イスラームの息づく都市社会の難民支援

はじめに

 

午前中の決まった時間になると、椅子が並べられた部屋は15人ほどの女性で埋まり、同じく女性の先生がホワイトボードの前に立つ。一人ひとりの手に収まるのはイスラームの聖典『クルアーン』であり、先生が指摘したページをみな一斉に開いて朗唱が始まった。

 

これは、おもにシリア難民女性と子どもを支援する、ヨルダンのNGO「SWA(Syrian Women’s Association)」で毎日見られる光景である。こうしたNGOによって運営される街中のクルアーン学校をはじめとし、さまざまな慈善活動がヨルダンには無数に存在する。

 

2011年にチュニジアを皮切りに発生した「アラブの春」が、エジプトでは革命によるムバーラク政権崩壊、シリアでは内戦の勃発と泥沼化というかたちで各地に波及した。シリア難民の発生は、今世紀最大の人道危機とも称される非常に深刻なものである。シリア国民の半数以上が難民・避難民化したとされ、簡易なボートで地中海を渡る光景や、トルコ沿岸に打ち寄せされた幼い男の子の写真が世界中に衝撃を与えたことは、記憶に新しく残っていることと思う。

 

欧米へ渡るシリア難民の様子が大きくクローズアップされ始めたのは2015年頃であったが、その数を遥かに上回るシリア人が内戦開始直後よりトルコやレバノン、ヨルダンなどの周辺国に流入している。なかでもヨルダンは、中東地域でもひときわ小さな国土(日本の約4分の1)に950万人が暮らし、国民1,000人あたり89人が難民とされる(注1)、天然資源にも乏しい小国である。

 

(注1)ここにパレスチナ難民は含まれない。ヨルダン国民の6〜7割はパレスチナ出身者で占められており、パレスチナ難民の最大の受け入れ国でもある。ちなみに、日本は人口1,000人あたりの難民数は0.02人と極めて少ない。

 

いまだに戦争の爪痕が残り回復の兆しを見せないシリア・イラクと接し、また両国で拡大したIS(イスラーム国)の脅威にもさらされ、大国サウディアラビアとイスラエル、そしてパレスチナに挟まれるヨルダンは、つねに難民流入にさらされてきた(注2)。

 

(注2)ヨルダンには、現在約66万人のシリア難民と約6.6万人のイラク難民、そして約200万人以上のパレスチナ難民(いずれも登録難民数)が居住している。

 

2011年より発生したシリア難民の流入を受けて、ヨルダンにはシリア国境からほど近いマフラク県のザアタリ難民キャンプをはじめ、合計3つのキャンプが設置された。しかしながら、シリア難民がもっとも多く居住するのは難民キャンプではない。彼らの多くは首都アンマンや、北部イルビドなどの中心都市に居住しているのである。

 

そのため、このような人々は「都市難民(Urban Refugees)」と称され、都市での難民支援の必要性とその難しさが国連や国際NGOによって指摘されている。地域住民に紛れ込みながら都市に居住している難民を特定するのは容易ではなく、国際社会のアウトリーチは難しいのが実情だ。都市難民の比率はシリア難民全体の約80% に上ると報告されている(下記図参照)。

 

 

ヨルダンにおけるシリア難民の分布(都市80%、キャンプ20%)

ヨルダン01

(出典)Jordan Factsheet June 2017, UNHCR

 

 

不透明性と人道的懸念

 

中東イスラーム世界におけるNGOはさまざまにあるが、とくに慈善活動を行うものが多い。それらの一部に対しては、国際社会からの批判や懸念が示される事態も起きている。UNHCR職員や国際NGO職員が指摘するのは、一部のNGOで確認されているシリア人少女の幼児婚の斡旋である。

 

これは、難民キャンプや都市で避難生活をするシリア人少女と、おもに湾岸諸国やサウディアラビアの男性、また国内のヨルダン人男性との結婚仲介を意味する。なかには家族と離別していたり、大家族を支えるために結婚を強制された幼い少女を含む。(Early, forced marriages haunt Jordan’s Syrian refugees

 

UNHCR職員らが経験するのは、第二、第三夫人として結婚の斡旋を受けるも、しばらくして結婚解消された後、ふたたび難民としてキャンプに戻ったシリア人女性たちを再度難民登録し直すケースである。

 

彼女たちは心も身体も傷ついた状態で、深刻な状況に陥ることも少なくない。また、こうした一部のNGOやブローカーと称される人たちによって、とくに困窮した身寄りのないシリア難民女性に、一時婚を意味する「ムトア婚」と称した売春を斡旋する実態も明らかになりつつある(NHK BS1スペシャル「偽りの結婚〜追い詰められるシリア難民女性〜」2017年6月11日放送)。

