イギリス政治は多党制の夢を見るか?  

今年5月に総選挙が行われたイギリスでは、二大政党である労働党と保守党のいずれもが過半数の議席を獲得できず、最終的には保守党が第三党である自由民主党と連立を組むにいたったことを記憶している方も多いのではないだろうか。

 

連立交渉において自由民主党が要求したことのひとつに、選挙制度改革があった。19世紀に隆盛を誇った自由党の流れを汲む自由民主党は、保守党と労働党が二大政党になって以降は、小選挙区制の下で得票率に比して議席率が大幅に低い状態におかれてきた。久々の政権参加の好機を得て、彼らが改革を求めたのは当然だったといえよう。

 

 

選挙制度改革案の内容

 

管見のかぎり日本では小さく報じられただけだったので、あまり知られていないように思われるが、自由民主党の要求に応じるかたちで、現政権は去る7月、来年5月に選挙制度改革に関する国民投票を実施すると発表した。

 

改革の内容は、現在の小選挙区制を選択投票制に変更する、というものである。選択投票制とはalternative voteの訳語で、択一投票制と呼ばれることもある。この方式は、ひとつの選挙区から一人の当選者を出すという点では小選挙区制と同じだが、当選には有効投票数の50%以上の得票率(絶対多数)を要すること、有権者は候補者に好ましさの順位付け(選好投票)を行うことが決定的な違いである。

 

当選者の決定のために、順位付けにしたがって、まず順位1位の票が集計される。この段階で、ある選挙区において、第1位になった候補が50%以上の得票率ならば、その候補の当選が決まる。しかし、得票率が50%に達した候補がいなかった場合、最下位となった候補を順位1位としていた票について、その投票者が順位2位としていた候補へと再配分(移譲)される。この作業を繰り返し、過半数の票を得た候補が出た段階で当選者が決まるのである。

 

 

何が期待されているのか

 

選好投票による票の移譲といった仕組みに慣れていないわたしたちにとっては、なかなか複雑な仕組みである。この方式のメリットは、一方において一選挙区から一人当選という仕組みを残しつつ、他方で得票率が低くても高くても1位にさえなってしまえば議席を確保でき、2位以下の候補者の得票がいわゆる死票になるという、小選挙区制の特徴ないし弱点を改善できるところにある。

 

実際、小選挙区制を重んじる傾向が強いアングロサクソン諸国での採用例が多く、オーストラリアの連邦下院選挙で用いられているほか、アメリカでも一部の地方選挙で使われたことがある。

 

ただし、大陸ヨーロッパ諸国では比例代表制を中心とした選挙制度が多用されることもあって、イギリス国内でも中途半端な改革案だという意見もあるようだ。たとえば、選挙制度改革協会Electoral Reform Societyは、択一投票制は小選挙区制よりましだが、より望ましいのは複数定数区(大選挙区制、中選挙区制)と移譲投票制の組み合わせだと主張している(http://www.electoral-reform.org.uk/index.php)。

 

 

二大政党制から多党制へ?

 

注目すべき点は、選択投票制の採用が二大政党制から多党制への移行を意味すると考えられているわけでは必ずしもないことである。先に紹介した選挙制度改革協会の試算では、今年5月の総選挙が選択投票制で行われていたとしても、保守党281議席(実際は307議席)、労働党262議席(258議席)、自由民主党79議席(57議席)であり、二大政党の議席占有率は依然として80%を超える。

 

もちろん、選挙制度が変われば、政党の候補者擁立パターンも有権者の投票行動も変わるから、単純な試算だけで結論を導くことはできない。だが、選択投票制を既に採用しているオーストラリアでも、自由党と労働党の二大政党が高い議席占有率を確保する状態がつづいている。

 

少なくとも現時点までの経過からは、総選挙の直前や直後に日本で一部にみられた、イギリスの二大政党制が終焉を迎えつつあるとか、二大政党制は時代遅れになりつつあるといった議論を額面通りに受けとることはできないようだ。二大政党を中心とした政治がつづくが、第三党にも従来よりは議席獲得のチャンスが増す、というのが妥当な理解だろう。なお、イギリスやオーストラリアは二大政党制とよく言われるが、二大政党が議席のすべてを占有しているわけではそもそもない。

 

外国の政治については見解の当否が見極めにくいだけに、ときとして論者の思い入れを反映させた議論が意外なほど流通してしまう。そうだからこそ、安定的な視座からの丁寧な分析と十分な根拠が必要なのだと、自戒を込めて思う。

 

 

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クリエーター網谷 龍介, 成廣 孝, 伊藤 武

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