2010.11.30
NATOとロシアの和解?
NATOとロシアの紆余曲折
NATO(北大西洋条約機構)は、共産主義の脅威に対抗するために1949年4月、米国を盟主としてカナダと西欧諸国10カ国が参加して創設された。他方、ソ連はNATOに対抗するかたちで1955年、東欧諸国とともにソ連を盟主とする軍事同盟であるワルシャワ条約機構(WTO)を結成し、NATOとWTOが冷戦時代の軍事的な二極を形成することになった。
このようにNATOは冷戦の産物なのであるが、WTOが1991年に解散されたのに対し、NATOは冷戦が終結したいまも存続している。そのため、ロシアはNATOがロシアを仮想敵国とみなしていると考え(実際、そのような側面があることは否定できない)、基本的にNATOを強く警戒しており、NATO拡大の動きにもきわめて敏感である。NATOの拡大が旧ソ連のウクライナやグルジアにも及ぼうとしていたことが、2008年のグルジア紛争の背景のひとつにあったことも、筆者はたびたび主張してきた。
このように、冷戦終結後もNATOとロシアの関係は緊張に満ちたものであったが、とくに、NATOが1994年にボスニア内戦でセルビア人勢力に初空爆を行ったことや、99年にコソヴォ紛争に関する制裁としてユーゴスラヴィア連邦(当時)を空爆したこと、さらに中東欧地域へのNATOの拡大と2008年のグルジア紛争は、とりわけ両者間の関係を悪化させた。
それでも、冷戦終結後、NATOとロシアのあいだに短い蜜月期はあった。2001年の米国同時多発テロ後には、「テロとの戦い」で両者の利害が一致し、2002年には「NATOロシア理事会」という仕組みをつくって、ロシアはNATOの準加盟国的な扱いとなったのである。しかし、上述のようにNATO拡大が進んだことを、ロシアは自らに対する封じ込め政策と感じ、関係が冷え込んでいったなかで、グルジア紛争が「とどめ」となり、一時は「新冷戦」の到来が懸念される程の厳しい関係となった。
しかし、米国・オバマ政権の「リセット」は、NATOとロシアの関係改善にもつながっていき、ラスムセンNATO事務総長が今年の11月5日、ロシアを訪問して「ロシアはNATOの戦略的パートナー」であると発言したり、ロシアのメドヴェージェフ大統領も「ロシアとNATOは内実の伴った関係」と述べたりするなど、関係はかなり改善していた。
そして、ドイツとフランスの両首脳の導きもあって、11月20日のNATOリスボンサミットにメドヴェージェフ大統領が参加し、新たな協力関係が生まれるという歴史的な動きがあった。本稿では、そのリスボンサミットに対する相互の思惑と新たな協力関係、今後の問題点について考えてゆきたい。
相互の思惑
今回のロシアとNATOの協力関係樹立の背景には、双方の思惑が一致したということがある。
まず、NATO側はアフガニスタン政策やミサイル防衛(MD)計画でロシアの協力を必要としていた。現状では、アフガニスタンへの必要物資の供給なども難しくなっており、ロシアの協力なくしては、泥沼化するアフガニスタンの軍事政策をうまく遂行することができない状態になっていた。また、MD計画などでも協力して、グルジア紛争後のような厳しい対立関係を解消したいという強い希望があった。
他方、ロシアは米国が「リセット」後に、ブッシュ政権が東欧に展開しようとしていたMD計画を修正することと、当面のNATO拡大を行わないことを約束したことで、NATOとの関係の障害がなくなったと感じる一方、ロシアも近年の金融危機などで以前と比して国力が落ちているなか、むしろ中国などの脅威に欧米と協力して対抗していく必要も感じるようになっていたことがある。
「上海協力機構」などでの協力に象徴されるように、近年、ロシアと中国の接近は目覚ましく、ロシアはアジアでの経済パートナーとしても中国を選んだのだが、その一方で、中国の中央アジア、つまりロシアにとっては自国の勢力圏と考える「近い外国」への進出が目立つようになっており、ロシアは中国を牽制する必要を強く感じていた。
しかも、アフガニスタンの情勢悪化は、隣接する中央アジア諸国にも波及する可能性が高く、そうなれば、当然ロシアやCISの安全保障にも悪影響となる。そのため、ロシアにとってもアフガニスタン政策への協力は国益にかなっている。
つまり、今回の協力関係は、お互いの打算にもとづいているのである。
合意内容は?
