2018.06.04

中露の軍事関係と東アジアの安全保障

小泉悠 軍事アナリスト

国際 #安全保障#中露

中露の蜜月アピール

「ほら、お前たち、これはどこから来たと思う?」

「あそこからさ、バーチャ!」シェーレトがにっこり微笑む。

「いかにも、あそこからだ」とバーチャは続ける。「それに肉だけではない。パンにしても中国のものを食べている」

「中国製の<メーリン>を走らせている!」プラーウダが歯をむき出す。

「中国製の<ボーイング>で飛んでいますな!」ポロホフシチコーフが口を挟む。

「中国製の銃で陛下は鴨を撃ちなさる」お抱え猟師がうんうんと頷く。

「中国製のベッドで子どもをこさえる!」ポトゥイーカが絶叫する。

「中国製の便器で用を足す!」と私が付け加える。

 皆が笑う。バーチャは賢人のように人差し指をぴんと立てる。

「その通り!そして、我々の国の状況がそのようなものである限り、我々は中国との友好と平和を保つ必要があり、戦争や不和を起こしてはならぬのだ(後略)」

 

ここで引用したのは、ロシアの現代作家ウラジミール・ソローキンの2006年の小説『親衛隊士の日』(翻訳は松下隆志訳『親衛隊士の日』河出書房新社、2013年より)の一節である。

帝政が復活した2028年のロシアを描いたこの小説では、ロシアは西側諸国とのあいだに「大壁」を築いて孤立する一方、政治や経済のあらゆる面で中国(やはり皇帝が復活している)とのあいだに深い関係を築いている。ここでの中国は最先端の科学技術力を誇る強大な国家であり、中国語は必須の教養となり、ロシアの人々は中国の強い文化的影響の下で暮らす。

中露の軍事関係に関する本稿の冒頭にこの文章を持ってきたのは、それが現在の中露関係に非常によく当てはまるように思われたためである。

ウクライナ危機以降、ロシアと西側との関係は冷却化の一途をたどり、それに反比例するかのように中露は「蜜月」をことあるごとにアピールしている。2017年の朝鮮半島危機の際にも見られたように、両国がアジアの安全保障問題で足並みをそろえる機会も目立つようになってきた。

しかし、これは中露が一枚岩であるとか、ロシアが中国に併呑されつつあることを意味するものではない。2028年のロシアは中国と丁々発止の関係を続けるしたたかなプレイヤーであり、それは2018年のロシアも同様である。軍事的に見ても、中国は依然としてロシアの仮想敵国のひとつに留まっている。

その一方、中露の相互不信を過度に強調するべきでもない。中国の軍事的台頭が誰の目にも明らかになる中で、わが国では中露関係の対立を期待するかのような論調が目につく。

安倍政権の進めてきた対露外交に関してもそのような側面が指摘されることはあるが、これはどちらかというと希望的観測に属するものではないかというのが筆者の考えである。冒頭で引用した親衛隊長バーチャが述べるように、中国はその存在感の大きさゆえに(つまり潜在的脅威であるがゆえに)、敵対を避けるべき相手であると認識されているように思われるためである。

2015年に公表された現行バージョンの「ロシア連邦国家安全保障戦略」では、「中華人民共和国との幅広いパートナーシップ関係と戦略的連携をグローバル・地域的安定性を維持するキー要素であると見なし、これらを発展させる」との文言が初めて盛り込まれた。

これは前述したウクライナ危機以降の国際情勢の変化を反映したものとも見なせようが、仮にウクライナ危機が発生しなくても、ロシアはいずれ中国をこのように位置付けざるを得なかっただろう。今や中国はドイツ、オランダと並ぶ最大の貿易相手国となっており、その存在感は対西側関係の悪化とは関係なく高まってきたと考えられるためである(プーチン大統領のベッドが中国製であるかどうかは明らかでないが、公用車は特別仕様のメルセデスS600である)。

一方、軍事政策の指針である「軍事ドクトリン」(現行バージョンは2014年公表)は、それ以前のバージョンと同様、中国について何も述べていない。欧州正面においてはNATOの拡大やミサイル防衛(MD)の推進が、カフカスから中央アジアにかけてはイスラム過激派の台頭が主要な脅威であると明示されていることと比べると、ロシア極東部の位置付けは曖昧にされている。

中国は仮想敵国か、パートナーか?

問題は、この沈黙が何を意味するかであろう。

中国についてロシアの軍事政策文書が何も述べていないことは、ロシアにおける対中脅威認識の不在を意味しない。公式には表明されていなくても、ロシア軍(とくに陸軍)は中国を仮想敵国とみなし続けている。

たとえば2009年、ロシア陸軍のスココフ参謀長(当時)は、「西方のイノヴェーション化された軍隊、南方の非合法武装集団、そして伝統的なアプローチを用いる東方の数百万規模の軍隊」をロシアの仮想敵として挙げているが、「東方の数百万規模の軍隊」が人民解放軍を指すことは明らかである。そして、このような認識はロシアの退役将軍や戦略家たちの著作・発言において珍しいものではない。

現在のロシアは中国に面した東部軍管区に12個師団・旅団(計8万人)の地上兵力を置いているに過ぎない。これは極東で最小の地上戦力であるが、同管区には有事に予備役や増援を受け入れるための動員基地が10個設置されている。また、過去に実施された東部軍管区大演習(ヴォストーク2010及び2014)でも、明らかに中国を想定したと考えられる大規模な国家間戦争シナリオが盛り込まれてきたことが確認できる。

