2017.10.18
北朝鮮は国際的に孤立していない!?北朝鮮と深い関係をもつ国々は何を求めているのか
日本ではその国際的な孤立が取り上げられる北朝鮮。度重なるミサイル発射や核実験を受けて、国連安保理では制裁強化に向けた採決が行われた。一方で、制裁の実態を調査する国連の専門家パネルは、数多くの制裁逃れを指摘している。制裁の背後で北朝鮮と関係を続ける国々とその理由、今後の対策について、専門家の方々に伺った。2017年9月13日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「北朝鮮は国際的に孤立していない!?北朝鮮と深い関係をもつ国々は何を求めているのか」より抄録。(構成/増田穂)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →https://www.tbsradio.jp/ss954/
制裁に真剣なのは10か国
荻上 ゲストをご紹介します。北朝鮮の政治、経済、外交に詳しい聖学院大学教授の宮本悟さんです。よろしくお願いいたします。
宮本 よろしくお願いいたします。
荻上 今回の制裁、中身は一体どういったものになっているのですか。
宮本 当初は石油の全面輸出禁止など、かなり強い内容が入っていましたが、実際にはそうならず、当初の構想とは少々異なるかたちになりました。具体的な内容としては、石油輸出に関しては現状維持。つまりこれ以上増やさない。天然ガスの輸出に関しては、全面禁止です。また、北朝鮮からの輸入については、繊維製品の輸入が全面禁止になりました。
去年から行っている制裁もあわせて考えると、理論的には北朝鮮の輸出、外貨収入の90%をおさえることになったと評価されています。とはいえ、実際に90%おさえているかどうかは別の話になります。
荻上 これまでと比較すると、制裁は強化できたのでしょうか。
宮本 比較としてはそうです。ただ、想定していたほど強くはないと思います。
荻上 制裁が強すぎると暴発を招くのではないかと懸念する声もありますが、こちらについてはいかがでしょうか。
宮本 中国やロシアが強すぎる制裁に懸念を示しているのは確かです。しかし、恐らく中国やロシアが示しているのは一般的に考えられている暴発、つまり軍事的な暴走ではなく、一般の北朝鮮人が経済的に困窮し、難民となって中国やロシアに逃れて来ることでしょう。事実、90年代に北朝鮮経済が崩壊したときには、数多くの難民が中国に押し寄せました。
当時、北朝鮮は市民の経済的な困窮を背景にミサイル開発を進めました。中国からすると、あれだけ経済が崩壊してもミサイル開発を続けた以上、今回も制裁で経済を崩壊させたところで北朝鮮がミサイル開発や核兵器開発をやめることはないだろうと思うわけです。だからこそ、強い制裁には反対しているのだと思います。
荻上 そうした懸念を抑えての今回の制裁強化でしたが、効果が増したとは言いがたいわけですか。
宮本 言いがたいですね。もう一つには、そもそも制裁自体がそこまで強化されなかったことがあります。さらに、国連の専門家パネルの中間報告書発表によると、制裁に参加することになっている国々のうち、半分以上は実質的には制裁を実施していないことがわかってきています。制裁逃れですね。その分、制裁の効果は薄くなることになります。
荻上 全会一致で制裁が決まっても、賛同した全ての国が実施しているわけではないと。
宮本 そうなります。皮肉なことに、国連安保理非常任理事国の中には制裁決議に賛成しているにも関わらず、自分で制裁を破っている国がありました。ウガンダですね。世界規模で考えると、北朝鮮に注目して、制裁の必要性を強く意識している国々は限定的です。むしろ北朝鮮に対して危機意識を持っている国は本当にごくわずかなのが実態と言えるでしょう。北朝鮮がICBMを発射した日、私はトルコにいたのですが、その日にニュースでより多く取り上げられていたのはロヒンギャの問題でした。
荻上 実際にどれくらいの国が制裁に参加していないのでしょか。
宮本 正確な数字はわかりません。ただ、国連安保理は国連加盟国に対し、制裁措置の実施について報告するよう求めています。去年末までにその報告書をあげているのが193カ国のうち102カ国です。半分くらいですね。102というのも、やっと去年半分を超えたのであって、それまでは半分以下でした。北朝鮮への制裁は10年ほどになりますが、これまでずっと、半分以下の国々しか報告してこなかったのです。
荻上 報告書ではどのようなことを報告するのですか。
宮本 その報告もひどいもので、国内法で制裁措置を決めましたとか、関係省庁に制裁決議があったと通達しましたとか、その程度の内容です。私も実際の報告書を見たことがありますが、大体A4用紙1枚にもならない簡単なものです。英語で10行くらいというのもありました。
荻上 実効的な中身が伴うものと考えると、この102か国の参加も怪しいわけですね。実質的な効果を意識して制裁を行っている国は、全体の何割くらいなのでしょうか。
宮本 一生懸命やっているのは、10カ国くらいだと思います。その10カ国の中に中国も入っているんです。
荻上 あ、一生懸命のうちに?
