ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開

通訳の現場

 

外務省員がどんな場面で通訳をするのか。大きく分けて、3つのパターンがあります。

 

第1に、正式な二国間会談、たとえば首脳会談や外相会談です。よくニュースで、長いテーブルに向き合って総理大臣と先方の大統領や首相が会談をしている映像が流れます。このとき総理大臣の隣にいるのが通訳担当官です。多くの場合、「片方向・逐次」で通訳をします。「片方向」とは、たとえば「日本語から英語にするだけ」ということです。向かい側には別の通訳がいて、その人は英語を日本語にする通訳をします。反対に「双方向」、つまり両方の通訳をすることですが、首脳会談の場ではあまりおこなわれません。だいたいの場合は先方が自前で通訳を雇いますが、先方の言語を日本語に訳すことができる通訳が手配できない場合、外務省員同士が向かい合って通訳することもあります。

 

「逐次」の反対語は「同時」です。ニュースで、たとえばオバマ大統領が広島を訪問し記者会見を行ったとき、NHKなどで、ぶつぶつに途切れながらザーッと訳していく、低い小さな声が聞こえますよね。あれが同時通訳です。同時通訳というのは、その場で出てきた言葉を間髪なく訳している。その結果、プロの通訳でも、話していることの中で取れるのは、だいたい7割くらいといわれています。8割取れたらすごい通訳です。ある程度正確性を犠牲にしたとしても、発言をすぐ訳していくのが同時通訳です。これは時間の節約につながります。それに対して逐次通訳は正確性を期して、さきほど私が、浅羽先生がお話しになったあとで逐一訳したように、通訳対象者が話したすべての内容を忠実に訳すことが求められています。外務省員がしているのはほぼ逐次通訳で、同時通訳は民間で通訳を専門にしている方がおこなうことが多いですね。

 

「発言要領」「応答要領」という言葉があります。たとえば、日本ではあまり知られていないA国との間で首脳会談があるとしましょう。普段から総理大臣の頭のど真ん中にA国のことがあるわけではありません。ですから事務方は、総理大臣に対して、会談に先立ち事前勉強会をおこないます。その際に、ごく少ない時間ながら「今回来る人はこういう方です。こういうことがポイントです。ついては、こういうことをおっしゃってください」と「事前レク」します。このレクチャーする内容が「発言要領」です。こうして事務方は、トップに対して事前に筋書きを説明します。

 

しかし、往々にして筋書きどおりには進まないものです。一例を挙げましょう。冒頭の紹介で、浅羽先生が「ガーナ、チョコレートで有名な」とおっしゃいました。私たち2人は今回の講義のために事前打ち合わせをしていたのですが、私は浅羽先生が「チョコレートで有名な」と言うとは想像していませんでした。しかし実際に訳出するときは、「famous for Ghana chocolate」と付け加えました。筋書きどおりに進まないことは多くあります。むしろ、原稿を筋書きどおりに読む人はほとんどいません。だいたい自分のアドリブを入れる。ですから、元の筋書きをそのまま英語に訳して読み上げていては仕事にならないのです。

 

「応答要領」とは、「向こう側がこう言ってきたら、こう回答してください。しかしこちら側から積極的に言う必要はありません」というものです。簡単な例で言いますと、みなさんはオフィスアワーで浅羽先生を訪ねることがあるでしょう。訊きたい質問があってそれをぶつける。これは「発言要領」ですね。しかし実は1週間前に提出しなければいけなかったレポートをあなたは提出していなかった。そういう状況で浅羽先生に会ったときは、「レポート提出してないけどどうしたの?」と訊かれたらどう答えるか、あらかじめ準備しておく。たとえば「先週は忙しくて……いま8割くらい書いているところです」とか、そういう苦しいラインを用意しておくわけです。これがまさに「応答要領」の世界です。「発言要領」の内容は、読み飛ばさない限り発動されますが、「応答要領」は「向こうがこう言ってきたら、こう回答してください」というものですから、実際には使わないこともよくあります。

