ローコンテクスト社会で<通訳する>ということ――新潟県立大学「政治学入門」授業公開

「いま、ここ」の「先」や「外」

 

浅羽 ひなちゃん、かわいいですよね~。それはともかく、私たちは「いま、ここ」で、2016年、日本で新潟という地に生きていますので、必ず文脈があるわけですよね。その中で、たとえばCASECの点を上げるとか、韓国語能力試験で級をひとつでも上げたいとか、コンテクストが濃いわけです。それと同時に、CASECというのは学外ではまったく通用しないということを、いまの時点で知っておく。そういう姿勢が大事ですよね。

 

田村 そのとおりだと思います。新潟はある程度の規模の都市で、人口も多い政令指定都市です。産業もあり、たとえばサッカーJ1のクラブチーム「アルビレックス新潟」もあります。しかし新潟から一歩外に出ると、アルビレックスは聞いたことあるかもしれませんが、レオ・シルバというボランチがすごい選手だということは意外とみんな知りません。あるいは「柿の種」「ハッピーターン」は知っていても、それが亀田製菓という新潟の超優良企業がつくっていることは、意外と日本国内、東京でも知られていないわけです。ほかの例だと、「瑞花のうす揚げ」は新潟の銘菓ですよね。私も好きで、今日もお土産に買って帰るつもりです。ただ、新潟の人がどれだけ美味いと思っても、それだけだと、新潟ローカルで終わってしまうことになりかねません。

 

みんなが当たり前だと思っていることも実はそうでもない。日本の中でもまったく文脈は一緒ではない。みなさんの中には新潟で就職する人もいると思いますが、新潟を離れて仕事に就く人も多いはずです。卒業後に出ていく世界というのは、自分たちと文脈が共有できないローコンテクストな社会ですし、そこで人生の大半を過ごすのではないか、ということです。

 

浅羽 でも、いま、なかなか実感できないし、クラスタの違う人とは直接知り合いにはなりにくい。東京には行けないし、ましてやニューヨークは行けないときに、ここ新潟にいて、4年間自分の足で踏ん張りながら、新潟以外、あるいはその先を考えながら過ごしていくにはどうすればいいでしょうか。

 

田村 やはり一番大事なのは、いまここにある新潟県立大学で使えるものをフルに使うということだと思います。先生と大学内を見てまわった中で面白いと思ったのが、SALCという施設です。英語で会話ができて、英作文を見てくれるチューターがいる。私がみなさんの立場だったら、SALCに入り浸りますね。ほとんど毎日のように利用するかもしれません。

 

なぜか。新潟県立大学を出たら、これはめちゃくちゃお金がかかることなんですよ。民間の英語教室に行って、ネイティブあるいはネイティブ並みの英語力を持つ人に、きちんとしたフィードバックを受けるには、たくさんのお金が必要です。そして多くの人は社会人になるととても忙しい。そもそもお金もかかるし忙しい中で、そんなことやっていられるか、となります。そうすると語学を磨く機会がどんどん失われていく。ところがみなさんはいま、比較的時間があります。それにSALCは無料なんですよね。だったら、私ならもっと利用するな、というのが個人的な感想です。

 

浅羽 これですよ、みなさん。自分が学んでいる環境のコンテクストのハイとローですよね。僕もまったく同感で、僕も自分が書いた論文の要旨を見てもらうときはものすごくお願いをして、「本来先生のものは見れないんです」「そこをなんとかお願いします」と、拝みに拝んで見てもらっています。みなさんは、いつでも可能ですよね。卒業後だと、お金も時間もかかります。他大学でこんなサービスがあるか。やっていません。ほとんどの大学にこんなサービスはありません。僕は毎日SALCをのぞくのですが、みんなDVDを観ているんですね。DVDを観たって、もちろん構わないんですけど、「もっと頼るべきはチューターの人でしょ」と声を大にして小一時間言いたいですね。ものすごくハイコンテクストなんですよね、学んでいる環境そのものが。

 

 

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田村 多くの人は宝の山にいると、それが宝の山だとはわからない。その宝の山から去ったあとになって、自分がいたところはなんて恵まれていたんだろうと初めて気づくことが、残念ながらよくあります。私も「大学時代もっと勉強しておけばよかった」といまになって少し後悔しています。私は法学部でしたが、法律以外の勉強ももっとしておけばよかったなと。ですが、こういう話は、ナカにいるとまったくわかりません。私もかつてそうでした。みなさんもおそらく「えっ、そうだったのか」と、いま気づいた人もいるでしょう。だからこそ、ハイコンテクストだけで生きるのではなく、ときにはまったく部外者だけの話を聞くのもそれなりに役に立つのだと思います。

