2019.01.10

情報技術と規律権力の交差点――中国の「社会信用システム」を紐解く

堀内進之介 政治社会学

国際 #社会信用システム

道徳的美徳の推進者としての国家

情報通信や情報処理に関わる技術の高度化によって、データとアルゴリズムは、グローバルなコミュニケーションのみならず、商取引や投票行動、医療、法執行、テロ対策などを含む、あらゆる人間活動と意志決定に多大な影響を及ぼし始めている。こうした変化は、しばしば「ビッグデータ革命」と呼ばれる。

政府機関は、先端技術の導入では民間企業に後れを取ることが多いが、近年では、民間企業が業種ごとに保有している行動履歴や購買履歴、通信履歴、閲覧履歴などのデータと、公的機関が保有するデータを抱き合わせることで、重要な決定を下そうという動きが活発になってきている。

たとえば、アメリカでは、犯罪予測、あるいは予測的ポリシングと呼ばれる分野で、そして、司法の現場で、データとアルゴリズムが活発に利用され始めている。

しかしながら、中国政府ほど、データとアルゴリズムの利用に野心的な政府は他にない。というのも、中国政府が2014年6月14日に概要を通知し、現在も構築中の「社会信用システム」(以下、SCSという)は、アメリカの金融機関などが常用している与信管理の手法を、金融などの経済分野に限らず、治安維持や環境保護、食や医療の安全、汚職の取締りなどに至るまで、政府の管掌範囲全域に拡大することを目的にしているからだ(Chorzempa:1)。

SCSの趣旨が説明された「社会信用システム構築の概要(2014-2020)」(以下、概要という)の冒頭では、SCSについて、次のように述べられている。

(SCSが)求めているのは、誠実性の文化の理念を確立し、誠実さと伝統的な美徳を促進すること、そして、信用を守るものを奨励し、信用を損ねるものを抑制するインセンティブの仕組みとして用い、社会全体の誠実さの意識と信用レベルを高めることである(注1)。

SCSは、人びとの経済的、社会的、政治的な諸活動が単に合法的であるか否かを把握し、信賞必罰によって合法性を促すものではない。そうではなく、合法であること以上に、それらが「道徳的」であるか否かを評価し、「道徳性」を向上させようとするものだ。後述するように、SCSの背景には、恣意的な判断ではなく、データに基づく決定であることを保証することで、政府への、市場への、裁判への信頼を回復し、社会的な一体性を強化しようとする中国政府の野心がある。

2012年に、習近平が第5代中国共産党中央委員会総書記に就任して以来、彼の政権下で統制が強化されてきたことや、中国の技術力が急速に増大していること、中国国民に対する強力な憲法上の保護が不足していることなどが相まって(Creemers:2)、自由で開かれた社会を支持する人びとにとっては、SCSは、過去の暗い時代や、小説や映画に出てくるような狂気じみた未来を思い起こさせるものであるようだ。

メルカトル中国研究所のセバスチャン・ハイルマン所長は、「ビッグデータと人工知能の助けを借りて、中国指導部は経済的・社会的ガバナンスに対するアプローチを徹底的に改革している。 中国の断固たるデジタル化の追求は、民主的な政治システムに対する根本的な挑戦である」(注2)と息巻いており、世界中のメディアも同様の趣旨を繰り返し報じている。

実際、これまでの中国政府の政治的言動からすれば、SCSが、中国国民の生活全般を詮索し、当局の意向に従わない者を処罰する、社会的統制のツールとなる見込みは否定できない。しかし、中国政府がSCSを中核とする統治システムを効果的に運用することができれば、つまり、政治的決定の説得力を増し、経済的なアドバンテージを獲得し、社会的な持続可能性を確保できると証明するなら、習近平思想、すなわち「新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中核とする統治モデル――これを「テクノ権威主義」と呼びたい――は、グローバルなものになる可能性がある。

一方、中国政府の露骨な野心を除外して、SCSの中心的な理念を体現する、適切に管理されたシステムを実現することができれば、それは、社会に透明性と誠実性をもたらすかもしれない。つまり、権力者を監督し、政府の直接的な介入を減らしつつも経済を規制し、人びとが互いにより公正に接するように奨励することができるかもしれない。