劣勢な地上戦力を補うために戦略・戦術レベルでの核抑止も重視されており、2010年に米ロ間で結ばれた核軍縮条約(新戦略兵器削減条約)では、対中抑止を理由にロシア側が核弾頭の大幅削減に反対したことが伝えられているほか、近年では東部軍管区内の戦術ミサイル部隊が増強されている。

このように、ロシアは依然として中国に対する軍事的備えを解いてはいない。その一方で、次のような事実も見落とされるべきではないだろう。

第一に、ロシアは中国の軍事的近代化を長らく支え続けてきた。武器輸出に関するデータ収集で世界的な権威とみなされているスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータによると、2000年から2017年にかけて中国に輸出されたロシア製兵器は約278億ドルにも上るほか、ロシアの軍需産業は中国製兵器の開発・設計に関しても幅広い協力を行っている。

この点については中国によるロシア製兵器の違法コピー問題(たとえばロシアのSu-27SK戦闘機を中国がJ-11Bとして勝手にコピー・改良した事案)が取りざたされることもあるが、一部の事例を除けば両国の軍需産業間の関係は総じて良好である。

ただし、近年では中国の総合的な科学技術力と工業力がロシアを凌ぎつつある中で、従来のように中国がロシア製兵器を完成品として購入する事例は激減した。代わって中露間では大型ヘリコプターや大型旅客機の共同開発が始まっており、両国の軍事技術協力は一種の共同開発パートナーへと変化していく可能性が高いと思われる。

第二に、中露は活発な合同軍事演習を実施するようになっている。2005年に実施された両国初の合同軍事演習「平和使命2005」は実質的な内容に乏しい政治的ショーであるという評価が大半を占めたが、近年では共通の指揮系統にもとづいて陸海空での合同作戦を実施する、より本格的な内容が目立つようになってきた。

しかも、演習実施地域には両国にとって政治的に機微な地域(たとえば南シナ海や東シナ海、黒海、地中海など)が選ばれることも多い。また、中国はロシア国防省が主催する戦技競技会にも部隊を派遣している。年に一回、小規模な捜索救難演習を行っているだけの日露と比べれば、中露の軍・軍関係ははるかに密なものであると言えるだろう。

第三に、ロシアは中国の一帯一路構想を警戒しつつも、そこに決定的な不満を抱いてはいない。ロシアが西側の旧ソ連進出を警戒するのは、それがNATOという対露軍事同盟の拡大を伴うことに加え、ロシアと友好的な権威主義体制の崩壊につながりかねないためでもある。一方、中国の一帯一路は軍事同盟を伴わず、権威主義体制の民主化も志向しないという点で、ロシアにとって許容しうるものとみなされているのである。

中露軍事同盟の可能性

では、中露の軍事関係は今後、どこまで深化するのだろうか。

ロシア内外の専門家がほぼ一致して指摘するのは、それが同盟と呼べるものとなることはないだろう、という点だ。

たしかに中露は米国の覇権や一方的な軍事力行使、MDの推進などに関して反対するという総論ではおおむね一致している。その一方、両国の具体的な国益は必ずしも一致していない。中国の重視する安全保障問題(台湾海峡問題、朝鮮半島問題、南シナ海問題等)が東アジアに集中する一方、ロシアのそれが旧ソ連欧州部(ウクライナ、グルジア、バルト三国等)にある以上、協力の機会はきわめて限られるためである。

ロシアのクリミア併合を中国が表立っては承認していないことからも明らかなとおり、両国は互いの安全保障問題に巻き込まれることを避けようとする傾向がある。ことに、互いの立場に肩入れすることが米国との不必要な対立に発展しかねない場合にはその傾向が強い。ただし、その付近で軍事演習を行う程度の「お付き合い」まではしていることはすでに述べたとおりであり、おそらくはこうした「軍事力をツールとする政治的連携」が今後も中露軍事協力の主要な形態になると予想されよう。

たとえば中露はこの数年、毎年夏に合同海上演習「海上連携」を実施してきた。これまでに演習実施海域となったのは東シナ海(2014年)、日本海北部(2015年)、南シナ海(2016年)、オホーツク海南部(2017年)などであり、中国の尖閣・南シナ海問題やロシアの北方領土問題に暗黙の政治的承認を与えるようなロケーションであった。

2018年の「海上連携」については中国の青島付近となることが中国側から明らかにされているが、6月に予定されている米朝首脳会談の結果によっては、朝鮮半島情勢になんらかのシグナルを送る内容となる可能性もある。

ただ、すでに述べたように、中露は脅威認識の「各論」においてギャップを抱えてもいる。朝鮮半島情勢についていえば、中国が北朝鮮の体制維持に関して強い利害を有するのに対してロシアのそれは相対的に薄く、場合によっては北朝鮮の体制崩壊もやむを得ないという突き放した見方もロシア側には少なくない。このようなギャップを抱えつつ、協力できるところまでは協力するというのが東アジアにおいて予想される中国の軍事関係であろう。

もうひとつの注目点は、今年9月に予定されているロシア軍東部軍管区大演習ヴォストーク2018である。過去のヴォストーク演習が中国を仮想敵国としていたことはすでに述べたが、今年の演習も前例を踏襲するのか、あるいは対中シナリオが盛り込まれないのかは、今後の中露軍事関係を占うひとつのメルクマールになると思われる。

プロフィール

小泉悠軍事アナリスト

早稲田大学大学院修了後、民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所・客員研究などを経て、現在は未来工学研究所・客員研究員。専門はロシアの軍事・安全保障政策。主著に『軍事大国ロシア』(作品社、2016年)。

この執筆者の記事