2018.04.03

パレスチナ統一政府が発足へ。今、パレスチナで何が起きているのか?

高橋真樹×高橋和夫×荻上チキ

国際 #パレスチナ#イスラエル#中東和平#インティファーダ

100年以上の対立が続くイスラエル・パレスチナ。今回、点在するパレスチナ人の居住地域を別々に率いてきたファタハとハマスの合流が決まりました。統一政府の成立は、今後のアラブ・イスラエル問題にどのような変化をもたらすのでしょうか。専門家に伺いました。2017年11月13日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「パレスチナ統一政府が発足へ。今、パレスチナで何が起きているのか?」より抄録。(構成/増田穂)

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100年近い対立が続くイスラエル・パレスチナ

荻上 本日のゲストをご紹介します。中東問題に詳しい放送大学教授の高橋和夫さんです。高橋和夫さんは『アラブとイスラエル、パレスチナ問題の構図』などの著書があります。よろしくお願いいたします。

高橋和夫 よろしくお願いします。

荻上 そして、本日は、ノンフィクションライターの高橋真樹さんにもおいでいただいております。高橋真樹さんは1997年からパレスチナを断続的に取材されています。難民の支援活動もしていて、今年『ぼくの村は壁で囲まれた―パレスチナに生きる子どもたち』を現代書館から出版されました。よろしくお願いします。

高橋真樹 よろしくお願いします。

荻上 和夫さん、パレスチナ問題とはどのような問題なのでしょうか。

高橋和夫 パレスチナは、主に2つの地域からなります。一つは今のイスラエル、もう一つは、現在も実質的にイスラエルが占領しているヨルダン川の西岸地区、ガザです。これらが、パレスチナと呼ばれる土地です。

100年ほど前、ヨーロッパで迫害を受けたユダヤ人たちが、パレスチナには自分たちの祖先が住んでいたのだから、こんな迫害ばかりのヨーロッパから抜け出してパレスチナに国を作ろうと運動を起こしました。しかし、当時そこにはパレスチナ人が住んでいた。住んでいる方としては、いじめられたからといって国を作られても困ります。両者の間で土地をめぐる争いが始まった。というのが大雑把な話です。

荻上 問題の勃発以降、イスラエルとして新たに建国された国の住民と、パレスチナ人との間には、和解に向けて歩み寄りのあった時期や、かなり緊張感が高まった時期など、さまざまな状況があったそうですね。

高橋和夫 はい。和平への期待が最も高まったのは、ノルウェーの仲介でオスロ合意ができた時です。これにより、パレスチナ側は国際的にイスラエルを認める代わりに、イスラエル側は、ガザ地区と西岸地区の大半から撤退するという話になっていました。双方が満足するわけではありませんが、それなりの妥協点に落とし込めたかな、というところでした。しかし、それもうまくいかなかった。

高橋和夫氏

荻上 「パレスチナ」と「イスラエル」というふうに私たちは分けて言いますが、実際その境界ははっきりわかれているわけではないと伺っています。

高橋和夫 ええ。もちろん、国際的に認められたイスラエルはしっかりあります。そしてガザ地区はパレスチナ人が支配している。ただしガザ地区は出口も閉められていて完全に包囲された巨大な監獄状態です。もう一つはヨルダン川西岸地区です。こちらはパレスチナ人が支配しているように言われますが、実際に彼らの支配下にあるのはほんの数%の地域であとはイスラエル軍が支配しています。パレスチナ人の地域はチーズの穴のような感じで、飛び地になっています。そして、パレスチナ人は飛び地の間を自由に動けません。

オスロ合意が結ばれた時、パレスチナ人の代表だったアラファト氏は、これからパレスチナにスイスのような平和な国を作るのだとおっしゃいました。しかし結果はチーズの穴です。パレスチナ人としては、納得がいっていません。

荻上 パレスチナとイスラエル、それぞれどのくらいの人が住んでいるのでしょうか。

高橋和夫 イスラエルの市民は870万ほどいます。その四分の一は、イスラエル市民権を持ったパレスチナ人です。イスラエルが建国されたとき、多くのパレスチナ人が追い出されました。しかし残った人たちもいました。その人たちと、その子孫がイスラエル市民権をもったパレスチナ人として存在するわけです。そしてパレスチナ人は、ガザ地区と西岸地区にいます。前者に200万、後者に300万くらいです。

