独自路線で国際社会を生き抜く――カタール、断交の背景

サウジアラビアをはじめとする中東9か国から断交されたカタール。小国でありながら、国際放送アルジャジーラなどを有し、その経済的豊かさを背景に国際的にも存在感を発揮している。カタールとは、どのような国なのか。小国ならではの生存戦略、断交の背景、そしてその影響について、専門家に伺った。(聞き手・構成/増田穂)

 

 

国家が国民を養う

 

――6月5日にサウジアラビアなどからの断交で注目を集めたカタールですが、そもそもどのような国なのですか。

 

カタール(より原音に近い表記としては「カタル」)は1971年にイギリスの保護領から独立した、比較的若い国です。周辺諸国と同様に君主体制(首長制)を採用しており、首長家であるサーニー家が伝統的にこの国を支配してきました。2013年6月から、タミーム・ビン・ハマド・アール・サーニー首長がカタールのトップとして政治を進めています。まだ37歳の若い指導者です。

 

カタールは2000年代に入ってから急激に国内の開発や経済成長が進み、それに伴う外国人労働者の流入から、人口も大幅に増え続けています。2017年2月末現在、カタール人口は267万人を超えていますが、このうちカタール国民はわずか30万人ほどで、残りの240万人前後が外国人です。

 

主要産業としては、産油国であるのと同時に、2015年時点で世界第4位の産ガス国で、石油・ガス産業がGDPの約半分を占めています。日本もカタールから天然ガスをLNGと呼ばれる液化天然ガスとして輸入しており、2015年度の日本のLNG総輸入量の15.8%はカタール産になります。ちなみに、2017年は日本がカタールからLNGを輸入して20周年という節目の年にあたります。また同国で生産された天然ガスは周辺国にも輸出されており、隣国のUAEには海底パイプラインを通じて輸出されています。

 

 

――経済的にはかなり潤っていたようですね。

 

ええ。カタールは豊富な石油・天然ガス生産を背景として、経済的に非常に豊かな国になりました。世界銀行の統計によると、カタールの2016年の一人当たりGDP(購買力平価ベース)は12万7千ドルを超えています。個人に対する所得税はなく、カタール国民であれば教育や医療も無償です。また国民の大半が公務員か、政府系企業の職員となるため、カタール国民は事実上、国家に養われていると言えます。

 

ただし、2014年中ごろから国際的な原油価格が低迷するなかで、カタールは財政問題を抱えるようになってきました。そのため、タミーム首長は「国は国民にすべてのものを与えることはできない」と発言するなど、国民に対して危機感を持つように訴えてもいます。

 

 

――2022年には中東ではじめてサッカーW杯を開催することで注目されています。

 

W杯に向けて、国内各地で競技場や地下鉄などのインフラ建設が急ピッチで進められています。このようなプロジェクトは外国人労働者によって支えられていますが、一方で彼らへの厳しい労働条件や低賃金などの問題も指摘されおり、国際的な批判を浴びています。

 

 

小国ならではの戦略的外交

 

――今回はカタールがテロ組織を支援しているという理由で、中東周辺国が断交に踏み切ったわけですが、これまでカタールは周辺国とどのような関係を築いてきたのですか。

 

カタールは中東のなかで見ても、国際的に見ても小国です。周辺諸国を見まわしても、サウジアラビアやイラン、イラクといった大国に囲まれていることがわかります。そのため、国際社会の荒波を乗り越えるために、さまざまな国や団体と関係を維持してきました。サウジアラビアをはじめとする湾岸協力会議(GCC)に加盟する国々はもちろん、ペルシア湾の対岸に位置するイランとも友好的な関係を維持しています。同時に、イランと長年対立してきたアメリカとも緊密な関係を維持してきました。一時期は、GCC諸国が国交をもっていなかったイスラエルとも非公式な外交関係をもっていたんですよ。

 

このほか、カタールはパレスチナのハマースやアフガニスタンのターリバーンなど、国際的に「テロ組織」として見なされる組織とも関係を築いてきました。国際社会にとってこれらの組織と直接交渉することは、立場上とても難しいのです。ですから、彼らとのつながりを築くことで、いざという時にカタールは仲介役として、双方に影響力を行使することができるのです。カタールにとっては、あらゆる外交や交流のチャンネルを維持することが、小国の生存にとって不可欠であると考えたと言えるでしょう。

 

 

――国家存亡にかかわる戦略として、テロ組織とも関係を築いていたのですね。

 

