「ムスリムの反ユダヤ主義」?――ヨーロッパ移民・難民問題のもう一つの側面

今年の春、ベルリンで頭にユダヤ教徒のキッパを被った男性が、シリア難民とされる若い男にベルトで殴打される映像がインターネットで拡散した(注1)。被害男性はイスラエル人だが、ユダヤ教徒ではなく、ドイツでキッパを被ると危ないという意見が本当かどうか試してみて実際に被害に遭ったという。

 

(注1)http://www.spiegel.de/video/berlin-israeli-mit-guertel-verpruegelt-video-99016995.html

 

同じ頃、2017年の反ユダヤ主義的な刑事事件数が公表され、総数1504件、つまりドイツでは一日に約4件の割合で反ユダヤ主義的な犯罪が発生したという統計が出ていた(注2)。この事件はすでに移民・難民の受け入れ問題で窮地に立たされていた政府に追い打ちをかけ、迅速な対応を迫られたメルケル首相はいかなる形の反ユダヤ主義も断固として却下する声明を出し、4月に内務省に「反ユダヤ主義問題担当官」のポストが新設された。

 

(注2)この時点では、州による2017年の犯罪件数の集計は終わっていなかったが、すでに1400件以上になっていた。最終的な統計は以下を参照。https://www.bmi.bund.de/SharedDocs/downloads/DE/veroeffentlichungen/2018/pmk-2017.pdf?__blob=publicationFile&v=4

 

ヨーロッパ社会内のムスリムによる反ユダヤ主義に対する懸念は、実はかなり前から口にされてきている。中でもヨーロッパ最大のイスラム教徒とユダヤ教徒の人口を抱えるフランスでは、懸念は久しくリアルである。

 

過去10年ほどを見ても、2006年にユダヤ系フランス人イラン・アリミが郊外の若者のギャング集団により誘拐・拷問・殺害された事件(金銭目的であったが、裁判では反ユダヤ主義的な動機も認定されている)、さらには2012年のトゥールーズでのラビとその子供たちの射殺事件、2015年のフランスの同時テロにおけるユダヤ系スーパーの襲撃など、イスラム過激派のテロと結びついたものもある。去年、今年と、パリで高齢のユダヤ人女性がおそらく反ユダヤ主義的な動機から殺害される事件が2件あり、現地のユダヤ人の間で脅威はきわめてリアルなものと認識されている。

 

これに対しナチズムの過去を背負うドイツは戦後、ユダヤ人(注3)に対するいかなる不寛容も許容しないという前提のもと、様々な施策をとってきた。シナゴーグなどのユダヤ人施設は24時間警護され、徹底した歴史教育が行われ、ヘイトスピーチの刑事処罰がなされてきた。反ユダヤ主義的な事件の発生を未然に防ぐことに国家の威信がかかっており、潜在的な暴力は成功裏に押さえ込まれてきた。この実績は、ドイツは過去の反省に立つ民主主義社会を実現したという国家的自己理解を支え、同時に外交アピールとしても役立ってきた。

 

(注3)「ユダヤ人」とは、宗教であると同時に民族(血統)を意味する概念として定義されるため、宗教的な集団に言及するときには「ユダヤ教徒」という表現を使う。

 

しかし2000年代後半、こうしたドイツの「成功」に黄信号が点り始めた。ヴッパータールのシナゴーグが放火され(2009)、ハノーファーではユダヤ人のダンスグループが投石を受け(2010)、ベルリンではラビが暴行を受けた(2012)。そして2014年のガザ戦争の際の親パレスチナ・デモでは、イスラエル国旗が燃やされ、「ユダヤ人をガス室へ」「子殺しのユダヤ人」といった、戦後ドイツ社会では最大のタブーであった言説が公的空間に登場した。

 

これらの事件の犯人がすべて逮捕されているわけではないが、事件発生時の状況や証言から、主にアラブ系もしくはムスリムの若者によるものとされている。最近では、公立の学校でユダヤ人生徒に対するムスリム生徒によるいじめや暴力も問題となっている。

