“共謀罪”をめぐる特別報告者の書簡で注目、国連人権理事会とは何なのか?

特別報告者の勧告は「内政干渉」にあたるのか

 

荻上 さて、こんな質問も来ています。

 

「特別報告者は日本以外の国にも報告書を送って大きな問題になったことはあるのでしょうか。」

 

阿部 もちろんレポートを受けた国としては痛いところを突かれるわけなので、それなりの問題にはなります。これまでの流れを見ると、特にアフリカやアジア、イスラムの国々で、特別報告者の指摘を過激な内容だとして強く反発したり、特別報告者制度そのものをなくしてしまおうという動きが出てきました。

 

これに対して、特別報告者制度を守ろうとする動きも欧米諸国を中心に広がっており、日本もこれまではその側に立っていたはずなんです。

 

荻上 デービッド・ケイ氏の報告書に対して日本政府は、「我が国の立場を十分に反映していない報告書になったことは極めて遺憾」と表明しています。これは、どういうことなのでしょうか。

 

阿部 特別報告者が報告書を出すときは、事前にその国の政府に見せて「どこか修正すべきところはありますか?」と確認をすることになっています。今回も草案の段階で日本政府に提出し、それに対して政府はかなり詳細な反論文書のようなものを送り返していたのです。しかし、最終的にその内容がすべて反映されたわけではなかったため、「日本政府の立場が反映されてない」と反論したわけですね。

 

デービッド・ケイ氏は、反論の文書に書かれていた細かな事実関係にかかわる修正要求についてはきちんと取り入れています。しかし、例えば特定秘密保護法に関する、日本政府からの「伝聞に基づく勧告は受け入れられない」などという意見については真っ向から拒否し、当初の立場を貫いています。

 

荻上 ただ、特定秘密保護法ですから、具体的にどのようなものを保護したのかは見せてくれない。となると当然、調査は伝聞にならざるを得ないですよね。

 

阿部 はい。そもそも何を持って「伝聞」と言っているのか分からないのですが、特別報告者は一つの報告書を書くために、さまざまな人に聞き取りを行い、必要な資料を収集し、それなりの手順を踏んで作成しているのです。ただそれが日本政府の認識と異なっているということが、政府にとって最大の問題だったのでしょう。

 

荻上 国連の加盟国として、特別報告者の勧告を受け入れる義務などはあるのですか。

 

阿部 法的な強制力はありません。この点は特別報告者制度の弱点とも言われています。しかし、果たして特別報告者に強制する力を与えることが適切でしょうか。

 

指摘を受けた側が、拒絶するのではなく自分たちの制度を振り返り改善していく。特別報告者はそうしたきっかけを与えてくれている、そう考えると、強制よりむしろ勧告の方が良いと思います。

 

荻上 強制すると内政干渉ということにもなりえますし、自分たちで改善することで血肉化した制度にしていく機会を失ってしまうことにもなりますよね。ただ、いざ耳に痛いようなことを言われると「内政干渉だ」と言う人もいますが、内政干渉の定義は強制的に他国の政治に関与することであって、ただ評価されるだけでは内政干渉に当たりません。そもそも日本は「特別報告者を受け入れる」と表明している立場であり、合意のもとだという点は、重ねて抑えておく必要がありますね。

 

阿部 もう少し言うと、表現の自由やプライバシーは国際的な基準であり、この基準はすでに各国が合意しているものです。それをベースにして特別報告者たちは意見を言っているので、まったく内政干渉ではありません。

 

荻上 自分たちで気づかない論点を第三者にチェックしてもらうからこそ、この制度の意味があるのであって、当然、対象となる国の立場が反映されない報告書にならざるをえないということですね。

 

阿部 はい。大事なことは、そもそも干渉かどうかを議論する前に、人権は内政ではないのです。それに特別報告者に強制力はないので、干渉でもありません。

 

 

国連人権理事会の目的

 

荻上 ここからは国連人権理事会の歴史を振り返っていきたいと思います。まず設立されたのはいつごろなのでしょうか。

 

阿部 設立は2006年ですが、もともとは国連ができた直後の1947年から活動していた「人権委員会」が基になっています。しかし、人権委員会は当時の各国の政治力学が非常に強く反映された組織であり、欧米諸国、旧ソ連を中心とする社会主義諸国グループ、発展途上国グループがそれぞれの人権課題を持ち、激しく衝突していました。そのため、きちんとした組織に作り替えようという声が21世紀になって台頭し、国際人権理事会が生まれたという経緯になります。