 

 

≪他者≫にどう向き合うのか

 

浅羽 まさに、みなさんにとっては、田村さんがそうしたソトの人ですね。田村さんは国際舞台の第一線で、本業のプラスアルファとして英語の通訳を担当されています。「日本語から英語」「韓国語から日本語」といった、いわゆる「通訳・翻訳」ではなくて、文脈を異にするローコンテクストな社会の中で、必ずしも何かを共有していない≪他者≫に対してどう向き合うのかという意味での<通訳する>というのはどういうことなのでしょうか。

 

田村 さきほど新潟の特産品が外で通用しない、あるいはわかっている人が少ないということを話しました。卒業後、東京や大阪に行き、そこで出会う≪他者≫に対してどう向き合うのか。簡単に言うと、出汁醤油の「越のむらさき」が美味いということをいかに県外の出身者に伝えられるか、ですね。新潟県民以外で「越のむらさき」の美味さを知っている人はあまり多くありません。その美味さを伝えるとき、「美味い」と連呼するだけではダメで、まして売り込みたいのであれば、何が美味いのか、どういう料理にしたらいいのかを伝える言葉や技術が必要になります。実際、「越のむらさき」のウェブサイトにアクセスしたら、「この醤油を使ってこんな料理ができますよ」というレシピが50くらい紹介されていました。「ここはちゃんとハイコンテクストをローコンテクストにする努力をしている企業なんだな」と感じました。

 

浅羽 私と田村さんが生きている世界はかなり異なっていて、普通にしていたらなかなかクロスしないと思うんですね。今日のコラボも、ある種の「通訳」「交渉」の結果として実現しました。1年生のみなさんにとって、コンテクストの異なる人と出会い、そういう場所にアクセスすることはなかなか難しいと思いますが、何かヒントをいただけますか。通訳や翻訳に向けた「窓」みたいなものは、どうすれば獲得できるのでしょうか。

 

田村 「窓を見つけたらとりあえず飛び込んでみる」くらいの姿勢でいいのではないかと思います。言い訳はあとですればいいので、何かチャンスがあったら臆せずに飛び込んでみることです。今日はいろいろと厳しいことも言いました。たとえば、まっとうに勝負させてもらえるためにはまず基礎学力が重要であるとか。自分の語学力は足りていないかもしれないという不安は当然あると思います。しかし失敗を恐れないで、その中で自分は何ができるのか、あるいはやっていくうちに、何が足りないのかがわかってくるかもしれません。

 

通訳の世界の中で、私には大きなコンプレックスがありました。私は帰国子女ではありません。多くのみなさんと同じように、12歳でABCから学びました。この世界で、帰国子女、つまり幼少期にアメリカやイギリスで過ごしてきた人の英語表現と、中1から英語を学んだ私の表現では、どうしても差があります。私が聞いたこともないような表現をいろいろと知っている。そういう人が同僚にたくさんいます。それでも、この世界でなんとか私が生き残ることができたのは、自分自身の比較優位――他の人に比べて優っているところを武器にできたからだと思っています。私にとってそれは、日本語の能力です。帰国子女の同僚に比べて英語はできないかもしれませんが、日本で中学・高校・大学と教育を受けてきた中で、彼らが得ていないものを自分は確実に得ている。日本語から英語へ、英語から日本語へと通訳をする中でも、確実に自分のほうが上回っているという自信をどんどん磨いていくために努力しました。

 

英語と日本語、それぞれ複数の手札を持つことについてお話しました。英語だけではなく、日本語でどういう表現ができるのかも通訳の世界で死活的に重要です。その日本語表現は、ひょっとしたら中学・高校・大学で日本にいなかった人にはできないものかもしれない。私たちが英語のネイティブや帰国子女をうらやましいと思うように、彼らも私の日本語能力をうらやましいと思っているかもしれません。そう思うと気が楽になって、「これを強みに生きていく通訳になろう」と思うようになりました。これは私自身の経験で、自分のほうが劣っているところはもちろんありますが、「この分野だったら比較的勝負ができる」というものがあります。そこで勝負を賭けること。そのことが私にとって重要でしたし、みなさんにとってもヒントになるかもしれません。

 

浅羽 「正しく努力する」ということですね。

 

田村 まさにそうですね。この段階になってくると弱点の克服はあまり意味がなくて、ほかの人に比べて自分がどれだけ強いのか、強くなりうるのかというところに投資を集中させることが欠かせません。みなさんも今後、そうした局面に直面することになるかもしれません。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
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