空き家から生まれる「ポスト成長都市」――ライプツィヒの持続可能なハウスプロジェクト

ここで一つ、「空き家」を足がかりに活動を展開させていった事業を紹介しよう。

 

市内でも空き家率の高いアイゼンバーン通りの一角に事業を掲げるNGO「日本の家(Das Japanische Haus e.V.)」もまた、元来ハウスハルテンの支援を受けて生まれた地域プロジェクトだ。大谷悠氏とミンクス典子氏を共同代表に活動する「日本の家」は、「空き家を『日本』というテーマを用いて人々が集いアイディアや物が生み出されるクリエイティブな「家」として再生すること( http://djh-leipzig.de/ja/konzept)」をコンセプトに掲げ、現在までに空き家再生ワークショップや地域の芸術祭といったイベントを企画・運営してきた。

 

彼らの活動は、大谷氏らが2011年、ハウスハルテンの「家守の家」に応募したことから始まった。「空き家」を通じて、都市空間の中に自発的な「あそび」の場、管理から解放された「ゆとり」の間を作るという彼らの構想は、すぐさまハウスハルテンの了承を得る。

 

ライプツィヒ駅から徒歩でほど遠くない場所に借りた「家守の家」は、面積およそ180平米あまりの空きスペースだった。これだけの空間が家賃なしで使え、その上現状復帰もいらないというのならば、従来であれば不動産市場で不利な立場に立たされがちな外国人事業主にもチャンスがある。ハウスハルテンには微額の利用料を支払い、その他電光熱費などの共益費は自腹で負担することとなった。2011年5月にスペースを借り受け、ハウスハルテンによるサポートのもと2ヶ月のリノベーション期間を経て、7月にはオープニングへ駆けつける。

 

居を構えた地域は、衰退地区ではあるが、それゆえ、安い家賃を求めてやってくる若者やアーティスト、移民、難民をはじめ多様な背景をもつ外国人が、古くからの住民に混ざって居住する、多様性に富んだ地域だ。だからこそ、「日本」というテーマは、ひとつには多彩な顔を持つ地域の国際性に通底し得るし、そして同時に、空き家を拠点とすることで、その地域が直面する課題に寄り添った活動を展開できるのではないか。

 

「日本の家」ではこれまで、地域性と国際性を基調に、産業廃棄物を再利用した工作ワークショップ、移民・難民による展覧会、市内大学と共催の建築シンポジウムなど多義に渡るイベントを企画してきた。こうした活動を通じて、「行政による公民館とも、カフェのような営利施設とも異なる、住民による住民のための、互いの顔が見える「居場所」として定着してきた」と、大谷氏は語る。

 

「日本の家」は現在では「家守の家」から巣立ち、通常の賃貸契約で80平米あまりのスペースを借りている。とば口へ立ったばかりのスタートアップ事業にとっては、たとえ短期間でも「家守の家」を通じて活動の場を得られることは、大きな利点となるだろう。

 

 

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「日本の家」では定期的にスペースを解放し、食育や、空き家再生に関するワークショップなど、地域の課題に寄り添った活動を展開している。Photo Katsuhito Nakazato

 

 

問題地区の「浄化」とジェントリフィケーション

 

2000年には過去最大となる20パーセントを記録していたライプツィヒの空き家率は、2015年までに市内平均6パーセントにまで減少した。(Stadtforum Leipzig 2005, p.9, Stadt Leipzig, Statistischer Quartalsbericht III 2016, p. 43-44)ライプツィヒの地域復興にハウスハルテンの果たした役割は大きく、その貢献に対し、2009年には連邦建設・都市計画省より「統合的都市計画賞(Nationaler Preis für integrierte Stadtentwicklung und Baukultur)」が、そして2011年には連邦文化財保護の最高賞である「白銀の半球(Silberne Halbkugel)」が授与された。

 

ハウスハルテンの取り組みは、同じく過疎化と空き家に悩む東ドイツの諸都市へと広がりを見せており、ハレやゲルリッツ、エアフルト、ドレスデンなどでも「家守の家」制度がそれぞれの地域団体によって設立された。不動産として成立しない空き家を、自主的な空間利用のための潜在的資源とみなし、過疎化の地域へ若者やアーティストを呼び込むことで街を活性化させる。この試みは、一定の成功を収めているようだ。

 

