コトバ、オト、そのキレハシを抱きしめて――ニューヨーク・ハーレムの「民族誌的スケッチ」にいたる思考実験

これら二十二箇月の

過去とかんずる方角から

紙と鉱質インクをつらね

(すべてわたくしと明滅し

 みんなが同時に感ずるもの)

ここまでたもちつゞけられた

かげとひかりのひとくさりづつ

そのとほりの心象スケッチです

――宮沢賢治「序」『春と修羅』

 

2015年の秋、『残響のハーレム――ストリートに生きるムスリムたちの声』(共和国)という本を上梓しました。主に2002年から2004年までのニューヨーク・ハーレムでのフィールドワークをもとに書いた文章です。とくにアフリカ系アメリカ人ムスリム・コミュニティに焦点を当て、暴力という大きなテーマを中心に据えました。見えにくいものや象徴のレベルで生じるものも含めた暴力と、そこに生じる社会的痛苦に、人びとがどのように向き合い、折り合いをつけているのかを書きたかったのです。エスノグラフィと人類学、ノンフィクションとフィクション、具体的なものと抽象的なもの、見てしまったことがらと学習した知識、認識の垂直運動と知の蛇行――そういうもののあいだを何度も行き来し、引き裂かれながら書いた言葉群です。

 

下敷きになったのは、2008年に博士論文として提出したCommunity in Crisis: Language and Action among African-American Muslims in Harlemでした。博士論文提出の年、バラク・オバマが、米国史上初の「黒人大統領」として当選を果たしました。その後、文章の日本語化にあたり、博士論文に残っていたいかにも「学術的な言いまわし」や、あからさまな「理論的表現」をできるかぎり排し、出会った人びとの言葉や仕草や所作、遭遇したことがらの律動や音や匂いをあらわしだすための文体を模索しました。その結果、ほぼ全面的に語りなおすことになりました。

 

日本語での出版の約1年後、人種・民族、宗教、性別、障がい、出自等を理由に差別的・侮辱的言動を繰り返してきたドナルド・トランプが、大統領に選出されました。「ゆり戻し」のようにもとれる現象のなかで、批判と支持の声とがあいまって混濁するなか、ハーレムのストリートで出会ったムスリムたちは、いまの状況をどのように見るだろうか、と思いを巡らせます。自分よりもはるかに特権を許された者たちの言動に傷つき怒りつつも、いざというときには「殺される」であろうことを鋭く自覚するがゆえに、冷徹に同時代の動向を見抜き、しゃにむに行動し、なんとか生き抜こうとしてきた人たちです。きっと、いまでも同じようにするのだろうと思います。

 

このような、「いまとなっては想像するしかないけれど……」風な書き方をしたのは、いま、かれらのほとんどと直接顔を合わせることができないからです。本の執筆途中、かれらの多くが病に倒れて亡くなるか、高級化して様変わりするハーレムをあとにしました。ジェントリフィケーション(高級化)が進行すると、表面的には、「より便利で経済効果が高く、美しくきれいに浄化された、オシャレで新しく開放感のある街」ができあがるように(とくに部外者には)見えるのですが、実際にはそこには「落とし穴」があることがわかっています。

 

一言でいえばそれは、「住めなくなる人」がでてくるということです。家賃や物価が上昇し、物理的に住めなくなる人、周囲の人間の服装や所作や慣習やマナーが変化し、なんとなく居心地の悪さを感じる人、大型資本の店が流入してくることで、地域密着型のビジネスを展開・持続できなくなる人――そういう人たちがでるのです。

 

1990年代からのハーレムの再開発、そして2003年に発表されたコロンビア大学によるハーレム西側マンハッタンヴィル地区の買い取りとキャンパス拡大、これらは確実にそうしたジェントリフィケーションを進行させました。

 

ハーレムの目抜き通り、125丁目ストリートにスターバックスができたとき、それまでは路上のヴェンダーから50セントくらいでコーヒーを買えていたので、「いったい誰がスターバックスで2ドルもだしてコーヒーを買うのか」「すぐにつぶれるに決まっている」、と人びとは囁いていたようです。ところが、実際にできてみると予想していなかったことが起きました。スターバックスが地元民の集う社交場になって、お香や乾電池を売りに来る人、ただ話すだけに立ち寄る人、携帯の充電だけしにくる人、持ち込んだ中華料理をおもむろに食べだす人など、それぞれにおもいおもいのくつろぎ方をするようになったのです。その場所での出会いがきっかけで結婚した人もいました。

 

