難民とデモクラシーを考える──デンマークの難民支援NGO「トランポリンハウス」

デモクラシー・ワークショップ

 

トランポリンハウスの活動を象徴する重要な活動に、「デモクラシー・ワークショップ」がある。1年半前に始まったこのワークショップは、難民がデモクラシーについて理解し発言するために学び合う、週1回90分のプログラムである。

 

2017年8月に見学した回では、ゴル氏を中心にシリア、イラン、アフガニスタン、コンゴ民主共和国出身の9名が集まっていた。一人の参加者が書いてきた詩を朗読したいと言いだし、みんなで朗読に耳を傾けた。デモクラシーの精神を表現したという詩は、チェ・ゲバラから毛沢東まで、「革命」に関わったとされる人の名前を順不同に列挙する素朴な内容だったため、朗読のあとなぜこの人物を選んだのかという質問や批判が相次いだ。文学に精通し世界の詩にも詳しいと自負する男性は、デモクラシーというのは過程に過ぎず、現代の視点から革命の帰結を評価することはできないと反論しながらも、参加者たちは自由な議論を楽しんでいる。

 

 

democracy workshop

(出典:Trampoline House HPより)

 

 

その後、ゴル氏が短い動画を上映する。高校の社会の授業で、専制的な高校教師が銃を片手に代表制民主主義について説明するという一風変わった設定の英語ドラマである。教師は無理矢理2名の生徒を代表に選び、クラスメイトの中から誰か一人を犠牲にするよう投票で決めさせようとする。ワークショップの参加者は、あり得ない設定の動画の内容にあきれながらも、多数派のために少数派が犠牲にならなければいけないという論理が、現実の世界でも多くの政治家が好んで使うレトリックだという結論にたどりつく。

 

議論が一段落したときに、シリアからきた男性が問いを投げかけた。「誰が難民センターにいる僕たちのような人を代表しているのか。誰が僕たちを守ってくるのか」。そして男性は、その前の日に妻が泣きながら電話をかけてきた話を語り始めた。妻と子どもたちがスーパーマーケットに買い物に行ったら、荷物として持っていたシーツをレジ係に指さされ、盗んだのではないかと疑われ、30分も問い詰められていたという。

 

デンマーク語も英語も解さない妻は、二人の子どもとともに泣きながら途方に暮れていた。別の場所にいた夫は急いでタクシーで店に駆けつけ、持っていたレシートを見せ疑いを晴らす。けれども納得のいかなかった彼はすぐに店長を呼び出し、なぜこのようなことが起こったのかについて、警察の立ち会いのもとで説明するよう強く求めた。

 

しかし奥から出てきた店長はただただ謝罪するばかりで、男性をなだめ、タクシー代やお詫び金を渡そうとする。男性はそのことにたいへん傷つけられた、と憤る。男性の訴えに応えてゴル氏が話す。「誰が守ってくれるのか、それは自分自身なんだ。そしてあなたは昨日、金銭で事態を収拾しようとした店長に、基本的権利を主張した。素晴らしいことだよ」。

 

トランポリンハウスの唯一のルール、それは、「条件なしに互いを認め合うこと(‘unconditional mutual respect’)」。難民申請者のように個人識別番号(CPRナンバー)を持たない人も暮らす社会では、選挙権をもつかどうかがデモクラシーの及ぶ範囲ではない。ゴル氏は、20世紀前半に活躍したデンマークの政治学者ハル・コック(Hal Koch)を引用し、投票ではなく対話を重ねることがデンマークのデモクラシーなのだと語りかける。

 

デンマークのデモクラシーのためにも、難民が自分の声で語り始めることが必要だ、とトランポリンハウスは考える。最近ではデモクラシー・ワークショップのメンバーたちが政治集会や大学の講義、市民講座に講師として呼ばれることも増え、難民を代表して彼ら自身の声を社会に届ける活動につながっている。

 

 

democracyworkshop_soupkitchen

 

 

シスターズ・キュイジーヌ

 

トランポリンハウスが力を入れているもう一つの活動に、「シスターズ・キュイジーヌ」がある。毎週土曜日は女性だけが参加できる女性クラブが開催される。

 