SCSを頭から否定する人びとには意外なことかもしれないが、SCSの概要には「政府の政策決定への国民参加のチャンネルを広げること」や、「権力の行使に対する社会的監督と制約の強化」も含まれている。SCSの中心的な理念は、――善かれ悪しかれ―――高度な情報技術を用いた統治のビジョンというよりも、むしろ伝統的な儒教の道徳的美徳を受け入れることを求めるものだ(Chorzempa et al.:2)。ここでは、こうした理念をテクノ権威主義対して、差し当たり「テクノ共和主義」と呼んでおくことにしよう。

懸念される通り、SCSが社会的統制のツールになる公算は高いが、実際にどのように運用されていくかはまだ分からない。「テクノ権威主義」であれ、「テクノ共和主義」であれ、何れの見通しも、データとアルゴリズムの質と量に依存することは明白だが、同時に、システムを運用する者が絶えず改革する態度を保持し、定量的な評価パターンと評価の目標を調和させる努力を続けるか否かも、成否を大きく左右する要因であるに違いない。

中国政府は、社会的統治に関しては、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、三つの代表といった大方針を掲げながらも、現実的な側面では微調整を重ねてきている。それゆえ、習近平思想についても状況を見ながら軌道修正していくことが予想される。

中国政府は、中国が抱えてきたさまざまな問題をSCSによって解消することを目指しているが、これも単に取締りを強化したり、厳罰化を推し進めるだけでは、社会的な不正を排することも、あるいはチベットや新疆のような政治的に敏感な地域を抑え込むこともできないということを、中国政府が学んできた結果だ。この点は、2014年10月23日に中国共産党第18回中央委員会第4回総会で採択された、「『法に基づく国の統治』を包括的に進める上でのいくつかの重要な問題に関する決定」(注3)の中にも見ることができる。

私たちの社会は、中国ほどには社会的不正や格差に関する問題を抱えてはいないが、しかし、自由権と生存権を保障する制度的基盤と、社会的・道徳的な責務を果たす市民から成る市民社会とが、ともに不安定化していることは明白であって、市民的徳(civic virtue)や民主的なエートスを養成する必要性を改めて認識すべき局面を迎えている。

その意味では、私たちの社会も、根本において中国と同じ課題を共有しているとも考えられる。したがって、中国政府が示す「道徳的美徳の推進者としての国家」という像は、実際には何を行っているかだけではなく、その来歴や理想化された理念も含めて検討する価値があると思われる。

社会信用システムの来歴とその理念

SCSの概要の冒頭、第一文にはこう書かれている。「社会信用システムは、社会主義市場経済システムと社会的統治システムの重要な一部である」。しかし、歴史を紐解けば、SCSは、社会主義市場経済システムに適用するものとして構想され、当初は社会的統治システムとは紐づいていなかったことが分かる。

SCSに関する最初期の公式な政治的言及は、2002年の第16回中国共産党全国大会報告(注4)の中に見られる。当時、総書記であった江沢民が、任期中最後の大会で中国市場経済の近代化を図る目的でSCSに言及しているのである。「市場経済は信用経済である」(注5)。これは、江沢民が中央経済労働会議で示したスローガンだ。そこでは、「偽造や偽物の販売、脱税、詐欺、悪質な借金の踏み倒しなどの慣行を厳格に制裁し、良好な社会秩序を作り上げること。言うまでもなく、これは中国における社会主義市場経済システムの確立と改善の過程での主要かつ緊急な課題である」と述べられている。

1990年代に、中国政府が抜本的な経済改革を行うにあたって、第一に着手する必要があったのは、銀行などの金融機関が個別に保持していた、借り手に関する情報の共有であり、それに基づく信用調査機関の整備だった。これには二つの理由がある。第一は、江沢民が、厳格な制裁が必要だとした悪しき慣行が横行していたのは、銀行や金融機関など貸し手側での情報共有が不足し、与信管理が十分ではなかったからだ。

