2012.02.17

スカイプ英会話でフィリピンの貧困を救う

WAKU-WORK ENGLISH・山田貴子氏インタビュー

国際 #フィリピン#WAKU-WORK ENGLISH#英会話#スカイプ#スカイプ英会話#ふくりび

オンライン英会話事業を通じてフィリピンの貧困問題の解決に取り組む、ワクワーク・イングリッシュ代表の山田貴子さん(26)。セブ島のNGOや孤児院と連携し、英会話講師の育成を行いながら、日本の企業や大学にそのサービスを提供している。子供たちの夢の実現を目指して事業拡大に挑む山田さんに、これからのビジョンについて語ってもらった。(聞き手・構成/宮崎直子)

大学生の自活を促し、奨学金を次の世代に

―― WAKU-WORK (ワクワーク)のビジネスモデルを教えてください。

ワクワークはフィリピンの孤児院、NGOと連携し、スカイプを利用した現地講師陣による英会話事業を通じて、子供たちの自立と夢を実現するための活動を行っています。

フィリピンの貧困率は依然として高く、たとえば、小学校の入学率は約9割でも、卒業できる子供は約6割と、教育の機会が与えられていても交通費が払えないなどの理由から、学校に通えず労働を強いられる子供たちが多いのが現状です。また、孤児院やNGOはフィリピン全土で10万あるともいわれ、セプ島だけでも300~400あります。そんなに多くの組織があるにもかかわらず、なぜ保護を受けられずに路上で飢えに苦しむ子供たちがあとを絶たないのか? 

現地NGOの支援構造を見てみると、年間で路上から保護できる人数は、支援している大学生が自立する人数に依存されていることがわかりました。大学生1人あたりの奨学金は学費が高いために、新しく路上から保護される子供の3倍もかかってしまうのです。一方で、孤児院から支援を受けて大学に通う学生たちには、モチベーションが高く優秀な学生が多くいます。

そこで、大学生1人が支援から自立することで、路上の子供3人が新しく支援を受けられるようになる仕組みをつくり実践しました。たとえば大学の帰りに3時間ワクワークで働いて自活すれば、彼に当てられていた奨学金を次の世代に回すことが可能になります。この流れを加速させることで、支援を受けられる年齢を下げ、子供たちが里親を待たなくても、自分たちの力で大学に行くことを望めるようになります。

NGOから支援を受けて生活している大学生をトレーニングして、ジュニア向けの講師として雇い、その孤児院の学生をトレーニングするプロの講師陣が、日本の企業や大学、個人に向けて英会話レッスンを提供している、これがワクワークのビジネスモデルになります。

フィリピン講師が日本の学生を変える

―― フィリピンと日本で、具体的にはどのような活動をされていますか。

たとえば、今年度は嘉悦大学(東京都小平市)で、春・秋学期に非常勤講師として、ワクワークのスタイルを取り入れた英会話の授業を担当しました。大きいスクリーンにスカイプ中継を映し出し、フィリピンの講師1人に対し、生徒3~4人と少人数制で、密度の濃いやりとりが行われます。オンライン英会話を正課授業に取り入れる大学は全国でも珍しく、ワクワークも今回が初めての試みでした。

学生たちはとにかく「授業が楽しい」といいます。フレンドリーで明るいフィリピン人と話すことで、英語に対する抵抗感をなくし、モチベーションが高まるようになっている。昨年、私の地元の湯河原町の適応指導教室で、いじめや引きこもりで学校に通えない生徒を対象に、この授業を行ったところ、講師から「グレイト!」と励まされた生徒たちが、徐々に自信を取り戻していく姿がありました。

フィリピンの若者の夢と自立を実現するだけでなく、同時に日本の学生のチャレンジも応援していくような、両方の可能性があることを改めて感じました。

大学の授業は、今年度は選択制で行われましたが、来年度は一年生の必修科目となり、夏休みにはセブ島で短期語学研修も行われる予定です。この授業をきっかけに、海外に出て現地の人たちと交流したいと思う、日本の学生たちが増えればいいなと思います。教室から飛び出た一歩先に、新たな発見があるということを学生たちに伝えたいですね。

