ドイツの「中道」とリベラル――2017年連邦議会選挙戦に見る現状と展望

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自由民主党の低迷

 

本来、リベラルは人間固有の権利を重視する価値観であるから、環境問題との親和性は高いはずである。事実環境への関心は左派だけでなく1970年代から「中道」のなかにも次第に強くなってきていた。背景にあるのは社会全体でのミリューの弛緩の進行であり、リベラル・ミリューも例外ではなかった。

 

「中道」は多様化しつつあったにもかかわらず、自由民主党はそれに対応するのが遅れた。同党とリベラル・ミリューは「中道」を固めきれなくなり、「緑の党」の台頭を許したのである。環境はリベラルと並立する価値観としてドイツの「中道」のなかに根をおろしていった。さらに先に述べたような二大政党の「中道」接近が始まると、ますます「中道」はリベラルのものではなくなっていった。

 

こうした変化を読み切れず、長年「中道」の中核をなす経済的に安定した経営者や自営業者層の支持に依存していた自由民主党は、いつの間にか既得権益化しエスタブリッシュメント化した彼らの利害を第一に考える「クライアント政党」にすぎなくなっていったのである。

 

同党は1990年代にはいると党勢低迷が顕著になる。連邦議会選挙では議席を死守したものの州議会選挙で敗北がつづき、1992年には16のすべての州で州議会に議席を持っていたのに対し1995年にはわずか4つの州のみとなり「下半身のない淑女」(「張り子の虎」の意)と揶揄されるほどであった。1998年には長らく続けてきた連邦での政権参加も途切れた。自由民主党はこの苦境を脱するために90年代後半から2000年代を通じてさまざまな新路線をおこなうが、いずれもかえって本来のリベラルが持っていた理想や価値観から逸脱してしまうものだった。

 

新路線のひとつは、さらなる保守化である。これには左から出てきた新興の「緑の党」に対抗し、本来の支持層である有産階級をつなぎ止めようとする狙いがあった。「緑の党」が存在している限り、1970年代に可能であったような社会民主党との連立は考えにくくなったので、その分キリスト教民主同盟との距離を接近させるねらいもあった。自由民主党はたとえば行き過ぎた再生可能エネルギーの推進に警鐘を鳴らし、EUの拡大にも消極的で、外国人市民との多文化共生政策には慎重な姿勢を取り、移民の積極的受け入れにも反対した。

 

しかし、こうした保守化傾向が、リベラルの本来持っている個人の自由と平等、オープンな社会という原則と衝突する部分があるのは明らかである。たとえば1995年に自由民主党は党員投票をおこなって、捜査機関による容疑者住宅への盗聴機設置を合法とする判断を示した。組織犯罪から市民を守るためという大義名分であったが、これも住居の不可侵というリベラルの原則からすれば大いに疑問な判断であった。

 

もうひとつは、当時世界を席巻しつつあった新しい経済思想であるネオリベラリズムへの傾斜であった。社会支出や補助金の抑制、減税と規制緩和をおこなって市場原理を強化し、産業構造を時代の要請にあったものに改革すること、さらに教育の機会均等と、努力が報われる社会を要求するネオリベ路線は、当時の時流に乗って一時的な成功を収めた。

 

党首グィド・ヴェスターヴェレのもと自由民主党は2009年の連邦議会選挙では大幅に盛り返して14.6%という党史上最高の得票率で第二次メルケル政権入りすることになった。しかし、この路線は他者の犠牲をものともせず冷酷に経済的成功だけを追求する「高額所得者の党」というイメージを作りだしてしまった。しかも当時はギリシアやイタリアの債務危機に端を発するヨーロッパ経済危機のただ中にあり、公約の目玉であった減税にはいたって不向きな状況であった。

 

4年間の連立政権参加中自由民主党はその公約をまるで実現できず、成果を誇ることも出来ないまま次の2013年の総選挙では比例票が前回の3分の1になってしまい、得票率5%を下回ったため史上初めて連邦議会から姿を消すに至ったのである。本来のリベラル路線を見失って迷走したあげく、自由民主党の第二の低迷期が始まった。

 

 

リベラルの新しい政治プログラム

 

党の再建は新しい党首のクリスティアン・リントナーに託された。1979年生まれと若く、痩身長躯、眉目秀麗な彼は、大学で政治学を学び、若くして会社を設立したり、連邦軍の予備将校としても勤務経験がある。いかにも万能の秀才エリートタイプであるが、彼の自由民主党が目指したのは、ネオリベでも保守でもなく、本来のリベラルの路線に立ち戻ることであった。