一方で、不動産市場が正常に戻りつつあるライプツィヒが、新たな局面に差し掛かっていることもまた見逃せない事実である。元来、空き家に積極的に移り住んだのは、地元の低所得者、アーティスト、小規模な新規事業者などであり、行政にすら見放された廃墟に、新たな色彩を加えていったのは彼らの築いた自由な気風と多彩な地域文化であった。若者文化が根付き、クリエイティブ産業が成長する。こうして「文化資本」を蓄えた都市はしかし、一転して、不動産投機の対象になりうる。

 

近年、首都ベルリンが経験しているように、元来その街の魅力を作っていたアーティストや地元の住民が、家賃や物価の急激な高騰によって居場所を失い、結果として都市の中心部から追い出されていくというジェントリフィケーションの波は、確実にライプツィヒにも迫りつつある。

 

ベルリンでは、かつて衰退地域として知られていたクロイツベルク、ノイケルン地区が、現在ではもっとも地価の高いエリアのひとつとして数えられている。東西を隔てる壁沿いに位置したために、長期にわたって土地の所有権が不明瞭であったこれら地域は、アーティストや学生のスクウォット(占拠)運動の中心地となり、その豊潤な空き地を土壌に、今日のベルリンを特徴付ける音楽文化やアートシーンが生まれてきたことは、記憶に留めておくべきだろう。

 

荒廃した都市部においては、地価の発展から、より大きな利潤が望める。首都でもあり、大手デベロッパーによる開発の好対象となったベルリンでは、また「クリエイティブ都市」という市のブランディング政策に後押しされる形で、ミドルクラス向けの商業施設、住宅施設の開発が進められてきた。

 

地価の上昇によって都市中心部から地元住民向けの安価な住居が失われ、都市が審美的ではあるが均質的な空間へと再編成されてゆくなか、「アート」や「クリエイティブ」という言葉が、しばしば新自由主義的な地域振興施策と共鳴する形で流用されてきたことは、留意せねばならないだろう。ベルリンの地価は、2000年代を皮切りに国内平均を上回る上昇率を見せ、例えば2012年から2016年のわずか4年間でも地価は更に28パーセント上昇した。(http://www.tagesspiegel.de/wirtschaft/interaktive-mietpreiskarte-wo-die-mietpreise-am-staerksten-steigen/19632040.html)皮肉なことに、本来ベルリンの文化資本の源泉であった、安価で芳醇な創作空間、異質な他者との出会いを確保する多彩な地域コミュニティが、地域の「浄化」を促す開発によって失われつつあるのが現状だ。

 

首都に比べて、不動産投機の影響のまだ大きくないライプツィヒでは、今後数年の動き次第では、ベルリンとは別の道を進むことも可能になるのだろう。だからこそ、ライプツィヒが「誰のための街」を目指すのか、「何が地域に資する」のか、早急に対話が取られる必要がある。ライプツィヒのハウスプロジェクトには、何ができるのだろうか。「日本の家」の活動を通じて同様の問題に直面する、前述の大谷氏に伺った。

 

まず第一に、建物所有の仕組み組み替えてゆくことが大切だという。ハウスハルテンのように、通常の市場では借手のつかないような空き家を、暫定利用のモデルを使いながら保全していくのは、一つの手段にすぎない。ライプツィヒ市内には、不動産会社や物件所有者ではなく、住民自らによって運営・管理されているコーポラティブハウスが増えつつあるという。例えば「SOL Leipzig」というハウスプロジェクトでは、市民13名が共同で資金を調達し、西部の衰退地区ゲオルグ・シュワルツ通りのアルトバウを共同購入した。コーポラティブハウスとして、建物の改修から家賃にまつわる取り決めなど、すべて住民による自己決定のもと運営されているという。

 

とはいえ、土地管理の素人である市民が法に即して物件を管理するのは、容易ではない。そのため「SOL Leipzig」では物件運営権の過半数を、第三機関である「住宅シンジケート(Miethäuser Syndikat)」へと譲渡している。物件運営に住宅シンジケートを介することは、コーポラティブハウスの取り組みにおいて二重の意味で重要だ。第一に、住民は運営に関する法的・経済的なサポートを得ることができる。第二に、第三機関の介在によって、物件が特定個人の所有に渡ることを防ぎ、投機目的として不動産市場へ流れ出るのを半永久に防ぐ仕組みを作っているのだ。形態こそ異なれ、市内には50を超えるコーポラティブハウスが存在し、「住宅シンジケード」加入の物件は11件あるという。(http://sol.blogsport.de/mietshaeuser-syndikat/, https://www.syndikat.org/de/projekte/?ort=Leipzig)