ここで重要なのは、両者を比べると、今はおそらくパレスチナ人の方が多数派だということです。パレスチナ人の方が、子供をたくさんつくるので。イスラエルとパレスチナ地区全体で見ればパレスチナ人の人口が増えていて、ユダヤ人は少数派になっているという状況です。

荻上 一方で面積としては、パレスチナ側の面積がとても狭い状況になっています。

高橋和夫 そうですね。ヨルダン川西岸地区とガザ地区を全部返してもらっても、その面積をイスラエルと比べると78対22、わずか22%ほどです。そして現在、その22%の大半はイスラエルの支配下にあります。実際にパレスチナ人の土地と言えるのは、ほんの数%の地域、7、8%がいいところという感じです。

荻上 やはり宗教の問題と領土の問題が入り組んでいるのでしょうか。

高橋和夫 私は基本的には、土地の問題だと思っています。よくユダヤ教とイスラム教の問題だといわれますが、パレスチナ人にもたくさんキリスト教徒がいるのです。単純にユダヤ教とイスラム教の争いと言い、キリスト教を切り離してしまうのはそうしたパレスチナ人に対して失礼だと思います。さまざまな宗教の人々がいるなかで、自分の宗教の正当性を主張しあっているのではありません。問題の核心は、土地が誰のものなのか、水が誰のものなのか、という問題です。

妨げられる移動の自由

荻上 真樹さんはパレスチナ現地でいろいろと取材をされています。飛び地になっているということは、パレスチナはアクセスしづらいのでしょうか。

高橋真樹 そうですね。日本人はイスラエルには観光客として入れます。しかしパレスチナ側に行く間には検問があって、外国人だとチェックが厳しくありませんが、検査が厳しいのはパレスチナ人です。身分証明書の提出や身体検査を受けた上に通らせてもらえないこともあり、彼らの移動は非常に難しい状態にあります。

荻上 取材中はどのような点に注目して、どのような方にお話を聞かれたのでしょうか。

高橋真樹 今和夫先生がおっしゃったように、パレスチナ問題は宗教問題や民族対立と誤解されがちです。さらに、メディアで暴力的なシーンが多く流されることもあり、パレスチナ人を恐いと思っている人が多い。しかし実際に行ってみると、パレスチナ人みんながテロリストというわけではないし、むしろほとんどの人たちはごく普通にくらしています。そうした一般の人たちの生活が、占領というもので脅かされている。現地に行くと、その実態が見えてくるんです。

ぼくはその実態を伝えなければならないと思っています。だから、特別政治家や偉い人や、テロリストなどに話を聞くということではなく、ごく一般の人達を追いかけ、彼らがどんな生活をしているのか、非常に地味な部分ですがスポットを当てています。

荻上 先ほど移動が困難という話がありましたが、そうなるとビジネスやインフラの確保、ひいては生活の確保にも影響が出て来るかと思います。

高橋真樹 ヨルダン川西岸地区に住んでいる人は、許可をもらっていて、IDにそれが記されています。そういう人はイスラエルの企業に就職することも可能なのですが、毎日出勤するときに検問所でチェックされる。場合によっては検問所が突然しまったりもします。それが何日も続けば首になります。せっかく就職してもそのように解雇されてしまった人もいます。

あとは病気の時です。ヨルダン川西岸地区内にも、たくさん検問所があります。自分の村に病院がない場合、定期的に薬をもらいに隣村の病院に行かなければならないのに、検問所で止められて薬をもらえないために病気が悪化してしまう。そういうことも頻繁に起こっています。

荻上 検問所はなぜ閉鎖したり、活動が止まったりするんですか。

高橋真樹 一番明確なのは、各地でパレスチナ人が暴動を起こした時です。インティファーダという大きな暴動がこれまでに数回起きていますが、その時は懲罰的に検問所が止められました。ただ、明確な理由がなくても、そのときのイスラエル軍の作戦の状況で停止する場合や、もっとひどい場合は検問所を担当する上官の気分で通してもらえないこともあります。ある人は通れるけど、同じような人が通れない。IDも持っていて武器も持っていない、テロリストではないと証明できても、嫌がらせで通れないんです。

メディアでは戦っている様子ばかりが映し出されますが、実際のイスラエルではたいていのときは事件は起こっていません。イスラエル兵は検問所で通過する人たちを待っているだけなことも多い。そうするとどうしても暇で、こういったことが起こるんです。イスラエル内でも占領地の兵士の退廃について問題になっています。