 

彼によれば、リベラルとは「生きているという実感」であるという。「誰にも依存していないという実感、自分の一生を自分で決めて良いのだという実感、自分で責任をとるのだ、自分の能力に自信があるという実感、自分には所得があり、それを自由に使えるのだという実感」。「こうした姿勢、自由に対する欲求は、職業、収入、年代、性別に関わらず存在している。私は大勢の人が同じように感じていると確信している」。

 

この自由な個人の生き方を可能にしていかねばならない。個人が誰であれ自由にイニシアティヴを取り、挑戦できるように、チャンスを与えられるようにしなければならない。「この我々が求めている『チャンスの共和国』においては人びとのあいだの違いはたったひとつしかない。それはどこから来たのか、ではなく、どこへ行こうとしているのか、である」。

 

重要な役目を果たすのは国家である。個人の自由の擁護に資する制度や原則、法治国家、民主主義、社会的市場経済、オープンな社会などはすべて政策として賛成・促進の対象となる。逆にそれを妨げるような官僚主義、新規参入障壁、高い税、そして不十分な教育制度や設備は、すべて撤廃ないし徹底的改革の対象にすべきだ。

 

これをリントナーは「360度リベラリズム」と名付けた。それはまたエゴイズムと冷酷さの対極にある。個々人の権利を認め、それを相互信頼にもとづいて尊重し合うという点において、「共感のリベラリズム」なのである。

 

このようにリントナーの目指す新しいリベラルの政治的プログラムの根底にあるのは19世紀以来のリベラルな個人主義の理念への回帰である。リントナーは保守化路線を否定し、そのためにノルトライン=ヴェストファーレン州の同党議員の重鎮で長年の盟友だったゲルハルト・パプケと袂を分かつことも辞さなかった。また頻繁にマスコミに登場して、ネオリベではないことをさかんに強調した。

 

さらに党のシンボルカラーとして19世紀以来の黄色と1970年代から使われるようになった青色に加えてマゼンダを採用、大手広告代理店の協力のもとイベント、ポスター、標語、候補者の服装に至るまで統一され巧みに演出された選挙戦を戦った。こうして自由民主党は見事に連邦議会に返り咲き、連立政権参加も視野に入ったが、ここでリントナーは自党の主張を十分に連立政権の政権に反映させられないとみるや、ただちに政権協議から降りてしまったのは上に述べたとおりである。

 

このリントナーの保守化でもネオリベでもない本来のリベラルを追求する路線が、自由民主党の長期的安定を可能にするのか、ふたたび「中道」を席巻し、ドイツ社会に広く受け入れられる価値観となることが出来るのか、それは現時点ではまだわからない。しかし連立離脱により多少の支持者離れは起きている模様である。

 

 

「不安」と「不満」

 

2018年3月4日、社会民主党の臨時党大会は大連立政権参加を承認し、これで第四次メルケル政権発足に向けた最終的なハードルは乗り越えられた。大連立といっても連邦議会の与党は両党合わせて6割もなく、史上最小の大連立政権である。このような結果をもたらした2017年から2018年のドイツ政局を振り返ると、極右の躍進という現象を見逃すわけにはいかない。

 

人種差別やナチスのおこなった犯罪行為を相対化する内容の発言を幹部の口から無数に吐き出している「ドイツのための選択肢」が、経済的に低調な東部の諸州だけでなく、保守の牙城のバイエルン州や、これまで極右勢力の新党がほとんど見られなかった西部の諸州でも勢力を相当に拡大させたことは、ドイツ社会に衝撃を与えた。同党は連邦議会において無議席から一躍野党第一党の地位を手にしたのである。

 

これは疑いもなく大連立政権と二大政党に対する批判票である。キリスト教民主同盟から100万票、社会民主党から50万票、小政党に投票したり前回投票しなかった層からも220万票が「ドイツのための選択肢」に流れた。では、なぜ多くの有権者はそのような批判をおこなったのだろうか。

 

その理由は大きく分けて二つあるだろう。ひとつは、「不安」である。2015年に発生したヨーロッパ難民危機によって、ドイツに大量の難民が流入し、その数は2015年で約89万人、2016年で28万人に達した(2017年は約19万人)。この難民をどのように受け入れ、ドイツ社会に統合するのかという巨大な課題が浮上したのである。