宮本 ええ。中国やロシアを入れてそれだと思います。
武器輸出による経済発展
荻上 北朝鮮は核開発を進める一方で、経済発展も目指しています。現在北朝鮮はどのような経済成長モデルを描いているとお考えですか。
宮本 90年代までの北朝鮮は、大変閉鎖的な経済政策を行っていました。貿易も、外貨を伴わない物々交換方式の貿易だったので、貿易量が限られていました。結果として、北朝鮮が持つマーケットは非常に狭い範囲でした。その政策の愚かさに気づいたのが90年代です。90年代の経済没落はすさまじいものでしたので。
以降、自由貿易ではありませんが、それに近い貿易拡大を目指す方針に転換しました。これにより、経済成長が始まったわけです。北朝鮮にとっては、人々がお金を使って外国からものを買うこと自体が新鮮な経験でした。外貨を伴っての貿易を始めると、北朝鮮のものでも意外と外国で売れるものがあることに気づきます。それを売って、外貨収入を得て、そのお金で新しい工場設備を買い、生産を増やし、また製品輸出する、という流れで経済成長していきました。その中に、武器などの軍事関連のものが多く含まれていたのです。
荻上 どのような武器が輸出されているのですか。
宮本 一番多いのはロケット弾や小銃です。ただ、外貨収入で考えると、やはりミサイルは大きかったと思います。ミサイルによる外貨収入が90年代の北朝鮮経済を支えました。当時中東では北朝鮮のミサイルは飛ぶように売れていました。今でも中東では、イスラエル以外の国は北朝鮮のミサイルを備蓄しているはずです。
荻上 北朝鮮からミサイルを買う理由は何なのでしょうか。
宮本 やはり「売ってくれるから」というのが一つあります。そして安い。意外と、サウジアラビアやアラブ諸国連邦、カタールなど、アメリカと関係が深い国の中にも、北朝鮮のミサイルを買っていた国はあるんですよ。こうした国々は、アメリカから軍事支援も受けていて、アメリカとの関係も深く、しかもアメリカ軍の基地があるような国です。それでも北朝鮮からミサイルを買うのは、アメリカが売ってくれないからです。アメリカは、こうした国々にミサイルを売ると、中東の戦乱がさらに拡大する可能性があり、危険だと考えています。一方で、サウジアラビアとしては、隣国イラクで戦争が起こっていて、自分の国を守るために強力な武器がほしいわけです。そしたら北朝鮮が売ってくれた。だったら買う、ということなんです。
荻上 こうした市場は、今回の制裁があっても、広がっていくことになるのでしょうか。
宮本 どれだけアメリカや国連安保理が参加諸国に働きかけていくかによります。今北朝鮮から武器を輸入している国は、恐らくシリアやイランなどがメインと考えられます。それも大型のミサイルではなく、小型や中型のミサイルですね。イランなんかは自分たちの国でも大型ミサイルを生産できるでしょうから、技術を北朝鮮から導入することはあっても、わざわざ北朝鮮から大型ミサイルを輸入するようなことにはならないと思います。シリアが北朝鮮から輸入する小型・中型ミサイルの資金をイランが負担している可能性があると思います。
荻上 外貨獲得のため北朝鮮労働者も国外で就労するようになっていますが、それに伴う国外情報の流入について、北朝鮮はどう国内の統制をとっているのでしょうか。
宮本 北朝鮮にとっては頭が痛い話ですよね。だから完全な自由貿易には移行できないんです。しかし、貿易を認めなければ経済成長が見込めないから、貿易を拡大するために自由市場は認める、しかし価格に関しては国家が決める。国家は市場の動向によって価格を決める。中途半端な折衷案で、効率は悪いですが、統制と経済発展を見込むためにはここを妥協するしかない、という方針をとっています。
荻上 数少ない北朝鮮の情報の中でも、現地からはビルが立ち並ぶ風景や人々がスマートフォンを使う様子が伝えられ、国民の生活水準は上がっているようにも見えます。