状況は人によってさまざま

荻上 インティファーダという言葉が出てきましたが、これはどういった意味なのでしょうか。

高橋真樹 アラビア語で、払い落とす、振り落とすという意味で、占領をやめさせるための抵抗運動を指します。以前インティファーダの始まった1980年代の時は、イスラエル軍の車がパレスチナ人を轢き殺すという、ガザ地区での交通事故がきっかけでした。事故により今までの怒りが爆発し、少年たちが石を投げるようになった。そこから始まった運動です。

荻上 インティファーダは今日ではどのような展開をしているのですか。

高橋真樹 パレスチナ側は、武器が圧倒的に少ない状況にあります。抵抗の意志として石を投げたりするのですが、そのために銃で撃たれて亡くなる少年たちがたくさんでました。犠牲者が増える中で、今では石を投げるという物理的な暴力ではなく、非暴力で占領をやめさせようと戦っている若者たちも増えています。パレスチナ人の中では、インティファーダというのは必ずしも暴力に訴えるということではなく、自分たちは占領に対してNOと言うんだという意思表示をすることだと考えられているんです。

荻上 問題の発生から、ずいぶん経ちますが、パレスチナではこの対立を受けて、世代間に何か変化は起きていますか。

高橋真樹 パレスチナでは古い価値観が浸透していて、なかなか新しい世代の台頭につながらなかったのですが、最近徐々に価値観の異なる若い世代が現れていると感じています。例えばパレスチナは父権制の強い地域で、男性の年長者の権威が強く、女性や若者は意見を言いにくい空気感が強くありました。その辺りを変えていかなければならない、という意識は高まってきています。

荻上 先ほどIDの話もありましたが、パレスチナ人の身分証明はどのようになっているのですか。

高橋真樹 IDは国内での居住権を示す身分証明書です。イスラエル・パレスチナの両国が合意して、ガザ地区だったらガザ地区に住んでいる人用のIDが渡されています。その人たちは、ガザ地区以外には居住できないし、現在では基本的にはガザを出ることもできません。パレスチナ人は所有するIDで移動できる地域が全く異なります。つまり、パレスチナ人といってもイスラエル政府から与えられたIDによって様々な立場があり、重層的な差別が生まれているということになります。他にも、イスラエル国籍を持っているパレスチナ人もいますので、その方たちはまた別のIDを持っています。彼らはヨルダン川西岸などにも比較的自由に移動できますが、イスラエル国籍のユダヤ系市民に比べれば、自由にできることが制限されたり、居住できる範囲も限られます。

荻上 パレスチナ人がパスポートを取る際はどうなるのですか。

高橋真樹 それもどの地域に住んでいるかで変わってきます。ガザの方は申請してもほとんど取れないです。海外どころか、今はガザからも出られないような封鎖された状況なので、非常に厳しいです。イスラエル国籍のパレスチナの人は、パスポートがイスラエル人と同じ扱いになるので、海外に行くことはできます。また、エルサレム在住のパレスチナ人は、かつてヨルダン領だったことで、ヨルダンのパスポートを使っているケースもあります。ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人は、国外に出るのは簡単ではありません。一時的に出国する証明をもらうなどといった扱いになります。

荻上 生活水準の向上は、どうなっているのでしょうか。

高橋真樹 こちらも地域差があります。やはりガザが一番厳しく、物も全く入ってきません。ガザから出られないことで仕事ができない状況の人も非常に多くなっているので、人道危機になっています。ヨルダン川西岸地区も、イスラエルとの間の壁の増築や検問所のせいで動ける範囲が限定され、生活条件が厳しくなっているので、生活水準を上げていくのはかなり厳しい状況にあると言えます。

ファタハとハマスの統一は状況を変える?