 

難民たちは受け入れセンターに集められて登録や庇護権申請の手続きをしたあと、最終的には各自治体に割り当てられて庇護権申請が認められるかどうかの判定が出るまでを過ごすことになる。個々の事情は同情すべきものがあるとしても、大量の「よそ者」が急に身の回りに出現することは、多くのドイツ人に極度の心理ストレスと「不安」を与えたのである。それはとくに外国人が暴力事件や性犯罪を引き起こしているという意識になって現れた。

 

実際にはドイツに流入した難民や外国人の犯罪率はさして高くはなかった。しかし、2015年の大晦日にケルン市の中央駅でおこった女性集団暴行事件にも難民が関与していたと報じられると、難民への風当たりは一気に激化した。また、難民は庇護権申請が認められた場合はドイツでの就労と定住を認められ、家族の呼び寄せも可能になる。これが一部のドイツ人の間に「国を乗っ取られるのではないか」「ドイツ文化が侵食される」という恐怖を巻き起こした。

 

申請が認められなかった場合は、国外退去処分が原則であるが、難民の側の異議申し立てが可能であり、処分の執行が迅速におこなわれなかったことも、こうした感情を増幅させた。「イスラムはドイツに属していない」、「ドイツ人のためのドイツ」、「ブルカ?我々が見たいのはビキニだ」などのスローガンが示すとおり、「ドイツのための選択肢」が主に訴えかけたのは、こうした「不安」をもつ人びとに対してであった。

 

もうひとつの理由は、「不満」である。現在ドイツ経済は好調で、各種の経済指標も順調に推移している。しかし、この繁栄を生み出すためには相当の社会経済制度の「荒療治」が必要であり、それは経済効率のために社会内部での富の再分配を犠牲にする方向に作用した。その結果ドイツ社会の内部には格差の開きが確実に大きくなってきている。

 

いまドイツの大都市で繁華街の街角を歩けば、物乞いをするホームレスの姿や、わずかなデポジットを生計のたしにしようと空き瓶や空きペットボトルを求めてゴミ箱をのぞく人を目にしないことの方が少ない。品質保証期限切れの食品を安価もしくは無料で配布する民間団体やスーパーの存在もニュースでよく取り上げられる。

 

一方で減税は不十分であり、中流階層に対する課税負担は高いままである。2013年の選挙でも重要な争点になったにも関わらず、大都市を中心に育児施設の不足はなおも深刻である。日本と同じく少子高齢化社会であるドイツでは、年金・医療を中心に社会保険の公的負担が重くなっており、給付を縮小して制度の維持を図っているため、老後の不安を抱える人びとも多い。さらには、過疎化が進んで基本的なインフラすら維持できなくなった地区もある。

 

その一方でいくつかの大都市は転入者が殺到しているため住宅不足に陥って家賃が高騰し、適当な住宅を見つけることが出来ない人も多い。2017年10月にベルリンの人気住宅街プレンツラウアー・ベルクで、ある大家が80平米の賃貸住宅を格安の月1000ユーロ(約13万5千円)以下で提供しようとしたとき、1日で800人を超える人が下見に訪れ、話題になった。

 

これらは2017年の選挙戦終盤にメディアがとくに好んで取り上げたテーマであった。このような状況に責任があるのは誰なのか。これまで政権を担当して失業を減らすために低賃金労働を許容する一方で公的社会支出を抑制する改革をおこなったのは二大政党である。他の既存政党も多かれ少なかれ責任がある。

 

それにもかかわらず今回の選挙戦では、起業と再チャレンジの重要性を訴えて教育政策の革新と充実を説いた自由民主党がめだったくらいで、格差の問題に正面から向き合おうとした政党は少なかった。たとえば、シュルツ率いる社会民主党は、選挙戦が本格化してきた2017年5月の段階で「社会的公正により多くの時間を」というスローガンを掲げた。しかし、この迫力のない文句には何ら具体的な提案がともなっていなかった。

 

また、左派党は唯一格差是正と貧困対策の問題に積極的に注力した政党であった。しかし、低賃金労働の制限、家賃上昇抑制、年金給付の増額と、その提案はまことに壮大であったが、対するにそのための財源は富裕層に対する増税を軸としており、実現可能性に疑問があった。ともに選挙民を引きつけるには至らなかったのである。

 

