米国予算教書を読み解く――予算案から見えてくるトランプ大統領の方針とは

アメリカ大統領が議会に提出する翌会計年度の予算案、予算教書。大統領の「所信表明」とも言われ、その発表は米国内外で大きく取り上げられる。先月23日に提出された、トランプ政権初となる予算教書。そこからは、何が読み取れるのか。成蹊大学法学部政治学科教授、西山隆行氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

 

 

予算教書をもとに予算案を立てる

 

――アメリカの国家予算とは、どのように決められているのでしょうか。

 

アメリカでは予算は法律として決定されることになっているので、通常の法律と同様に、連邦議会が基本的な権限を持っています。議院内閣制を採用している日本では内閣が法案提出権を持ちますが、大統領制を採用しているアメリカでは、大統領は法案提出権を持ちません。しかし、実際に予算を執行するのは行政部なので、大統領は必要と考える政策とその歳入・歳出の見積もりを議会に提示することになっています。これが予算教書と呼ばれるものです。

 

連邦議会は予算教書を基に予算関連法案の作成にかかります。まずは上下両院それぞれの予算委員会で大まかな方針を示し、上下両院で調整を行う。その調整案に基づいて、上下両院それぞれの歳出委員会で具体的な検討を行います。歳出委員会では、農業、国防、労働など分野ごとに設けられた小委員会を単位に公聴会なども開きつつ予算案を作成し、連邦議会の上下両院の本会議で審議、可決という流れになっています。

 

しかし、通例両院が可決する法案が同一であることはありません。日本の場合は、予算について衆議院の優越が定められているので、衆議院で可決した予算案が参議院で否決された場合には、再度衆議院に戻されて可決すれば成立することになっています。しかし、アメリカの場合は上下両院で同じ法案を通さなければならないことになっているため、各院で可決された法案を両院で調整し、調整案を上下両院で審議、可決することが必要になります。

 

その後、両院を通過した法案は大統領に送られ、大統領が署名した場合に予算法案が通過したことになる。もし大統領が予算法案に対して拒否権を発動した場合は予算案は議会に送り返されることになります。上下両院が拒否権を発動された法案をともに3分の2の多数で再可決した場合、大統領はその法案に拒否権を発動することはできません。しかし、両院が3分の2以上の多数で可決できない場合は、先ほど説明したプロセスを大統領が署名するまで繰り返すことになっていますが、会計年度が始まるまでに予算が確定しない事態も時折発生します。

 

 

――その結果として、会計年度が始めるまでに予算が確定せず、政府機関が停止するといったことも起こるのですね。

 

ええ。通常の予算案が可決されない場合は、暫定予算を組むことになりますが、暫定予算法案が通過しない場合や期限切れになった場合には、行政機能が停止することになります。

このような通常の予算過程の他にも、補正予算法案や緊急補正予算法案が作られることもあります。

 

――今回は予算教書が3月と5月、2回に分けて公表されました。

 

アメリカでは会計年度が10月から翌年9月となっていて、予算審議には半年ほどかかるので、予算教書は2月上旬に出されることになっています。トランプ政権の場合は3月に裁量的支出に関する部分のみを発表し、年金などの義務的支出、つまり既存の法律に基づいて金額が決められる支出や税制を含む完全な予算教書は5月23日に提出することになっていました。政権交代で就任したばかりの大統領については予算教書の発表が遅れることが多いですが、これほど遅いのは例外的です。

 

 

安全保障分野に重点

 

――大統領には予算案提出の権限はないとのことですが、予算教書の発表は米国内外を通じて大きく報道で取り上げられています。これは何故なのでしょうか。

 

予算教書に注目が集まるのには、いくつかの理由があります。まず、予算は法律として作成されるため、連邦議会が予算法案を作っても大統領が拒否権を発動すれば予算は成立しません。予算教書は、予算に関する大統領の基本的な方針を示しているので、それから大幅に逸脱する予算法案を議会が出してきても、大統領が承認しない可能性があります。予算が通過しない場合は、暫定予算を通過させない限り先ほど申し上げた通り行政府の機能は停止することになります。

 

政府機能の停止はアメリカでは時折発生しますが、それに対する批判は、大統領のみならず連邦議会に向かうことも多いため、連邦議会も予算教書の内容を尊重せざるを得ません。一般に予算作成権限は連邦議会にあると説明されることが多いですが、拒否権の発動までも予算作成権限であることを考えると、大統領の意向は予算審議に大きな影響を与えることになるんです。