 

近年の難民の大量流入は、ドイツ社会にすでにあったムスリムの移民や難民に対する拒否感を顕在化させたが、彼らが新たな反ユダヤ主義を持ち込むという認識は、輪をかけて彼らに「他者」のレッテルを貼る結果となっている。反ユダヤ主義という戦後ドイツの政治姿勢の根幹に関わる問題が絡むことで、「ムスリムの反ユダヤ主義」は移民の社会統合の問題として、もしくはイスラム教徒の難民受け入れを抑制する根拠として、大きくテーマ化されるのである。

 

 

ヨーロッパ移民問題への新しい視座

 

ところで、移民や難民の集団内に見られる反ユダヤ主義的な傾向を、「ムスリムの反ユダヤ主義」と呼んでよいのだろうか。もちろん、特定の政治的傾向や社会的態度を宗教的属性に還元させるかのような問題設定には慎重にならなければならない。宗教的にも均質とは言えない集団を、「ムスリム」と一括りにすることへの批判はあるだろうし、そもそも反ユダヤ主義的な傾向はイスラム教徒としての信仰心とはほぼ関係がない(注4)。また移民もしくは難民であるという、移動することに随伴する身分や状況と、反ユダヤ主義との間に直接的な因果関係はない。「ムスリムの反ユダヤ主義」と呼ぶことで、彼らをさらに型にはめ、本質主義へと向かわせる可能性もある。

 

(注4)クルアーンには実際にユダヤ人を豚や猿に例える箇所があるそうだが、ドイツのムスリムを対象としたインタヴュー調査では、クルアーンをユダヤ人敵視の根拠としてあげた者はほぼ皆無であったという。(David Ranan, Muslimischer Antisemitismus: Eine Gefahr für den gesellschaftlichen Frieden in Deutuschland?, Bonn: Dietz, 2018, S. 113.)

 

しかし、「名付ける」という行為により一つの問題の存在が認識され、そこに様々な特質が付与される中で社会的な実体が生じる。現在、多くのヨーロッパ社会で実際に「ムスリムの反ユダヤ主義」という表現が使われており、また社会もそのようなものとして問題を捉えている。ここでの「ムスリム」は宗教的な指標であり、同時にエスニシティとしても理解されているのだ。したがって本稿では様々な留保の上で、カッコ付きの「ムスリムの反ユダヤ主義」を論じることとする。

 

では、あえて「ムスリムの反ユダヤ主義」を取り上げることで、何が見えてくるのだろうか。

 

これまでヨーロッパにおける移民・難民の社会統合やレイシズムの問題は、もっぱら多数派(ヨーロッパ系白人キリスト教徒)と、エスニック・マイノリティ(非白人、多くの場合ムスリム)の関係における問題として議論されてきた。ここにはヨーロッパ内のもう一つのマイノリティ、ユダヤ人の立ち位置を通して集団間の関係や排除のイデオロギーを読み解く視点が欠落していたと言える。

 

社会学的な関心が向けられるムスリムの労働移民に対し、ユダヤ人は一般的にはヨーロッパの移民集団の中には数えられていない。各国における歴史が長いためだが、実際には二次大戦後のユダヤ人共同体は累積的な移住により形成された移民社会である。ドイツではソ連や東欧、フランスではマグレブ諸国からのユダヤ人の移住がホロコーストで弱体化したコミュニティを再生したのであり、移住時期もムスリム移民と大きく異なるというわけではない。

 

ところが現在のヨーロッパ社会では、政治的資源の点でも、社会経済的地位においても、ユダヤ人がムスリム移民集団の上位に位置するように見える状況があり、「ユダヤ人の社会統合」が議論されることはほぼない。彼らは主流社会に比較的容易に溶け込み、社会的上昇を果たしたとされ、したがってムスリムの統合の「失敗」は、暗黙裏にもユダヤ人の統合の「成功」と対比されている。

 