 

次に、持続的に市民活動を続けてゆく上では、行政と緩やかに連帯していくことの必要性も忘れてはならないと大谷氏は言う。これは、例えば社会福祉住宅などのように、はじめから行政によって確保された空間に頼るのではなく、市民の側から積極的に協働の可能性を探ることを意味する。ライプツィヒではハウスハルテンのような市民団体の功績が広く認知されており、行政の側でもハウスプロジェクトを支援をする素地は既に整いつつあるという。

 

「市民活動は行政にも認められつつある。かつては処理に手のかかる建物を取り壊していた行政にも柔軟性がでてきており、ハウスハルテンや「日本の家」などの市民団体とのキャッチボールが成立してきているのではないか」と大谷氏。

 

事実、2016年に市の都市整備局は、コーポラティブハウスへ関心を寄せる市民団体を支援する専門窓口「 ライプツィヒ自由のネットワーク(Netzwerk Leipziger Freiheit)」を開設した。「自由のネットワーク」は、不動産の共同運営に関心はあるが、具体的実行手段を伴わない市民に対し、コンセプト作り、土地・建築法に関する相談、または建設や改修にまつわる具体的なアドバイスを提供することで新規プロジェクトを奨励する。

 

それに加え、ハウスプロジェクトが物件の改築をする際にはその費用を最大20パーセントまで負担することで、しばしばプロジェクト実現の障壁であった初期費用にまつわる負担の軽減を目指す。市民は行政に自らの活動の意義を伝え、また行政はボトムアップの活動を積極的に評価することで、同じ課題に向かって足並みを揃えていくのが重要だ。

 

最後に、コミュニティの経済性なしに、持続性もないことを強調しておくべきだろう。「日本の家」をはじめ、市民活動の自主性を保つには、長期的にはそれぞれのプロジェクトが、行政の補助金に頼らずとも運営を継続できる程度の経済性を備えていることが条件となってくる。

 

以上の点を指摘した上で、「ライプツィヒには自治と協働の精神が根付いているのではないか」と大谷氏は語る。ハウスハルテンのような保持運動が、行政でも不動産会社でもなく、市民の側から起こったとは示唆的だ。ライプツィヒは、90年代の人口減少を受け、一時には地域の消滅可能性が囁かれた時期もあった。行政によるトップダウンの再開発に危機感を持ち、自発的に地区再生活動を行なってきたのは、市民団体だったのだ。

 

「90年代に一度危機を迎え、市民が危機感を共有したという経験は、ライプツィヒの大きな強みになっているのではないでしょうか。自分の街を自分で創るという自助のメンタリティーは、今後不動産価格の上昇によって、地域活動の持続性が問われるなかでも、活かされるはずです。」

 

「空き家」は、衰退地域を再生する際の貴重な資源になりうる。ライプツィヒの空き家は、ドイツはザクセンという地域が産業化・近代化を経て辿った絢爛や葛藤の記憶を内包する歴史的記録だ。空き家を撤去するのではなく、空き家こそを足がかりにコミュニティの再生をはかるハウスプロジェクトは、成長と衰退の時代の歴史を踏まえて、新たな都市生活のありかたを希求する試みだといえるだろう。

 

一方で、こうした空間の有する文化的資本が行政・市場側に再確認され、大規模な再開発によって空間が整備・美化されてゆく過程では、ともすると空き家という歴史的固有物が街に投げかける問いと、それに応えようとする地域住民の活動との間に生成した水平のダイナミズムが失われてしまうことも、心に留めておかなければならない。

 

今まさに生まれつつある種々の動きを育み、住民が自律的に自らのコミュニティを形成してゆくには、市民の側がアイディアをもって積極的に動くことが不可欠だ。行政による福祉に依存するのでもなく、かといってクリエイティブ産業誘致によるまちづくり政策を手放しで称揚するのでもない。市民は行政・市場に対して自発的に、また時にはより戦術的にコミュニケーションをとっていくことが求められるのだろう。

 

※この度インタビューに応じて頂いた「日本の家」共同代表の大谷悠氏、ミンクス典子氏に感謝するとともに、内容の多くを、貴重な資料を教示してくださった大谷氏の助言に依っていることを附言しておく。

 

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