2019.05.13

スウェーデンの主権者教育と政治参加

渡辺博明 政治学、現代スウェーデン政治

国際 #「新しいリベラル」を構想するために

1.高い投票率

2018年9月にスウェーデンで国政選挙が行われた。日本ではもっぱら排外主義政党の伸長が報じられたが、投票率が87.2%を記録したことも注目に値する。この数値は、議会制民主主義を採用している現代の主要諸国において、棄権に罰則を設けている一部の国のものを除けば、異例の高さだといえよう。

スウェーデンでは、過去50年間、国政選挙での投票率が80%を下回ったことがない。2000年前後には、かつて90%を超えていた投票率が80%近くまで下がったこともあるが、その後ふたたび上昇に転じて現在に至っている。

若者の投票率も高い。年齢層別のデータについては前回(2014年)のものしか入手できないが、全体が85.8%であったのに対し、18歳から24歳までの層でも81.3%であった。日本では、衆議院議員選挙(2017年)の投票率が全体で53.7%、18・19歳で40.5%、20歳代では33.9%であり、その差は歴然としている。

スウェーデンは一般に「高福祉・高負担」型の福祉国家として知られている。高い税や社会保険料によって支えられる同国のシステムは、そのための政治的決定を積み重ねてきた結果であるが、その形成と維持には、納税者であり、制度の利用者でもある国民の支持が欠かせない。そのことは投票率の高さとも無縁ではないだろう。しかし、そもそもスウェーデンの人々はどのように政治を認識し、そこに関わるようになるのだろうか。

それを理解する鍵となるのが主権者教育である。ここでいう主権者教育とは、自律的に行動しうる市民としての意識を育む「シティズンシップ教育」の中で、とくに政治参加に関わるものをさす。以下では、スウェーデンの主権者教育について紹介しながら、高投票率の意味を考えていく。

2.スウェーデンの学校と主権者教育

スウェーデンの学校制度は、9年制の「基礎学校」(義務教育で、日本の小学校と中学校を合わせたものに相当)、3年制の高等学校、大学(原則として4年制)からなる。主権者教育については、すでに1970年代には選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられていたこともあり、おもに基礎学校と高校で実施されてきた。

スウェーデンの主権者教育の特徴は、何よりそれが民主主義(デモクラシー)の教育として展開されることにある。同国の教育は、「学校法」に基づき、所管官庁である学校庁が定めた各レベルの学習指導要領に沿って行われるが、それらはすべて民主主義の基本価値に立脚すべきだとされている。

高校の学習指導要領には、生徒が達成すべき目標として、「民主主義の原理に関する知識から、さらに民主的な方法で行動できる力を発展させること」、「社会生活および労働生活における民主主義の深化に積極的に貢献する意志を高めること」、「自身で、または他者と協力して、社会環境に進んで関与し、責任をもち、影響力を及ぼすような自らの能力への信頼を高めること」が掲げられている。また教師には、民主主義や人間の尊厳、平等について教えながら、生徒の意見をも聞き入れ、ともに学びの場を運営するという姿勢が求められている。

これに相当する日本の公民の学習指導要領にも、生徒自身の成長を最優先するスウェーデンに比べると国家の発展という目的の強調が目立つものの、社会の形成者に必要な能力の育成がめざされる旨の記述はある。しかし、そうした文言上の規定以上に、少なくとも次の二つの点において、主権者教育の実態には大きな違いがある。

その一つは、スウェーデンでは、民主的な決定のための作法の習得に力が入れられていることである。同国の民主主義が意味するのは、集団でものごとを決める際に、それに関わる者がそれぞれに意見を表明するとともに、それらが平等に尊重される、ということである。

人々は幼少より、自身の考えを述べ、他の人の考えを聴いたうえで、それらを突き合わせ結論を出すよう求められる。そのことは、日本でも紹介されている児童向け図書、『10歳からの民主主義レッスン』(S. ブーレグレーン著、明石書店、2009年)によく示されているし、筆者が在外研究中に子どもを現地の小学校や保育所に通わせた経験からも実感してきた。

もう一つは徹底した実践志向である。スウェーデンの教育は、子どもたちに実社会と向き合うよう促す傾向が強い。簡単には答えが見つからない問題や、立場によって見解が分かれる問題についても、比較的早い時期から自分の力で考えるよう求めていく。

たとえば、基礎学校高学年や高校生向けの社会科教科書は、家庭や職場の諸問題から差別やいじめ、薬物乱用や犯罪まで、子どもや若者が現在あるいは将来関わりうる具体的な事象を挙げながら、関連する思想や制度を学ばせる内容になっている。社会科の授業は、入学試験の科目ではないことや、教員の裁量が広く認められていることもあって、実生活で経験しうる状況にどう対処すべきか、という観点から進められていく。