この階層化の構造を理解することなしには、ヨーロッパのムスリムの状況を論じることはできない。多数派キリスト教徒/ムスリム移民・難民/ユダヤ人、この三者の関係のねじれが現出しているのが、いわゆる「ムスリムの反ユダヤ主義」という現象なのである。

 

 

「ムスリムの反ユダヤ主義」とは

 

では、「ムスリムの反ユダヤ主義」とは何を意味するのか。

 

反ユダヤ主義の確立した定義はないが、一般にはユダヤ人をユダヤ人であるという理由で敵視する社会的態度を指し、身体的暴力、暴言、ユダヤ人が世界経済やメディアを操っているなどのステレオタイプ、歴史的事実としてのホロコーストの否定などがこれにあたる。イスラエルに対する批判は反ユダヤ主義なのかという議論があるが、ユダヤ人を一枚岩的な集団と捉えて、イスラエルの政策をユダヤ人全体の責任に帰したり、ユダヤ人が国を持つ権利を否定したり、イスラエルによるパレスチナ人の扱いをナチのユダヤ人に対するそれと同一視したりすることは、反ユダヤ主義であると見なされている。

 

現在ドイツで問題となっているのは、「ムスリムの」「移民・難民の」反ユダヤ主義とされるように、外から持ち込まれたものだという認識がある。近年の難民の出身国(シリア、イラク、アフガニスタン等)はイスラエルと長年対立してきたため、反ユダヤ主義が半ば国是であったのは事実だ。そうした場所で教育を受け社会化した人は、反ユダヤ主義を内面化していてもおかしくない。

 

ただし、イスラム教徒の「同胞」が世界的に抑圧されており、その責任はアメリカとイスラエルにあるとするムスリム的な世界観は、ドイツ在住歴の長い移民の家庭でも共有されている。トルコ系移民の家庭の場合、現在すでに移民第二世代、第三世代となっており、彼らは実際には「移民」ではなく「移民の背景を持つ者」であるが、トルコ語の衛星放送やインターネットを通して情報を得ることも多く、イスラエルに対する反感は強い。

 

こうした反イスラエルを出発点とする反ユダヤ主義は、ドイツ社会に典型的な、ナチズムの過去ゆえの反ユダヤ主義(ユダヤ人は過去にこだわりすぎる、ドイツから補償金を搾り取るためにホロコーストを利用するなど)とは異なる。

 

では実際にドイツのムスリムと非ムスリムでは、どの程度ユダヤ人に対する姿勢が異なるのか。米国のユダヤ系団体、ADL (Anti-Defamation League:反中傷同盟)の2015年の調査では、「ユダヤ人は国際金融市場において力を持ちすぎている」という意見をドイツ全体では29%の人が肯定するが、ムスリムに限定すると74%へと跳ね上がり(フランスではそれぞれ26%と64%)、「ユダヤ人はアメリカ政府に影響力を持ちすぎている」という意見では、ドイツの非ムスリム25%に対しムスリム62%が肯定している(フランスは21%と53%)(注5)。

 

(注5)ADL, Global 100: An Index of Anti-Semitism, 2015, p.38.(http://global100.adl.org/public/ADL-Global-100-Executive-Summary2015.pdf)

 

また、ドイツ連邦議会の委託で専門家らにより作成された2017年の「反ユダヤ主義に関する報告書」は、移民の出身地域によりユダヤ人への姿勢に違いがあり、バルカン系、トルコ系、アラブ系の順で反ユダヤ主義的傾向が強く、中でも10代から20代の若年層ムスリムにおいて顕著であると指摘している。宗派による違いはアレヴィを除いて特にないが、キリスト教徒の場合とは異なり、ムスリムは信仰心が強いほど反ユダヤ主義傾向も強いとされる(注6)。【次ページにつづく】

 

(注6)Deutscher Bundestag, Drucksache 18/11970, “Bericht des Unabhängigen Expertenkreises Antisemitismus,” 2017, S.81-82. 

 

 

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