荻上 和夫さんはパレスチナの生活の変化、状況の変化については、どうお感じになりますか。

高橋和夫 普通の若い世代は、本当に普通です。みんなスマホを持ってお互い情報交換しています。比較的豊かな層だと思いますが、日本にパレスチナとイスラエルの若者を連れて来て交流させようという試みも行われています。パレスチナ人だっていつも占領の話ばかりしているわけではありません。我々が日ごろ何をしているかと尋ねても、ボーイフレンドの話や就職の話、学校の話など、普通のことを普通にやってますよ、という当たり前の答えが返ってきますね。

真樹さんのご指摘の通り、絶対的な父権制も少しは緩んできていると思います。一方で、占領があまりにも長く続いているので、次第に希望を失っていって、過激派に走る人がいるのも確かです。

荻上 過激派は具体的にどのようなことをしているのですか。

高橋和夫 これまでパレスチナではファタハという組織が政権を持っていました。ハマスが野党で過激派でした。しかし最近はハマスより過激な人たちが現れています。ハマスはイスラエルと戦うと言っているのに実際は交渉をしていると批判し、イスラエルを徹底的に無視して抵抗しようとしている人たちです。

実は、イスラエルはハマスをテロリストとしていじめていたんです。そうしたらハマスよりもっとひどい過激派が現われてしまった。イスラエル側は、このままではハマス以上にひどいことになりかねないと懸念して、ガザへの支援を検討していると言われています。

荻上 さらに過激な団体というのは、どのようなものがあるのでしょうか。

高橋和夫 イスラミック・ジハードという組織があります。しかし、より心配しているのはいわゆるIS系です。あとはアルカイダ系。混乱に乗じてこれらが入ってくるのではないかと懸念しています。超過激派が入って来ると、もう話し合ってお互いに妥協しようということがなくなってしまいます。自分たちは砕け散って天国に行く、という発想の人たちが増えてしまったら、本当に交渉の余地がなくなってしまう。そうした背景もあって、最近はイスラエルも対応を真剣に考え始めた印象があります。

荻上 最近ニュースでファタハとハマスの統一が話題になっていますが、こちらはどういうことなのですか。

高橋和夫 これまでパレスチナ地域は、ヨルダン川西岸地区をファタハが率いて、ガザをハマスという非常に宗教色の強い組織が押さえていて、2つに分断された状況でした。イスラエルやエジプトを始め、国際社会はハマスをテロ組織としてガザを封鎖してきました。結果として、ガザの人たちの生活は本当にひどい状態になっています。ハマスもガザを支配していますが、市民から生活のひどさを批判されている。

そこでハマスとしては、ファタハと合流することで、国際社会から少しでも認知を得て、封鎖されている検問所を開けてもらおうとしました。現在のガザは1日4時間しか電気が来ないとか、薬が足りないとか、そういう状況です。追い詰められた状況から、ハマスがファタハに歩み寄ったというかたちです。

荻上 両者が統一されると、どのような組織になるとお考えですか。

高橋和夫 基本的にはファタハが主体の組織になるでしょう。ハマスは行政面はファタハに譲ると思います。しかし、ハマスはこれまで行政面と合わせて軍事力も持ってきました。ハマスはこれを手放すつもりはないでしょうし、ハマスが軍事力を持ったままではファタハは心配です。ハマスの軍事力をいかにパレスチナ政府の中に組み込んでいくのか、あるいは武装解除していくのかが、今後一番の課題になると思われます。

荻上 パレスチナ内でさまざまな立場があると、一丸となってイスラエルと交渉するのも難しそうですね。

高橋和夫 そうなんです。これまでイスラエルは交渉に前向きではありませんでした。そもそもしたくない、というのがあるとは思います。しかし交渉しない言い訳として、パレスチナ人が2つに分かれているからどちらと交渉したらいいのかわからない、というのがありました。

ただ、これはファタハとハマスの合流で言い訳にならなくなります。ここからの問題は、イスラエルが交渉に意欲を見せるか、そして中東和平を実現させると言っているトランプ氏が実質的に動くかです。トランプ氏は、中東和平を実現させるとは言っていますが、具体的な落としどころがどこなのかは、全く示していません。

トランプ氏の娘婿のクシュナー氏は、お父さんが大変な資産家で、イスラエルのネタニヤフ首相の支持者としてとても有名です。多くの人たちは、こうした背景を考えて、トランプ氏が実際に和平交渉を進めるためにイスラエルに圧力をかけるか疑念を抱いている状況です。

荻上 リスナーからはこんな質問が来ています。

「今回の統一政府発足の動きは、現在延期状態になっているイスラエルの在アメリカ大使館のエルサレムへの移転について影響がありますか」

いかがでしょうか。

高橋和夫 おそらく影響はないと思います。イスラエルのアメリカ大使館を移転するかどうかは、アメリカのイスラエル支持者の票を求めての国内政治的な判断です。現地の状況はあまり関係ないように思います。