こうした実践志向は、政治に関しても同様である。各政党のイデオロギーや政策、労働組合と経営者団体の立場やそれぞれの主張についても、学校で教え、議論の対象にする。政治的中立の要請に対しては、意見の対立状況をそのまま示し、原因や背景を解説したうえで生徒自身の判断を尊重することが基本とされる。

3.主権者教育の実践と選挙

スウェーデンの主権者教育においては、現実の選挙も貴重な学習機会として活用される。

日本から訪れる者がスウェーデンの選挙運動の様子をみて驚くことの一つは、そこに子どもがいることである。同国では、投票日の数週間前から各地の大通りや広場に各政党が「小屋」を並べ、選挙公約を載せたチラシを配ったり、ときにはコーヒーをふるまいながら行き交う人々に投票を呼びかけたりするが、その間をノートを携えた子どもたちが歩き回り、党員の話を聴いている。

たいていは基礎学校中学年(日本の小学校5~6年生くらい)の子どもたちが学校の課題として各党の立場や主張を調べているのである。内容はいくつかの政策への賛否を問うくらいの簡単なものだが、その年齢から現実政治の動きにふれることで、政治への距離感が変わってくるであろうことは想像に難くない。

また、学校で生徒たちが政治家と接する機会もある。スウェーデンでは、民間企業の社員から教会関係者、市民運動家まで、社会で活動するさまざまな人たちが学校に招かれるが、選挙の年には政治家が話をすることが多くなる。とくに高校においては、各党の代表を招いた討論会も行われる。そこでは当然ながら、政党間で見解が分かれる問題も扱われ、近年でいえば移民・難民政策や環境政策などをめぐって議論が過熱することもある。しかし、それらを含めて生徒たちが実情を知ることが重要だとみなされている。

さらに、選挙の機会を利用した主権者教育の中でも特筆すべきものとして「学校選挙」がある。これは模擬選挙の一種ではあるが、実際の選挙に合わせて実施され、その候補者や政党を選ぶかたちで行われる。参加は基本的に学校単位であり、申請した学校の生徒が投票することになる。投票用紙や投票箱、記入台などはすべて実物通りのものが用いられ、生徒たちからなる実行委員会が投票所の運営や開票作業にあたる。

こうした模擬投票は、かつては学校ごとに行われていた。しかし、1990年代後半からは選挙管理委員会や学校庁が協賛し、生徒会・児童会の連絡組織が関わって行われるようになってきた。そして現在では、中央官庁である青少年・市民社会庁が所管し、高校についてはその半数以上が参加するほどの大規模プロジェクトとして実施されている。

なお、この学校選挙の結果は、高校生、基礎学校7~9年生、基礎学校6年生以下も含めた全体、の三つに分けて発表される。それらについては新聞等でも報じられ、実際の選挙結果との違いが指摘される。たとえば、2018年の国政選挙では社民党(社会民主労働党)が第一党であったが、学校選挙では保守党(穏健連合党)がわずかながらそれを上回ったし、環境党についてはほぼ毎回学校選挙での得票率のほうが実際の選挙の数値より高いというような長期的傾向も明らかになっている。

このような学校選挙を通じて、スウェーデンの子どもたちは、選挙権を得る前から政治について考える機会をもつともに、選挙の手続きにもなじんでいく。また、その結果が報道されることで、政党や政治家は、近い将来有権者となる世代の動向に気を配らざるを得なくなる。

4.民主主義と政治参加

これまでにみたように、スウェーデンの人々は、自らが属する集団の決定の際には当然に意見を表明するという習慣を早くから身につけ、政党や政治家に接し、「学校選挙」を通じて投票の手続きにも慣れていく。そのような環境で過ごした若者は、時がきて選挙権を得れば、抵抗感なく投票に行くと考えられる。

もっとも、投票率が高いからといって、スウェーデンの若者が特別に優秀で思慮深いというわけではない。同国の学校ではしばしば教室の「秩序」維持が問題化するし、「学校選挙」ではふざけて投票する者もいる。それでも、政治参加に向けて長い「助走期間」が設けられているがゆえに、必ずしも真面目で行儀がよいとはいえない者も含めて、選挙があれば多くが投票に向かうのである。

ところで、主権者教育として民主政治の充実を目指す取り組みには、二つの異なるアプローチがありうる。その一つは、現実の社会や政治に接し、選挙に参加することを重視するタイプであり、もう一つは、市民の意識や倫理の向上をより重視するタイプである。

