終の住処としての外国――スイスの老人ホームにおける 「地中海クラブ」の試み

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老人ホームの「地中海クラブ」

 

2000年代から、老人ホームでは、言葉や文化的差異による不便や孤独化を少しでも改善するための新たな取り組みが、少しずつはじまりました。

 

最もよくみかけるのは、ホームの一部をイタリア人(一部の施設ではポルトガル人も含まれています)専門のクラスター(居住グループ)に担当させるというものです。イタリア語ができるスタッフが担当し、食事も、地中海地方のメニューを頻繁に出すなど工夫を施しています。

 

「地中海クラブ」とでも呼びたくなるこのような老人ホームの試みは、居住者の行動様式や健康状態に良い影響を与えています。ホームのスイス人の居住者は、通常、食後に自室にすぐもどる人が多いのですが、このような環境に身をおく居住者は、食後も自室にすぐに戻らず、共同の廊下にピアッツア(イタリアの広場)のように集い、ワインを片手に踊ったり、歌ったりしながら、他の居住者と一緒に過ごす人が多く、そのような過ごし方をするようになって、以前よりも、睡眠薬などの薬の量が減るなど、健康状態が改善される場合が多いといいます。

 

 

老人ホームの文化尊重ケアの課題と可能性

 

しかし、このような国別に特化してケアすることに対し、社会では反発や疑念の声もあがっています。ホームに出身国の文化を並行輸入することは、スイスの社会全体が目指すべきインテグレーションの構想に反しているという意見、また、現在のスイスに住む人の4人に1人が外国人で、2020年には19万1千人の外国人が60歳以上になると予測されており、これからイタリア人だけでなく、さらに多国籍化していくホーム住人が、すべて同じような出身国に合わせた居住環境を要望するようになると、収拾がつかなくなるという危惧もあります。

 

例えば、 イスラム教徒は、食事で豚肉が食べられないだけでなく、介護のスタッフの性別が重視され、ラマダンの時期は、食事はもちろん、薬や点滴の投与の時間が制約される可能性があります。またスイスに千人ほどいる旧ユーゴスラビア出身の80歳以上の高齢者たちは、老人ホームへの入居が急増してきている社会グループの一つですが、クラスターをいざ作ろうとすると、言葉や文化はかなり似通っているにもかかわらず、対立の歴史や、現在も緊張感を伴う状況があるため、イタリア人のように一つのクラスターの設置をするだけではすまず、もっと複雑な配慮が必要になります。

 

今後、社会全体の高齢化で、ただでさえ高齢者が大挙して老人ホームに入居する時代が到来するのに、「地中海クラブ」のような各文化圏を配慮した環境を、老人ホームが早期に整備できる余力は果たしてあるでしょうか。 現実的にはかなりの難題となりそうです。

 

一方、ホームで対処できない多様な外国出身の居住者の需要を、 周囲の地域の人々や様々な活動によってある程度カバーできる可能はあります。目下、軌道にのっているのは、ホームの外国人と同じ言葉を話したり文化を理解するボランティアの人たちの老人ホームでの様々な活動です。前述のヴィンタートゥア市では、老人ホームに定期的に訪れるボランティア・スタッフが250人いますが、その出身者は5大陸にまたがり、15言語に対応しています。

 

また、ファルゾーネさんはホームで、地中海出身者のクラスターがないどころか、ホームでたった一人のイタリア人でしたが、同室のマイリさんと大の仲良しになって、結果として初めての海外旅行に連れ出すほど、一人のスイスの高齢者の世界を広げてあげられたことも示唆に富みます。人生の最後のステージをどこで過ごそうとも、心を開いて新たな出会いや交流をすることで、人生に新たな花がそえられたり、充実した体験ができるのかもしれない、そんな希望もまた大切な気がします。

 

 

認知症の居住者専用の庭。火を扱うことが可能な一画など、居住者の多くが住み慣れた(農村の)生活環境に近い風景を再現した庭で、居住棟側からは居住者がいつでも自由に出入りすることができます。外部とは、視界を妨げない高さに巡らされたフェンスで仕切られています。

 

 

おわりにかえて

 

老人ホームという小さな一つの社会は、これから、多彩な背景や立場の人が様々なかたちで関わっていくことで、 多国籍型老人ホームとして、少しずつ進化をとげていくのでしょうか。 胎動する老人ホームの様子を引き続き、見守っていきたいと思います。

 

 

謝辞

自主制作作品『ノスタルジア』を鑑賞させていただき、またフェルゾーネさんの思い出や、今回のテーマについての示唆に富む意見もうかがい、今回の記事で紹介することにも快諾くださったフェルゾーネ家のご家族に、この場を借りて、心よりお礼申し上げます。

 

 

参考文献とサイト

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・Blumenfeld Arens, Olivia/Schmid Manuela/ Grossmann, Nicole/ Weber, Christa, Alt werden in der Fremde. Demografischer Wandel in Pflegeheimen. In: MMS (Medicus Mundi Schweiz), Bulletin Nr.137, June 2016.

https://www.medicusmundi.ch/de/bulletin/mms-bulletin/pflege-und-migration/migrationsrealitaet-im-schweizerischen-pflegealltag/alt-werden-in-der-fremde-demografischer-wandel-in-pflegeheimen

・Ballweg, Silke, Multikultur im Altenheim. In: Quantra.de, © DEUTSCHE WELLE/DW-WORLD.DE 2004(2018年9月5日閲覧)

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・Cortesi, Antonio, Das stille Leiden betagter Italiener. In: Tages-Anzeiger, 21.6.2010.

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http://www.srf.ch/play/tv/schweiz-aktuell/video/grande-famiglia-im-altersheim?id=9e5fcde2-cba7-45e7-be85-5796a20913cf

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・Multikulti im Seniorenheim, Gesund durch Informationen zur Gesundheit, 27.9.2012.

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・Spaghetti ins Altersheim. Migranten leisten Integrationsarbeit auch im Rentenalter. In: NZZ, 27.9.2005.

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・Wohnen im Alter in Winterthur: Überblick über die Angebote an Wohn- und Betreuungsformen(2018年9月5日閲覧)

http://www.profilwerk.ch/ne5_installation/PrW_193/public/data/downloads/20090423-142320-profilwerk_Brosch.pdf

 

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