宮本 ええ。よく発展は平壌だけだと言う声を聞きますが、どんな国でも首都だけ発展させるという器用なことはできません。首都が発展しているとその影響は地方にも波及します。北朝鮮全体のGDPが上がっていると考えていいでしょう。日本でも東京が一番発展しています。青森県や長野県に行って、これが日本の代表的な風景だというのはちょっと違いますよね。当たり前ですがそれは北朝鮮も同じです。
荻上 先日はアントニオ猪木議員も訪朝していますが、こちらはどうお考えになっていますか。
宮本 アントニオ猪木さんの師匠が力道山なのですが、彼がもともとは朝鮮生まれの方なんですね。力道山は朝鮮で15歳くらいで結婚して娘が生まれるのですが、妻子を置いて日本に来ました。娘さんが成長して結婚なさった方が北朝鮮の体育大臣になりました。今は辞められましたが、そういう関係もあり、アントニオ猪木さんは北朝鮮の訪問をして、力道山つながりの交流を進めています。
荻上 スポーツ外交ですね。
宮本 そうです。しかしこれは、核問題やミサイル問題とは別問題です。アントニオ猪木さんはこれまでも度々北朝鮮を訪問しています。しかし、その間に北朝鮮はどんどん核開発、ミサイル開発を進めてきました。今回アントニオ猪木さんが訪朝したからといって、北朝鮮の核開発やミサイル開発になんの影響を与えるわけでもありません。
今回の訪朝に限ってこれだけ目されたのは、これで何らかの外交的成果があるのではないかと、日本の社会が期待したからでしょう。しかし、猪木さん自身もそんなことを期待されても困ると思いますし、やはりそれは期待するべきではないのではないかと感じています。
荻上 出口が見えず、情報も少ない中で、猪木さんの会見だけ注目されてしまったのかもしれませんね。
アフリカと関係を結ぶ北朝鮮
荻上 先ほど経済制裁逃れの話もありましたが、北朝鮮と関係が深い国にはどういった国があるのですか。
宮本 地域としては、中東とアフリカです。特にアフリカは冷戦時代に韓国と北朝鮮の競争で韓国が敗れた唯一の地域です。アフリカも中東も、西側諸国に対する多少の反発があります。アフリカの場合もともと植民地だったのもありますが、西側諸国と関係が強すぎる国には反発があるんです。韓国はやはりアメリカの同盟国であり、その点で言うと西側諸国なんですよ。だから、北朝鮮のほうが受け入れやすいというわけです。
北朝鮮も仲間がほしいわけです。特に1960年代に北朝鮮は同じく社会主義陣営のソ連と中国が喧嘩し始めて、隣で戦争にまで至ったことで、社会主義陣営の連帯に頼ることができなくなりました。中東、アフリカに仲間を見出すしかなかったのです。この辺の利害関係が一致したと言えます。
例えば石油で言いますと、北朝鮮は確かにもともとソ連・中国から石油を輸入していましたが、実は70年代から中東からの石油輸入を始めています。現在も続いているはずです。よく中国の北朝鮮への石油輸出を止めろという話がありますが、北朝鮮からすると中国が止めるんだったら今度は中東から買えばいい、ということになると思います。そういう選択肢を北朝鮮に与えているのが中東、アフリカなのです。
荻上 そうした、アフリカと北朝鮮との関係について深めていきたいと思うのですが、ここで新たなゲストにご登場いただきます。アフリカ情勢に詳しい三井物産戦略研究所欧露・中東・アフリカ室長の白戸圭一さんです。よろしくお願いいたします。
白戸 よろしくお願いします。
荻上 白戸さんはアフリカでの取材経験も豊富ですが、さまざまな活動・調査などを通じて、北朝鮮の存在感を感じることは多いのでしょうか。
白戸 一つ、印象的だった取材経験があります。2007年のことですが、ある国の情報機関の方から、アフリカ連合の本部があるエチオピアに、実は北朝鮮の兵器工場があるという情報をもらいました。後に国連安保理の制裁に関する報告書にも登場する工場です。当時はまだ安保理にも確認されていませんでしたが、どうもそこでエチオピアが北朝鮮から化学兵器の材料を買って、さらに製造方法を教えてもらい、製造まで行っているらしいとのことでした。
