「ムスリムの反ユダヤ主義」?――ヨーロッパ移民・難民問題のもう一つの側面

ムスリムへの差別と反ユダヤ主義の関係性

 

多くの研究で指摘されているのは、ムスリム移民(もしくは移民の背景を持つ人)の間では「ユダヤ人は金持ち」「ユダヤ人は世界を操っている」といった伝統的とも言える反ユダヤ・ステレオタイプが支持される傾向にあるという点である。加えて、「戦争やテロの背後にはユダヤ人がいる」という、いわゆる陰謀論が支持されやすいことも指摘されている。

 

反ユダヤ主義的な陰謀論がムスリムから支持される理由は何か。若く国を出て多くは単身でヨーロッパにやって来た労働移民のムスリムの、教育レベルに帰す見方がある。またヨーロッパ社会において自らが経験した排除や差別への反応とする意見もある。マジョリティとの社会経済格差を目の当たりにして、責任のありかを求めるというのだ。ただし、差別を受けた経験は必然的に反ユダヤ主義的な世界観を助長するとのかと言えば、相関性は必ずしも明白ではない(注7)。

 

(注7)Ibid., S.82.

 

しかし、「差別された」経験は、「優遇されている」ように見える集団に対する妬みや反発の原因にはなる。ドイツではこの点こそが問題である。なぜなら、ドイツにおいてユダヤ人は優遇されていると思われているためである。

 

例えば、シナゴーグなどユダヤ人施設は24時間警護されているが、モスクをはじめとするイスラム教の施設は、排外主義的な落書きや放火のターゲットとなるにもかかわらず警護がない。またユダヤ教団はキリスト教会同様に公法上の地位を有するが、イスラム教団はほとんど公認されていない。移民の受け入れという点でも、ユダヤ系の移民は歴史的背景から入国・帰化が比較的容易であったが、労働移民に対してはそうではなかった(注8)。

 

(注8)武井彩佳『<和解>のリアルポリティクス:ドイツ人とユダヤ人』みすず書房、2017年、3章を参照。ただしこれは、ムスリム移民に対して差別的政策がとられたことを意味せず、むしろトルコ人など「外国人」と、「ドイツ人と同等に扱うべき歴史的背景を有する集団」という、ドイツ独特の分離の中で生じてきたものである。

 

さらに、過去を反省して犠牲者を想起するというドイツ特有の記憶文化が、ユダヤ人が優遇されているという印象を増幅させている。イスラエルに対するドイツ政府の外交姿勢は過去に束縛されるゆえ、イスラエルへの譲歩がその対パレスチナ強硬姿勢を助長させるという理解を生む。

 

ドイツの過去への姿勢が反ユダヤ主義を副次的に生み出す点について、先の「反ユダヤ主義報告書」は、次のように指摘している。

 

「ドイツの記憶政策のあり方は、意図せずネガティブな副作用をもたらしているかもしれない。ムスリムが(…)日々経験する差別が無視されて、「二級の犠牲者」として扱われているように感じている可能性がある。これはユダヤ人の否定など、心理的な影響を与え得る。」(注9)

 

(注9)Deutscher Bundestag, “Bericht,” S.83.

 

 

犯罪件数からみると

 

では、実際にドイツで発生する反ユダヤ主義的な事件のうち、どれほどが「ムスリム」によるものなのか。

 

2017年のドイツにおける反ユダヤ主義的な犯罪は1504件であり、1日約4件であることは指摘したが、これらがすべて暴力事件というわけではない。ドイツでは鍵十字などナチ党のシンボルは禁止されており、またデモなどでのヘイトスピーチや、インターネット上でのその拡散も犯罪となるゆえ、件数としては比較的多い。ただし2001~ 2015年の間で反ユダヤ主義的犯罪の年平均は1522件であり、2017年が特に多いというわけでもない(注10)。その内訳を見ると、暴力事件は37件にすぎず、大半が落書きなどの器物損壊やヘイトスピーチに代表される刑法130条民衆扇動罪の違反などである。

 

(注10)Ibid., S.40 .

 

こうした事件は政治的動機を有する憎悪犯罪(ヘイトクライム)として統計化されており、加害者の背景は「右派」「左派」「外国のイデオロギー」「宗教的なイデオロギー」「分類不可能」の5つの型に分けられている。犯罪総数1504件のうち、1412件は「右派の政治的動機」を有すとされ、ネオナチ的・排外主義的な思想背景が推測される。これに対しムスリムの移民・難民が関係すると思われるのは、「外国のイデオロギー」によるもの41件、「宗教的な動機」によるもの30件である。この二つの分類における暴力事件は6件に過ぎない。これだけ見ると、犯罪の大半は右派によるもので、「ムスリムの反ユダヤ主義」は数としては少ないようにも見える。

 

憎悪犯罪全体をながめると、外国人排斥を目的とした犯罪は昨年6434件発生しており、これは反ユダヤ主義的な犯罪の4倍以上である。さらにイスラム教徒に対する憎悪犯罪も1075件あり、これももっぱら右派の占有といって良い(994件)(注11)。つまり、ユダヤ人同様にムスリムも右派からの攻撃の対象なのであり、「ムスリムの反ユダヤ主義」は全体のごく一部であることがわかる。

 

(注11)https://www.bmi.bund.de/SharedDocs/downloads/DE/veroeffentlichungen/2018/pmk-2017-hasskriminalitaet.pdf?__blob=publicationFile&v=3