そして、第二は――こちらがより重要なのだが――、経済を活性化するには、銀行が政府機関や国営企業だけではなく、住宅ローンを求める個人や、新たな起業のために借金をしようとする民間企業にも積極的に融資する必要があった。そして、そのためには与信管理を適切に実施できる体制が必要だったのである。1990年代中頃からこの体制整備は急速に進められ、借り手に関する情報を共有する最初の取り組みは、1999年に上海で開始されている(Chorzempa et al.:3)。

1990年代から2000年代の初期にかけて、社会信用は、商取引の運用コストを切り下げ、経済を効率化するために、そして、それによって国内金融機関の開発力と競争力を引き上げるために必要とされたのである。実際、中国共産党中央委員会の機関紙である人民日報は、「健全な社会信用システムの確立が社会主義市場経済体制の改善にとってなぜ重要なのか」と題された2003年11月25日の記事(注6)の中で、こう指摘している。

 

信用関係は財産権制度の延長であり、財産権を明確にすることは健全な社会信用システムを確立するための制度的前提条件である。明確な財産権によって、経済主体は信用を強調することができる。そして、信用度を蓄積することによってのみ長期的利益の実現を保証し、それによって長期的利益を追求する意欲を高めることができる。

1999年に上海で始まった情報共有の仕組みは数年で中国全土に広がり、そして、2006年に中国人民銀行が設立した国内唯一の信用調査機関「信用照会センター」に集約・統合された。銀行や金融機関は「信用照会センター」に顧客の信用力について報告する義務があるのだが、「信用照会センター」は、さらに裁判所、政府機関、通信会社、財政当局などからも、補足的な情報を得ることができるように整備された(Creemers:9)。

2000年代初期のこうした動きによって、徐々にではあるが与信管理が有効なものになったことが、たとえば、TencentやAlibabaといったインターネット企業の金融業界への進出を促し、ファイナンスとテクノロジーが融合した、いわゆる「FinTech」の台頭をもたらしたと言える。

SCSが、社会主義市場経済システムから社会的統治システムへと適用範囲を拡大するに当たり、この「FinTech」の台頭が起爆剤になったと考えても間違いではない。しかし、そう言えるのは、これまで金融サービスを利用できないか、あるいは利用を制限されていた〈金融マイノリティ(the unbanked)〉と呼びうる人びとにも、金融サービスを利用可能にしたこと、つまり、第三者決済を介した少額取引や少額ローンを増やし、顧客データを大量に集めるのに役立ったという点に限ってのことだ。

SCSが、社会的統治システムに紐づけられるようになった決定的な要因は他にある。それは、湖北省宜昌市や江蘇省睢寧県、浙江省杭州市といった地方行政が、2005年から2010年頃にかけて行った社会実験の成果である。

睢寧県では、市民にまず1000ポイントが与えられ、飲酒運転やローンへ返済の不履行など道徳的規範を侵害した場合に減点される仕組みが設けられた。そして、市民は、残った点数に応じて、点数の高いAクラスから点数の低いDクラスに分類された。その上で、点数の高いAクラスに属する市民は日常生活のさまざまな機会で優遇され、点数の低いDクラスに属する市民は冷遇されたのである。

減点方式ではあるが、個々人の道徳性が定量的に評価され、その結果に基づく信賞必罰が実施されたわけだ。しかし、この仕組みは、内外から多くの批判(注7)を浴び、その後、AからDクラスへの分類は廃止された。

浙江省では、2002年に杭州市が信用を第一とする都市「信用杭州」を目指すことを宣言している。その後、2005年に「企業に関する信用情報の収集と公表に関する規定」(注8)、2006年に「浙江省社会信用システム構築のための第11次5カ年計画」(注9)を相次いで公布し、2007年にはそれを地方レベルに拡大した。「第11次5カ年計画」は、「信用杭州」の実現に向けた具体的な計画書なのだが、その中では公務員の誠実性についても言及されており、2章3節では「浙江を信頼できる社会モデルにする」ことが述べられている。要するに、浙江省は、社会信用を専ら市場経済に関係付けてきた中央政府の方針を意図的に拡大し、市場経済の外側へと広げたのだ。