私はそれを聞いて南アフリカからエチオピアに取材に行きました。結論から言うと、化学兵器は確認できませんでしたが、小銃や砲弾の類は、確かに作っているようでした。もちろん工場の中には入れないので、工場の近くの茂みから工場の門の隠し撮りをしました。見つかったら終わりだ、とヒヤヒヤしていましたけど(笑)。
北朝鮮の軍事産業とアフリカ諸国の関係は、今でこそ知られていますが、当時は噂ですら聞いたことのないようなものでした。私も当時一生懸命文献を探したのですが、この問題について書かれた研究はありませんでした。本当に、知る人ぞ知る問題だったのです。
荻上 実際の取材はどのように行ったのですか。
白戸 そのときは工場から出てきたエチオピア軍の女性兵士2人を捕まえて、私は北朝鮮人だと通訳に説明してもらい、その2人をハングルが書かれた車に乗せて、ちょっと酒を飲みに行ったんです。工場で何を作っているのか聞いたら、中では兵器を作っているという証言が取れました。それを記事にしたんです。写真付きで、2008年3月の記事ですね。
荻上 エチオピア以外の地域でも北朝鮮の存在感は感じたことはありますか。
白戸 取材中、空港でアジア系の顔を見かけ、パスポートを見たら北朝鮮だった、ということがありました。それはアンゴラですね。南部アフリカの国です。あとは当時から北朝鮮との関係が噂になっていたのが、ナミビアです。アンゴラやナミビアは、解放闘争をかなり長く戦っていて、しかも解放勢力が東側のソ連陣営の国でしたので、同じくソ連陣営側の北朝鮮が関与するのは理解できる現象です。
一方で、ザイール、現在のコンゴ民主共和国は、1974年にモハメド・アリの世界タイトルマッチが開かれたくらいの親米国です。このザイールもどうやら北朝鮮と関わりがあるとのことでした。これはもともと社会主義陣営寄りだったアンゴラやナミビアが北朝鮮と協力するのと違い、なかなか説明がつきにくいものでした。
この難解な状態は、国際情勢認識を変えると答えがでます。日本人は1990年くらいまで国際情勢を東西冷戦の理論で見ていたわけで、その文脈からすると、親米国のザイールに北朝鮮が入っているわけがないと思います。しかし、実はアフリカには、冷静構造以外にも重要な世界の図式がありました。それが白人少数政権、アパルトヘイトと、それにより植民地化以降差別され、搾取され、支配されてきたアフリカ全土の黒人たちとの対立です。
東西冷戦終結以前で、北朝鮮が国交を結んでいなかったアフリカの国というのは、アフリカの白人政権だけです。北朝鮮は、それ以外のアフリカの国とは、東西関係なく国交を結んでいました。宮本先生のご指摘通り、黒人社会の中にある、歴史の中で築かれた白人社会に対する反発と、そこからの解放勢力ということで、北朝鮮との関係が築かれていったのだと思います。
荻上 そうした動きはいつ頃からあったのでしょうか。
白戸 少なくとも1970年代からはあるはずです。
荻上 こうした1970年代からのアフリカと北朝鮮との関係について、宮本さんはどうお感じになりますか。
宮本 北朝鮮の目的は、基本的には韓国、アメリカに対抗する仲間を増やすことでした。しかし実際アフリカに行ってみると、対米韓以前に、まず仲間を増やすために陣営に関係なく手を結んでいくことになりました。これには北朝鮮にとっては自国と手を結んだ国々が韓国と距離を置く、または韓国に反対していくことを期待できるメリットがありました。結果として北朝鮮は、場合によっては経済的な利益を度外視して、アフリカ諸国に支援をしていたことがあります。
