ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開

●田村優輝×浅羽祐樹「クロストーク」

 

プロは人前では足バタバタを見せない

 

浅羽 田村さん、ありがとうございます。どうしても1年生だったときのことを思い出しますね。僕が大学1年生だったのが1995年、いまから21年前ですが、当時この話を聞くことができていたら、僕のその後の進路、「いま、ここ」は変わっていたかもしれない。そんな人生を変えるチャンスになるかもしれない話を、今日みなさん聞いたんだと思います。

 

ちょっとびっくりしたのは、ネタばらしを自ら進んでしてくれたということです。僕ら2人のあいだで最初にどう紹介するのか、について事前に打ち合わせをしていたんですね。黙っていてもみなさんにバレていなかったと思うんですが、なぜあえて手の内を見せてくれたんですか。

 

田村 多くの場合、まったく事前勉強なしに通訳をする機会というのはありません。特にお金をもらっているプロの通訳の場合は、事前に「こういう文脈なんです」と情報を与えられて、その中で勝負をすることがほとんどです。まるで何も無いところから魔法が出てくるように英語に訳されたように思ったかもしれませんが、浅羽先生と一緒に入念に打ち合わせしていました。とはいえ、いくら準備しておいても、それだけでは対応できないこともあります。アドリブの話がまさにそうですね。そういったところでもパッとその場で対応するという、「準備」と「現場対応」という2つの要素があるので、あえて背景を紹介しました。

 

浅羽 意地悪なので田村さんを試そうとして、「ガーナチョコで有名な」と入れてみたんです。「どう訳すかな」と僕もつぶさに見ていました。通訳をする際にも、チェックする人がその場にいることがあるということでしたが、それをこの場でも実演してみたんです。見事な対応で、さすがだな、と感服しました。

 

 

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田村 浅羽先生は意地悪なので、絶対にアドリブを入れてくると思っていました(笑)。「何が出てくるのかなあ」と思いながらメモを取っていました。あらかじめ訳していたものは手元にありますが、それだけだと信用できないわけですね。実際にどのように通訳対象者が話したのかをちゃんと見ておかないといけない。その中で、耳にひっかかるものがあったら、「これは!」と思ってメモをする。たぶん「GC」としかメモしていないんですけど。

 

浅羽 それが自分にだけわかる「言葉」、ノートの取り方なんですね。

 

田村 「ガーナチョコレート」の頭文字をとってGCと書きました。

 

浅羽 最後、食堂を見てまわったというのも何気ない話のようで、実はすごい準備なわけですよ。この講義の前に、キャンパスを一緒に一周しました。「この施設がこうで、出身高校はこんなレベルで、卒業生はだいたいこんなところに就職して、教職員はこんな感じです」とそれこそ「事前レク」を申し上げたのですが、それが全部今日の話に盛り込まれていました。驚きです。

 

田村 どういう相手に話をするのか事前に確認して準備します。金太郎飴のように同じ話だったら面白くないですし、みなさんにとってどういう話が面白いのかをまず考えます。これにすごく近いのが政治家のスピーチです。

 

選挙の応援演説で、とても有名な政治家が来ますよね。新潟県だったら知事選が今度あります(注:本講義は新潟知事選の4日前に実施された)。「県知事候補のために誰々先生という有名な国会議員が来ました」ということで、普段テレビでしか見ないような有名な人が新潟駅に来る。そういう人たちはとても選挙慣れしているので、どういうことを話せば選挙民に響くのかを熟知しています。たとえば、私と同年代でとても人気のある若手の政治家がいますが、彼はただ単にかっこいいから人気なのではなく、現場がどういうことを言うと盛り上がるのかを事前に分析しています。彼は地元トークを絶対に入れます。地元の名産品、特産物で、こういうものがおいしいという話や、ぱっと地元の方言を入れて話す。すると「あの彼が新潟弁で話した!」とみんなが盛り上がるんですね。そういうところで関心をつかんでいるわけです。私は政治家ではありませんし、今日は講義をしているわけですが、そんなときでも「観客」「顧客」がどういうバックグラウンドの人なのかは常に事前に調べて準備しています。

 

浅羽 いざ本番に臨む前に予習しておく、準備を徹底するということがいかに大切か、ということですね。同時に、「手の内を晒すことはまったく怖くない」ということも示してくださいました。とはいえ、準備している姿は普通どこまで明かしていいのでしょうか。今日はあえて示されたのだと思いますが。

 

田村 職場ではまずしないですね。プロの仕事は準備していることが当たり前で、準備の結果だけで評価される世界なので、「これだけ準備していたんだよ」と話す人はほとんどいません。そうしても何の意味もないからです。ただ、今回の場合は目的がちょっと違って、通訳のパフォーマンスをすることではなく、舞台裏、楽屋を公開することが目的だったのであえてこういうかたちを取ったというわけです。

 

浅羽 田村さんと知り合って数年になります。こういう場でコラボレーションさせてもらったのも、4年半ぶり2回目なんですね(前回の講義録は「「航行の自由」と陸での「船」造り」【PDF】として公表している)。今回も準備していただくにあたって、何度か往復する中で、最後の段階で新潟県立大学の学生、それに教職員に対象を絞って、何かメッセージを伝えてください、と無理なお願いをしました。目前の相手だけでなく、発注主にも応じてカスタマイズする。そういう姿勢を今回も示してくださって本当にありがたいです。