難民センターに住む亡命者、難民、移民、デンマーク人、留学生など、女性問題と世界の料理に関心のある女性たちがチームを組み、2015年に「国境なき食卓(food without borders)」を謳うシスターズ・キュイジーヌが始まった。そこには、普段、男性と同じ場所では活動できない人がわざわざ遠くからもやってくる。

 

シスターズ・キュイジーヌの主な活動は、ケータリング事業である。会社や家庭でのパーティーに、世界各国のエスニック料理を取り入れたフードやデザートを届け、売り上げをトランポリンハウスの寄付金として受け取る。女性たちがレシピを考え、材料を調達し、役割を分担しながら調理し、配達をする。

 

トランポリンハウスの中にあるキッチンは、おしゃべりをしながら野菜を刻み、歌いながら食器を洗う人たちでいつもあふれている。2017年7月、ヨーロッパ最大規模の野外音楽フェスとして知られるロスキレ・フェスティバルに出店した屋台でも、オーガニック野菜を多用したシスターズ・キュイジーヌのメニューは人気を集めたという。

 

このプロジェクトをリードするトーネ・オラフ・ニルセン氏は次のように話す。「デンマーク社会では、女性が自己表現するのは当然とされ、そうしないと奇妙に思われることもあります。けれども難民としてここにやってきた人の中には、その社会規範に戸惑う人も多い。料理はそのような人にとって自分の力を表現する有効な手段なんです」。今年2月には、難民の身の上に起こったストーリーとレシピとを紹介する料理本『シスターズ・キュイジーヌ・クックブック──国境なきレシピ』が出版された。この本の売り上げもトランポリンハウスの活動に充てられている。

 

 

sisters' cuisine

(出典:Trampoline House HPより)

 

 

わたしの家、あなたの家

 

トランポリンハウスは、民間や政府の補助金、企業や組織からの寄付金、そして多くの個人からの寄付金でまかなわれている。大型の補助金の終了年を迎えるたびに、何度も経済的危機を迎えるが、そのたびにみんなの知恵と工夫で生き延びてきた。ファンドレイザーは各種の補助金獲得のために政府、財団、企業に働きかけるほかにも、アート作品の展覧会や販売会、クリスチャニア自治区でのクラブイベントなど若者文化のチャネルも利用し、寄付金と賛同者を集める活動に余念がない。それでも寄付金の多寡は、デンマークの移民政策に大きく左右される。

 

1990年頃まで移民に寛容だったデンマークの世論が変化したのは1995年に移民政策を重要政策に掲げる政党「DF(Dansk Folkeparti; The Danish People’s Party)が結成されてからと言われている(注2)。

 

(注2)Ulf Hedetoft, 2006, Multiculturalism in Denmark and Sweden, Danish Institute for International Studies.

 

1992年には、それまで配偶者に関しては無条件で可能だった家族呼び寄せのルールが厳しくなり、呼び寄せる側に一定の財産要件を課すようになった。デンマークはヨーロッパでも最初の社会統合法を設立されたが、そこで定められた毎月の難民手当が生活保護水準より低く設定され物議を醸した。

 

2003年には「24歳ルール」として知られる家族呼び寄せ規則のいっそうの厳格化が導入され、配偶者が北欧諸国以外の出身者である場合、両者が24歳以上にならないとデンマーク国内に定住できないとした。市民権獲得のための試験では「デンマークの価値」も重視されるようになり、正規雇用の年数などに加え社会的活動の経験も加味されるようになった。2016年には難民申請者の有する1万クローネ(約17万円)以上の財産を政府が没収できる法案をデンマーク議会が可決している。

 

トランポリンハウスは、このような難民に対する逆風の中、難民自身の力を引き出すための活動を継続している。「デンマークのデモクラシーはそのようなものだから」(ゴル氏)、というのが理由のすべてなのだろう。トランポリンハウスのホームページに最初に現れるのは、次のようなハッシュタグ付きの言葉である。「#わたしの家あなたの家(#MY HOUSE YOUR HOUSE)」。NGOが運営する難民のためのコミュニティセンターは、このようにしてみんなの「家」として重要な機能を果たしている。

 

Trampoline House

【HP】http://www.trampolinehouse.dk/

【住所】Thoravej 7 DK-2400 Copenhagen NV Denmark

 

 

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