2010年に差し掛かる頃、中央政府は、地方行政において試みられた、これらの実験の成果を認識し始める。社会信用は、睢寧県が試みたように社会的なレベルで市民を管理するのにも、また、浙江省が試みたように行政職員の管理にも応用可能であることが、地方行政の中で具体的な成果として現れたばかりか、批判的な報道によって課題も浮かび上がったからである。

これらのことは、中国共産党にとっては党の戦略や戦術を変革する上で、重要な発見であったようだ(Creemers:11-12)。それを証拠に、2011年に中国共産党第17期中央委員会第6回総会で採択された、「文体制改革を深め、社会主義文化の大発展、大繁栄を促す若干の重大な問題に関する党中央の決定」(注10)では、物質文明のみならず「精神文明」の重要性が繰り返し強調され、社会的なレベルで誠実性を促進することがいかに重要であるかが論じられている。

社会信用は、この段階で、中央政府にとっても、市場経済にのみ関わるものではなく、社会的・政治的な分野にも適用されるべきものとして理解されたと言ってよいだろう。スマートフォンやソーシャル・メディアの普及で、各地で個別に起こっていた行政官僚の不祥事や、メラミン混入ミルクなどの食品安全保障に関する問題が中国全土に拡散されるようになり、中国政府や党への信頼が低下するといった事態が生じたことも、社会信用の適用範囲を拡大するのに一役買ったと思われる(Creemers:11)。

事実、これを契機に、SCSの仕組み作りには、中央規律検査委員会や中央政治法制委員会、中央宣伝部、中央文明建設指導グループ、最高人民法院や最高人民検察院など、中国共産党の主要機関や関連省庁も加わることになっていく。そして、こうした一連の経緯の中で、SCSの概要がまとめられ、本節の冒頭で述べた通り「社会主義市場経済システムと社会的統治システムの重要な一部」を為すものとして、SCSは、2014年6月14日に正式に通知されることになるのである。  

社会信用システムに対する懸念

概要では、SCSの導入を図る上での4つの優先分野と、2020年までの間に取り組むべき5つの目標とが明確にされている。優先分野は、行政、市場経済、ソーシャルサービス、司法であり、それぞれの分野で効率性、透明性、信頼性を向上させることが述べられている。そして、この実現のために、概要では目標として、SCSの法的・規制的枠組みの構築、市場経済における信用を調査し監督する仕組みの構築、信用サービスを基盤とする市場の育成、信賞必罰の仕組みの完成、そして、SCSの基盤となる情報インフラの構築が挙げられている。

市場経済における信用を調査し監督する仕組みの構築や、信用サービスを基盤とする市場の育成という目標は、アメリカなどの先進諸国では早くから実現されていることもあり、問題なしとは言えないまでも、他国と基本的には同じようなものになると考えられる。他方、中国の内外から注視され、懸念が表明されているのは、SCSの法的・規制的枠組み、信賞必罰の仕組み、SCSの基盤となる情報インフラの三つである。特に何が懸念されるのか、順に見てみよう。

SCSの法的・規制的枠組みの構築

まず、SCSの法的・規制的枠組みだが、SCSが現在構築中であることもあって、具体的な法的・規制的枠組みの構築は完成しておらず、したがって、SCSを法的な側面から議論できる段階にはまだない。しかし、SCSが個人や企業などの活動の履歴情報を参照するのは明らかであるため、情報の取り扱いに関しては、中国政府も慎重な姿勢を見せている。

北京師範大学の刑事法律科学研究院のトップで、最高人民法院の専門家でもある呉沈括によれば、「今年(2018年)は、中国の消費者がデータプライバシーに目覚めた重要な年」(注11)であるという。中国でも、近年、プライバシーへの関心が次第に高まってきていることを、中国政府も把握しているということだ。そのため、中国政府は、2017年6月1日に「中華人民共和国サイバーセキュリティ法」(注12)を施行し、その中で、個人情報の取り扱いについて言及している。具体的に言えば、第22条で、個人情報はサービスの提供者がユーザーから取得の同意を得て収集することを定めているのである。

しかし、これによって個人情報などのデータの取り扱に関する懸念が払拭されるわけでは全くない。というのも、同意を与えずにネット上のサービスを利用することは、ほとんどの場合できない――これは日本も同じであろう――ので、第22条は事実上空虚だからだ。