荻上 ということは、パレスチナが統一政府になっても、ただちに交渉が進むようになったり、両国をめぐる国際政治が変化するとは限らないわけですね。

高橋和夫 一気に変化するのは難しいですね。ただ、これまで国際社会はハマスがテロ組織であるからと、ガザへの支援や交渉に消極的でした。今回一応、ファタハがハマスを抱き込むかたちになれば、交渉はしやすくなります。

例えば日本のNGOもガザの支援をしたかったのですが、そうすると支配組織であるハマスと付き合わざるを得ませんでした。しかし日本政府を始め各国政府はハマスとは付き合うなという立場だった。その結果、ハマスが支配している地域の人々を助けに行けない実情があったんです。行政部門をファタハが握ることになれば、人道支援もしやすくなるでしょう。

荻上 パレスチナの2つの組織について、真樹さんはいかがですか?

高橋真樹 ファタハに関しては、2004年まで議長を務めていたアラファト氏が有名です。彼はパレスチナ人にとっては特別な人です。パレスチナは国家としては成立していませんが、アラファト氏はカリスマ的な存在で、誰もが親しみを抱いている「建国の父」という存在です。一方で、組織としては金権政治や汚職などの側面があり、ファタハという組織は彼の死後人々の心を引き付ける力が無くなってしまいました。

一方でハマスは、金銭面ではクリーンなイメージがありました。原則原理として、「失った自分たちの故郷を取り戻す」という難民の心に響くキャッチフレーズも掲げていましたので、難民が多く暮らすガザを中心に一時的にハマスを支持する人達が増えた時期もあります。しかし、10年ほど実際にハマスがガザで政権を握っても、一向に生活はよくなりませんでした。さらには権力掌握後、かなり強権的になったこともあり、人々の間で失望感が広まり、評判を落としたところはあると思います。

荻上 パレスチナ人の中には、両者の統一を願う声はあったのですか。

高橋真樹 パレスチナ人にとって、パレスチナ人同士でいがみ合うとか分裂するというのは一番の悲劇です。多くの一般人は、一緒になってパレスチナ人の生活を良くしたり、普通に暮らせるようにしてほしいと願っている印象でした。

荻上 この統一の動きはうまくいくでしょうか。

高橋和夫 少なくとも、ファタハが実際にガザを統治するようになれば、生活は少し良くなるし、国際社会も助けやすくなります。実際に国際社会が支援できなければ、今回の統一は意味がなかったことになってしまいます。そうするとファタハやハマスのモチベーションも下がってしまいます。統一成功には、国際社会もそれなりに責任があると思います。

高橋真樹氏

建てたばかりの家がブルドーザーで壊される

荻上 真樹さん、実際に取材をしていて取材の難しさはいかがでしょうか。

高橋真樹 基本的にパレスチナの人は世界から見捨てられたような状態がずっと続いてきました。だから取材に来たというと、報道してくれ、世界に伝えてくれ、と家に押しかけてきたり、来てくれといざなわれたり、とにかくどんどん見てくれという感じでした。

世界ではパレスチナ人はテロリストのようなイメージが強くなってしまっていて、本当のことが伝わっていません。そうではないのだということを訴えられることが多いですね。

荻上 実際にどんなものを見てくれといわれるのですか。

高橋真樹 さまざまなケースがありますが、例えば過激なユダヤ系住民が入植している地域が近くにあると連れていかれたりします。ユダヤ系住民が石を投げてくるとか、放水車のようなもので普通に暮らしているパレスチナ人の家に水をかけて来るとか、そういう話をされます。

荻上 そうした暴力的行為は一般市民がやっているんですか?

高橋真樹 ええ。軍じゃないんです。イスラエル社会の中では軍隊よりも過激な人たちがいて、「ここは自分たちが2000年前に持っていた土地だから」と宣言して、占領地にあるパレスチナ人の村の隣に勝手に入っていく。そして場合によっては夜中に火炎瓶を投げて火事を起こしたりするんです。しょっちゅう起こっています。

荻上 ユダヤ教原理主義やユダヤ至上主義の名目で、自分たちの国だとアピールしつつ迫害をしている。

高橋真樹 はい。暴力に耐えかねてパレスチナ人がいなくなったら、そこにさらに入植地を広げています。彼らは結局、自分たちが利用したい地域からパレスチナ人を追い出そうとしているようです。

