イスラームの息づく都市社会の難民支援

事例1)同郷を想う憩いの場として――シリア女性協会

 

ヨルダンで唯一シリア人女性を中心に組織されているのが、冒頭で述べたシリア女性協会(SWA)というNGOである。SWA自体は2006年にシリアからヨルダンにやってきたシリア人女性を中心に結成されたが、シリア難民の流入が大きな契機となって一気に拡大した。支援対象者は、戦火を逃れて避難してきたシリア難民の女性と子どもである。

 

SWAはヨルダンの都市アンマンに本部と2つの支部を持ち、教育支援や職業訓練、物資・現金支援、心理ケア、怪我を負った人への治療費の支給などの支援を行なっている。SWAのネットワークは、Facebook上で確認できるものでは、欧米ではスウェーデン、中東ではクウェートやサウディアラビア、トルコなどに支部が展開されている。日本でもシリア人留学生を中心に結成されたシリアンハンド(http://www.syriahands.com)というNGOが、トルコのSWAと協力してシリア難民支援を行なっていたことがある。

 

SWAは、代表をはじめ職員やボランティアのすべてがシリア人で、どの省庁にも登録していないインフォーマルな組織である。また、支援の受給者もすべてシリア人である。協会ではシリア方言が飛び交い、にわかにシリアにやってきたかのような錯覚に陥る。

 

代表の女性は、シリアからヨルダンに移り住んだ両親の元で生まれ、シリアへは一度しか訪れたことがないという。また彼女の娘も母親の片腕として協会を支えているが、シリアへは一度も足を踏み入れたことがない。それでも協会を訪れるシリア人一人ひとりの声に耳を傾け、活動を続けている。本部の代表の机の前には大きなシリアの地図が貼られており、協会のシリア難民は、地図を見ながら出身地を指差し、故郷の話を聞かせてくれる。

 

SWAには、子ども用のプレイルームや、大勢が集まってくつろげるサロン、またキッチンがあり、4人ほどのシリア人女性が楽しそうにせっせと手を動かしていた。会話に花を咲かせながら、故郷の料理をみなでつくり上げる、そして完成した手料理をみなで味わうのである。キッチンの隣には、食料を保管するための冷凍庫がいくつも並ぶ部屋が設けられており、必要とする人々に配ったり、ラマダーン月(断食月)のイフタール(断食明けの食事)の際などみなで食卓を囲む際に用いられている。

 

 

ヨルダン03

SWA本部に設けられている子供用のプレイルーム、筆者撮影(2016年7月)

 

 

また、教室も備わっており、クルアーン学校が開設されている。SWAのように、中東イスラーム世界のNGOにはクルアーン学校を開設し、支援者に誦み方を教えているものがいくつも存在する。ムスリムにとって、『クルアーン』を正しく誦むことは大変重要なことである。クルアーン学校は、ヨルダンに逃れ、厳しい難民生活を送るシリア難民にとって、そのような状況下においても宗教実践を大切にし、『クルアーン』を唱えることで心の安寧を得て、日々の生活への充足を満たすための一助として機能している。

 

 

事例2)善行の積み重ねをこつこつと――モフセニン慈善協会

 

本部が一つあるだけの小さなNGOであるものの、クルアーン学校の運営や孤児支援、現金支給、物資の支援に力を入れているのが、東アンマンの一地区に事務所を構えるモフセニン慈善協会である。2009年に設立され、当初は地域に根ざした貧者・孤児支援を展開していた。2011年以降シリア難民が大量に流入すると、彼らの支援対象者は自然とシリア難民へとシフトしていった。現在では、ほぼすべての支援対象者がシリア難民で占められている。

 

モフセニンは、アラビア語で「善行を尽くす者」を意味し、地域に密着した慈善事業を展開している。支援を受けるのはシリア難民が多いが、地域に暮らすヨルダン人貧困層や孤児も含む。

 

ラマダーン月に入ると、活動は一気に忙しさを増す。毎日のようにイフタールのスケジュールが組まれ、物資や現金の支給はこれまで以上に活発になる。シリア難民は事前に整理券を受け取り、協会の近くの広場で物資支給の順番を待つ。

 

支給されるのは、砂糖や油に米、鶏肉から缶詰まで、一家族が一ヶ月暮らせるほどの食料品が詰め込まれた袋であったり、そのほかの生活に必要なさまざまな物資である。たとえば冷蔵庫や扇風機が支給された日もあれば、寝具セットに絨毯、冬にはガスボトルやヒーター、毛布などの支給も行われる。

 

 

ヨルダン04

モフセニン慈善協会による扇風機配布の様子、筆者撮影(2014年8月)

 

 

これらの物資支給は、モフセニン慈善協会が都市アンマンに拠点を構えており、対象とするシリア難民が「都市難民」であることと関係している。難民キャンプではテントが支給され、生活に必要な物資のほとんども支給されるが、都市では同じようにはいかない。

 

彼らは自らの居住空間を各自で確保する必要があるが、モフセニン慈善協会はこれが困難なシリア難民に対し、家賃の肩代わりやアパートを借り上げて提供することを通じて支援している。また、生活に必要な物資も支給することで、彼らの都市での生活を支えているのである。

 

 

事例3)中東版児童館――イスラーム慈善センター協会@マフラク支部

 

やはり言及しておかなければならないのが、ヨルダンでもっとも老舗でありかつ最大規模を誇るムスリム同胞団を母体とする、イスラーム慈善センター協会というNGOであろう。

 