さらに、この法律では、第28条で、インターネット事業者は中国当局(公安機関および国家安全機関)に対し、技術的なサポートを含む協力を与えるよう定められているほか、第30条では、中国当局はインターネット上の安全のために、入手した情報を運用することができる旨が定められている。つまり、解釈次第では、中国政府が個人や企業の活動の履歴情報を自由に利用することができるようになっているのだ。プライバシーへの関心の高まりは、皮肉にも民間企業を監視する中国政府の役割を強化し、懸念を他所に、さまざまな活動の履歴情報が、中国政府の完全な監視下に置かれる事態を招いている。

SCSの基盤となる情報インフラの構築

次に、SCSの基盤となる情報インフラを見てみよう。中国政府は、各行政組織が個別に規格化し、管理してきたさまざまな情報を統合したり抱き合わせたり、あるいはそれに新たな情報を追加できるように、すべての情報のデジタル化と、中国全土での統一的な規格化を進めている(注13)。この規格は「統一社会信用コード」(注14)と呼ばれ、18桁のコードで構成されている(Creemers:21)。

これは、業務遂行の効率性を向上させる重要な意味があるが、他方で、中国国民にとっては徹底した政府によるモニタリングを可能にする、社会的統治の合理化を促進するものでもある。なぜなら、情報のデジタル化と統一的な規格化は、中国国民一人ひとりに行政組織が管理するすべての情報を結び付け、個人の識別精度をいっそう高めることに寄与するからだ。

さらに、この懸念は、中国政府が生体認証データベース、なかでも顔認証データベース(注15)を拡大していることによって、さらに深刻さを増している(Hays:15)。至る所に設置された監視カメラを介して、中国政府は、特定の個人がどこで何をしているか、そして、そこにいる人物が誰であるのかを間もなく詳細に知ることができるようになるだろう。SCSの基盤となる情報インフラの構築は、要するに、中国政府が個人や企業に関する情報を入手するチャンネルの拡大なのである。

信賞必罰の仕組みの完成

最後に、信賞必罰の仕組みを見てみよう。これに関しては、海外メディアも挙って批判的に報じており、現在、SCSの中で最も懸念されている部分であると言える。しかし、批判的な報道の多くが取り上げているのは、実際には、2012年頃から中国で実施されているブラックリスト制度や、中国の民間企業が展開している信用格付けサービスであって――それらが仮にSCSの初期モデルと見なせるとしても(注16)――そこに見られる課題がSCSにそのまま引き継がれるかどうかは、まだ分からない。

海外メディアの報道では、たとえばAlibabaグループ傘下の芝麻信用が手広く展開する信用格付けシステム――芝麻信用ではこのサービスは「信用生活」(注17)と呼ばれている――が、①年齢や学歴や職業などの属性、②支払いの能力、③クレジットカードの返済履歴をふくむ信用履歴、④SNSなどでの交流関係、⑤趣味嗜好や生活での行動の5つの要素をアルゴリズムによって評価し、個人の社会的な信用度(芝麻分)を350点から950点の範囲で得点化していることから、SCSも同様に個人や企業の信用度をアルゴリズムによって定量的に評価するものになるとの予測がされている(注18)。

ところが、SCSの概要では、アルゴリズムを活用することも、定量的なスコアリングを評価方法にすることも、実はまったく言及されていない。SCSの基盤となる情報インフラに関連して述べた通り、データ化と規格化が進められていることを考えれば、データとアルゴリズムが、信賞必罰の仕組みにも活用される可能性は否めない。しかしいま時点では、少なくとも公文書から確認できる範囲では、情報技術の積極的な活用は、中央政府や地方行政、そして党の業務遂行の効率性と合理性を向上させる以上のものではない。

これは、上述のブラックリスト制度にも当てはまる。ブラックリスト制度というのは、裁判所や行政からの命令(罰金の支払いなど)が下っており、その命令を遂行する能力があるにもかかわらず、遂行していない個人や企業――中国語で「失信被執行人」という――をブラックリストに登録し、さまざまな制約を課す仕組みのことだ。この仕組みのメルクマールは、中国政府が2016年9月25日に発表した「失信被執行人に対する信用の取締り、警告および懲戒制度の構築を加速することに関する意見」(注19)の冒頭、次の一文に端的に表れている。すなわち、「信用が一箇所でも損なわれると、すべてに制限が課される」。

