軍事的緊張に際しても平穏な韓国、そこで考える世論の政治的機能

あたかも開戦前夜であるかのように

 

去る11月末、韓国・ソウルを訪問した。来年に予定されている学会のパネル組織について、知り合いの研究者と打ち合わせをするためだった。

 

仁川に到着したのは11月28日正午だった。これに先立つ23日、北朝鮮から大延坪島へ砲撃が加えられ、軍人だけでなく民間人にも死者が出たことにより、南北関係には一気に緊張が高まっていた。28日は韓米軍事演習の開始日にあたり、この演習は南北関係をさらに刺激することが確実とされていた。

 

仁川空港が大延坪島からほど近いこともあり、率直にいって渡韓にあたり多少の不安があった。実際には、一時的に北から再攻撃の兆候ありとされ、島民に退避命令が出たものの、具体的な衝突が再発することはなかった。

 

仁川空港から市内へ向かうバスには、テレビがついていて、ニュースが流れている。ニュースはこの事件一色であり、砲撃事件とその後の経緯が報じられるとともに、北朝鮮のもつ兵器の威力を示す映像などが繰り返し流されていた。

 

テレビ、および主流派の新聞の報道だけをみていると、まるで南北は開戦前夜であるかのようであり、韓国人の大半がそれを大いに予測しまた危惧しているかのようにみえてしまう。

 

 

拍子抜けするほどの平穏

 

しかし市内に出てみると、状況は拍子抜けするほど平穏だった。さすがに延坪島への攻撃が起きた当日は軍事行動拡大への恐怖心が広まっていたようだが、数日中には収まったようだ。

 

週末には在郷軍人会など保守団体の主催による、強硬的対応を求めるデモがいくつかあった。しかしもともとデモの多いお国柄の韓国で、それ自体はさして特別なことではない。

 

知人たちに話しても、さらなる衝突の拡大を危惧する声はほとんど聞かれなかった。「日本の知人たちには、今ソウルに行かない方が良いんじゃないかといわれた」などと話すと、「外国人は南北関係の内実をよく知らないから極端な反応をしている」というような答えが多く返ってくる。

 

韓国と北朝鮮はいまだ休戦中であるが、普段それが意識されることはそう多くない。しかし、もともと学校教育やメディアの報道、あるいは国内の徴兵制などを通じ、たとえふだん意識しなくとも認知はせざるをえない。良い意味でも悪い意味でも、韓国人はこうした事態に広く「馴れて」いる。

 

他方、とりわけ若い世代は、南北が軍事衝突するということを現実的な可能性として想像できないということもあるだろう。また逆に、625(朝鮮戦争)の経験を踏まえれば、万が一開戦などといった事態になれば逃げ場などどこにもなく、憂慮しても仕方がないという諦念があることも事実だろう。

 

 

 

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