継続するグルジアとロシアの「冷戦」  

チェルケス虐殺公認問題

 

そして、グルジアが「チェルケス人虐殺」を公認したことも、ロシアを苛立たせている。チェルケス人虐殺問題についてはきわめて大きな問題であるため、詳細は割愛せざるを得ないが、1864年にロシアがチェルケス人を、2014年にオリンピックが行われるソチ周辺で大規模に虐殺したとされる事件である。しかし、ロシア政府は虐殺の事実を認めていない。

 

しかし、ソチでの五輪開催が決定されてから、チェルケス人は虐殺公認の運動を広範囲に行うようになった。そして、その動きは、「ソチ五輪中止」の運動と連動している。ソチ五輪の主要会場とされているクラースナヤ・ポリャーナ(「赤い林間地」の意)は、ロシア人とチェルケス人の古戦場である。ロシア人はそこに生える幼葉が赤い色をしていることが命名の由来だとしているが、チェルケス人はその赤はチェルケス人の祖先の血に由来すると考えているほどであり、チェルケス人は環境団体などとも連帯して、ソチ五輪に対しても強い反対運動を繰り広げてきた。

 

チェルケス人は虐殺の影響もあり、トルコなど黒海周辺の各地に多く居住しており、各地のチェルケス人が結集して、虐殺の公認運動を行っている。その運動は、ロシアに対してのみならず、欧米諸国や国際組織に対しても繰り広げられている。とくに、最近ではチェルケス人がグルジアに対して、虐殺問題を認めるように再三、アプローチしており、グルジアでは「チェルケス虐殺」を公認する機運が高まっているという。

 

グルジアとしても、チェルケス問題はロシアを批判する上で利用価値があることから、グルジアが世界で最初の「チェルケス虐殺」公認国になる可能性は否めない(ジャン=アルノー・デランス、ローラン・ジェラン「黒海の港をめぐる」『ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版』2010年8月号)。

 

 

北コーカサスファクターの重み

 

これらのことから、グルジアは北コーカサスファクターを利用してロシアに揺さぶりをかけているといえる。

 

南北コーカサスは南が独立した3ヶ国(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア)で構成されている一方、北はロシア連邦を構成する共和国群であり、外部からは一見異質にみえるが、じつはかなり密接であり、ロシア帝国時代からロシア人がコーカサスに対して政策をとる場合も南北別々ではありえなかった。

 

そのため、どちらかにおける動きはすぐに連動し合う。たとえば北コーカサスでロシアが失策を犯せば、南コーカサスはそれを「好機」と捉えて、大きな動きを起こすことがあるし(たとえば、ロシアが第一次チェチェン紛争で1996年に事実上の敗北を甘受した翌年に既述のGUAMは結成された)、南コーカサスの動きにも北コーカサスは敏感に反応する(たとえば、ロシアが2008年に南オセチア、アブハジアの独立を承認すると、北コーカサスのいくつかの共和国が独立機運を強めた)。

 

他方、近年、北コーカサスの無法状態はロシア政府にとって大きな悩みの種である。日本ではあまり報じられていないが、連日のように大小様々なテロや殺人、誘拐などが横行している。

 

そして、北コーカサスにいかに安定をもたらすかということで、メドヴェージェフ大統領の手腕が問われているところでもあり、その結果が2012年の大統領選挙にも大きく影響するといわれている。この問題についてはまた稿を改めたいが、ただでさえロシア首脳陣が神経質になっている「ロシアの軟らかい下腹」をグルジアが刺激しているのだから、ロシア首脳陣がグルジアに感じる憤りは相当なものであることは間違いない。

 

 

ロシアのWTO加盟問題

 

さらにロシアがグルジアに苛立っている問題がある。それはWTO(世界貿易機構)加盟問題である。

 

ロシアは1993年からWTOの前身である「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」への加盟申請を開始し、GATT、ついでWTOへの加盟を目指して様々な交渉や準備を進めてきた。だが、2008年のグルジア紛争で、ロシアのWTO加盟問題は一旦白紙となった。しかし、「リセット」により、オバマ政権はロシアのWTO 加盟を支援する立場を取るようになった(参考:拙稿2010年7月13日号:http://webronza.asahi.com/synodos/2010071100001.html)。

 

しかし、ここで問題となるのがグルジアとの交渉である。WTO憲章によれば、新たにWTOに加盟する国は、すべてのWTO加盟国との間で二国間の個別交渉を行わなければならないことになっている。そして、ロシアはほとんどの国との交渉を終えているが、未交渉のいくつかの国にグルジアが含まれている。つまり、グルジアと交渉し、合意を得なければロシアはWTOに加盟できないのである。

 

しかし、グルジアはアブハジアと南オセチア領内への通関の問題が未解決の内は、ロシアのWTO加盟申請を支持しないとの声明を出している。そのため、10月初旬には、ロシアのクドリン財務相が「WTO加盟申請は、グルジアによって長引く可能性がある」という声明も出している。WTO加盟問題では、グルジアがロシアの弱みを握っている状態だ。

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

・坂口緑「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」
・平井和也「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」
・野村浩子「日本の女性リーダーたち」
・安達智史「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」
・太田紘史「道徳脳の科学と哲学」
・石川義正「「少女たちは存在しない」のか?──現代日本「動物」文学案内(2)」