最高人民法院は、2013年7月16日にブラックリスト制度に関する規則「信用を失った債務者リストの情報開示に関する若干の規定」(注20)を公布(2017年5月1日に施行(注21))しており、現に、最高人民法院のサイト上(注22)では、失信被執行人である個人と企業の実名が公表されている。

2016年には、45の党機関、政府機関、司法機関が、このブラックリスト制度に加わり、組織間の連携を強化するとともに、失信被執行人に対する制限を規定した「信用を失った者に対する共同懲戒処分に関する覚書」(注23)を結んでいる。これによって、失信被執行人は、会社を設立することや、補助金を受けること、公務員や軍人、共産党員、国有企業の上級職員などになること、薬物や花火、化学物質などを取り扱うこと、融資を受けること、不動産を購入すること、そして、高額な消費全般が制限された(Creemers:14-15)。

失信被執行人は、課された義務(命令)を早期に履行すれば、裁判所の判断でブラックリストから削除される場合(注24)もあるが、原則的には2年間リストに掲載され、星付きレストランやホテルを利用することはもちろんのこと、車の購入も、海外旅行も、ゴルフもナイトクラブも、子どもを私立学校に通わせることも制限されることになる。

この他にも、国家発展改革委員会と中国人民銀行は、食品・医薬品の製造販売(注25)や環境保全分野(注26)などの分野で、失信被執行人に対する制限を規定した覚書を相次いで結び、2017年10月30日には、各分野、各組織で個別に実施されているブラックリスト制度および褒賞のためのレッドリスト制度に関して、それらの整合性と相互運用性を確保する目的で、いわば分母となる規則(注27)を公表している。

こうした一連の動きを見る限りでは、信賞必罰の仕組みの構築に関しては、これまでのところ、原理原則を定めることで各分野、各組織の足並みをそろえること、そして、その精度を向上させることに重きが置かれてきたことが分かる。この点について、2018年3月6日に開かれた記者会見(注28)では、国家発展改革委員会の副主任である張勇は、信賞必罰の仕組みの改善点として、評価を正確にすること、リストから削除される仕組みを整備すること、異議申し立ての仕組みを標準化することを挙げている。

すでに述べた通り、海外メディアは信賞必罰の仕組み、特にブラックリスト制度がさまざまな制限を加えていることを批判的に報じている。しかし、法を犯した者や裁定に従わない者が何らかの制約下に置かれることは、程度の差はあれ、どこの国でも同じである。したがって、そこに問題を見出すのは批判の仕方としては上手くない。では、問題を裁定の恣意性に見出す場合はどうか。

アメリカに基盤を持つ国際的な人権NGOであるヒューマン・ライツ・ウォッチは、ブラックリストに、容疑者から名誉棄損で訴えられた弁護士や、総会屋を告発したジャーナリストが通知されないまま不当に掲載されていた事例を報告している(注29)。中国政府が、その意に沿わない活動家の権利を不当に制限する可能性がある、と指摘するのが狙いだ。

しかし、上述した2016年の「信用を失った者に対する共同懲戒処分に関する覚書」などでは、ブラックリストに登録させる前に通知されることや、異議申し立てする権利があることが述べられており、記者会見での張勇の発言もそれを示している。

確かに、中国政府のこれまでの所業に照らせば、ヒューマン・ライツ・ウォッチの指摘は、的を射たものであると言いたくなる。だが、実際のところは、この出来事が意図されたものなのか、それとも信賞必罰の仕組みがまだ不完全であることで生じた事故なのかは判然としないのである。

規律権力2.0?