そうです。その中でも、今回の対カタール断交のなかで問題となったのは、「ムスリム同胞団」と呼ばれる組織との関係です。カタールは1960年代からムスリム同胞団と深い関係を築いてきました。さらに、2011年の「アラブの春」を経て、ムスリム同胞団が中東地域で大きな影響力を持つと判断したため、カタールは継続的な支援を行ってきたのです。

 

ムスリム同胞団はエジプトの大衆運動組織で、政治運動だけでなく積極的に社会奉仕活動を行ってきたこともあり、国民からも一定の支持を受けてきました。そして、ついに「アラブの春」後のエジプトで、ムスリム同胞団を支持基盤とするムハンマド・ムルシー氏が大統領選挙で当選したのでした。

 

ところが、アラブ首長国連邦(UAE)など一部の周辺諸国は、ムスリム同胞団は君主体制を脅かす危険な組織だと考えています。なぜなら、ムスリム同胞団は君主体制や既存の秩序を否定しようとしていたからです。また、実はUAEの国内にもムスリム同胞団系の組織があり、「アラブの春」の影響を受けていました。そのため、国内外のムスリム同胞団や関連組織がムルシー政権の誕生で勢いづくことを恐れたと言えるでしょう。

 

そのため、カタールと周辺諸国はムスリム同胞団との関係をめぐって対立を続けてきたのでした。UAEとサウジアラビアは、2014年にムスリム同胞団を「テロ組織」と認定しています。そして、テロ組織と認定したムスリム同胞団を支援するカタールを「テロ支援国家」と見なしているのです。とりわけUAEのムスリム同胞団嫌いは有名ですので、今回の対カタール断交を主導しているのはサウジアラビアではなく、むしろUAEではないかと見ることもできます。

 

このほか、サウジアラビアなどはカタールがアル=カーイダやシリアのヌスラ戦線などの過激派に資金提供を行っているとも非難しています。カタールが政府レベルでこれらの過激派を支援しているとは考えにくいのですが、個人レベルでは篤志家による寄付や、チャリティー団体を隠れ蓑にした資金提供が行われていると言われています。

 

 

――断交の背景にはトランプ大統領のアラブ外遊でサウジアラビアなどが勢いづいたという分析をされる方もいますが、アメリカと今回の断交との関係はどういったものなのでしょうか。

 

アメリカにとってサウジアラビアをはじめとするGCC諸国は、中東の重要な同盟国であり、戦略的拠点です。GCC諸国はこれまで、アメリカの対イラン政策や対テロ戦争において重要な役割を果たしてきました。たとえば、アメリカはカタールに中央軍本部を置いており、また前線基地として同国のアル=ウダイド空軍基地を使用しているのです。このほか、GCC諸国はアメリカから大量の武器を購入しているので、アメリカの軍需産業にとっては「お得意様」でもあります。2016年には、アメリカはGCC諸国に総額34億ドルを超える武器を売却しています。

 

ところが、オバマ政権時代にはGCC諸国とアメリカの関係は冷え込みました。オバマ政権はイランとの核協議をまとめ経済制裁を解き、その一方でシリアのアサド政権に対しては消極的な姿勢でした。イランやシリアはGCC諸国にとって懸念すべき存在です。つまり、GCC諸国から見ると、アメリカは中東安定化への関与を避けているように見えたのです。そこで、2017年にトランプ政権が誕生すると、GCC諸国はいかにイラン封じ込めや継続的なテロや過激派との戦いが重要であるかを説き続け、再びアメリカを中東地域への関与させることに成功したのでした。

 

今回、トランプ大統領は5月20日からサウジアラビアを訪問し、GCC諸国やアラブ諸国首脳らとの「アラブ・イスラーム・アメリカ首脳会議」に参加しました。このなかで、「テロとの戦い」や対イラン封じ込めについて協力することが確認されたのです。サウジアラビアやUAEは、ある意味アメリカから「お墨付き」を得たことにより、「テロとの戦い」の名の下にカタールに対して圧力をかけていると言えるでしょう。

 

トランプ大統領はサウジやUAEの論調に合わせるかのように、自身のツイッターでカタール批判を繰り返しています。その一方で、アメリカの国務省や国防総省はカタールを重要なパートナーであると見なしているため、トランプ大統領の発言の火消しに追われています。

 

 

独自路線と隣国との対立

 

