「テロ戦争」化しつつある、反「セックス・トラフィッキング=性的人身売買」運動

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「セックス・トラフィッキング」への関心の高まり

 

リュック・ベッソン製作・脚本、リーアム・ニーソン主演の映画『96時間』(2008年、原題 Taken)は、製作上フランス映画ながら、米国人の多くが抱える不安とファンタジーを体現したアクション・スリラー作品だ。ニーソンが演じる主人公は、十代後半の娘との関係を修繕するために仕事を引退した元CIA特殊工作員。ところがその娘がヨーロッパを旅行中、犯罪組織に誘拐され、性奴隷として地下オークションにかけられてしまう。娘の誘拐を知った主人公は、特殊工作員だったころの人脈とスキルを活用して、犯罪者たちを追跡し、拷問にかけ、殺していった末に、娘を無事取り戻すことに成功する。

 

はっきりとした勧善懲悪的なプロットに加え、海外旅行中の誘拐、そして人身売買という危機、そして圧倒的な暴力によって悪を蹴散らして突き進む正義のヒーローという、いかにもアメリカ的なテーマの数々は、娯楽映画としてはよくできている。しかし、この映画の世界観がフィクションにとどまらず、現実に展開されつつあることを知る人は、あまりいない。

 

米国では、ここ数年「セックス・トラフィッキング」への関心が高まっている。セックス・トラフィッキングとは、売春など性労働に従事させることを目的とした人身売買・人身取引のことだが、伝統的にトラフィッキングといえば国外から外国人の男女を連れてきて強制労働(強制売春をふくむ)をさせることを指すことが多かったのに対し、近年とくに関心を集めているのは国内のトラフィッキングだ。

 

具体的には、十代の未成年を甘言を用いて連れ出したり、家出をした未成年を引き入れたり、一度親しい関係になったと思わせておいて、売春をするよう仕向ける、というような行為がこれにあたる。

 

セックス・トラフィッキングの問題に取り組む団体は、次のようにいう。米国では毎年一六〇万人もの未成年が家出をしており、その多くは短期間で家に帰るものの、三分の一は最初の四八時間のうちに売春させられる。はじめて売春を行う時点の平均年齢は一三歳である、と。

 

政治家を含む多くの人たちは、メディアを賑わすこれらの数字を聞いて驚き、警察は何をやっている、もっとセックス・トラフィッキング対策に真剣に取り組め、と思うようだ。参加者が自由に売買や恋人募集などの広告を載せることができる大手コミュニティサイト・クレイグスリストが、今年の九月に「アダルト広告」セクションの廃止に追い込まれたのも、クレイグスリストが違法な売買春の温床であるとの批判が高まり、オフィスを爆破するなどの脅迫が相次いだことが理由だ。

 

 

誤った数値によって誇張される脅威

 

さて、もっともらしく提示される上記のデータは、じつはまったくあてにならない。三分の一は四八時間以内に売春をはじめるというのは、ある地方都市のホームレス支援団体の関係者が、なにかの発表で漠然とした印象を述べただけのことが、次々と引用されて広まっただけであり、そのような統計調査があるわけではないし、その発表の内容も「四八時間以内に売春に関わっている人たちと接触がある」というものだった。

 

売春をはじめる平均年齢が一三歳だという説は、引用元とされるペンシルヴァニア大学のレポートを読めば、調査方法によって不自然に低く抑えられた数値だと分かる。そもそも、これらの団体自身が行っている調査のどれをみても、平均年齢は一三歳よりずっと上だ。(このあたりのデータのおかしな点は、希望があれば別に解説します。)

 

もちろん、これらの数値より人数が少なくても、平均年齢が多少上であっても、この問題に真剣に取り組まなくてもよいということにはならない。人数や平均年齢の点で誇張があったとしても、少なくない家出少年・少女たちがサバイバル・セックス(ほかに生活の手段のない、おもに路上居住者が、生存のために売春などを行うこと)に足を踏み入れているだけでなく、大人や犯罪組織によって売春させられている――そして、住み家やドラッグや「愛情」と引き換えに、売り上げをかすみ取られている――ことはまぎれもない事実であり、関心がもたれるべきだろう。

 

しかし、明らかにおかしな数値が大々的に宣伝され、それによって脅威が誇張されることは、取るべき対策を誤らせることになる。

 

たとえばおなじ「未成年の売春」であっても、十〜十四歳くらいの子どもが騙されたり脅されたりして強制的に売春させられていると認識するのか、あるいは生活に困った十六〜十八歳くらいの青少年がかれらなりにリスクと実益を天秤にかけたうえで売春を選択していると認識するのかでは、社会が取るべき対策がまったく異なってくる。

 