特に先ほど出ましたザイールには、北朝鮮は一個師団を提供しています。2万人の軍隊をつくってあげているんです。これはほとんどタダです。実際には、長期借款なのですが、利子がなかったので、タダに等しいものでした。確認される限り、アフリカにおける北朝鮮による最大の軍事支援です。もちろんそれによって、支援を受けた国は国連で、韓国ではなくて北朝鮮の支持をします。そういう効果を期待していたのが冷戦時代ですね。
格安で支援を提供
荻上 軍事的な恩恵以外に何か両者が関係を結ぶことはメリットがあったのでしょうか。
白戸 アフリカ側のメリットとしては、武器を自己調達できるということです。ナイジェリア、ウガンダ、ルワンダ、ジンバブエなど、さまざまな国で北朝鮮の影響が確認されていますが、アフリカの場合、多くの国で紛争が起こっていましたので、武器が安いというのは最大のメリットです。
旧ソ連のカラシニコフを中国がコピーし、そのコピーを北朝鮮がコピーし、アフリカでそのコピーを作っているような状況です。もはやカラシニコフと呼べるのか疑問ですが、形状や機能は同じです。
北朝鮮としては、国連での陣営票を得るメリットや、外貨獲得のメリットがります。北朝鮮からさまざまな技術職の専門家を呼び、パテント料(特許料)をとるというものもあります。北朝鮮にとってはこれも外貨獲得につながりますね。北朝鮮の医療支援団体なども現地に入っているんですよ。
荻上 医療支援団体、ですか。
白戸 医師が必要な国というのがあるんです。私もある国で北朝鮮の医者を見たことがあります。アフリカはみんな病気で困っていますから、医師がくれば助かりますし、現地の人々にとってはその医者が日本人であろうと北朝鮮人であろうと、病気を治してくれれば関係ありません。特にアフリカの国々は北朝鮮からミサイルを撃ち込まれるということはまずありませんから、脅威でもなんでもありません。医療支援は友好国を増やす目的で、人道支援の一環として無償で行われています。
荻上 今の医療支援について、宮本さんはいかがですか。
宮本 私も、医療支援についてはタンザニアで行っていることを確認しております。町医者レベルでしたが2件ほど北朝鮮の医者が、病院を構えていました。どういう治療をしているのかまではわからないですが、聞くところによるとタンザニア政府が認めているもので、やはり医療支援として行われているようでした。困っている病人たちを治す目的で医者を派遣し、国際社会でタンザニアの支持を得ていたわけです。
荻上 医療支援のほかはどうなっているのでしょうか。
白戸 他に取引があるのは、洋服や歯ブラシのような日用品ですね。日本の製品などは、アフリカの社会水準からするとオーバースペックなので、逆に北朝鮮のような経済発展が比較的遅れている国の品物の方が消費されるんですよ。例えば歯ブラシを買う時に、庶民は「核兵器の開発をしている国の歯ブラシだから買うのはやめよう」という発想はしないですよね。そういうものです。とはいえこうした製品が全体の取引に占める割合はそこまで大きくありません。
一つ示唆的なのは、アフリカでの中国の動きです。アフリカには台湾と国交を結んでいる国が4か国ほどあるのですが、中国はこの1年、これらの国が台湾と国交を断絶するよう総力をあげて取り組んでいます。アフリカのいろいろな国に圧力をかけて、台湾系の住民を追放するように働きかけています。実際台湾系住民が警察の取り締まりを受けるという事態が、アフリカ各地で起きています。
一方で中国は、北朝鮮関係者を追い出すための働きかけはしていません。中国にとって北朝鮮は確かに困った存在ですが、核心的利益に関する問題ではないということです。中国にとっては、台湾の方がよっぽど重要な問題なんですね。日本人はこうした事実を認識する必要があると思います。
荻上 アフリカにおいて、北朝鮮が警察や軍の育成など、治安維持分野に関わっているという話も聞きますが、その点はいかがでしょうか。