ただし、格差を争点にしなかったことは「ドイツのための選択肢」も同じで、言いかえれば、これらの「不満」をいだく人びとは、別にその解決を期待して「ドイツのための選択肢」に投票したわけではない。まさに既存政党に対する「不満」のはけ口を同党に求めたのである。

 

 

極右に対する防壁

 

こうした「不安」と「不満」は、「中道」はもちろん保守から左派にいたるまでドイツ社会のなかに広く存在しており、それらの人びとを今回の選挙でもっともうまく引きつけることに成功したのが、「ドイツのための選択肢」であった。このまま「不安」と「不満」を抱え込み続ければ、「ドイツのための選択肢」はさらに勢力を拡大し、遠からぬ将来、まずは州レベルで政権に参加するようになるだろう。

 

とくに現在東部ではキリスト教民主同盟、社会民主党、「緑の党」と自由民主党を全部あわせても6割程度の支持率しかない州がいくつもあり、州議会での多数確保という理由だけでも早晩左派党か「ドイツのための選択肢」の政権入りを検討せざるを得なくなる状況である。

 

政権入りはまだ先の話としても、現在の「ドイツのための選択肢」は、党首ガウラントも認めるように、なお体系的な綱領を持っておらず、当面批判政党の役割に終始することになろう。「不安」と「不満」を吸収できる同党が、勢力拡大のみを自己目的化して人種差別や外国人敵視をあおるアジテーションを繰り返したり、議会審議でなりふり構わず世間の注目を浴びるだけのための行動をとり続ければ、ドイツ政治と社会の混乱は避けられない。

 

このような「右翼化」のもたらす不安定化の危険が、今後のドイツの政治と社会を包み込んでいくことになる。先の選挙で有権者の厳しい審判にさらされた大連立政権は、経済の好調を維持しつつ各種の格差を是正し、難民や移民の背景を持つ人たちの社会統合を進めていくという難問に直面している。それにどう対処していくか、まずは注目したいところであるが、ここでもうひとつ希望がある。それは「中道」である。

 

2017年の選挙で、「ドイツのための選択肢」にほとんど票が流れなかったのは、前回の選挙で「緑の党」と自由民主党を支持した層だけであった。「中道」はすでに述べたとおりさまざまなミリューから人が流れ込んでいる雑多な集団であるが、そこに定着した環境とリベラルという2つの価値観は、ドイツ社会を覆った「不安」と「不満」の高まりにかかわらず、極右の台頭に対する防壁になっていると考えるべきである。とくに自由民主党の復調ぶりは著しく、党首リントナーの唱える再生された個人主義リベラリズムは今後のドイツ社会のなかでさらに積極的な役割を果たすようになるかも知れない。

 

このリベラル思想の特徴は、個人に照準をあわせて、ひとりひとりに成功や苦境からの脱出、社会的上昇のシナリオを提供できるところにある。そしてそのために必要な条件づくりを社会に要請する。誰もが自由に生きることが出来る社会を、というその主張の説得力は強く、訴えかける力は大きい。それは格差が広がってきた現在、また多くの外国人を抱えるドイツ社会において重要な意味を持つことは間違いない。

 

しかし、再生されたドイツのリベラリズムが今後このような影響力を得ることができるかどうかについては、しかしなおいくつか克服すべき課題がある。ひとつは、リベラルの与える成功の約束が、現状ではやはり「中道」に限定的なものにとどまっていること、もっといえば「ドイツ人」に限定されていることである。

 

リントナーにしても、外国人移民の受け入れはドイツ経済に利益をもたらす技能労働者に限定すべきだという見解である。リベラルの本来の自由で平等な個人という精神に立ち返り、難民や移民の背景を持つ人の統合をすすめ、より一層のオープンな社会へと向かう努力が必要である。

 

もうひとつは、リベラルのもつ国権主義的傾向である。自由民主党のプログラムには、リベラルな社会の建設には国家行政の果たす役割が強調されており、そこで市民が能動的に果たすべき役割についてはまったくといって良いほど触れられていない。国の政策だけでリベラルな社会が実現できるのだろうか。市民参加、住民参加のイニシアティヴは、どのような位置づけを与えられるのだろうか。

 

リントナーのもと自由民主党がどこまで過去のしがらみを切り捨てて、「クライアント政党」からリベラルの政治理念を貫く「プログラム政党」への転換をとげることが出来るか、これから問われていくことになるだろう。

 

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シノドス国際社会動向研究所

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