 

また、こうした中東イスラーム世界におけるNGOやムスリムによって運営されるNGO(これらはムスリム(イスラーム教徒)によって運営されているため通称「ムスリムNGO」と呼ばれる場合が多い)は、財政収支や活動資金の流れに不透明な部分が多いことも指摘される。

 

とくに2001年アメリカで発生した9.11同時多発テロ事件以降、イスラームとテロを結びつける言説が顕著となり、イスラーム系組織やイスラーム過激派に対する厳しい見方が強まった。この結果、湾岸諸国やサウディアラビア、欧米で活動を展開するトランスナショナルなムスリムNGOも、テロ組織との関わりが疑問視され論及され始めたのである。近年では、シリア内戦における反体制派やISに対して、ムスリムNGOが資金提供をしている可能性についても懸念が持たれている。

 

一方で、ムスリムNGOを暴力的過激派対策(CVE: Countering Violent Extremism)のキープレイヤーに組み込むことが、テロ対策、また地域の安定や発展にとって有効であるとした意見も出されている。

 

たとえばトルコ・シリア国境などの危険地域(crisis zone)において、ムスリムNGOは前線で活動し、反体制派などの集団とも接触する可能性がある。トランスナショナルなムスリムNGOがこうした地域で活動展開を模索するにあたっても、前線にいる彼らを通じて行われる場合が多く、ムスリムNGOがこうしたネットワーク形成のゲートキーパー的な役割を担っていることが指摘される。テロ組織に資金や外国人戦闘員が流れるのも、前線にいる彼らの活動に依るところが大きいのである。(Muslim NGOs could help counter violent extremism

 

以上に見られるように、中東イスラーム世界におけるNGOには人道的な懸念が呈され、さまざまな点で不透明な部分が多いことも事実であるが、無数にあるヨルダンのNGOを一口に語ることはできないし、中東イスラーム世界全体を見て「ムスリムNGO」を一口に説明するのはもっと困難である。

 

ヨルダンの都市で活動するNGOの事例を眺めていると、国際社会の支援が届きにくい都市難民や地域の人々に寄り添った支援を展開し、また彼らの居住する都市社会を下支えしている様子が見えてくる。中東イスラーム世界のNGOについては、まだまだ事例が不足しているというのが実際であって、まずはより広範な実態調査の積み重ねが必要だろう。

 

 

イスラームにおける慈善

 

シリアからは現在も多くの人々がさまざまな背景を抱えながら、ヨルダンに避難し、都市に流れ込んでいる。彼らを受け入れているのは、ムスリムが大多数を占めるイスラーム社会である。ヨルダンの人口は約93%がスンナ派ムスリムで占められており、残りをキリスト教徒やその他の少数派が占めるという宗教分布にある。古来より、伝統的なイスラーム社会には、さまざまな自律的な制度が存在していた。

 

その一つには、イスラームに内在する慈善行為があり、これは伝統的なイスラーム社会の基礎ともなってきたものである。その代表格はザカート(喜捨)であり、所有する財産に応じて一定額を喜捨するというものである。

 

ムスリムには宗教的な義務行為が5つあり「五行」と呼ばれるが、信仰告白、礼拝、断食、聖地マッカへの巡礼とともに、ザカートはこの内の一つに数えられる。貧しい人や困っている人に対して手を差し伸べることは神によって推奨され、ムスリムにとっての義務として規範化されているのである。ムスリムは、日々そうした善行を積むことで神による報奨が期待され、究極的には天国へと導かれることで酬われることになる。

 

このように、貧しい人や困っている人に手を差し伸べることはイスラームにおける善行であり、自明のものとして実践され、ムスリムの持つイスラーム的な価値観の一つとして営まれ続けている。現代においては、ザカートは国家により制度化され、ザカートファンドの運営や配分の管理が行われる。一方で、自発的な喜捨であるサダカや、制度の枠組みを超えて支出されるザカートは、現在はNGOというかたちで組織化されるさまざまな慈善活動の運営へと活かされている。

 

中東イスラーム世界にはいうまでもなくさまざまなNGOがあり、それらのすべてがイスラーム的な価値観によって運営されているというわけではない。ただし、多くはムスリムが多数派を占めるイスラーム社会に根ざして活動しており、NGO職員や従事するボランティア、地域コミュニティの住人であり支援を受益する人々もムスリムが多数を占める。

 

ムスリムがムスリムに対して手を差し伸べる構図には、なにがしかイスラーム的な価値が反映され、実践されていると考えられるのである。ヨルダンの都市で見られるNGOの活動について、いくつかの事例をあげてみたい。【次ページにつづく】

 

 

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