白戸 ジンバブエやウガンダは北朝鮮による警察への訓練が確認されている国です。宮本先生はこの問題について、アフリカの国に調査に行かれていますが、向こうも具合は悪いんでしょうね、表立って聞くと否定するんです。確かにアフリカにとっては日本やアメリカはバカにできない巨大なドナーです。外交関を悪くしたくないので、表立っては認めたくないでしょう。ただ、実際には続いている。それが実態だと思います。
荻上 アフリカで治安維持支援をすることの北朝鮮側へのメリットとは何なのでしょうか。
宮本 冷戦以降の話で言うと外貨収入です。ウガンダで調べたとき、北朝鮮のトレーナー1人あたり、1カ月500ドルで雇ってたんです。もちろん食費とか住居費は別ですが、それでも500ドルです。5万円くらい。格安トレーナーです。
現地の人に聞くと、ロシア人のトレーナーを雇うとこの10倍になるそうです。ロシア人1人の値段で北朝鮮人トレーナー10人が雇える。ウガンダからすると安くて、しかも質がいいトレーナーを雇え、北朝鮮からすれば、労働力を輸出して外貨収入を得られる。両方の利害が一致しているからこそ成り立っている契約ですよね。
荻上 北朝鮮の兵の練度が高い。
宮本 高いですね。ウガンダでの訓練を見ましたが、訓練のやり方自体は火の輪くぐりやテコンドーなど、少しロシアの陸軍と似ています。それが全部、対テロ対策として行われていました。ウガンダからすると、対テロ対策はアメリカに対する協力でもあります。
白戸 皮肉な構造なんですよね。エチオピアもそうなんです。アメリカはソマリアのイスラム武装主義勢力を叩きたかったのですが、直接介入するわけにいきませんでした。そこでエチオピアに代理で戦ってもらったのですが、その時エチオピアが使っていた武器が北朝鮮製の武器なんです。だからアメリカのために戦ってるんだけど、武器は北朝鮮が提供したものだという、矛盾する構造になっています。
荻上 アフリカでの秩序形成という国際的なコンセンサスのために、北朝鮮が貢献している場面もあるということですか。
白戸 極めて皮肉なことではありますけれども、そうですね。
荻上 自国の兵隊を派遣しアフリカで訓練させることで、北朝鮮軍はより練度を高めていくことにもなるわけですよね。
宮本 そうですね。もともと北朝鮮の海外派兵はベトナム戦争から始まりました。その当初の目的も、戦闘の練度を上げるためでした。アメリカ軍としばらく戦っておらず兵士の腕も落ちてきていたので、戦争に参加して、兵士たちを訓練するという目的もあったそうです。
荻上 制裁の決議を受けて、アフリカ諸国が北朝鮮に対する態勢を変える可能性はあるのでしょうか。
白戸 アフリカの国の中で最も民主主義が発達しているといわれるボツワナだけは、すでに北朝鮮との外交関係を切っています。それ以外の国々も、ミサイルについては直接飛んでくる距離ではないですが、核については指導者層は問題を理解していると思われます。核の場合は自分たちが核攻撃されることでなく、核のドミノの危険がありますからね。これが怖い。一つの国が核開発を認めるということは、なし崩しに世界に広がっていく可能性があるわけです。
一か国核の保有を認めてしまうと、アフリカの国々の中でも隣が持つかもしれない、それはまずい、という話になります。今北朝鮮の核開発をどうにかしないと、何十年と長い時間をかけてですが、世界中に核が拡散するかもしれない。それは世界全体の脅威です。そういう意識はアフリカの国々の中でも、少しは高まっているのではないかと思います。
荻上 ただボツワナ以外、国交を断絶している国はまだないと。