 

ただし、この解釈には問題点もある。まず、これらが犯罪統計であるため、刑事的な意味で処罰対象となるもの以外は把握されない。つまり現行犯でない限り、被害者自ら警察に届ける必要があるため、街角ですれ違いざまになされた中傷や嫌がらせの類いは含まれていないだろう。

 

さらに、犯人の動機が明白でない場合、「政治的右派」のカテゴリーに分類される傾向があること、トルコ語やアラビア語でなされるユダヤ人へのヘイト行為は、ドイツ人が言葉を理解しないために事件化されないことが多いこと、そもそも外国人による行為は、ドイツの刑事司法のレールに乗りにくいといった点が指摘されており、ムスリムによる反ユダヤ主義的事件は実際にはずっと多いとする意見もある(注12)。

 

(注12)例えばAnn-Christin Wegener, „… und diese Gerüchte stammen nicht von irgendwelchen Nazis!“: Eine Studie zu Erscheinungsformen und ideologischen Hintergründen antisemitischer Agitation in den sozialen Netzwerken, Landesamt für Verfassungsschutz Hessen, S.3. (https://lfv.hessen.de/sites/lfv.hessen.de/files/content-downloads/PAAF-Analysen%20Ausgabe%201.pdf.)

 

このため、むしろ現地のユダヤ人に対するインタヴューや、警察とは異なるホットラインなどへの通報が、彼らが「肌」で感じる脅威の実態を明らかにするだろう。例えば、2015年に設立されたベルリンの「反ユダヤ主義調査情報センター(RIAS)」の統計では、2017年はベルリンだけで947件の反ユダヤ主義的な事件が報告されている。大半はオンライン上の中傷や暴言、デモなどにおけるヘイトスピーチであるが、18件は身体的な攻撃であった。そのうち7件は明らかに反イスラエル的な性格であったとされるが、イスラエルへの反対は左派にも見られるため、すべてムスリムによるものかは断定できない(注13)。

 

(注13)RIAS, “Antisemitische Vorfälle 2017”, S.22, https://report-antisemitism.de/media/bericht-antisemitischer-vorfaelle-2017.pdf

 

ユダヤ人が感じる脅威が現実のものであれ、想像上のものであれ、肌感覚としての「安全」はすでに損われている。国内のユダヤ人を対象にビーレフェルト大学が行った調査では、58%のユダヤ人は移民が多い地区など特定の地域を避けており、70%がキッパやダヴィデの星など、目に見える形でユダヤ教のシンボルを身につけないようにしている。さらに85%が反ユダヤ主義が今後増加すると懸念しているのである(注14)。

 

(注14)Andreas Zick/Andreas Hövermann/Silke Jensen/Julia Bernstein, “Jüdische Perspektiven auf Antisemitismus in Deutschland: Ein Studienbericht für den Expertenrat Antisemitismus,” April 2017, https://uni-bielefeld.de/ikg/daten/JuPe_Bericht_April2017.pdf

 

こうした危機感は在独ユダヤ人中央評議会のコメントや、その機関紙であるユダヤ人新聞Jüdische Allgemeineの論調に反映される。2015年11月から2017年7月までに、この週刊新聞は「ムスリムの反ユダヤ主義」をテーマにした記事を80本も掲載している(注15)。良識あるドイツ人であればこうしたユダヤ人の不安を放置するわけにはいかず、「ムスリムの反ユダヤ主義」はドイツ社会全体の問題としてテーマ化されるサイクルができている。

 

(注15)Ranan, S.17.

 

 

反ユダヤ主義が集団間の対立に火をつける

 

キッパを被った男性の殴打事件でドイツ社会が強く反応したのは、この種の暴力が連邦共和国が依って立つ理念への攻撃であると捉えられたからであった。過去への反省を大前提とする戦後ドイツは、国内のユダヤ人と手を携えて人種偏見や不寛容を撲滅しようとしてきた。ユダヤ人は民主主義再建の共同参画者であり、ドイツによる「過去の克服」はこの二人三脚によって維持されてきた。こうした中で殴打事件は、ムスリムは民主主義的な価値観を共有しない異質な要素であるという、マジョリティが長らく抱いてきた先入観の「正しさ」を証明したように思われたのである。

 

しかしその背後に浮かび上がってくるのは、ドイツの移民社会の階層化であった。ユダヤ人の立ち位置は、使い勝手の良い労働力として周縁的な場所に甘んじてきたムスリムの状況とは異なった。歴史的な配慮もあり、ユダヤ人に対しては社会の中枢へ統合の道が開かれ、これが実際の規模とは不釣り合いな、ユダヤ人の政治力や社会的プレゼンスの源となってきた。つまりマイノリティの階層化は、過去への反省による民主主義の構築という、戦後ドイツ政治の中核から派生したものであったのである。

 

ドイツ政府が最も恐れるのは、マジョリティが抱くムスリム移民/難民への拒否感と、後者によるドイツへの不満が、ムスリムの中のユダヤ/イスラエル敵視を導火線として、様々な社会集団の関係性に火をつけることである。マジョリティによる長年の排除を後景に、エスニック集団間の緊張が前景へと押し出される、事態のいわば「フランス化」が恐れられている。こうした国内的な状況が、世界的に見られるムスリム対アメリカ/イスラエルという構図の中に収まるように見えるとき、それはヨーロッパ社会のきわめて大きな不安定要素となり得るのだ。

 

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