 

 

――大統領に直接の決定権はなくとも、その意向は無視できない重要なものということですね。

 

ええ。それに加えて、予算教書には政権の基本方針が反映されていることが大きな意味を持ちます。それは、単に翌会計年度の政権の方針を示すというのにとどまりません。一般に、予算教書には、中長期的な財政運営の方針や外交、国防に対する方針なども盛り込まれています。その内容が、アメリカのみならず、諸外国の政策や企業の方針にも大きな影響を与えることになるのです。

 

中長期的な財政運営の方針を示すためには、その前提となる経済成長の見込みなども示されます。しかし、その見込みは通例高めに設定されますし、予算教書では10年以内に財政収支を必ず均衡させると記されるのが一般的になっています。トランプ政権の場合、連邦準備理事会が19年までのアメリカ経済の潜在成長率を1.8%とする中で、同じく19年までの経済成長率を3%と見込んでいます。政権側はこの達成率は減税とインフラ投資で可能だと主張しますが、それを真に受ける人はいません。そのあたりについては予算教書を読む側も織り込んでおかなければならないでしょう。しかし、それを除いても、政権がどの分野を中心に経済成長を達成しようとしているのか、外交・安全保障にどのように取り組む意向なのかを予算教書から読み取ることができるのです。予算教書が、一般教書(年頭教書)、大統領経済報告とともに三大教書と呼ばれているのは、このような事情によります。

 

 

――今回のトランプ政権からの予算教書からは、どのような方針を読み取ることができるのでしょうか。

 

トランプ政権の予算教書には、国防費や国土安全保障の費用を拡充する一方で、国務省や環境保護局の予算を大幅に削減する意向が示されています。これらは、公共支出の優先順位を決定するにあたっての基本方針をオバマ政権とは根本的に変えようという意思の表れだといえます。

 

2月に議会に提出された予算教書の表紙には、「アメリカ第一 アメリカを再び偉大にするための予算の青写真」と記されています。アメリカを偉大にするためには国防と国土安全保障が必要だという、大統領選挙の際から示されてきた認識が引き継がれています。

 

 

――国防費、安全保障予算はどれくらいの増加を求めているのですか。

 

2017年度と比べて、国防総省関連予算が10%、国土安全保障省予算が7%、増額するとしています。予算教書で国防関連費用について述べたところに、「今回の増額分だけで、大半の国々の国防費より上回っている。アメリカの歴史上、国防総省の1年間当たりの予算増額としては最大のものとなるだろう」と述べられているのが象徴的です。

 

国土安全保障に関しては、国境監視員、移民税関捜査局職員の大幅増員が記されています。また、米墨国境地帯の壁の建設費用として、2018年度に15億ドル、19年度に26億ドルを計上しています。連邦議会共和党主流派の人々は壁の建設費用を予算案から除外する動きを示していますから、それに対する牽制という意味も大きいかもしれません。とはいえ、これらはトランプ大統領が選挙の際に公言した象徴的な政策を実施するという姿勢を示しています。

 

 

――安全保障分野以外はどうなっているのでしょうか。

 

それ以外の分野については、トランプ政権は重視しない方針を明確にしているように思います。具体的には、国務省関連については、対外援助・開発支援を中心に予算を3割近く削減する方針です。敵と直接的に対峙して軍事的勝利を目指す国防総省と違い、諸外国と交渉や妥協を行ってして事前に紛争を発生させないようにすることを目指す国務省の働きは、トランプにとってはアメリカを偉大にしない活動のようです。トランプは、外国の人々に使う資金を減らし、国内の人々により多く使うと繰り返し強調してきましたが、対外援助等の予算が削減されたのはその意向の表れです。

 

また、環境保護局の予算は31%削減するとしています。実際すでに、環境問題、温暖化対策を重視したオバマ政権が導入した一連の環境規制を撤回する大統領令に署名するなどしています。その他、NASAの衛星計画の打ち切り、エネルギー省科学局や国立海洋大気庁、国立衛生研究所の予算の大幅削減も提起されており、科学技術の分野を重視しない方針はオバマ政権と対照的です。トランプ政権の予算教書からは全体的に、国防・国土安全保障関連の予算を増額し、その費用を他の分野の予算削減で捻出するという強い意志が感じられます。【次ページにつづく】

 

 

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