ムスリム同胞団とは、イスラーム復興を目指す大衆運動組織であり、1928年にエジプトで結成された後、アラブ世界の各地に広がった。同胞団は各国で異なる状況下に置かれており、たとえばエジプトでは長らく非合法化組織の状態にあり、現シーシー政権によって今やテロ組織に指定されている。ヨルダンでは国王との良好な関係のもと、福祉や教育における活動を通じて社会に浸透していった。

 

ヨルダンの同胞団は独立の前年1945年に、エジプト同胞団の支部としてその歴史は始まる。NGOとして国家登録のもとで慈善活動を始めるのは1963年からで、その活動内容は病院や大学、看護学校の運営、貧困者や孤児支援など多岐にわたる。

 

ヨルダン全土に支部を有し、なかでも北部マフラク県に位置するマフラク支部は、ザアタリ難民キャンプに接する場所にあり、またシリアとの国境も近いため、支援者の半数以上をシリア人が占める状況にある。とくに力を入れているのが教育支援で、午前と午後に分けて、ヨルダン人とシリア人の子供たちに英語やアラビア語の授業が開講されている。

 

 

ヨルダン05

イスラーム慈善センター協会マフラク支部で授業前の朝礼を受けるこどもたち、筆者撮影(2016年7月)

 

 

支部のなかは、無邪気な笑顔で元気に走り回る子どもたちのエネルギーで溢れている。子どもたちにとっては、小さな路地裏や市場の片隅まで、どこでも遊び場になるが、たくさんの子どもたちが一同に集まる賑やかな場所は、マフラクのなかでもイスラーム慈善センター協会の講堂を除いてそうないであろう。

 

遊具はほとんどないが、ただステージがあるだけの広い講堂が彼らの格好の遊び場である。講堂は授業後、外が暗くなるまで子どもたちに解放されている。大人の目の行き届く環境で、子どもたちの両親も安心して我が子を預けることができるのだろう。制度は異なるが、日本の児童館を彷彿とさせるような光景が、そこにはある。

 

 

ヨルダン06

イスラーム慈善センター協会マフラク支部の講堂で遊ぶこどもたち、筆者撮影(2016年7月)

 

 

子どものケアや育児の相談など、お母さんへの支援も、マフラク支部では定期的に開催されている。また、読み書きのできない成人女性を対象としたアラビア語のクラスや、コンピューターのクラスも設置されている。こうした支援は、ヨルダン人とシリア人を区別することなく提供されており、地域に根ざした活動が展開されている。

 

 

即応的で柔軟な難民支援

 

以上の事例で取り上げたようなNGOが、ヨルダンには数多く存在する。多くは慈善活動を展開するものであるが、その活動は計画性に欠けたり、必ずしも体系的になされているとは言い難い。そのため、国際NGOとの連携もきわめて限定的である。

 

しかしながら、こうしたNGOの即応的なアクションや、柔軟な支援活動の展開は、ときに眼を見張るものがある。一例をあげれば、2015年1月に例年にない大雪に見舞われたヨルダンでの、モフセニン慈善協会(事例2)による支援事業の展開である。

 

雪の影響で交通網が乱れるなか、彼らはすぐさまヨルダン北部ザアタリ難民キャンプ周辺、北部都市ジェラシュ、南部都市マダバに赴いて、シリア難民50世帯にガスヒーターやガスボトル、毛布や食料を供給した。またその数日後には、今度は彼らの本部が置かれる地域で、シリア難民を含む200世帯に、現金や洋服、食料(米、砂糖、油等)、毛布セットが配布されている。

 

ヨルダンは、年間300日以上は晴れて乾燥している土地柄である。ひとたび雪が降ると、国内のあらゆる機能は麻痺状態になってしまい、厳戒態勢が敷かれる。国際機関をはじめ多くの国際NGOも、職員を自宅待機にし、彼らの難民支援活動は一時停止状態にあった。そうしたなか、モフセニン慈善組織は迅速に動き、雪のまだ散らつくなか、困窮する家庭に物資を届け、即応的な支援を展開していたのである。

 

状況に応じた即応的で柔軟な支援展開は、ムスリムNGOの一つの大きな特徴である。とくに都市における物資や住居確保の支援は、長期化した難民状態に置かれている人々にとって大きな意味を持つ。ただ他方では、プロフェッショナリズムに欠けていたり、先述したような不透明性や、一部のNGOでは人道的懸念の存在も払拭できない。

 

こうしたNGOに対し、われわれは非人道的・宗教的であるとして批判し、距離を置くのか、もしくは、まずはどのような活動をしているのか実態を調査し、連携の可能性を模索するなど歩み寄るか。難民問題のようなグローバルイシューを目の前にして、より効果的な支援枠組みを構築するには、どのような姿勢や取り組みが適当なのだろうか。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

シノドスはみなさまのサポートを必要としています。ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」へのご参加をご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

 

無題

 

シノドスが発行する電子マガジン

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをやさしく解説
・専門家たちが提言「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を知り、学ぶ「知の巨人たち」
・初学者のためのブックリスト「学びなおしの5冊」

……etc.

https://synodos.jp/a-synodos

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.252 日本政治の行方

・橋本努「なぜリベラルは嫌われるのか?(1)」
・鈴木崇弘「こうすれば日本の政治はもっとよくなる! 政治の政策能力向上のために「変える」べきこと」
・中野雅至「日本の官僚はエリートなのか?」
・大槻奈巳「職業のあり方を、ジェンダーの視点から考える」