政府試算から考えるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の是非

▶シノドスの電子メールマガジン「αシノドス」

https://synodos.jp/a-synodos

▶英語の「話し方」教えます!「シノドス英会話」

https://synodos.jp/article/23083

3つの試算をどう判断するか

 

これまでの議論から、自由化の対象範囲、自由化で考慮する効果、経済効果の把握方法という3つの視点から判断するかぎり、内閣府試算がもっとも包括的な試算であって、日本全体への影響を評価するという目的に即せば好ましい試算でもある。

 

経済効果分析の3つのステップ(図表1)にもとづけば、経済効果の大小はEPAの定量化で考慮したインパクトの大きさにも依存する。この意味で問題を孕んでいると思われるのが農水省試算である。

 

山下一仁氏は「TPPで米農業は壊滅するのか?農水省試算の問題」(http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2010102900010.html)と題して、農水省試算の具体的な問題点を指摘している。

 

論説では生産額の減少を試算する際の米価の内外価格差が過大である点や、現在の米価は減反して生産量を制限することで維持されているため、関税撤廃により現在の米価が維持できなくなれば、輸入米の価格よりも国産米の価格が低下する可能性が高く、結果として生産量が増加して国内農業に影響は生じないとの指摘がなされている。

 

そして米以外の農産品についても、農水省試算よりも実際の内外価格差は小さく、かつ内外価格差を補填するためのコストは農水省の予算内でまかなえることが指摘されている。これらの指摘を考慮すれば、農水省試算のGDP減少額7兆9000億円という値はより小さくなる可能性が高いといえるだろう。

 

なお、内閣府試算に関しては、試算資料をみるかぎり、自由化として何が考慮されているのか不明である。前稿でも示したように、EPAは財・サービスの自由化に加えて、さまざまな自由化要素を含んでいる。

 

試算で対象とするEPAの詳細が固まっていないことや、関税以外の貿易障壁や円滑化の度合い、人の移動といった点を定量化する手法が確立できていない現状を考えれば、何を対象として含んでいるのかを明記することが、議論を進めることにも資するのではないかと考えられる。試算の理解を助ける意味でも、開示して欲しいと思うところだ。

 

 

自由貿易協定の経済効果試算から得られること

 

包括的な試算である内閣府試算の結果に即して、自由貿易協定の経済効果を考えた場合、どのようなことがいえるのだろうか。図表4は、内閣府試算で掲載されている各自由貿易協定のうち、双方が例外品目を設けずに100%自由化を行った場合の、日本の実質GDPを抜き出して比較したものである。

 

 

図表4 個別EPA締結に伴う日本の実質GDPへの影響 出所:「EPAに関する各種試算」(https://www.gtap.agecon.purdue.edu/default.asp)中の試算1から100%自由化の場合の実質GDP成長率への影響を抽出したもの。

図表4 個別EPA締結に伴う日本の実質GDPへの影響
出所:「EPAに関する各種試算」(https://www.gtap.agecon.purdue.edu/default.asp)中の試算1から100%自由化の場合の実質GDP成長率への影響を抽出したもの。

 

 

まず試算結果から指摘できるのは、双方が100%自由化した場合、農産品といったセンシティブ分野のマイナスの影響と、他分野のプラスの影響を加味した実質GDPへの影響は、プラスであるということだ。これは自由貿易協定を進めることが、日本全体でみればメリットがあることを意味している。

 

農産品分野のマイナスの影響を是正するには、短期的には政府からの直接支払いといった補助金を主業農家に与えることで国内生産を維持しつつ、自由貿易協定により見込まれる域内国の貿易創造効果を足がかりに、輸出が可能な農業への転換をはかっていくことが必要だろう。

 

そしてより多くの国・地域と自由貿易協定を結ぶか、もしくは日本とより貿易関係が深い国・地域と自由貿易協定を結ぶことで得られる実質GDPの拡大効果は、大きくなることもわかる。対象となっている組み合わせのなかでは、FTAAPの効果がもっとも大きく、以下、日中EPA、TPP、日米EPA、日EUEPAの順となる。

 

自由貿易協定は、財・サービスの自由化をはじめとする貿易障壁を撤廃することで、資本・労働の効率化を促し、そのことで成長力(潜在成長)を高める政策である。貿易保護に伴う高価格は、消費者に対して実質所得の低下というかたちで「痛み」をもたらしている。貿易自由化や特定産業保護の是非を議論する際には、生産者の「痛み」がクローズアップされることが多いが、消費者の「痛み」もあわせて考慮することが必要である。

 

そして、総需要の停滞とデフレがつづく日本経済の現状を考慮すれば、自由貿易協定の推進とあわせて、デフレから脱却するための財政・金融政策を推し進めていくことは、資本・労働の効率化に伴う「痛み」を是正して、自由貿易協定で期待される効果を現実のものにするという意味でも有効だろう。

 

 

推薦図書

 

AWS Access Key ID: AKIAJSA5SEKND2GVG7TA. You are submitting requests too quickly. Please retry your requests at a slower rate.

 

GTAPを主導するパデュー大学のThomas W. Hertel教授による本書は、通商政策の影響評価でしばしば用いられるGTAPモデルの内容を理解するには、必携の書籍だといえるだろう。なお、本書で対象となっているGTAPモデルやデータベースは改善が続けられている。最近の動向を把握されたい方は、GTAPホームページ(https://www.gtap.agecon.purdue.edu/default.asp)の情報を参照されることを薦めたい。

 

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

・外山文子「タイは民主化するのか?」
・中西啓喜「データサイエンスは教育を「良い方向」に導くのか?――学級規模の縮小を例として」
・笠木雅史「実験哲学と哲学の関係」
・穂鷹知美「求む、国外からの介護福祉士――ベトナムからの人材獲得にかけるドイツの夢と現実」
・久木田水生「ロボットと人間の関係を考えるための読書案内」
・吉野裕介「【知の巨人たち】ハイエク」
・内田真生「ヒュッゲ(Hygge)とは何か?――デンマークが幸せの国と言われる理由」