 

SCSの試みは、個人や企業の活動の履歴情報を社会的統制に活用しようとする点で、中国政府のこれまでの所業とも相まって、好奇の目にさらされ、さまざまな憶測・批判を呼んでいる。それらの中には的を射たものも、そうでないものもある。SCSをめぐる中国政府の動向をつぶさに見れば、SCSが、オーウェルが『1984』で描いたビッグブラザーのような独裁者でも、何にも制約されない神の如き絶対者でもないことは明らかだ。

中国には、「上に政策あれば下に対策あり」という言葉がある。中国国民はどんな時も従順だというわけではないという意味だ。これまでにも、睢寧県の事例のように、国民の抗議を受けて政府が決定を修正したり、取り消した例はいくつもある。また、行政の縦割り構造や、「北京閥」「上海閥」といった中国共産党内部の派閥争い、あるいは中央政府と地方行政との間のパワーバランスも、SCSがビッグブラザーになる機会を妨げている。

しかし、SCSがビッグブラザーに成り切れないことは、朗報だとは限らない。SCSは、一つの巨大なシステムというよりも、実際には、政府の管掌範囲を包括する新しい統治のための綱領であり、マニュアルであり、思想なのであって、このことは、社会のさまざまな分野、領域、レベルで、個人や企業を“有徳”なものにしようとする機制が偏在することを意味する。

SCSを実態的なものと見なし、巨悪視することは、中国の社会の中に偏在するさまざまな機制を見失うことにもなりかねない。そして、それは同時に、私たちの社会の中にある、個人や企業を再び“有徳”なものにすべきではないかという密かな思いを、反省的に、しかし着実に具体化する仕方について、十分に議論する機会を奪うことにもなりかねない。

かつては情報技術の高度化が、規律訓練社会から管理社会へという移行を後押しするとして、情報技術によって社会のむき出しの関心を集約する政治のあり方が展望されたこともあった。合意が困難な妥当性よりも、気ままな事実性を活かすという方向だ。しかし、いまとなっては、そうした観測も修正される必要がありそうだ。何せ、情報技術はここに至り、再び規律権力と交わることで――望むと望まざるとにかかわらず――規律訓練社会をバージョンアップしようとしているのだから。

「権力のあるところには抵抗の可能性がある」。次のバージョンでも、そう言えるかどうか。それが問われている。

※本稿の論点は、中国の現地メディアの報道に多くを負っている(しかし、睢寧県の事例のように、批判を招いたものや不祥事に関するものは、すでにWEB上からすべて抹消されている)。また、本稿は(特に第二節)は、下記の論考を主に参照したものであることを明記しておきたい。

・Connor Hays, 2018, A New Credit Paradigm in China, Bloom Economic Research Division.    

・Martin Chorzempa, Paul Triolo, and Samm Sacks, 2018, China’s Social Credit System: A Mark of Progress or a Threat to Privacy?, Peterson Institute for International Economics.

・Rogier Creemers, 2018, China’s Social Credit System: An Evolving Practice of Control: An Evolving Practice of Control, SSRN Electronic Journal.

(注1)「国务院关于印发社会信用体系建设规划纲要(2014—2020年)的通知」http://www.gov.cn/zhengce/content/2014-06/27/content_8913.htm

(注2)「Financial Times: Big data reshapes China’s approach to governance」https://www.ft.com/content/43170fd2-a46d-11e7-b797-b61809486fe2

(注3)「中共中央关于全面推进依法治国若干重大问题的决定」http://cpc.people.com.cn/n/2014/1029/c64387-25927606.html

(注4)「在中国共产党第十六次全国代表大会上的报告(5)」http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64168/64569/65444/4429120.html

(注5)「人民网: 市场经济是信用经济」http://www.people.com.cn/GB/jinji/36/20010118/381270.html

(注6)「人民日報:如何理解建立健全社会信用体系是完善社会主义市场经济体制的重要内」http://www.china.com.cn/chinese/zhuanti/sljszqh/448786.htm

(注7)「Global Times:China’s social credit system won’t be Orwellian 」http://www.globaltimes.cn/content/1015248.shtml

(注8)「浙江省企业信用信息征集和发布管理办法」

https://baike.baidu.com/item/浙江省企业信用信息征集和发布管理办法

(注9)「浙江省社会信用体系建设“十一五”规划」http://www.nbaic.gov.cn/art/2008/9/3/art_2022_22054.html

(注10)「中央关于深化文化体制改革若干重大问题的决定」

http://www.gov.cn/jrzg/2011-10/25/content_1978202.htm

(注11)「Financial Times: China’s data privacy outcry fuels case for tighter rules」 https://www.ft.com/content/fdeaf22a-c09a-11e8-95b1-d36dfef1b89a