前者は、多くの人が関わってこそ民主政治が発展するとして、さまざまな理由で政治への関心を失いがちな人にも、まずは投票に行くよう促す。他方で後者は、市民一人ひとりが社会や地域への理解を深め、責任をもってその運営に関わることが重要であるとし、そのような前提を欠いたまま投票のみを呼びかけることには批判的である。

たとえば、日本で注目されることが多いイギリスにおいても、1990年代末からの労働党政権下でB.クリックの影響を受けて展開された「シティズンシップ財団」の活動は、参加重視の前者であり、その後の保守政権下で評価を高めているJ.アーサーを中心とするバーミンガム大学「徳性と価値に関するジュビリーセンター」の活動は、倫理教育重視の後者だといえる。

こうした二つのアプローチについて、いずれを優先するかは、時代や課題状況、政治的な判断などによって異なりうる。しかし、スウェーデンに関していえば、国全体がほぼ一貫して参加重視のアプローチをとってきている。

もちろん、投票率が高くなる要因は主権者教育以外にもある。たとえば、スウェーデンの選挙は、国政から地方議会まで、すべて定期的かつ同日に実施される(現在は4年に一度の9月の第2日曜日)。そのため選挙の年には国全体がそれに向けて集中しやすく、そのことが投票を促す効果もつと推察される。

また、期日前投票も含めて、郵便局や図書館、近年ではファストフード店なども活用して投票所を増やしているし、過疎地に住む人や体が不自由な人のための投票環境の整備も進んでいる。とくに投票率が下がった2000年前後からは、こうした条件整備にも力が入れられるようになっている。

5.日本への示唆

最後に、以上のようなスウェーデンの取り組みを日本の状況と照らし合わせてみよう。

筆者はこれまで大学でたびたび政治学の入門科目を担当し、18歳から20歳くらいまでの学生に政治や選挙への意識を尋ねてきた。その経験から感じるのは、政治と自身の生活とのつながりを実感できず、関心をもてない若者が増えているということである。

2015年には選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられたが、「当事者」たる学生の反応は総じて鈍い。他方で、中には何ごとにも真面目に取り組むタイプで、選挙についても基本的に参加すべきだという意識があるものの、自身の判断力に自信をもてず、また政治について十分な知識がないから投票しにくいと感じて躊躇する者も少なからずいる。

政治に無関心な若者が増えていることは大きな問題であるが、それ自体は程度の差はあれ各国に共通する現象でもある。むしろ、さしあたり重要なのは、「政治の知識を十分に得てからでないと政治に関わる資格がない」と考えがちな人たちに、「選挙に参加しながら政治についての理解を深めていけばよい」と発想を改めてもらうことではないだろうか。

あるいは、各段階の教育を通じて、若い世代の中にそのような感覚を育むことであろう。そのように考えていくと、今の日本により必要なのは、先に挙げた二つのアプローチでいえば、現実政治との接点や参加を重視するタイプだといえる。日本に暮らす私たちがスウェーデンの主権者教育について知ることの意義もそこにある。

とはいえ、単純にスウェーデンのやり方を真似ればよいというものではないし、それは不可能でもある。たとえば、地方選挙も含めて政党単位の比例代表制がとられるスウェーデンと、自民党を中心に政治家個人の比重が大きい日本とでは、学校教育で現実政治を扱おうとする場合の条件が異なっており、同じようにはいかない面もある。

しかし、それでもなお、人々の政治への接し方を広く問い直し、社会全体で長期的に主権者意識を育んでいくという可能性を考えるとき、ここでみたような事例からいくつかのヒントを引き出すことはできるだろう。その意味で、私たちがスウェーデンの主権者教育から学ぶべきことは多いといえそうである。

*スウェーデンの主権者教育および主権者教育をめぐる一般的な問題状況については、『「18歳選挙権」時代のシティズンシップ教育――日本と諸外国の実践と模索』(石田徹・高橋進・渡辺博明編、法律文化社、2019年)で詳しく論じている。関心をもたれた方は参照くださると幸いである。

プロフィール

渡辺博明政治学、現代スウェーデン政治

1967年岐阜県生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。大阪府立大学人間社会学部教授などを経て、現在、龍谷大学法学部教授。主な著作は、『スウェーデンの福祉制度改革と政治戦略』(法律文化社、2002年、単著)、『選挙と民主主義』(吉田書店、2013年、共著)、『ヨーロッパのデモクラシー(改訂第2版)』(ナカニシヤ出版、2014年、共著)、『ポピュリズムのグローバル化を問う――揺らぐ民主主義のゆくえ』(法律文化社、2017年、共著)。

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