白戸 国交を持っている国のほうが多いのが事実です。私も新聞社で働いていたのでわかるのですが、今日本のメディアって北朝鮮一色になっていますよね。隣で危険なものを振り回されているのですから、それは当然です。しかし、こうした情報ばかりに触れていると、国際情勢の見方が偏ってしまいます。日本語の情報だけを見ていると、あたかも北朝鮮が孤立しているように見えるわけですが、今お話ししたように、実はそんなに孤立していないんですよね。まずはその事実を認識していかないと、先ほど宮本先生がご指摘されたように、いくら圧力をかけても、下がザル……という状況が変わりません。
状況を変えるために、日本の外務省も訓令を出したりして、一生懸命アフリカにある日本大使館を動かしたりしていますが、こうしたザルの下を埋める対策をとっていかないと、いくら制裁を強めても効果がない、ということになってしまうでしょう。
荻上 北朝鮮が孤立している、というのは日本語圏の人々だけが持っているイメージだと。
白戸 私たちの日本語ネットワークの中でそう思っているだけのことだと思います。日米ほど圧力をかけている国のほうが圧倒的に少数だ、そういう事実を認識する必要があります。
北朝鮮は孤立していない
荻上 今アフリカの話がありましたが、中東でも北朝鮮と密接に関わっている深い国があるそうですね。
宮本 イスラエルとトルコ以外は、何らかのかたちで北朝鮮との関係があると思っていいです。中東の大国といわれるイラン、エジプトとは関係があります。サウジアラビアも一時期ありました。そう考えると、中東ほぼ全域、なんらかの関係があったと言えます。国ごとに程度の差はありますが、労働者を雇うなり、ミサイルなど武器を購入するなり、さらにはもっと高いレベルで首脳陣の交流などさまざまな関係がありました。
特に軍事的なつながりで言うと、南アフリカのアパルトヘイトに全アフリカ諸国が反対していたのと同様、他のほとんどの中東諸国が程度の差こそあれイスラエルに反対していました。他の中東諸国からすると、イスラエルは中東でイスラムとかアラブの諸国を侵略する一つの悪の国です。北朝鮮もそれに乗っかっているわけです。北朝鮮は第四中東戦争の時に軍隊まで送って、イスラエルと戦っています。アラブ諸国にとっては北朝鮮が、一緒にイスラエルに対抗してくれる存在になっていると言えるでしょう。だから喜んで韓国やアメリカよりも北朝鮮のほうに頼っていく、という構図があるのです。
荻上 北朝鮮の報道で、自分たちがアフリカや中東といい関係を築いていることがニュースに取り上げられることもあるのでしょうか。
宮本 あります。印象的だったのは、アラブの春でエジプトのムバラク政権が崩壊したときです。ムバラクが辞任すると発表した翌日に、労働新聞の一面で、北朝鮮とエジプトがどれだけ協力してきたか、その友好関係の歴史が、ズラーッと並びました。ムバラクは個人的に大変な親北朝鮮家でした。あの日の報道は、そのムバラクがいなくなっても、エジプトと北朝鮮の関係はこれからもどんどん続いてゆくのだと示そうとしていたのだと思います。今日、エジプトが北朝鮮の軍事協力を切ったというニュースが入ってきましたが、これまで実際に関係があったことを示しています。
荻上 日本の報道では喧嘩腰な姿勢ばかりが取り上げられる北朝鮮ですが、実際には親密さを感じるさまざまなコミュニケーションをとっているのですね。
宮本 そうですね。シリアやイランなどの中東の大国ともしょっちゅう首脳陣との書簡交換や代表団の交換などを行っています。北朝鮮は決して世界から孤立しているわけではないんです。特に中東アフリカでは、むしろ韓国よりも北朝鮮のほうが受けがいい国が結構あるんですよ。
荻上 北朝鮮の労働者抜きには、ワールドカップのスタジオも建設できないという話がされてますよ。
宮本 ええ。北朝鮮の労働力は非常に質がいいんです。イスラム教にしてもキリスト教にしてもちゃんと休日がありますが、北朝鮮労働者には休みがありません。お祈りの時間もないので365日24時間戦える。だから中東とかアフリカでは非常に喜ばれるんです。しかも安いですからね。