このサミットで、ロシア側はかなりの柔軟姿勢をみせ、後述するように、欧州版MD計画とアフガン政策での協力が合意された。共同声明では「真の戦略パートナーに向けた協力」が掲げられ、ラスムセン事務総長が「今日、NATOとロシアは再出発する。まさに転機だ」と発言し、メドヴェージェフ大統領も「冷却化の時期は終わった」と述べるなど、新たな信頼関係構築の一歩が印象づけられた。
それでは、具体的にどのような合意がなされたのだろうか。
欧州版MD計画での協力
NATO首脳は、19日の時点で、米国のMDと欧州の一部の加盟国が進めているMDとを2020年までに連結することで合意し、それにロシアの参加も要請することで合意していた。NATOはイランの弾道ミサイルを脅威としており、米国と欧州のMDを連結することで、その脅威に備えようとしている。イラン対策としては、ロシアからの情報は有益だ。
さらに、欧州全域を覆うMD網は、西欧各国が自前で運用するミサイル探知システムなどを、米国が東欧に展開するMD計画に順次統合して構築されることになっており、財政危機を抱える西欧諸国にとっては将来の軍事コスト削減というメリットもある。
NATO側はロシア側のレーダーがNATO加盟国への攻撃の情報を検知した場合に、NATO側に即時に通報するシステムを提案した。しかし、ロシアの立場は異なっており、NATOの計画よりもさらに深い協力を想定していた。非公式会合で、メドヴェージェフ大統領は、ロシアと欧米のMDの統合を提案していたのである。
メドヴェージェフ大統領は、その後の記者会見でその統合提案について、「各防衛区域上のミサイル防衛」を目的としていると説明した。ロシア当局筋によれば、同案の趣旨は、ロシアとNATO諸国が各々の領域の上空に飛来してきたミサイルを撃墜する責務をもつということだという。つまり、ロシアはNATO領域に向かうミサイルが、ロシアの上空を通過する際に、そのミサイルを撃墜する責務をもつことになり、その逆もしかりというわけである。
また、ロシアのロゴジンNATO常駐大使は、ロシア側の提案は「事実上、欧州・大西洋地域の周囲に集団的ミサイル防衛システムを構築することを求めたもの」だと説明し、NATO側の提案はロシアが懸念している「内向きの防衛システム」であり、ロシアとしては外部を標的とするかたちの協力を求めていることを明らかにした。
だが、オバマ米大統領らNATO首脳陣は、ロシア側の提案に対し、「本件は、技術的な専門家によって検討されるべきだ」と述べ、外交的には婉曲に拒否したという。 そして、本件については、専門家がNATO、ロシア双方のシステムが連携できる方策を検討し、2011年6月に予定されている国防相級の「NATOロシア理事会」で報告することになった。
いずれにせよ、ロシアとNATOはMD協力をすることで合意したものの、どのような枠組みで協力をしていくかという詳細については今後の検討に委ねられており、まずは上述の「NATOロシア理事会」がカギとなりそうだ。しかし、ラスムセン事務総長は、「カナダ西部から(東回りに)ロシア極東までが単一の屋根で覆われる」と意義を強調し、防空情報の交換のみならず、将来的にはミサイル撃墜に関する協力も可能であるとしている。
MDでの意見対立~ロシアの新たな外交カード?
