スウェーデンの主権者教育と政治参加

4.民主主義と政治参加

 

これまでにみたように、スウェーデンの人々は、自らが属する集団の決定の際には当然に意見を表明するという習慣を早くから身につけ、政党や政治家に接し、「学校選挙」を通じて投票の手続きにも慣れていく。そのような環境で過ごした若者は、時がきて選挙権を得れば、抵抗感なく投票に行くと考えられる。

 

もっとも、投票率が高いからといって、スウェーデンの若者が特別に優秀で思慮深いというわけではない。同国の学校ではしばしば教室の「秩序」維持が問題化するし、「学校選挙」ではふざけて投票する者もいる。それでも、政治参加に向けて長い「助走期間」が設けられているがゆえに、必ずしも真面目で行儀がよいとはいえない者も含めて、選挙があれば多くが投票に向かうのである。

 

ところで、主権者教育として民主政治の充実を目指す取り組みには、二つの異なるアプローチがありうる。その一つは、現実の社会や政治に接し、選挙に参加することを重視するタイプであり、もう一つは、市民の意識や倫理の向上をより重視するタイプである。

 

前者は、多くの人が関わってこそ民主政治が発展するとして、さまざまな理由で政治への関心を失いがちな人にも、まずは投票に行くよう促す。他方で後者は、市民一人ひとりが社会や地域への理解を深め、責任をもってその運営に関わることが重要であるとし、そのような前提を欠いたまま投票のみを呼びかけることには批判的である。

 

たとえば、日本で注目されることが多いイギリスにおいても、1990年代末からの労働党政権下でB.クリックの影響を受けて展開された「シティズンシップ財団」の活動は、参加重視の前者であり、その後の保守政権下で評価を高めているJ.アーサーを中心とするバーミンガム大学「徳性と価値に関するジュビリーセンター」の活動は、倫理教育重視の後者だといえる。

 

こうした二つのアプローチについて、いずれを優先するかは、時代や課題状況、政治的な判断などによって異なりうる。しかし、スウェーデンに関していえば、国全体がほぼ一貫して参加重視のアプローチをとってきている。

 

もちろん、投票率が高くなる要因は主権者教育以外にもある。たとえば、スウェーデンの選挙は、国政から地方議会まで、すべて定期的かつ同日に実施される(現在は4年に一度の9月の第2日曜日)。そのため選挙の年には国全体がそれに向けて集中しやすく、そのことが投票を促す効果もつと推察される。

 

また、期日前投票も含めて、郵便局や図書館、近年ではファストフード店なども活用して投票所を増やしているし、過疎地に住む人や体が不自由な人のための投票環境の整備も進んでいる。とくに投票率が下がった2000年前後からは、こうした条件整備にも力が入れられるようになっている。

 

 

5.日本への示唆

 

最後に、以上のようなスウェーデンの取り組みを日本の状況と照らし合わせてみよう。

 

筆者はこれまで大学でたびたび政治学の入門科目を担当し、18歳から20歳くらいまでの学生に政治や選挙への意識を尋ねてきた。その経験から感じるのは、政治と自身の生活とのつながりを実感できず、関心をもてない若者が増えているということである。

 

2015年には選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられたが、「当事者」たる学生の反応は総じて鈍い。他方で、中には何ごとにも真面目に取り組むタイプで、選挙についても基本的に参加すべきだという意識があるものの、自身の判断力に自信をもてず、また政治について十分な知識がないから投票しにくいと感じて躊躇する者も少なからずいる。

 

政治に無関心な若者が増えていることは大きな問題であるが、それ自体は程度の差はあれ各国に共通する現象でもある。むしろ、さしあたり重要なのは、「政治の知識を十分に得てからでないと政治に関わる資格がない」と考えがちな人たちに、「選挙に参加しながら政治についての理解を深めていけばよい」と発想を改めてもらうことではないだろうか。

 

あるいは、各段階の教育を通じて、若い世代の中にそのような感覚を育むことであろう。そのように考えていくと、今の日本により必要なのは、先に挙げた二つのアプローチでいえば、現実政治との接点や参加を重視するタイプだといえる。日本に暮らす私たちがスウェーデンの主権者教育について知ることの意義もそこにある。

 

とはいえ、単純にスウェーデンのやり方を真似ればよいというものではないし、それは不可能でもある。たとえば、地方選挙も含めて政党単位の比例代表制がとられるスウェーデンと、自民党を中心に政治家個人の比重が大きい日本とでは、学校教育で現実政治を扱おうとする場合の条件が異なっており、同じようにはいかない面もある。

 

しかし、それでもなお、人々の政治への接し方を広く問い直し、社会全体で長期的に主権者意識を育んでいくという可能性を考えるとき、ここでみたような事例からいくつかのヒントを引き出すことはできるだろう。その意味で、私たちがスウェーデンの主権者教育から学ぶべきことは多いといえそうである。

 

*スウェーデンの主権者教育および主権者教育をめぐる一般的な問題状況については、『「18歳選挙権」時代のシティズンシップ教育――日本と諸外国の実践と模索』(石田徹・高橋進・渡辺博明編、法律文化社、2019年)で詳しく論じている。関心をもたれた方は参照くださると幸いである。

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.263 

・武井彩佳「ホロコーストを学びなおすための5冊」
・児玉聡「ピーター・シンガーの援助義務論」

・穂鷹知美「「どこから来ましたか」という質問はだめ?――ヨーロッパから学ぶ異文化間コミュニケーション」
・岩永理恵「生活保護と貧困」
・迫田さやか「挨拶をしよう」
・山口浩「自粛反対論と「戦士」の黄昏」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(7)――「シンクタンク2005年・日本」立ち上げ期」