荻上 家を壊されるパレスチナ人がいるという話ですが、壊されたあとは入植者の物となっているのでしょうか。

高橋真樹 そういうケースもあります。しかし多くの場合は壊されたあとはイスラエル政府が土地を没収するケースがほとんどです。イスラエルではユダヤ人であれば許可してどんどん家を建てることができますが、パレスチナ人が自分の土地に家を建てる場合は、ほとんど許可が下りないことになっている。

いつまで経っても許可が下りないので、パレスチナ人は無許可で家を建てます。土地の所有権は持っているので、一般的に考えれば問題はないわけですが、イスラエルだとそうはいかない。イスラエル軍が来て、建てた家が無許可建築だと言ってブルドーザーで壊してしまうんです。

荻上 それは嫌がらせですか。

高橋真樹 そうですね。ただ、特にエルサレム周辺は係争地になっているので、嫌がらせ以上にその土地を自分たちのものにしたいというイスラエル側の意向が非常に強いと思います。これまで戦略的にパレスチナ人の居住者を減らそうとこうしたことを続けています。パレスチナ人の住居は減らされ、一方でイスラエル人の入植地は政府がどんどん建築を増やしている。先ほどお伝えしたように、これとは別に、イスラエル政府さえ公認していない土地に勝手に入植する人もいます。

荻上 勝手に入っていって、土地を奪って、罰せられたりしないのですか。

高橋真樹 イスラエル政府としては非公認です。やっていいこととはされていません。しかし違法であっても入植者が勝手に入っていった場合、イスラエル政府はユダヤ人を守らなくてはならないという法律があります。だからその入植地に軍を送る。事実上入植を認めてしまっているようなものです。結局、違法な入植者の横暴を野放しにしているのはそういうイスラエル政府の姿勢による所が大きく、国際社会からは非常に問題視されています。

荻上 積極的に入植をしている人は、どのような理由付けで入植しているのでしょう。

高橋真樹 政治的な右派である彼らは、宗教を理由にして、ここは何千年前ユダヤの聖地があった場所だからと理由付けています。

荻上 聖地だから他の人種は暮らしてはいけないとは言ってないわけですね。

高橋真樹 はい。90年代にあった事件の中には、入植地から出てきた過激なユダヤ系グループのメンバーが、モスクで祈りを捧げていたパレスチナ人に自動小銃を乱射して多数の死者を出した例もあります。とはいえ、そのような狂信的な人たちがもともと多かったわけではありません。1967年の第三次中東戦争でイスラエルが圧勝し、多数の領土を占領し始めたことがきっかけです。このとき「やはり神はイスラエルが全土を支配することを望んでいるのだ」と信じる人が現れました。イスラエル政府の姿勢が、政治問題を宗教問題化してしまった面があります。

イスラエルは「犠牲者の国」?

荻上 ユダヤ系の人々は、第二次世界大戦期ホロコーストというひどい目にあいました。しかし今の彼らのパレスチナ人への対応は、その繰り返しにも見受けられます。こうした実情はどのように受け止められているのでしょうか。

高橋真樹 前提としてお伝えしておきたいのは、過激派はイスラエルでもごく一部で、大半のユダヤ教徒はこうした逸脱した行為を望んでいないということです。さらにホロコーストとイスラエルの関係でいえば、パレスチナ地域への入植はホロコースト以前から始まっていました。

日本では、イスラエルというとホロコーストで虐げられた人々が作った国というイメージが強いですよね。イスラエルも犠牲者の国として立場を利用している側面があると思います。しかし、実際に建国を目指してヨーロッパからユダヤ系の人々がパレスチナ地域に入植したのは1900年代の頭の頃です。イスラエルで主流となってきた建国の父たちは必ずしもホロコーストの被害者たちと一致しません。

ホロコースト以前にも、ヨーロッパではユダヤ系住民に対する差別がありました。早期にパレスチナに移住した人々は、残った人々に対し、ヨーロッパにいても差別されるだけなのだから、早々に移住すべきだと呼びかけていました。ホロコーストの直接的な被害者たちというのは、最後までヨーロッパに残って悲惨な目にあったわけです。1948年に建国されたイスラエルのリーダーたちは初期の移住者ですが、彼らは、後から来た人々を冷たく扱ってきました。端的に言って、ホロコーストとイスラエルはそこまでリンクしているわけではなかったのです。