ー―サウジアラビアとカタールにはもともと対立関係があったんですよね。「テロ支援」という理由付けは大義名分で、これをきっかけにこれまでも関係の悪かったカタールを抑え込もうとしているとも取れそうですが。

 

カタールにとって、隣国のサウジアラビアは政治的にも経済的にも大国です。もともとカタールはサウジアラビアに対して、従順な立場でした。両国が対立するようになったのは1995年頃からです。この年、カタールで宮廷内クーデターが発生し、現タミーム首長の父であり、当時皇太子であった改革派のハマド・ビン・ハリーファ氏が父親のハリーファ首長を追放し、新しい首長に就任しました。しかし、追い出されたハリーファ元首長はサウジアラビアやUAEの力を借りて、1996年にハマド首長に対するカウンタークーデターを画策しました。このクーデターは、失敗に終わりますが、これ以降、カタールとサウジアラビアの関係は非常に悪くなりました。

 

就任後、ハマド首長は「小国の生存戦略」を念頭に国づくりを行い、周辺諸国とは違う独自路線を歩むようになりました。1996年には衛星放送局のアルジャジーラを設立し、同年末ごろから天然ガスを本格的に輸出するようになると、経済的にも豊かになってきました。さらに、この頃から独自の外交路線を歩むようになり、経済問題を抱える中東・アフリカ諸国を支援したり、国内政治問題の仲介に乗り出したのです。2000年にドーハにイスラエル通商部が開設されると、サウジアラビアはこれに抗議しています。またアルジャジーラがサウジアラビアに批判的な報道を繰り返したことをきっかけに、サウジアラビアは2002年に駐カタール大使を本国に引き揚げました。

 

こうした独自路線を歩み始めた結果として、カタールはサウジアラビアやUAEと対立し始めるようになります。周辺諸国にとってカタールは「目の上のたん瘤」であり、どうにかして黙らせたいとの意図は以前から見え隠れしていました。2014年には、サウジアラビアとUAE、バハレーンの3カ国は、2013年に結ばれた「リヤード合意」の不履行を理由に、駐カタール大使を引き揚げています。「リヤード合意」とは、カタールがムスリム同胞団を含むテロを支援しないことや内政干渉をしないこと確約したものです。今回の対カタール断交と同じような問題が以前より繰り広げられていたことが分かります。

 

 

――今回の断交も、アルジャジーラの報道が一つの原因とされています。このアルジャジーラ、どのようなメディアなのですか。

 

申し上げた通り、アルジャジーラはハマド首長時代の1996年に設立された衛星メディアです。ハマド首長が5億カタール・リヤール(約1億8300万ドル)の公的資金を投じて作りました。当時、イギリスのBBCがアラビア語ニュース専門の放送局を作る計画があったのですが、その計画が中止になり、その放送局に参加を予定していたジャーナリストがアルジャジーラに加わった経緯があります。カタールの国際的な立場を象徴するようなメディアであり、またカタールの外交政策を直接的・間接的に支えています。

 

 

――近年では欧米系以外の大手国際メディアとして、存在感を表していますよね。

 

そうですね。アルジャジーラはアラブ・メディアとしても、また国際メディアとしても画期的な存在でした。それは、独裁的な政治家が大きな権力を持つアラブ諸国のメディアが扱わない政治社会問題を批判的に報じたり、民衆の側に立った報道を行ってきたからです。また、テロ組織のアルカーイダのトップであるオサマ・ビン・ラーディンのインタビューを放送したり、9・11米国同時多発テロ事件の際にはビン・ラーディンの声明を放送したことにより、「中東のCNN」として一躍国際的な注目を浴びるようになったのでした。

 

ところが、アルジャジーラは周辺諸国の問題については積極的に報道する一方で、カタール国内の問題については一切触れることはなかったため、その報道姿勢は「偏向報道」であるとの批判を受けています。サウジアラビアは、たびたびアルジャジーラの報道姿勢を「内政干渉」として非難しています。サウジアラビアの元諜報機関トップのバンダル王子は2013年に、カタルのことを「何もなく、300人程度の人口と……テレビチャンネルがあるだけだ」と発言したと報じられています。いかにカタールとアルジャジーラが嫌われているのかを示すエピソードだと言えるでしょう。

 

特に2011年の「アラブの春」に際して、アルジャジーラはエジプトの民衆運動側を積極的に報じました。その後も、ムスリム同胞団に支えられたムルシー政権に親和的であったために、アルジャジーラは他国の内政に干渉し、地域を不安定化させる存在として、批判を浴びているのです。 

 

 

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