でも、こういう場所の独特の使用も、いつまでもつづくわけではありません。そのような行動を快く思わない人が増えれば、徐々に消えてゆくでしょう。現にその後、長時間滞在できるテーブル席はなくなり、高いスツール席ばかりになったと聞きます。こういう空間の変容はいたるところで同時進行し、いつしか路上でのバーベキューや、ジェイムズ・ブラウンを大音量でかけていたブロックパーティも、質が変わるか、なくなるのかもしれません。

 

消えてゆく文化や人びとを、美化する意図はありません。しかし、どのような理由で、なにが、どのように滅びて消えていったのか、それをはっきりと見定めたいとは思いました。忘却を機械的に捉え、「前を向くには必要だ」とか、「否、けしからん」と考えるのではなく、記憶やその技術とか装置、取り巻く言説や社会・文化動向との関係で、プロセスとして捉えたいと思ったのです。なにを忘却したかを問えない肯定的な「前向きさ」ほど、危うく、暴力的で、不気味なものはありません。

 

ここでは、本に書き切れなかったいくつかのことを書こうと思います(※)。

 

(※)『残響のハーレム』でとったフィールドワークの方法については、別角度から別稿でも論じた。「アメリカの外、歴史/文化の外、言葉の外――ニューヨーク・ハーレムのフィールドワークの方法について」『アメリカ史研究』第40号、pp.3-24。

 

 

なにが残りましたか? オトとニオイでしょうか――『残響のハーレム』にいたるまで

 

ここ、地の底の隅っこにね

あるんだよ、ハーレムは――

憶えてるさ、昔からの数々の嘘を、

幾度も背中を蹴りとばされたのを、

「辛抱しなさい」って

奴らがまえから言ってたのをさ。

――ラングストン・ヒューズ「困惑〔ハーレム[1]〕」

 

絞り出すように発せられた、重厚で執拗で清冽な叫び、それが発せられるときの匂い、奥底にある不満とか怒りとか痛苦の沈殿や醗酵や醸成のありよう、そしてそのすべてにのしかかる暴力――「9.11同時多発テロ」の約1年後、2002年秋から開始したハーレムでのフィールドワークで出会ったことがらとは、煮詰めて言うと、そのようなものでした。

 

ハーレムに限らず、ニューヨーク全体がピリピリとした険しい表情を見せることが多くありました。街角には軍服を着て銃を手にした兵士が立ち、国土安全保障省の警戒レベルが黄色とオレンジのあいだを行ったり来たりしていました。2003年にはイラク戦争がはじまり、グアンタナモ収容所では「テロリスト」と疑われた人物の拘留や拷問が指摘されていました。2004年になると、イラクのアブグレイブ刑務所での米軍兵士によるイラク人捕虜虐待事件が発覚し、その「報復」としてひとりのアメリカ人青年技術者が首を切られて処刑されました。そのような時代状況のなかでおこなわれたフィールドワークでした(※)。

 

もちろん、「研究テーマ」として具体的に出会った問題群は、もう少し機械的に書きだすことができます。たとえば、歴史をめぐるアイデンティティの闘争(1章)、歴史のアーカイヴ化にともなう記憶と忘却(2章)、ストリートのコンフリクトと《反暴力》の試み(3章)、暴力を告発する「暴力的」言語の問題(2、3、4章)、ジェントリフィケーションと都市の生活(4章、6章)、コミュニティとディスコミュニケーション(5章、6章)、などです。

 

「歴史をめぐるアイデンティティの闘争」とは、次のようなことです。アフリカン・アメリカンの民族意識の高まり――いわゆるブラック・ナショナリズムの高揚とそれにともなう集合的アイデンティティの構築――のなかで、広く共有された(公定の)歴史記述の「偏り」(たとえばヨーロッパ中心主義史観)が指摘され、アフロセントリックな歴史記述が評価されたり、「大文字の単数形の歴史(History)」にかわって「小文字の複数形の歴史(histories)」が注目されたりするのですが、そのプロセスでイスラームがどのような役割を果たし、そのことがアフリカン・アメリカンの経験にどのようにかかわるのか、という問いです。

 

そして、かれらの歴史語りに耳を傾けていると、絶えず垣間見える問題が、「歴史のアーカイヴ化にともなう記憶と忘却」というテーマでした。かれらの歴史語りは、多くの場合、強い不満をともなって為されるのですが、どうやらそこには、歴史の方法、記憶の方法をめぐる技術上の変化が関係しているように思えてならないのです。具体的に言うと、ICレコーダなどの技術の発展と記録化の流行もあって、かれらの歴史語りは急速にアーカイヴ化されているのですが、それがどのように歴史経験や、記憶のあり方、それにともなう不満に関係しているのか、という問いです。