変化が起こったのは、1960年代後半くらいからです。「ホロコーストの犠牲」という表象が、政治的に利用できるとわかったころから、イスラエルは自らをホロコースト犠牲者の国というイメージを作り上げてきました。

荻上 とはいえホロコーストのストーリーを引き受けた時、同胞の悲劇は同時に回収されなかったのでしょうか。

高橋真樹 ユダヤ系の人たちは子どもの頃から、自分たちが迫害されてきた歴史を延々と習います。迫害され、イスラエルというユートピアを作るための運動があり、やっと新しい国ができた。ところが周囲はアラブという敵に囲まれていて、いつも彼らに攻撃されている。もちろん、イスラエル国家とパレスチナ人という関係だけで見れば、イスラエルのほうが圧倒的に力を持って迫害する側です。しかし、アラブという周囲を見ると、心理的には自分たちが犠牲者で追い詰められているという気持ちになりやすい状況になっています。過激派の心理を考える上で、難しい点だと思います。

荻上 過激派には正当性だけでなく被害者意識があると。

高橋真樹 ええ。占領を長年続けてきたことで「パレスチナ人、アラブ人は敵だから何をやってもいい」「自分たちの生存を守るために彼らを追い出してやる」という過激派が生まれてしまったのでしょう。

徐々に広まる非暴力運動

荻上 真樹さんはイスラエルの取材もされていますが、こちらではどのような取材を中心になさっているのですか。

高橋真樹 イスラエルの中だけにいると、占領地の実態が見えなくなっています。イスラエル人口が最も多く、首都機能を持つテルアビブは、まるで渋谷や原宿のような雰囲気です。話に出たような占領地で家が破壊されたり、壁により分断されたりしている事実も、他人事で済ませることができます。

例えば、活動家で弁護士のイスラエル人にテルアビブのカフェでインタビューをしたことがありました。その活動家の声が少々大きかったので、周囲の人に話の内容が聞こえてしまいました。彼が「イスラエルのやっていることはアパルトヘイトだ」と言ったのですが、周囲の人が割って入ってきて、「この国は差別などしていない」、「お前は外国のジャーナリストに嘘を言っている」と大声で威嚇されました。叫んだ彼は、心からそう信じているんです。でも、IDの差別の例でも明らかなようにイスラエルのあらゆる場面で差別や迫害が行われている。要は、そこを見ないようにすれば気づかずにすむ社会になっているのです。

ただ、人は被害を受けているときは、どうしても大きく認識しやすくなります。2014年にイスラエルがガザ地区を攻撃したときには、ガザ地区からハマスが飛ばしたロケット弾が、これまで届かなかったテルアビブに届くようになりました。占領地の実態を知らない人たちからしてみれば、いきなりミサイルが飛んでくる。恐怖ですよね。そうやって一部のイスラエル人の中では、「パレスチナ人は懲らしめなければいけない悪魔」だと認識されるようになっています。残念ながら、今のイスラエル社会はそちらに傾いてしまっています。

もちろん、少数ですが、イスラエルのためにも共存していくべきだ、ということをおっしゃる方もいます。取材では、その両方の話を聞いてきました。

荻上 和夫さんはイスラエルやパレスチナの各地域の住人の方々とはどのように接していらっしゃるのですか。

高橋和夫 イスラエル・パレスチナは私も放送大学の番組づくりで取材しました。一番興味深かったのは、イスラエルに住んでいるパレスチナ人、イスラエル市民権を持っている人たちです。一方で、もちろんパレスチナ人ですから、アラブ人としてその他のパレスチナ人に対する一体感がある。他方で、イスラエル市民なのでヘブライ語も使うし、裁判制度の充実や言論の自由など、イスラエル社会の良いところもよく知っている。2つの民族の架け橋になりたいと思っている人たちもいました。この地域は問題が多いですが、希望を見た思いでした。

荻上 パレスチナ問題は、人権活動家などさまざまな方が運動を行っています。こうした方々は、パレスチナ系の方が多いのですか。

高橋真樹 実は、いろいろな方が活動をされています。数は少ないけれども、ユダヤ系のイスラエル国籍の人中にも、パレスチナ人の人権を考えている人はいます。彼らはイスラエルのためにも現状の差別や人権侵害を改善すべきだと考えていて、軍の行動を告発したり、対話の場を作ったりしています。イスラエルは男女ともに徴兵が義務ですが、イスラエル政府の政策への批判を示すために徴兵拒否をする人もいます。

荻上 徴兵を拒否して罰はないんですか?