前者であれば、とにかく警察の取り締まりを強化して子どもの性的搾取を止めるべきだという考えが成り立つが、もし後者のほうがより現実に近ければ――わたしはそう考えているが――ただ取り締まりを強化するよりも、未成年たちに売春に関わることのリスクをより正確に理解させるとともに、それほどのリスクを背負わずとも生活ができるだけの経済的支援と教育機会を与えるほうがよい、という議論もできるはずだ。

 

 

売春組織殲滅に転用されるテロ対策

 

しかしここ数年のあいだ、売買春やセックス・トラフィッキングをめぐる米国での言説は集団ヒステリーに陥っており、理性的な議論がなかなか通用しない。

 

未成年の売春の裏には、米国社会に深刻な影響を及ぼしている貧困や差別や家庭内における子どもの虐待の問題があるのだが、それらについて理性的に対処を重ねていくという方向の対策はほとんど行われないまま、「人身売買組織があなたの子どもを誘拐して性奴隷として売り飛ばす」という不安ばかりが広まっている。

 

そして、そうした不安に対して、「われわれ=正義の側」は手段を選ばず圧倒的な力で犯罪者どもを殲滅すべきだ、という方向に世論は走っている。ニーソン主演の『96時間』は、そうした「不安」と「市民感情の高まり」を、ひとりの元CIA特殊工作員である主人公を通して表現していた。

 

しかし、トラフィッキングを阻止しようと元特殊工作員が奮戦しているのは、映画のなかだけの話ではない。

 

ちょうど「セックス・トラフィッキング」をめぐるヒステリーが全国的に広がりかけた二年前に、子どもの性的搾取を止めることを目的として設立されたストップ・チャイルド・トラフィッキング・ナウ(SCTN)というプロジェクトは、ウェブサイトなどをみるかぎり一見ふつうの非営利団体だが、今年の二月からかなり特殊な戦略を取りはじめた。

 

それは、カウンター・テロリズム(テロ対策)を専門とする民間のセキュリティ・諜報会社(営利企業)と契約して、テロ組織に対抗するために編みだしたさまざまな手法を、売春組織や個々の買春客に適用し、追い詰め、殲滅しようというのだ。

 

この民間企業の名前はグローバル・トライデントというが、その背景を調べると、戦闘機などを生産しているノースロップ・グラマンなど軍需産業の元幹部たちと、米軍特殊部隊の元隊員、そして中東において米国のプロパガンダ放送などを行っていたメディアなど、軍事・諜報関係者によって運営されている。

 

STCNとの契約にもとづくプロジェクトには、たくさんの元特殊部隊隊員やCIA、FBIなどの元工作員・捜査員ら、カウンター・テロリズムのエキスパートたちが属しており、何人かの部隊長のもとにいくつもの「作戦部隊」を構成している。わたしが話を聞いたのはその部隊長のひとりであり、海軍特殊部隊出身の退役軍人だ。

 

 

「作戦部隊」、三つの段階の展開

 

「作戦部隊」の展開には、三つの段階がある。

 

第一段階では、一週間ほどの準備のうえで、部隊を米国内のある都市に送り込み、売買春についての情報収集をはじめる。この段階ではたとえば、アダルトグッズショップだとか、ストリップ劇場などに通ったり、フリーペーパーの広告をみたりして、売買春がどこでどのような規模で行われているか――とくに、未成年の売買春がどこで行われているか――把握するらしい。そしてそれらの情報をもとに現地の警察のトップにかけあい、協力が得られると判断したら第二段階、すなわちより積極的な情報収集に入る。

 

第二段階では、実際に買春客と思われる人物と接触したり、あるいは逆に買春客を装って売春組織にさぐりを入れるなどして、より特定の犯罪者(買春客であれ管理売春であれ)についての情報を収集する。警察の協力がなければこの段階に入らないというのは、万が一トラブルになったときに警察が守ってくれるという確証が欲しいということだろう。

 

そして第三段階ではさらに監視を強化し、特定のターゲットを有罪にするだけの決定的な証拠を握ったうえで、警察の協力を仰ぎ、突入する。テロリストが潜んでいるといわれる村に入り込んで、情報収集し、テロ組織の内部構造を把握して、最終的に一網打尽にするという、カウンター・テロリズムの手法をそのまま国内の買春客や売春組織に適用しているのだ。

 

作戦中は、どんな些細な情報でも片っ端からデータベースに入力していくという。しかもそのデータベースは、警察が使用しているものとまったく同じシステムを採用しており、協力関係にある警察には全面的に解放されている。つまり、警察官は警察のデータベースを検索するのとまったく同じ作業で、この民間データベースに自在にアクセスできるのだ。

 