 

「ストリートのコンフリクトと《反暴力》の試み」というテーマは、ハーレムの路上でくりひろげられたアフリカン・アメリカンとアフリカ系移民とのあいだの敵意やコンフリクトを観察することで到達したものです。ハーレムにはとくに1990年代以降に主に西アフリカからの移民が急増し、旧住民とのあいだに摩擦がありました。残念ながら新住民のアフリカ系移民のコミュニティには深くは入れなかったのですが、アフリカン・アメリカン側の反応に注目し、かれらがどのように新住民を差別化するのか追いかけていくと、奇妙なことに、敵意剥き出しにしていたはずのアフリカン・アメリカンの男性がじつはアフリカ系移民のために奔走していたり、メディエーターのような役割を担ったりしていることが見えてきたのです。暴力の結実や激化を未然に防ぐかのような、こうした目立たない振る舞いを《反暴力》の試みとして捉えられないだろうか、そのように捉えるとなにが見えてくるだろうか、というのがこのテーマでした。

 

「暴力を告発する『暴力的』言語の問題」は、人種主義や性差別のレトリックに満ち、多くの怒りと不満を運び、他者を断罪するストリート的言語表現やアフリカン・アメリカンの語りが、社会や文化全体に浸透する大きな暴力を告発する言葉でありながら、しばしば「暴力的」に響くと判断される一方で、問題にされるべき暴力のメカニズムは非常に静かで、時として寛容で平和的で友愛に満ちた言語表現をとる、それはいったいなぜか、という問いです。

 

「ジェントリフィケーションと都市の生活」というテーマにも、この「暴力と『暴力的』言語の問題」は重なっていて、たとえばコロンビア大学のキャンパス拡大は、非常に寛容な表現で描かれ説明されます。大学の説明会でも、反対を唱える人たちは大声で叫び、騒ぎ立てるのに対し、説明する側の弁護士なり都市開発プランナーなりは、穏やかな仕草とトーンで語ります。しかし、実際に進行するプロセスでは、寛容な表現をとる者たちによる空間の「乗っ取り」が起こり、叫んでいた者たちは遅かれ早かれ立ち退きを余儀なくされる。ジェントリフィケーションは、そのように進行していくのです。

 

「コミュニティとディスコミュニケーション」は、ハーレムのムスリム・コミュニティ内の取り組みにボランティアとしてかかわった経験からでてきた問いです。ひとつの信仰のもとに目標をかかげ、みなが高い意識で取り組みに参与しているにもかかわらず、あるいはそれがゆえにかえって、対立や緊張関係が悪化してしまう。しかし、こうしたディスコミュニケーションを単にネガティヴなものとして処理してしまうのではなく、もう少し積極的に捉えたうえでコミュニティの取り組みを見ることはできないだろうか――そういう問いでした。

 

これらの各テーマについて、それぞれの先行研究を踏まえたうえで理論的検討をすることもできるでしょう。けれども、そのような論文のスタイルでは、これらの問題群に出会ったときに、その全体を覆うように漂っていた匂いのようなものは、うまくあらわしだすことができない。

 

ことがらに出会ってしまったあと、人はどのような言葉群を書くことができるでしょうか。文学者は小説をきざみ、詩人は詩句をつらね、アーティストは思いつくかぎりの媒体のなかで認識と伝達とをおこなうかもしれません。哲学者は概念を編み出し、経済学者は数値と理論を駆使し、社会学者はアンケートとインタビューを重ねるかもしれません。

 

人類学者は「エスノグラフィ」と呼ばれる書物を書くのだろうと思います。少なくとも書くことを期待されているでしょう。そして、そのあとにはエスノグラフィを(一時的にでも)捨てて、人類学の「理論」を議論することを期待されるかもしれません。

 

いずれにしても、どのような環境のフィールドで、誰に、あるいはなにに、どのようなかたちで出会うのかが、「フィールドワークの経験」の生成や醸成に決定的な意味を持っていることがわかります。「書く」以前に、出会ったことがらをどのように捉えるのか、いや、ことがらが書き手をどのように捉える(捕らえる)のか。

 