高橋真樹 徴兵拒否をすると、男性は基本的には牢獄に入れられます。状況によってはボランティア奉仕活動で済むこともありますが、大多数は牢獄です。女性の場合はボランティア奉仕活動ですね。徴兵は18歳で行われます。牢獄に入ること自体相当な覚悟がいりますが、徴兵に行っていない彼らは出所しても就職などの場面で不利になります。決して数は多くはありませんが、18歳でその後の社会的差別をも覚悟したうえでの行動を取るのはとても勇気のいることです。

荻上 関係改善のための、民間レベルでの動きについては、どのようにお感じですか。

高橋真樹 日本社会ではあまり伝わっていませんが、パレスチナでは非暴力のキャンペーンも行われています。例えば、10年前にイスラエル軍によりベツレヘムというキリストが誕生した町の近くの村に巨大な分離壁が立てられる計画がありました。この動きに対して、地域の20代30代の若者たちが、立ち上がったんです。

立ち上がったと言っても、暴力による反対ではありません。10年かけて自分たちの村を測量し環境を守り、ユネスコに申請して、村の景観を世界遺産に認定してもらうことに成功したのです。ユネスコに登録されると、その環境を破壊する分離壁のような建造物はかなり建てにくくなります。実際、イスラエルの裁判所でも、この地域に壁を建設すべきではないと判決がでました。

それまで村の中心にあった年長者ではなく、若者たちが主導して暴力的な手法にたよらず自分たちの村を守ったのです。徐々にですが、こういった動きが広まっている印象はあります。

荻上 同時にファタハとハマスが統一し、ガザにも入りやすくなると、日本を含め支援団体は活動しやすくなりそうですね。

高橋和夫 そう思います。これまでガザで支援をする上でのNPOの最大要件は、イスラエルとうまくやっていくことでした。今後、少しはイスラエルに対して批判的なこともできるかもしれません。特にエジプト側から入れるようになると、人とモノの出入りが相当楽になると思います。

荻上 日本のNPOで活動している団体はあるのですか。

高橋和夫 はい。現地で地道に活動している方が何人もいらっしゃいます。あちらに行くと現地の方から日本人がよくやってくれていると言われます。現地の人たちも、地味な努力を見てくれているのだな、と思いますね。

荻上 我々もこうした団体を支援することで、和平へのサポートができそうです。

高橋和夫 そうですね。特に草の根レベルの援助は、政府よりNPOの方が得意な場合も多いです。政府とNPOが協力して支援をしている場面もありますし、今後そういった場面が増えていくといいと思います。

高橋真樹 日本にいると、パレスチナ問題は遠くに感じてしまいがちです。しかし、実は日本ではオリーブオイルや石鹸、刺しゅう商品、ワインなどをパレスチナから熱心に輸入している団体が複数あります。パレスチナ関連のNGOのホームページでも手に入れることができる。また、数は少ないもののパレスチナ料理を出すレストランもあります。そういった料理や商品を入り口にして、日本の皆さんにもこの問題に関心を持ってもらえたら嬉しく思います。

荻上 和夫さん、真樹さん、お忙しいところありがとうございました。

プロフィール

高橋和夫中東研究

福岡県北九州市生まれ。コロンビア大学国際関係論修士号を取得後、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より現職、専門は、国際政治・中東研究。著書に、『アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図』 (講談社現代新書、1992年)、『イランとアメリカ 』(朝日新書、2013年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)など多数。趣味は俳句、短歌、スカッシュ。一般社団法人先端技術安全保障研究所(GIEST)会長。

この執筆者の記事

高橋真樹ノンフィクションライター

ノンフィクションライター、平和協同ジャーナリスト基金奨励賞受賞。放送大学非常勤講師として、長年「パレスチナ難民問題」を講義。1997年以降たびたび現地を訪れ、NGOなどを通じて難民支援活動にも携わってきた。近年は、持続可能性をテーマに環境、エネルギー、エコハウスなどの取材も精力的に行っている。著書に『ぼくの村は壁に囲まれた−パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)の他、『観光コースでないハワイ』(高文研)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。新しい時代のまちづくりを描いた映画「おだやかな革命」(渡辺智史監督/ポレポレ東中野にて現在公開中)ではアドバイザーも務めている。

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