 

少し詳しく説明しますと、人権委員会はもともと本気で人権を守ろうとする組織ではなかったと言えます。1947年は、まだアメリカには人種差別があり、イギリスも世界各地に植民地を持っていました。ソ連も自国内に深刻な問題を抱えていました。国連をリードしていた国々が、自国内に多くの人権問題を抱えていたのです。そのため、人権委員会は1960年代に入るまでほとんど機能していませんでした。

 

1967年になって初めて南部アフリカのアパルトヘイトが取り上げられ、1969年にはイスラエル占領地域、1975年にはチリ、というように少しずつ国別に人権問題に取り組み始め、特別報告者制度が発達する流れにつながっていきます。

 

最初は国別の調査報告のみでしたが、1976年にアルゼンチンで起きた軍事クーデターの際に大勢の人々が失踪したことが問題となり、世界中で起きている強制失踪の問題を調査しようという動きが始まりました。こうして1980年に強制失踪を調査する作業部会が設置され、それ以降、人権課題別の調査報告活動もスタートしたのです。

 

国別の調査において問題だったのは、当時の冷戦下では社会主義諸国と資本主義諸国が対立していたため、お互いに相手のグループに属する国を調査対象にしようとして激しい政治力学が働いたということです。それが人権委員会が政治化してしまった大きな原因です。国連人権理事会はこうした反省を受けて、公正公平な理念に基づいて作り直そうと立ち上げられました。しかし、実際のところは基本構造がほとんど変わっていません。

 

さきほど言ったように、アジアやアフリカ、イスラムのグループは、特別報告者制度自体をなくすか、その力を弱めようという意思をかえって強めているところもあるように感じます。

 

荻上 普遍主義はあくまで西洋の中心主義にすぎないという批判は、もともと人権差別にかかわらず文明論としてはありましたが、「この国は差別がある」と名指しされることによって逆にそうしたロジックを強め、反発が起きることもありそうですね。

 

阿部 はい。ですので、人権課題別の特別報告者は発展途上国だけを調査の対象にするようなことはしません。日本やアメリカ、カナダなどの先進国にも積極的に調査に入り、特別報告者制度を通じて公平性を保っていこうという動きはあります。

 

荻上 日本はこれまで国連人権理事会からどれくらい勧告を受けてきたのですか。

 

阿部 これまで9人の人権課題別特別報告者の現地調査を受け入れていますが、こうした特別報告者の制度とは別に、人権理事会にはもう一つ重要な活動の柱があります。それは普遍的定期審査(UPR)と呼ばれるものです。これは、全ての国連加盟国が4年半に一度、その国の人権状況を人権理事会で審査されるという制度です。日本もこれまでに二度の審査を受け、多くの勧告を受けました。

 

荻上 それらの勧告によって、日本が改善したケースはどういったものがありますか。

 

阿部 UPRのもとでは、まだ日本が入っていない人権条約に入るよう検討してください、という勧告は受け入れています。また、人身売買の問題に関する勧告や、障害者、性的指向、子どもの権利にかかる取り組みなどについては受け入れています。ただ、アイヌの問題、在日コリアンに対する差別、死刑の廃止、難民の審査、代用監獄問題、入管の人権侵害などに関する勧告は、受け入れていません。

 

特別報告者の勧告にかんしては、今回の表現の自由に関する報告もそうですが、これまでもあまり真摯に受け入れるという状況ではなかったように思います。

 

荻上 どれに応じてどれに応じていないのかを見ると、私たちとしても国内課題としてどの問題に消極的なのかを知ることができますね。

 

最後に、これからの国連人権理事会の課題についてはどうお感じですか。

 

阿部 現在においても国連人権理事会には、さまざまな批判が向けられています。人権問題が複雑化していることと並んで、やはり大きいのは、かつての人権委員会と本質的には何も変わっていないじゃないか、という批判です。そればかりか、国連の人権保障システムにおいてもっとも重要であるはずの特別報告者制度が、近年ますます批判を受けている。そうした政治的な状況が、この人権理事会を覆っているという問題があるのです。

 

荻上 政治的なパワーバランスからは独立した形で、より中立性を確保していく。さらには、各国が良好な関係のもとに解決策を一緒に議論できるような段階までつなげていけるといいですね。阿部さん、本日はありがとうございました。

 

 

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