永世中立の概要と永世中立国の平和外交の意義

3.永世中立国スイスはどのように国際的な地位を守っているのか

 

ここでは、スイスが中立を維持するための重要な手段ととらえている軍備の保有と、第二次大戦においてスイスが中立を守るために行った負の活動について概観する。

 

(1)武装中立

 

スイスは、永世中立の地位を強力な軍備で保持しようとする武装中立の国である。前述したように、スイスは軍事大国に囲まれたヨーロッパ中央に位置する軍事的に重要な要衝とみなされていた。そのため、スイスは、1815年に永世中立を承認された際に、自国の中立と独立を軍事力によって防衛することを対外的に宣言した。

 

スイス憲法は、軍隊保持と国民皆兵制を規定し(58条、59条)、軍事力を保持することで国家の防衛を図るものとしているが、近年、軍隊廃止の議論も活発に行われている。2013年には、市民運動団体によるイニシアティブを受けて、軍隊廃止に関する国民投票が実施された。結果は、軍隊がスイスにとってのアイデンティティともいえる中立とともにスイスに深く根づいていることもあって、73%の圧倒的多数で否決され、徴兵制の存続が決まった。

 

核戦争が勃発する危険もあった冷戦期において、スイス政府は、スイスの独立と中立を堅持するために、核兵器が効果的な兵器であることを表明したことがある。当然のことではあるが、それは、永世中立国の武力行使が自衛の場合に限定されることと関連して、他国からの攻撃を排除するための戦術核兵器の保持を意味していた。

 

結局スイスは、1969年に核拡散防止条約に参加し、非核保有国として核兵器不保持の条約上の義務を負うことになるのであるが、スイス政府の核保有も辞さないという姿勢は、核武装によって独立と中立を守るという断固とした意思を示すものであったといえよう。 

 

(2)ナチス・ドイツへの協力

 

第二次大戦において、スイスは、スウェーデン、ポルトガルなどとともに、戦時中立を維持できた数少ない国であった。

 

しかし、スイスが大戦中、とりわけドイツからの侵略を免れ中立を維持できた要因のひとつに、ユダヤ人に対する対応とドイツ帝国銀行との金取引があったことが指摘されている。

 

1990年代半ばに、アメリカに本部を置く世界ユダヤ人会議によって、スイスに対し、ホロコースト犠牲者の休眠口座の返還を求めるキャンペーンが繰り広げられたのを機に、この調査に乗り出した米国政府は、1997年、スイス政府の責任を厳しく指摘する報告書を発表した。スイス政府もまた、スイスに預けられたとされるユダヤ人資産の行方を調査するための独立専門家委員会を設け、2002年に詳細な報告書を公刊した。

 

これらの報告書において、スイスの銀行に預けられたユダヤ人犠牲者の資産が休眠資産となっていること、中立国スイスはユダヤ人迫害の事実を知りながらユダヤ人難民のスイス国境での受け入れを拒否したこと、スイスの銀行がドイツから購入した金のなかにホロコーストの犠牲者から強奪したものも含まれていたことなどが明らかにされた。

 

金取引については、大戦中から連合国が、スイスとドイツの金取引について、略奪金塊である可能性を指摘し、スイスに取引をやめるように警告していたが、スイスは当該取引が中立国や中立国国民に許された「通常業務」であると判断し、終戦間近までやめることはなかった。

 

第二次大戦において、オランダやデンマークなどの中立国がドイツによって中立を侵害され占領されたにもかかわらず、スイスがその独立や中立を維持しえたのは、こうしたドイツとの緊密な関係によるものであり、中立を隠れ蓑にしたナチスとの協力関係が、ドイツに不当な利益をもたらし、戦争を長期化させたとして、スイスは国際社会の厳しい非難にさらされた。

 

 

4.永世中立国の外交から学ぶこととはなにか

 

永世中立国は、他国の戦争に関与せず、当事国に対して公平の態度をとるという中立の特性を活かして、次の平和外交を展開している。

 

