々と弟子をとることでハンボグドにおいてシャーマンとその信者が増えていった。シャーマニスト的にいうならば、精霊たちは、地下資源に群がり始めたのである。

 

聞き取りを通じてわかってきたのは、ハンボグド郡でシャーマンとなった者たちは、第一に鉱山開発の利権にまったく預かってこなかった者たちだということである。彼らの中にはイラク丘で儲けた者もいなければ、鉱山関連の職についていた者もいない。

 

例えば、病院の看護士であったり、ただの学生であったり、失業者といった者たちである。また牧民の中からシャーマンは誕生していない。いいかえるならば、定住区である郡センター住民の中で比較的貧しい者たちがシャーマンとなっているというわけである。

 

最初にシャーマンとなり、現在は多くの弟子シャーマンを抱えるテルビシも仕事がなく喧嘩による傷害罪で服役していたこともあるのだという。お金もない。家族ともうまくいかない。そんな彼がシャーマンとなったのは、師匠に「おまえは精霊を受け入れないと死ぬぞ」といわれたからである。

 

こうした不幸や災厄の原因を精霊に求める災因論的思考は、モンゴル国内のブリヤートのシャーマニズムに由来するものだといってよい。かつてドルノド県のブリヤート人たちの間でシャーマンが増え始めたとき語られていたのは「おまえはルーツにねだられている。シャーマンになってルーツ霊を憑依させないと死ぬぞ」という文句だった。ここでいうルーツ(現地語ではオグ)とは、その人をシャーマンにさせるべく病気や悩みで知らせていた先祖霊のことである[島村2011]。

 

そしてこの思考法は、ルーツを「天」や「崇拝の対象)といったふうに表現を変えながらウランバートルやそのほかの地域に伝播していった[島村2011]。仏教の場合、災厄の原因の説明は行われずにラマが厄除けの経を読むという形で対処する場合が多い。現代モンゴルのシャーマニズムの特徴は、「何か悪いことがあればその原因を精霊に帰しめる」と同時に「それを解決するにはシャーマンになるほかに道はない」と思う思考法であるといってよい。

 

すなわち鉱山開発によって派生した貧富の格差がこの災因論的思考と結合した結果、周縁化された者たちがシャーマンになっているのである。

 

新たにシャーマンとなった者たちは想像上の社会的地位を獲得することで、親族や信者から崇敬と畏怖の念を得ている。すなわち、シャーマンに憑依してきた精霊は、そのシャーマンの地位をタイジ(旗長レベルの王侯)、ノヨン(貴族)、トゥシメル(官吏)といった清朝時代の王侯貴族の名で与えるのである。こうした地位はシャーマンに憑依する精霊=先祖霊の生前の地位であると解釈されている。

 

 

富の再分配か、マルチ商法か

 

ひとたびシャーマンとなると、彼/彼女の精神的および肉体的不調は劇的に改善されるといわれている。しかしそれ以上に目に見える改善点はその人の生活水準である。新たにシャーマンとなると信者(圧倒的にほとんどが家族・親戚)たちからの経済的な援助を得ることができる。

 

例えば前出のテルビシは「精霊の導きにより、すべてがうまくいくようになった」という。というのも彼に憑依してきた精霊が「私のメッセンジャー(すなわち精霊のメッセージを伝えるシャーマンのこと)は、新しい6枚壁のゲル(遊牧民の移動式住居)に住まなくてはいけない」と言ったので親族や弟子たちが新しいゲルを提供してくれたのだという。

 

ゲルは折りたたみ式のハナと呼ばれる格子状の壁で作られている。6枚壁とはかなりの大型のゲルである。彼は郡センターに固定式のゲルを構えており、中には大型のフラットTVや冷蔵庫、立派な家具が置かれていた。こうしたものもどうやら精霊の託宣によって信者や弟子から提供されたものであるらしい。

 

シャーマンにとって収入を得る最も大きな機会は、誰かをシャーマンにすることである。弟子をとりシャーマンにするためのイニシエーション儀礼「チャナル」において、師匠シャーマンに対して高額の謝礼が支払われるのである。師匠への謝礼は、ハンボグド郡において100万T~300万T(約6万円~18万円)ほどかかるといわれている。

 

それに加えて、太鼓などのシャーマンの道具やシャーマンの帽子やコート、靴といった衣装の製作など儀礼に100万~200万Tほどかかる。当然にして貧しいシャーマン候補には、その出費は耐えられるものではなく、家族や親戚が分担して支払うことになる。こうした親戚のことを「血統を同じくする人々」〔オダミーン・オルソード〕という。親族のうち、誰が何に関する費用を支払うかは、精霊の託宣によって決められる。つまり、シャーマンの信者は、一義的には新シャーマンの家族や親戚ということになる。

 

他にもシャーマンには収入を得る手段がある。ハンボグド郡のシャーマンたちは一ヶ月のうちに少なくとも1回、多いときは2回、家族や親戚を集めて会食を伴った儀礼を行う。そのときシャーマンが憑依させる精霊(集まった人々にとっては先祖霊でもある)への捧げものとして現金が渡されるのである。こうした余剰は「鉱山開発」によってもたらされたものである場合が多い。すなわち、シャーマンの誕生とシャーマニズムの実践自体、経済的に鉱山に「依存」しているわけである。しかし、いずれにせよ、ハンボグドにおいてシャーマニズムは偏在が進む「富の再分配のシステム」として機能していることは確かであろう。

 

しかし、こうしたシャーマンたちの活動は必ずしも皆に受け入れられるものではない。事実、シャーマニズムに否定的なある郡政府の管理職の女性は「シャーマニズムは単に親戚から金を集めるためにあるようなものよ」と語った。彼女の話によると、ハンボグドでシャーマンとなったある中年男性が儀礼を通じて金を集めて会社を設立したのだという。

 

確かに信じない人々にとってシャーマニズムは、一種の金儲けにしか写らないかもしれない。首都ウランバートルにおいて同様の問題が詐欺事件として扱われることもあり、シャーマニズムはマルチ商法ではないか、という記事が新聞に掲載されたりもしていた。ハンボグドにおいてシャーマンたちのカネの流れについては現在のところ不明である。彼らの資金集めがマルチ商法的な方法論をとっているのか否かは、今後さらなる検証が必要であろう。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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