だが、MDでの協力を楽観視することはできまい。メドヴェージェフは、「MDには建設的な側面と危険な側面がある」と述べ、「われわれの参加は完全に同等の権利がなくてはならない」とし、対等性と透明性が保障されなければ、協力を拒否すると明言している。
やはり、ロシアとNATOのあいだには相互に深い不信感があるのだ。
NATOはロシアに配慮し、ウクライナとグルジアの加盟を棚上げしたが、別の稿で述べたように、米国はウクライナに対し「NATO加盟の門は開いている」と述べたり、グルジアに対しても将来の加盟についてちらつかせたりしており、ロシアのNATOへの警戒感は消えていない。
メドヴェージェフ大統領は、「欧州MD協力に失敗し、NATOが一方的にMDを配備すれば、ロシアの核戦力弱体化を防ぐため軍事的な対抗措置があり得る」と、核戦力の均衡を崩してはならないと厳しく警告している。ロシア軍部も、MDはイラン対策ではなく「ロシアの戦力を削ぐことが真の狙いに違いない」と疑い強め、核抑止力が鈍化することに警戒感を強めているという。
他方、NATO側もロシアには不信感を持ちつづけており、冷戦終結後にNATOに加盟した中東欧諸国のロシアへの警戒心はとりわけ強い。そのため、NATOはメドヴェージェフが望む「対等の協力」に応じることには抵抗があるようだ。
現状ではNATOは、「ロシアとは情報交換にとどめ、MDの指揮権にまでは関与させない」という立場をとっている。そのため、上述のメドヴェージェフ大統領のMD提案についても、それが当初の交渉ポジションなのか、あるいは、西側のMD計画を阻止するための戦術なのか、判断に苦しんでいるという。
実際のところ、ロシアはNATOと共通で利用できるMDシステムを簡単に構築できるとは思っていないとも考えられており、協力を約束することで今後の交渉カードとして利用する意図があるともみられている。
アフガン政策での協力
他方、アフガニスタンの安定化政策での協力は、MD協力の前提ともいえるNATOとロシアのあいだの信頼醸成に役立ちそうである。
サミットでは、米軍を中心とし、NATOの指揮下で展開している国際部隊を2014年末までに撤退させ、その治安権限をアフガン側に全面移譲することが決定された。そして、その目標に向けロシアも、NATOの物資・人員をアフガニスタン前線にロシア領経由で移送すること(撤収を見越して帰路のルートも保障)、ロシア製ヘリのアフガニスタンへの有償供給、アフガニスタン部隊の育成などへの協力を約束した。パキスタン経由の物資輸送が治安悪化により困難となっていたことから、ロシアの協力はNATOにとって渡りに船であった。
今後の展望 ―― 一筋縄にはいかない?
このように、さまざまな問題が残されているとはいえ、ロシアとNATOは協力関係構築の重要な一歩を踏み出した。
本稿では触れなかったが、NATOは今回のリスボンサミットで、1999年4月以来、約11年ぶりに「新戦略概念」を採択した。新たな脅威としてテロやミサイル攻撃を規定したほか、欧州全域を網羅するMD構築や、非加盟国・国際機関とも緊密に協力する「協調的安全保障」の推進などを明記した点が特徴である。
冷戦終結によって存在意義が揺らいでいたNATOは、「新戦略概念」によって存在意義を確立したいところだ。しかし、「新戦略概念」の成功にはロシアの協力が不可欠だということは、規定からも自明である。しかし、ロシアの確たる協力を得ることは容易ではなさそうだ。
ロシア、NATOの相互の不信感はまだ根深い。そのようななかで、ロシアがNATOに対して同等の権利を要求したことからも明らかなように、ロシアは欧州諸国に対してエネルギーというカードのみならず、MDやアフガン対策での協力という新たなカードを握ったといえ、ロシアのNATOに対する外交的立場は強化されたかに思われる。
そうだとすると、欧米諸国にとっては、対ロシア政策での慎重な対応を余儀なくされることだろう。他方で、ロシアが欧米との協力を必要としているのも事実である。今回の協力についての合意がスムーズに履行できるかが、今後の真の協力の試金石になるといえるが、これからも相互の駆け引きはつづくものと思われ、両者の信頼構築は一筋縄にはいかなさそうである。
推薦図書
最近のNATO・ロシアの関係について論じている包括的な本はなく、論文や報道などを頼りにしていくしかないが、このような問題を正しく捉える前提として、NATOの成立とは切り離せない「冷戦」をきちんと理解しておく必要がある。その際にお勧めなのが本書である。本書は冷戦の流れをとても分かりやすく論じているだけでなく、冷戦後の状況や日本の立場などについても記しており、現在を分析し、今後の展望を考えるための視座を与えてくれる。
プロフィール
廣瀬陽子
1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。