 

第2に、晩餐会や立ち話です。多くの場合、公式な会談のあとに設定されます。どういう話題になるかはわかりません。というのは、ごく少数の例外を除いて、事務方は社交の会食のための筋書きは書かないからです。社交の会話となるため、予測が難しい。そのため必要なのは、特に相手の国の歴史・文化・宗教などの予習です。さらに言えば、政治家というのは国内の状況、選挙の時期、選挙において与党がどれだけ勝ったのか、次の選挙でどのような得票が予測されるのかという話題が大好きな人たちですので、そういう共通の関心について予習しておくことも大事です。たとえば、ある国の首脳と話すときであれば、与党・野党の名称、前回の選挙結果、次の選挙はどういう展開になりうるのか。そういったことを当然予習しておかないと話になりません。「この話題は出てくるだろう」と思って予習しておいたら、向こうからその話題をふられて「やっぱり」と思ったこともありました。

 

こうした社交の会話のために、外務省では「話題集」というものを用意しています。正式な会談では出てこないけれど、晩餐会や立ち話などで提起されるかもしれない柔らかいネタ帳のことです。事前レクの際に、「こういう面白い話があります」「食事のとき、ちょっと柔らかいネタでこういう話はいかがでしょう?」みたいなことも一緒にご説明申し上げるわけです。そうした準備をしておけば、相手側も「このリーダーは、うちの国のことをよくわかってくれている」と当然嬉しくなりますし、いろいろな話題が盛り上がります。場合によっては、話題集のネタが契機となり、首脳間に個人的な友好関係が生まれることも外交の世界ではよくあることです。各国首脳の人柄をよく垣間見ることができる、とても面白い機会なのですが、通訳を除けばごく限られた人しか知ることができない世界でもあります。

 

 

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第3に、外交とは少し異なる「表敬訪問」というものもあります。たとえば、米国で知らない者はいない著名な起業家や、SNSの世界の有名人が日本に来たときに、総理大臣を短時間訪問することがあります。これが「表敬訪問」です。こうしたときの話題は、外交の話をするわけではないので、いままで以上にもっとわかりにくいものです。外務省員の守備範囲ではない話がほとんどです。会話の展開は読みにくく、そもそも一体どういう話題になるのかも予測しにくい。現場での反射神経がとても重要になります。それでも、たとえ準備ができないにしても、切り口はいろいろあるんですね。たとえば、その方をモデルにした映画があれば、もしかしたらその話題になるかもしれない。事前に観ておくと、その話題が出たときに大変助かります。

 

「表敬訪問」のときはどのように準備をするのかというと、準備期間はあって2-3日くらい。その限られた中で、テスト前の一夜漬けならぬ、二夜漬け、三夜漬けで準備をおこないます。もちろん訪問をアレンジする側は、その方と日本側要人が以前会ったときの記録を通訳に提供してくれますから、そこである程度会話の内容を予測することができます。たとえば共通の知り合いがいて、その話で盛り上がったのであれば、その知り合いは誰なのかを事前に調べることができます。

 

 

必要十分な準備をしておく

 

実際に通訳するにあたり、どのように準備をするのかをお話します。

 

基本方針は「必要十分な準備をおこなったうえで、現場でベストを尽くす」ということです。ただ、この「必要十分」がクセモノです。たとえば、さきほどの政治家同士の話であれば、その国の与党野党の名前を覚えることは必要なことです。しかし、その党の過去100年間の歴史や、大統領の親戚の名前まで覚えておくのは、たぶんやりすぎです。首脳会談でそういった話題になる可能性はゼロではありませんが、出る確率はほとんどありません。そういったことに関しては努力しない。それが「十分」という意味です。やりすぎてはいけない。時間がもったいないからです。使える時間はとても限られていて、ほかにもするべきことがたくさんあります。そもそも通訳担当官は、通訳業務だけでなく普段別の仕事もしています。もちろん家に帰って休んで、体調も維持しなくてはいけません。「必要十分」な準備をするためのバランスが求められるわけです。