(注12)「中华人民共和国网络安全法」

http://www.npc.gov.cn/npc/xinwen/2016-11/07/content_2001605.htm

(注13)「国务院办公厅关于加快推进“五证合一、一照一码”登记制度改革的通知」http://www.gov.cn/zhengce/content/2016-07/05/content_5088351.htm 

(注14)「法人和其他组织统一社会信用代码编码规则」

http://qyj.saic.gov.cn/zyfb/gszjfb/201612/t20161208_232473.html

(注15)「South China Morning Post:China to build giant facial recognition database to identify any citizen within seconds」https://www.scmp.com/news/china/society/article/2115094/china-build-giant-facial-recognition-database-identify-any

(注16)「The Globe And Mail: Chinese blacklist an early glimpse of sweeping new social-credit control」https://www.theglobeandmail.com/news/world/chinese-blacklist-an-early-glimpse-of-sweeping-new-social-credit-control/article37493300/

(注17)「芝麻信用:信用生活」https://www.xin.xin/#/detail/1-0

(注18)「Wired:Big data meets Big Brother as China moves to rate its citizens」https://www.wired.co.uk/article/chinese-government-social-credit-score-privacy-invasion

(注19)「关于加快推进失信被执行人信用监督、警示和惩戒机制建设的意见」http://www.gov.cn/zhengce/2016-09/25/content_5111921.htm

(注20)「最高人民法院关于公布 失信被执行人名单信息的若干规定」http://gongbao.court.gov.cn/Details/1c0baa9e69e6a21c809886144354b1.html

(注21)「最高人民法院关于修改《最高人民法院关于公布失信被执行人名单信息的若干规定》的决定」https://www.chinacourt.org/law/detail/2017/02/id/149233.shtml

(注22)「全国法院失信被执行人名单信息公布与查询平台首页声明」http://shixin.court.gov.cn/index.html

(注23)「关于对失信被执行人实施联合惩戒的合作备忘录」http://credit.mot.gov.cn/zhengcefagui/guojia/201607/t20160706_2058154.html

(注24)「关于认真贯彻执行《关于公布失信被执行人名单信息的若干规定》的通知」http://www.lawinfochina.com/display.aspx?id=16018&lib=law

(注25)「关于对食品药品生产经营严重失信者开展联合惩戒的合作备忘录」https://www.creditchina.gov.cn/biaozhunguifan/hangyexingbiaozhunguifan/201801/t20180104_105591.html

(注26)「关于对安全生产领域失信生产经营单位及其有关人员开展联合惩戒的合作备忘录」https://www.creditchina.gov.cn/zhengcefagui/zhengcefagui/201709/t20170916_43872.html

(注27)「关于加强和规范守信联合激励和失信联合惩戒对象名单管理工作的指导意见」http://www.ndrc.gov.cn/zcfb/gfxwj/201711/t20171103_866289.html

(注28)「张勇:建设社会信用体系 要规范“红黑名单”的退出机制和异议处理机制」http://economy.caijing.com.cn/20180306/4413422.shtml

(注29)「The Wall Street Journal:China’s Chilling ‘Social Credit’ Blacklist」https://www.hrw.org/news/2017/12/12/chinas-chilling-social-credit-blacklist

プロフィール

堀内進之介政治社会学

1977年。博士(社会学)。東京都立大学客員研究員、Screenless Media Lab. 所長、株式会社JTB 新宿第三事業部 上席顧問ほか。単著に『善意という暴力』(幻冬舎新書、2019年)・『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』(集英社新書、2018年)・『感情で釣られる人々』(集英社新書、2016年)・『知と情意の政治学』(教育評論社)、共著に『AIアシスタントのコア・コンセプト: 人工知能時代の意思決定プロセスデザイン』・『人生を危険にさらせ!』(幻冬舎)ほか多数。翻訳書に『アメコミヒーローの倫理学』(パルコ出版、2019年)・『魂を統治する』(以文社、2016)がある。

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