(1)利益保護国としての役割

 

利益保護国とは、敵の権力内にある自国民の利益保護を託された国家をいい、通常中立国や、当事国以外の第三国がその任務を引き受ける。利益保護国の存在は、戦争犠牲者を保護する人道的観点から有益であり、1929年の捕虜条約で利益保護国制度が公式に承認された。その後、傷病者、捕虜、文民の保護を目的とした1949年のジュネーブ諸条約にも、この制度は引き継がれている。

 

利益保護国の起源は、1870年の普仏戦争で利益保護国となったスイスにあるとされる。第二次大戦では、スイスは、30カ国以上の利益保護国となり、そのなかにはアメリカ、イギリスに対する日本の利益代表も含まれていた。キューバ危機では、スイスの中立性を信頼して、アメリカ、キューバ双方の利益代表となっている。

 

冷戦終結後は戦争の形態が国家間の戦争から内戦へと変化していることもあって、利益保護国としての任務は減少しているが、スイスは、利益保護国としての活動を平和外交政策と位置づけており、永世中立国スイスが果たしうる国際貢献のひとつとみなしている。

 

(2)積極的中立

 

これまで述べたように、永世中立国は、戦争当事国のいずれにも肩入れせず、また平時から中立をまっとうするための特別の義務を負うことで、自国の独立を堅持しようとする。こうした他国の戦争にかかわらないという永世中立国の基本姿勢は、「消極的中立」と呼ばれる。

 

冷戦期には、この消極的中立に加えて、東西のイデオロギー対立を契機とする戦争に巻き込まれるリスクを回避するべく、戦争当事国や対立する当事者の間で仲介の役割を果たす「積極的中立」外交を展開するようになっている。

 

具体的には、永世中立国は、対立する当事者間の利害調整のための交渉の場として、また国際会議の開催場所として利用される。冷戦の開始以降、はじめて米英仏ソの首脳が集結した4巨頭会談(1955年)や、最近の例ではシリア内戦の終結のために国連が主導する和平協議など、スイス・ジュネーブは、これまで数多くの国際会議や和平協議が開催されている。

 

積極的中立外交は、冷戦終結後の現在においても、すべての永世中立国によって実践されており、永世中立国に共通する平和外交政策となっている。なお、コスタリカのアリアス大統領(当時)は、積極的中立のもと、長引く中米紛争の和平実現に尽力し、1987年にノーベル平和賞を受賞している。

 

 

おわりに

 

スイスは、国民皆兵と軍備を保有する武装中立国であり、皆兵制のもとにあるスイス国民の国防意識は、非常に高いといわれる。その反面、いや、そうであるからこそ、銃をとるまえの外交努力こそが、スイスや国際社会の平和の実現に決定的に重要であり、永世中立国スイスがその役割を果たすのに適任であることを深く理解しているのである。

 

スイスは、戦争に対して一致団結して対処する国連の時代を迎えてなお、孤立的、利己的と批判された永世中立政策を貫き国連加盟を控えてきた。2002年にようやく国連加盟を果たすが、その背景のひとつに、国際テロや核兵器の拡散など、国際社会との協力・連帯を必要とする新たな脅威が顕在化したことが挙げられる。先に述べたNATOのPfP参加もこの文脈のなかでとらえることができる現象である。

 

永世中立国は、戦争への不関与を根幹とする中立政策を維持しつつ、自国の安全と独立を堅持するために、国際社会との連帯も視野に入れた外交・安全保障政策をとり入れている。そこには、中立の特性を活かした永世中立国固有の武力に頼らない国際貢献が含まれていることも忘れてはならないだろう。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.256 

・熊坂元大「「道徳教育」はこうすれば良くなる」
・穂鷹知美「終の住処としての外国――スイスの老人ホームにおける 「地中海クラブ」の試み」
・徳山豪「アルゴリズムが社会を動かす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(1)――シンクタンク創設への思いとその戦い」