国際政治とローマ教皇

教皇フランシスコは、その初代聖ペテロから266代目、約2100年の長い歴史の中で生じた教会内の腐敗を一気に改革しようとしている。神の子イエスは救い主で貧しい人々に寄り添ったというキリスト教の原点に立ち返り、清貧の聖人フランスシコを教皇名とした。

 

ローマ教皇とは神の代理人だが、かつて王権を凌ぐ権力を掌握、近代化の逆風で力は衰退したが、現在でも世界12億人の信者を通じて影響力を持つ。しかし約4年前の前教皇ベネディクト16世の時に、金融スキャンダルや子供の性的虐待問題などが表面化、信者が激減、教会は刷新を迫られた。この教会を建て直すべく颯爽と登場したのが、フランスシコである。

 

就任直後、送迎用の高級車を廃止してバスなどの公共交通を利用、別荘など前任者が使用していたいくつかの身の回りの贅沢品を廃し、洗足式では少年院に出向きイスラム不法移民を含む未成年の収監者の足を洗い接吻し、話題をさらった。

 

こうしてフランシスコのスタイルを確立し、日常的には貧しい者、弱い者の味方というイメージを、そして国際的にはグローバルなテロや環境問題解決にコミットしようとする存在感を見せてきた。その人気は老若男女問わず絶大であり、ツイッターのフォロワー数もトランプを上回る。

 

本論では主に後者のバチカンの国際政治への関与について述べるが、前者の日常レベルでの活動についても少し触れながら、単なる宗教リーダーの枠を超え、より普遍的な民主主義などの国際的な規範、また道徳的な規範を提示しようと試みていることを論じる。

 

 

教皇と国際政治

 

クリスマス恒例のバチカンでのミサで、教皇フランシスコは、Urbisi et Orbiのスピーチで、イスラレル・パレスティナ間の緊張関係が再び悪化していることをうけて、二国の平和共存を呼びかけた。

 

12月の初めにトランプ大統領が、米国の在イスラエル米国大使館をテラビブからエルサレムに移転する決定を発表し、世界的に大きな波紋を呼び起こし、すでに当該地域では一部武力衝突が起きている。これを受けて、クリスマスの直前には国連総会が緊急に招集され、この米国の決定を撤回する決議案を採決することになり、この決議案に賛成した国は日本や英仏独などの主要国を含む全128国に及ぶ多数派となり、反対9、棄権35であった。

 

この採決にあたってトランプ大統領は、賛成に投じた国に対しては援助を打ち切るなどの脅しをかけたことで、反対に回る国も一部見られたが、それよりもこうした脅し行為は米国のモラル・リーダーとしての凋落を国際的に示したことにもなった。ロシアは、アメリカのエルサレム首都認定には反対し、上記の投票でも賛成に回った。国際的なモラル・リーダの元祖が信頼を失う中、バチカンは米国に代わってモラル・リーダーになり得るのであろうか?

 

この問いに答えるための、米国のエルサレム首都問題に対するバチカンの立場なり対応については、理想主義外交と現実主義外交の両側面からバチカン外交を見る必要がある。

 

 

イスラエル・パレスティナの間で

 

まず理想主義的側面についてであるが、基本的にバチカンは国連決議に賛成の立場である。ただしバチカンは完全に政治的な中立性を維持するために、あえて国連では投票権を持たない選択をしていることから、今回の決議案についても投票はしていない。

 

イスラエル・パレスティナ問題に関してバチカンは、1993年のオスロ合意Iと1995年のオスロ合意IIを現在でも尊重する立場である。つまりイスラエルを国家として、PLOをパレスティナの自治政府として相互に承認し、イスラエルが占領した地域から暫定的に撤退、自治政府による自治を認め、今後の詳細を協議する内容である。

 

ただしその後、この合意に署名したイスラエルのラビン首相が暗殺され、同協定内容のオスロ合意および後の協定で明文化されたイスラエルとアラブ国家の関係正常化の期待は未だ解決されていない。エジプトとアメリカが仲介したオスロ合意IIなる試みもあり、ヨルダン川西岸をA、B、C地区に分け、A地区はイスラエルの支配下、B地区はパレスティナ自治政府の完全自治、C地区はイスラエルのコントロール下に置いて、パレスティナ国家樹立に向けた和平が試みられたが、2006年7月にイスラエルによるガザ地区とレバノンへの侵攻により、事実上崩壊したとアラブ連盟からは見做されている。

 

バチカンがイスラエルを国家承認し、正式な外交関係を開始したのが、実はこの1993年のオスロ合意によるもので、これ以前はバチカンとイスラエルの間には正式な外交関係がなかったことになる。これについては、バチカンが反ユダヤ主義だからではないかという批判を受けてきたが、パレスティナやアラブ諸国との関係に配慮してきたからである。

 

イラエル・パレスティナ紛争の歴史的経緯や現状については、著者はアラブ諸国やイスラム教の専門家ではないので踏み込んだ考察は行わないが、アラブ諸国側もエジプトやサウジなどのように必ずしも米国と対立しない諸国や、パレスティナ難民問題についてはその受け入れをめぐる確執があったり、また非アラブであるシーア派のイランの存在が絡むなど、北アフリカを含む中東の入り組んだパワー・バランスがこの問題にも関わってくる。

 

こうしたイスラエル・パレスティナ問題、さらには広い意味での中東問題に対してバチカンが取っている政策は、すでに述べたように二国家共存を基盤とし、エルサレムの帰属はキリストが埋葬されている聖墳墓があることもあり国際管理の継続、中東全体に関してはカトリックを含む他の正教会系のキリスト教徒の命を守ることにある。特にフランシスコ教皇が就任して以来イスラム教徒との対話を重視し、そうした意図もあり就任するやいなやパレスティナの国家承認に乗り出し、昨年パレスティナを訪問して正式な国交の樹立を行った。

 

このことをめぐっては、イスラエル側から反発の声も上がったが、基本的にこの両国の対立について二国家共存で、バチカンが仲介するとしても、イスラエルに対してもパレスティナに対しても全く同等に扱うことを改めて表明したことになる。これにはこの対立する二国の紛争解決を促す意義以外にも、パレスチィナ在住のカトリック教徒及び正教会系のキリスト教徒の保護という思惑も当然ある。【次ページにつづく】

 

 

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