しかもそこに記録されている情報には、警察が調べようと思っても法律や規則によって調べることができない(あるいは、調べるためには一定の条件を満たした上で令状を必要とする)内容も含まれている。警察が直接捜査してはまずいような情報でも、民間企業が勝手に調べて警察に情報提供するのは認められているからだ。

 

この企業はもちろん、自分たちはあらゆる法令にしたがっており、調査において違法行為は一切行っていない、と言明している。しかしかれら「カウンター・テロリズムのエキスパートたち」が元の政府の役職にいたときに、テロリズムを抑止するためという口実で、どれだけの法令違反があり、人権侵害が起きたか考えれば、すんなり信用するのは難しい。

 

9・11事件直後のイスラム教徒やアラブ系移民の大量拘束、グアンタナモ基地やアブグレイブ収容所での拷問や虐待、テロ組織との関与が疑われた人たちの国外への拉致監禁、国内における違法な盗聴など、「反テロ戦争」の名のもとでおかされた政府の違法行為は数多い。

 

いま買春客や売春組織をテロリストやテロ組織に見立てて殲滅作戦を展開している「エキスパート」たちとは、要するにそれらの違法行為に――もちろん大部分はただ命令にしたがっただけだろうが――参加していた人たちだ。

 

 

正義の名のもとに行使される暴力

 

こうした民間組織の違法行為を咎めることができるのは警察だけだが、その警察と密接な協力関係をきずき、警察には入手困難な情報をかわりに入手して提供することができるこの組織に対して、警察がほんとうに抑止力になるのか。かれらがほんとうに違法な捜査を行わないと、どうして信頼できるというのか。

 

もっとも、かりにかれらが完全に合法的に調査しているとしても、民間企業が市民の私生活を細かく調べて――データベースに入力される情報は、買春客や売春組織の情報だけにかぎらない――警察に情報提供するということ自体が、市民生活にたいして十分に脅威だ。反トラフィッキング・反売買春運動の「特殊部隊」化は、「テロリズムの脅威」を口実にこの十年のあいだ進んできた監視社会化を、よりいっそう推し進めつつある。

 

思えば、売買春やトラフィッキングをめぐるヒステリックな世論の沸騰は、9・11事件直後の米国社会の状況とよく似ている。

 

「なぜ米国は攻撃されたのか?それは米国が自由と民主主義を掲げる国だからだ。かれらは自由と民主主義を憎んでいるのだ」という、少しでも理性を働かせればおかしいと分かるような妄言が堂々と流通し、それに異論を唱える人は「お前はテロリストを擁護するのか」と叩かれた。

 

それと同じように、いま「はじめて売春する時点の平均年齢は十三歳」という、少なくとも米国内においてはどう考えても事実に反する「統計」が流通し、それに反論しようものなら「人身売買組織を擁護するのか」と批判される。

 

9・11事件後はじめて議会で演説したジョージ・W・ブッシュ前大統領は「あなたはわれわれの味方か、さもなくばテロリストの味方だ」といったが、それと同じような単純な二元思考が、「テロ戦争」という国家プロジェクトからはみ出し、売買春やトラフィッキングへの取り組みを飲み込もうとしている。

 

あるいは、「テロ戦争」をへて引退しつつある「カウンター・テロリズム」エキスパートたちの新たな就職先、あるいは国益の防衛という役割を果たし退役した後の「生きがい」として、「子どもの人身売買」が――それが現実か幻想かはともかく――見出されているのかもしれない。

 

しかし、「テロ戦争」が米国民をちっともテロリズムの恐怖から救っているようには思えないのと同様に、単純な善悪論をもとに力に訴える「テロ戦争」的なアプローチは、ごく例外的なケースを除いては、人身売買や不当な性的搾取を止めるのにそれほど効果的だとは思えない。

 

それどころか、「テロ戦争」的アプローチが売買春やトラフィッキングの問題に適用されることは、これまで売買春の行われる現場において、性労働者運動や、公衆衛生行政、子どもの虐待防止運動、ホームレス支援運動、性暴力被害者支援運動など、さまざまな運動やプログラムにおいて実施されてきたような取り組みを、破壊しかねない。

 

それらの取り組みでは、単純な価値判断を押しつけるのではなく、複雑な現実に正面から向き合い、そのなかで苦しい状況におかれた当人たちが生きていくために必要なものを提供しつつ、少しずつかれらのおかれた状況を改善したり、かれら自身の「生きる力」を拡張していくことを目指してきた。

 

しかしここ数年のあいだに、政府からの資金提供などを通して、警察やグローバル・トライデントのような民間組織と協調的な団体と、そうでない団体に、色分けされつつある。分かりやすい勧善懲悪の構図と、正義の名のもとに行使される暴力に酔うのは、映画のなかだけにしてもらいたいものだが。

 

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シノドス国際社会動向研究所

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