エスノグラフィは、「民族誌」と訳されることが多いのですが、記録文学や小説、ノンフィクション、ドキュメンタリーのような手法と関連が深い一方で、哲学を中心とする抽象概念世界との対話を通じて、人の普遍的な特性や傾向性にも探りを入れようとします。そして、これは私見ですが、美術(アート&デザイン)とのあいだに、時としてパラレルにもとれる深い関係を見いだすこともできます。認識の地平を押し広げたり、書き換えたりという点では前衛芸術と同じ地平を目指していますし、限られた資源や資料のなかでの他者/自己との出会いを通じて「文化を書く(テクスト・メイキングする)」という点では、鶴見俊輔が注目した「限界芸術」やヒップホップのような生活の場と密着したアートに類似します。そして、試行錯誤と観察とを重ねて問題解決をはかる点でデザインとも重なります。

 

ところが、1980年代から90年代にかけては、ポストコロニアリズムの潮流のなかで、文化の記述をめぐって人類学内に大きな反省が起こりました。議論された問題は多岐にわたりますが、そのうちのひとつに、不均衡な関係(書く側と書かれる側)のなかでなされる記述を通しての、文化の固定化や本質化の問題がありました。文化を書くということ、特定集団の言動とその意味を書き留めるということは、その「対象」を(自覚せずとも)固定化することを含んでいるというのです。

 

「エスノ=グラフィ(ethno-graphy)」という言い方に、その問題点がよくあらわれています。それは、他からは切り離された特徴を有すると思われる集団、つまり「エスノ(民族集団)」についての「グラフィ(記録)」ということになります。「かれらは~~である」を内包した「厚い記述」を、権威づけられた知識の体系と言説空間のなかでなし遂げることで、その「対象」の固定化や不変化、一般化や普遍化に一役買ってしまう。「対象」となった集団や個人を記述することで、その特徴や個性や慣習や傾向性が不変の本質であるかのように構成してしまうということになります。

 

たとえば、「ハーレムのアフリカン・アメリカンのムスリム」の記述を重ねれば重ねるほど、その時点での「事実」は積みあがるかもしれませんが、その代償として、本来はうごきがあり、関係のなかで変化する「かれら」を固定化し、本質化してしまう。特定の集団を範疇化=均質化する力の作用と、記録することで固定化=一般化しようとする力――これをどのように突き崩しながら記述できるでしょうか。

 

こうした他者の表象につきまとう問題への反省が叫ばれるなか、実際の記述のなかでそれに応えようとする試みがいくつか生まれました。影響を受けた作品が二つあります。ひとつは、落合一泰の『ラテンアメリカン・エスノグラフィティ』(弘文堂、1988年)、いまひとつは、ヴァレンタイン・ダニエルの『黒焦げになった子守歌――暴力の人類誌 Charred Lullabies: Chapters in Anthropography of Violence』(Princeton University Press, 1996)です。

 

前者は、モンタージュなどの技法を駆使したシュルレアリズム運動からインスピレーションを受けて、フィールドワーク中の断片的な記述を折り重ねることで、「グラフィgraphy」の持つ首尾一貫性や固定化に揺さぶりをかけ、時間のなかでの文化のダイナミズムを描こうとする挑戦でした。エスノグラフィではなく、エスノ「グラフィティ」となっているのは、そのような理由からです。後者は、カントの読み直しから示唆を受けたジャン・ポール・デュモンの論文を援用しつつ、チャールズ・サンダー・パースの記号論に深く依拠し、特定の集団(「エスノethno」)に備わった固有の暴力という認識(たとえば、特定の民族や人びとが本質的に暴力的であるという理解)を超えて、人間的(記号的)な現象としての暴力の記述に挑んだものです。だから、エスノグラフィではなく、「アンソロポ」グラフィ。

 

採用された方法は違いますが、民族誌的な記述のあり方をめぐる上の二つの挑戦が、自分自身の描写方法を模索するうえで勇気を与えてくれました。その結果、『残響のハーレム』では、各章に基本的にひとりずつ、主要な語り手を配置し、その人物との対話や、やり取り、エピソードをストーリーとして展開しました。そして、かれらの言葉や仕草の意味、その背後にある歴史や想起させられた別の語りや出来事をあいまに挿入し、自分の解釈や戸惑い、違和感なども織り交ぜ、自身の偏りや誤りについてもできるかぎり突き放して晒すようにしました。成功しているかどうかは、読者の判断にゆだねる以外にありませんが、少なくともそれが、書きながらの自分なりの「方針」のようなものでした。【次ページにつづく】

 

(※)このときの戦争に関連するフィールドノーツ(日誌)は、以下のかたちで公表した。「戦争のある風景――寓話的日誌による同時代のスケッチ」『現代思想』2017年11月号、pp.154-167。

 

 

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無題

 

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