荻上 それだけアフリカ、中東でプレゼンスが高い北朝鮮ですが、アフリカの動きは今後どういった点に注目でしょうか。
白戸 東大の先生で、以前国連で日本の次席大使をされていた北岡伸一氏の言葉がとても印象に残っています。国際関係というものは、相互に助け合うことで成り立つのだというのです。つまり、日本はアフリカの国々に対して拉致問題の悲惨や、その解決へ向けた協力を訴えますが、一方でアフリカが日本に助けを求めたとき、我々は何をしたのかと。例えばウガンダでは紛争のため、20年に渡って6万人の子どもが拉致されてきました。この問題に、どれだけの日本のエリートが関心を持ったのか、何をやったか。問題を共有し合うことがないと、なかなか外交は前に動いていかない、というお話でした。
現在の北朝鮮情勢は、迎撃ミサイルを強化など、ある程度のハード面での対策が必要な段階にあると思います。同時に迂遠で遠回りなようだけれども、日本がアフリカの問題に真剣に取り組むということは、実は先ほどのザルを埋めるという作業として有効なのではないでしょうか。ここを真剣に取り組んでいかないと、北朝鮮問題はなかなかいい方向に向かないと思います。
宮本 中東も同じです。中東で何が起こっているのか、なぜ北朝鮮が中東で受け入れられるのか、そこをちゃんと日本で認識しておかなければ、中東諸国に何か頼むといっても交換条件ができません。その地域にはそういう国際情勢があるんだということを理解しながら外交政策を進める必要があると思います。
荻上 宮本さん、白戸さん、ありがとうございました。
プロフィール
宮本悟
1970年生まれ。同志社大学法学部卒。ソウル大学政治学科修士課程修了〔政治学修士号〕。神戸大学法学研究科博士後期課程修了〔博士号(政治学)〕。日本国際問題研究所研究員,聖学院大学総合研究所准教授を経て,現在,聖学院大学政治経済学部教授。専攻は国際政治学、政軍関係論,安全保障論,朝鮮半島研究。〔著書〕『北朝鮮ではなぜ軍事クーデターが起きないのか?:政軍関係論で読み解く軍隊統制と対外軍事支援』(潮書房光人社,2013年10月)。〔共著〕「国連安保理制裁と独自制裁」『国際制裁と朝鮮社会主義経済』(アジア経済研究所,2017年8月)pp.9-35,「北朝鮮流の戦争方法-軍事思想と軍事力、テロ方針」川上高史編著『「新しい戦争」とは何か-方法と戦略-』(ミネルヴァ書房,2016年1月)pp.190-209,「北朝鮮の軍事・国防政策」木宮正史編著『朝鮮半島と東アジア』(岩波書店,2015年6月)pp.153-177。〔論文〕「「戦略的忍耐」後と北朝鮮」『海外事情』第65巻第7・8号(2017年7月)pp.60-71,「ストックホルム合意はどうやって可能だったのか?―多元主義モデルから見た対朝政策決定―」『日本空間』第19集(2016年6月)pp.136-170,「千里馬作業班運動と千里馬運動の目的―生産性の向上と外貨不足―」『現代韓国朝鮮研究』13号(2013年11月)pp.3-13,「朴槿恵政権による南北交流政策」『アジ研ワールド・トレンド』第19巻6号(2013年6月)pp.9-13,「中朝関係が朝鮮人民軍創設過程に与えた影響」『韓国現代史研究』第1巻第1号(2013年3月)pp.7-29など。
白戸圭一
三井物産戦略研究所 欧露・中東・アフリカ室長。1970年生れ。95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。同年毎日新聞社入社。鹿児島支局、福岡総局、外信部を経て、2004年から08年までヨハネスブルク特派員。ワシントン特派員を最後に2014年3月末で退社。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞受賞)など。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。