ベルリンの壁崩壊から20年 ―― 地域住民の明暗 

共産党時代へのノスタルジー

 

他方で、一般住民の共産党時代へのノスタルジーはかなり頻繁に耳にする。

 

たとえば、冷戦終結の立役者とされるゴルバチョフ氏。日本を含む、世界で「ゴルビー」と呼ばれ、大変な人気を博し、ノーベル平和賞も受賞した。しかし、旧ソ連ではその評判は最悪である。旧ソ連の人びとの多くは、ソ連という「超大国」に大きな誇りを抱いていた。そのため、その誇りである大国を分裂させたゴルバチョフは「墓掘り人」と蔑まれる場合が多い。

 

ソ連末期にソ連各地で発生した民族紛争に対しても間違った対応をしたとみなされる場合が多く、たとえばアルメニア人と紛争を抱えるアゼルバイジャン人は、ゴルバチョフ夫妻がアルメニア人を支援したとして、同夫妻を激しく批判しており、1999年にライサ夫人が亡くなった際にはアゼルバイジャン人の多くがお酒やダンスを伴ってその死を祝ったと聞いているほどだ。

 

また、多くのソ連時代を知る人びとが「ソ連時代はよかった」という。かつては、もちろん物が不足し、つねに行列を強いられたり、さまざまな統制はあったとはいえ、生活に必要なものは政府がすべて保証してくれていた。

 

住居は万人に与えられ、集中暖房やお湯の供給も保障されていた。教育、医療、福祉は無料で供与され、必需品には多くの補助金もつけられていた。長い休暇を享受し、安価な保養施設なども充実していたし、別荘をもつ者も多く、別荘で野菜や果物を栽培する者も多かった。

 

そのため、ソ連時代は、つつましいながらも、充実した生活が保障されていたと多くの人びとが懐かしんでいる。他方、現在ではすべてのものに多額のお金がかかるようになり、さらに、低収入の官僚や警察、医師などが賄賂を要求するなど、悪循環で一般市民の経済状況が悪くなっている。

 

ソ連時代には99.9%と言われた識字率も年々下がり(なお、中央アジアなどは逆にソ連誕生前の識字率はきわめて低かったことから、高識字率の達成はソ連の偉業のひとつといわれている)、90%に届かない国が増えてきた。

 

貧しさ故に医者にかかれない人や、生活の苦しさ故、アルコールに逃げ道を求める人も多く、死亡率も上がってきている。日々の生活そのものに困窮を覚える人もきわめて多い。

 

共産党時代へのノスタルジーは旧ユーゴスラヴィアでも強く、資源や産業に恵まれず、小国になってしまったマケドニア、モンテネグロや、紛争の解決がいまだになされておらず平和構築途上にあるセルビアやボスニア・ヘルツェゴヴィナなどでも頻繁に聞いた。かつては民族が融和で平和的であっただけでなく、国の規模が大きかったので、経済的にも豊かであったことへのノスタルジーはかなり強いようだ。

 

とくに、「民族を抑圧していたソ連は解体して良かったが、母語や文化など民族の自由が保障されていたユーゴスラヴィアは解体するべきではなかった」という声をよく聞いた。また、連邦が解体したことにより、経済的に貧窮するようになっただけでなく、小国も軍隊をもたねばならなくなったことで徴兵負担が増したことへの苦情も頻繁に聞いた。

 

さらに、旧ユーゴスラヴィアでは、解体が欧米によって意図的に行われたという意識をもっている人も多い。とくに、2006年に、旧ユーゴスラヴィアの継承国となっていたセルビア・モンテネグロという共同国家から、国民投票によって51%の僅差でセルビアからの独立を決定したモンテネグロでは、欧米に無理やり独立させられたという考えをもっている人も少なくないという。

 

たとえば、「モンテネグロ人の多くは、セルビアとともに歩んだほうが豊かであると感じ、セルビアとの共同国家の維持を志向していたが、反セルビア意識が強く、セルビアをより弱小国にしたい欧米が海外に住む投票権のあるアルバニア人を多数連れて来て、51%という僅差の独立賛成を導いてしまったのだ。さらに欧米諸国はセルビアからコソヴォも独立させて、セルビアを極力刈り取ろうとしている」と述べる人もいた。

 

これらは筆者が実際に現地で聞いた話であるが、もちろん、全員がそういう意識を共有しているわけではないし、西側への見方については被害妄想的なものが背景あることは否めまい。しかし、旧ユーゴスラヴィアでも連邦解体を歓迎しない人びとが少なくないことは、明らかにいえるだろう。

 

 

歴史に「if」はない

 

このように、冷戦終結がもたらした旧東側地域(ドイツの場合は西側も含む)への衝撃は、わたしたち日本人が想像する以上に厳しいものであった。共産党時代を懐かしむ声は決して少なくない。

 

しかし、それでは旧東側陣営が維持されていたら、今、彼らが幸せだったのか、ということを議論するのは無意味だ。歴史に「if」は禁物であり、冷戦終結後の世界における、彼らのよりよい生活と平和と安定を確保するためには何をするべきなのかを考え、行動していくことが重要である。「冷戦終結万歳」ではなく、その後のよりよい世界構築について、今一度考えるべきときだろう。

 

 

推薦図書

 

 

本書は、元ベルリン市長、そして統一ドイツ初代大統領のヴァイツゼッカーが、ドイツ統一のプロセス、現状、そして未来展望についてのべたものであり、先月末に出版されたばかりだ。まさにドイツ統一20周年を迎える今こそ、ドイツ統一の意義や問題、そして今後、ドイツや国際社会はどのようにふるまうべきなのかということを再検討すべきときであり、本書の意義は極めて高い。

共産党時代から現代にいたるまでの生きた現代史から学べることはとても興味深く、また実際に現場でドイツ統一を進めてきたヴァイツゼッカーのメッセージにはとても重みがある。旧共産圏の過去を振り返り、そして今後の発展をうながすためにもぜひ読んでいただきたい一冊である。

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

・川口俊明「全国学力テストの失敗は日本社会の縮図である――専門性軽視が生み出した学力調査の問題点」
・神代健彦「道徳、この教育し難きもの」
・大賀祐樹「懐疑的で楽観的な哲学――プラグマティズム」
・平井和也「世界の知性は新型コロナウイルスをどう見ているのか」
・川名晋史「誰が、なぜ、どこに基地を隠したか」
・石川義正「「空洞」の消滅──現代日本「動物」文学案内(4)」