 

田村 私もこういう話をするのはとても好きなので、ぜひ機会があれば3回目にも呼んでいただければと思います。

 

浅羽 こちらこそお願いします。普通はなかなか足をバタバタさせているところって見られないじゃないですか。フィギュアスケートのたとえ話をしてくれましたが、練習の光景はなかなか公開されないですし、苦労話も引退後にようやく語られるものです。そういう場面を今日あえて語ってくださったので、学生のみなさんには、本番に臨む前にどれだけのことをして、あたかもそういう準備をしていなかったかのように振舞うというのを見てもらえたと思います。

 

田村 どれだけ準備してもネタを拾えないと意味がないわけですね。たとえばさきほどキャンパスを見せていただいた中で、「豆乳頂上決戦」って面白そうな企画をしていることに気づきました。しかもラーメンは200円。私がいた大学だとラーメンは300円台後半でしたので、「安いなあ」と思っていました。また、その時間は空コマだったんですね。多くの人は授業がなくて、3—4人のグループが食堂でしゃべっていました。そこから「おそらくこの大学の学生は休み時間になってもキャンパスの外には出ないだろう」ということが推定されたわけです。私は今回、新潟駅からバスで大学まで移動しましたが、ロードサイドの風景が一面に広がっていました。大学のキャンパスを出たところになにかお店があるようには見られなかった。そこから想像するに、学生のみなさんはキャンパス内、このグループの中で非常に仲がいいだろうということは短時間の観察でもある程度推測がついた、というわけです。

 

 

ハイコンテクスト⇔ローコンテクスト

 

浅羽 「ハイコンテクスト」について、「自分たちの間では説明なしに伝わる、身内だけで通じる言葉やルール」と話してもらいました。まさに大学にいる間、みなさんがいる環境というのは、そういう「濃さ」があると思うんですね。独特の言葉――たとえばCASECって何のことか、田村さん、わかりますか?

 

田村 まったくわかりません。

 

浅羽 こういうズレがあるわけですよ。CASEC(「キャセック」と新潟県立大学の中では何の注釈がなくても誰でもそう読みます)って、いま、ここにいるみなさんにとっては重要ですよね。1点でもスコアを上げたいと。TOEICの模擬試験みたいなものなんですけど、文脈が変わればまったく通じない。こういうことがまさにハイコンテクストってことなんですよね。

 

田村 ハイコンテクスト、ローコンテクストの話をするときに注意しないといけないのが、どちらのほうが良いという話ではないということです。自分たちの中でとてもわかりやすい話か、それともできるだけ万人に、日本国内だけでなくて、いろんな人にとってわかりやすいことなのかということがハイコンテクストとローコンテクストだとひとまず理解してください。

 

最近の映画だと、『シン・ゴジラ』。これはハイコンテクストの極みのような映画です。私はこの映画が大好きで、2回観ました。多くの日本人は東日本大震災を経験しています。自衛隊に対して理解があり、日本政府がどのように対応するのか、ある程度わかっています。そういう人が観たら、すごく面白いし、よくわかる。ゴジラ第二形態、いわゆる「蒲田くん」が川をのぼっていくとき、一切合切をなぎ倒し、飲み込んでいく。多くの日本人は東日本大震災のときの大津波を想起したはずです。その恐ろしさは現代の日本人にはわかる、極めてハイコンテクストな映像です。ですが、たとえば、同じシーンを観たアメリカ人のほとんどは、「汚い川から水があふれている」くらいにしか思わないでしょう。『シン・ゴジラ』をつくった庵野秀明総監督は、そこに焦点を絞って、極めてハイコンテクストな作品に仕上げたことで、日本国内で大きな成功を収めたのだと思います。

 

浅羽 狙いさえ間違わなければ、ハイコンテクストで攻めたがゆえの興行的な成功はありうるという話ですよね。

 

田村 それは十分ありえると思いますね。いい悪いという問題ではなく、あくまでどこに狙いをつけるのか。自分の立ち位置はどこで、どういう方法で狙っていくのかということです。

 

ハイコンテクストの話をしたのでひとつローコンテクストの話をすると、羽海野チカさんの『3月のライオン』というマンガがあります。最近アニメ化されましたが、非常にうまくローコンテクストの文脈をつないでいる作品だと思います。基本的には将棋の話なんですね。しかし多くの人にとってプロの将棋の世界というのは非常になじみの薄い、本来はハイコンテクストな話です。「あの一手で勝敗がついた」というように棋譜のディテールに入り込んでしまうと、羽海野チカさんのタッチで描いたとしても、おそらく多くの読者層が理解することは難しい。しかし、この作品は、将棋がわからなくても、勝負の綾とか、面白さ、厳しさといったものをとてもうまく万人に伝えるために、いろいろな仕掛けをしています。その結果、興行的な成功にもつながっているという点で、よくできたローコンテクストの鏡みたいな作品だと思います。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

・川口俊明「全国学力テストの失敗は日本社会の縮図である――専門性軽視が生み出した学力調査の問題点」
・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
・大賀祐樹「懐疑的で楽観的な哲学――プラグマティズム」
・平井和也「世界の知性は新型コロナウイルスをどう見ているのか」
・川名晋史「誰が、なぜ、どこに基地を隠したか」
・石川義正「「空洞」の消滅──現代日本「動物」文学案内(4)」