 

準備時間は限られています。多くの場合は1-2週間の準備期間がありますが、私が過去に経験した最短の準備期間は1分間でした。1分だと、もう開き直るしかありません。なんとかその会談は失敗なくこなしましたが、いま思い返しても恐ろしい体験でした。二度とやりたくありません。ただ、こういう機会は非常に少なく、ほとんどの場合は準備のための時間が与えられます。限られた時間の中で何をするか。まずは、参考資料のうち「何を読み、何を読まないか」の取捨選択です。必要以上のことをやってしまうと、かえって自分の負担にもなるし、あまり意味がない。「必要十分」というのはとても難しいことです。

 

次に「通訳対象者のクセを事前に見抜く」ことです。最近はYoutubeがあるので楽になりました。たとえば、ある国の首脳は英語とは別の言語が母国語なので、英語で話す時には訛りがあります。その様子はインターネット上で探せばすぐに見つかるので、通訳の前に、どんな英語を話しているか、独特の言い回しや訛りなどについて事前に勉強することができます。私の同僚のフランス語通訳は、アフリカのフランス語圏にある国との首脳会談で通訳を任されることなり、会談までの2週間、通勤電車の中でひたすらYoutubeでその首脳が話す動画を聞いて耳を慣らしていたそうです。そのくらい万全を期さないといけないこともあります。

 

「発言要領の対訳」も準備します。日本側要人に「これを読んでください」という「発言要領」は事前に事務方から渡すので、その外国語訳は事前に作成しておきます。通訳は普段与えられない情報も、その瞬間だけは「完全情報」、すなわち通訳対象者とほぼ同じ情報が与えられます。通訳は秘密の管理をしっかりしないといけませんので、その際に何を見たのかは終わったらすぐ忘れないといけませんが、会談の瞬間だけは、とても秘密度の高い話にも一瞬だけアクセスすることが許されます。そうした中で、通訳するときには細かいニュアンスを訳すように注意しなければなりません。私が担当する英語でも、自動的に「こういうふうに訳します」とできたら楽ですが、残念ながらそういうケースばかりではない。何が適当な訳なのかを常に考えなければなりません。なにより元の日本語は、上の決裁を得ていく中でどんどん変わっていきますから、用意した対訳の修正も適宜必要になります。

 

さらには現場で、通訳対象者が筋書きにないことを話すケースもある。さきほどの例で言えば、まさに「ガーナチョコレートで有名な」がそれですね。私はそれに合わせて、元あった原稿に「こういうことを言った」とメモしていきます。もちろん通訳しているときに、すべてを書き取る時間はありませんから、自分だけにわかる記号で、手元のノートにメモをしていきます。その方法は人によって様々です。

 

「英日/日英単語集」というものも準備します。電子辞書はほとんどの人が持っていると思います。わからない単語が出たら電子辞書で引きますよね。しかし現場では、通訳に電子辞書を引く時間が与えられることはまずありません。ですので、知らない単語が出てきたら困るわけですね。そのために命綱として、出るかもしれない単語集をつくっておくんです。政党の名前とか、親族の名前、政治・経済・宗教用語など、すべて頭の中で覚えられるわけがありません。ですから、ポイントを絞って小さい文字でメモ帳のようなものを作り、資料の下のほうに隠しておく。聞き覚えのある単語が出てきたら、それで「あ、これ調べたぞ」と確認して、用意しておいた訳をそのまま読み上げるんです。事前に調べておいた単語のうち、20個中1個でも出れば大当たりです。1個も出なかったこともよくあります。しかし、これがあるとないとでは、現場での精神的な安定感がまったく異なります。それこそ試験本番に会場で、「あ、これ進研ゼミでみた問題だ!」となるようなもので、すごく安心できるんです。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
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