「アラブ」と「米国」の隘路で――日本の中東和平外交はどのように成立したか

エルサレム首都認定問題

 

2017年12月、米国のトランプ政権は、エルサレムをイスラエル国家の首都と正式に認定し、現在テルアビブに所在する米大使館をエルサレムに移転させるとの意向を表明した。これに対し、当事者であるパレスチナ自治政府はもとよりアラブ世界は直ちに反発し、国際社会もまた一斉に懸念を示した。

 

この結果、12月21日の国連総会はトランプ政権の認定は国際法に違背し、エルサレムの一方的な現状変更を認めないとする決議を賛成多数で採択した。総会決議に拘束力はないが、採択賛成票128カ国、反対9か国、棄権35カ国という票差を見れば、米国の孤立は明らかであった。

 

日本は賛成票を投じたが、これはパレスチナ和平問題について「当事者間の直接交渉による二国家解決案」を一貫して支持してきた立場から当然の行動であったろう。のみならず、ロシアとの間に北方領土をめぐる係争問題を抱えていることから、武力による領土の獲得に反対するという意味でも、イスラエルが1967年の第三次中東戦争で占取するところとなったエルサレムの併合を認めることはできない。

 

事実、1980年にイスラエル国会がエルサレムを首都とする法案を可決した際、日本は当時の「加盟国はエルサレムに外交使節を置いてはならない」との国連安保理決議(478号)を支持して在テルアビブ大使館の移転を認めず、国連総会でのイスラエルのエルサレム併合を無効とする決議に賛成票を投じている。昨今の北朝鮮に対する国連安保理による累次の制裁決議を遵守せよという日本の国際社会における主張と平仄を合わせるという観点からも、現在なお効力を有する決議478号に真っ向から違反するエルサレムの一方的首都認定・大使館移転の動きに与することはできなかったのである。

 

もとより日本が国連においてパレスチナ問題に関して米国と異なる投票を行ったのは、これが初めてではない。最近の大きな決議では、2012年のいわゆる「パレスチナの地位に関する総会決議」があった。これは、パレスチナが「自治政府」であって主権国家ではない状況の中で、国連非加盟のオブザーバー「国家」の地位を認めるとする内容で、投票結果は日本を含む賛成票138カ国、米国やイスラエルなど反対票9カ国、棄権41カ国であった。

 

ここでもまた、日本はパレスチナ問題の解決は「当事者間の直接交渉による二国家解決案」こそ唯一の方策であって、この決議が直接交渉の再開に資するとの姿勢を示し、イスラエルの反対するパレスチナの「格上げ」が交渉再開を阻害すると主張した米国との立場の違いを明らかにしている。

 

 

パレスチナ問題の生成と日本

 

それでは、日本は歴史的に親パレスチナの路線を採ってきたのかと言えば、必ずしもそうではない。そもそも、パレスチナにおける民族紛争が決定的な段階に達した1947年の国連総会決議181号、すなわち英国の委任統治領パレスチナをアラブ系住民(パレスチナ人)とユダヤ系住民との間で分割し、エルサレムに関しては「特別市」として国際管理下に置くとしたいわゆるパレスチナ分割決議と、これに引き続く1948年のイスラエル建国、そしてアラブ側との軍事衝突(第一次中東戦争)が勃発した時期には、日本は未だ米国を中心とする連合国軍の占領支配下にあり、主権を剥奪されていた。要するに、パレスチナ問題の生成については、日本は全く関与する立場になかった。日本が国家としてパレスチナ問題に向き合うのは、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年以降のことになる。

 

しかしこの事実は、日本のパレスチナ問題に対する見方の基調を、その後長く規定することになった。欧米が主導した分割決議やイスラエル建国に対して日本は責任を負わず、「手を汚していない」という自覚である。また、高度経済成長期において日本の中東認識はペルシャ湾やアラビア半島のあたりで遮断されていた。

 

パレスチナ問題は、中東とは言いながら東地中海の懸案であって、歴史的にはヨーロッパ列強の帝国主義的膨張や植民地支配の経緯から発生した紛争にほかならない。その解決に責任を負うべきは列強の負の遺産を引き継いだ欧米であって、日本はこの問題について政治的に敏感になる必要はなく、したがって特段の研究や情報収集に努めようという欲求も生じなかった。

 

かくして日本は、問題の生成と展開とに関与していないという意味で主観的には「無垢(innocence)」であり、問題の実態に対する知識や情報を欠いているという点から客観的には「無知(ignorance)」であった。その結果、第二次世界大戦後四半世紀以上にわたって、日本はパレスチナ問題に対していわば「善意の第三者」として概ね「無関心(indifference)」を決め込むことができたのである。

 

パレスチナ問題に限らず、冷戦構造に規定された国際政治の枠組みの中で、日本には本来の意味での主体的な外交を展開できる余地がなかった。唯一の同盟相手であると同時に、最大の輸出市場でもあった米国が、そのアジア政策や中東政策の枠組みを設定すれば、日本はその枠内においてワシントンの意向を汲みつつ対外関係の調整に努めていたに過ぎない。

 

この時代、パレスチナ問題や中東紛争に際して国連等で表明された日本の立場は、多くの場合米国の主張を幾分か希薄化させることで「より中立的」な体裁を装うものであった。実際、日本の立場は、米国はもとより英仏独などの旧ヨーロッパ列強諸国に比べても中立色が強かったが、それはどこまでも傍観者としての立場であって、パレスチナ問題は同時代のビアフラ内戦やアイルランド紛争と並んで「気の毒な他人事」でしかなかった。【次ページにつづく】

 

 

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