―― 現地の講師はどのような基準で採用されていますか。

日本の企業や大学にサービスを提供しているフィリピン人講師は、孤児院から出た講師ではなく、孤児院の学生をトレーニングするプロの英語教師です。なので、大学を卒業して教員免許ももっていますし、他の語学学校で7、8年勤めた経験のあるベテランの講師ばかり。彼らが孤児院の学生をトレーニングしながら、日本人のお客さんにも教えるというスタイルをとっています。3ヶ月から半年程度、トレーニングを積んだ孤児院・NGO出身の学生は、日本の小学生から中学1年生向けのジュニアコース担当としてデビューしていきます。

講師を採用するときに一番大切にしているのは「情熱と哲学」。ワクワークの仕事を通じてどう自己実現したいのか、どうフィリピン社会に貢献したいのかという本質的なところを厳しく問います。そうした情熱やビジョンがない人は、どんなにキャリアがあっても採用はしません。学生のほうはNGOのスタッフや両親とも面接を行い、普段の生活態度はどうか、学費のために貯金できるうような周囲のサポートがえられるのかどうか、チェックしています。

子供の夢の数だけ フィリピンで100の事業を

―― これからどのように事業を拡大されていきますか。

子供たちの夢は多様なのに、英会話事業だけでは限られた人しか採用できない。また、今の事業は日本に依存しすぎているので、目下、フィリピン国内でフィリピン人たちが持続可能な新しい事業の立ち上げに取り組んでいます。

一つは美容院の開業。昨年の9月に「ふくりび」(NPO全国福祉理美容師養成協会 http://fukuribi.jp/)と連携して、フィリピンの孤児院で子供たちの髪をカットしていただく機会を設けました。「ふくりび」は介護・福祉の現場や、東北大震災の被災地などにスタッフを派遣して、理美容サービスを行っている団体です。実際に彼らの仕事を見て、美容師になりたいと興味をもった子供たちがたくさんいました。その子たちを雇用できるように、現地に美容院をつくりたいと考えています。

その際に気をつけていることは、既存の美容院と競合しないように新しい市場を開拓することです。路上で10円、20円で髪を切っている人たちの職を奪わないで、なおかつモールに出店している美容院とも被らないようにする。たとえばセブにロングステイしている日本人向けに、高価格でサービスを提供するとか。

実際、私も現地で髪を切る場所がなくて困っています。「ふくりび」の方も驚いていたのですが、技術のレベルが日本と比較できないほど低い。髪の毛を揃えるといったら、髪を押さえて真横一列にするみたいな次元。縦にはさみを入れることを、美容学校で教わらないんです。日本の技術を導入していけば、ニーズも広がっていくのではないでしょうか。

もう一つは、カフェをオープンすること。日本では一般人向けのセミナーや講習会など、もっと学びたい人たちのための「場」がいくらでもありますが、フィリピンではなかなか見つかりません。昼間は飲食店として営業し、夜は大学生や地域の人たちが集まって勉強会が開けるようなカフェ・スペースを建設中です。

今は内装を整えている段階ですが、やはり本棚は欠かせませんね。フィリピンではマクドナルドの自給が60円なのに対し、本の値段は一冊2000円。簡単に買えるような値段ではありません。ここでいろんな本を手にとって、自分たちのやりたいことを見つけ出してほしい。他にも、インテリアに関しては非常にこだわっています。人は環境によって生き方までも変えられますからね。たとえば椅子一つとっても、座ったときに背筋がぴしっと伸びるような構造になっていたり、素敵なデザインのものであれば、おのずとやる気が湧いてきますよね。部屋のなかに入るだけでワクワクするような空間をつくりたい。

―― 完成するのが待ち遠しいですね

3月には完成するように動いています。最終的には、日本でいうところの専門学校やアカデミーのような施設を建てるのが夢ですね。その名も「ワクワークセンター」。英語教師になりたい人、美容師を目指す人、ITを勉強したい人、みんなが一つに集まれるような場所を築きたい。今は英会話事業が主な収益源ですが、それを横展開して、この事業モデル自体をミンダナオやカンボジアやラオスといった、他国のNGOに提案していきたいと考えています。

数年前、フィリピンの子供たちと一緒に「夢を結ぶミサンガ」をつくりました。そのときに、彼らが叶えたい夢として口にしていたことは、「ドラッグ吸わないこと」や「孤児院から逃げ出さないこと」。哀しいですよね。パイロット、牧師、警察官と、いろんな夢があることすら知らないんです。ワクワークから巣立っていった学生のなかには、今フィリピンで大人気のコールセンターに就職した人もいます。ワクワークで学費を稼ぎながらキャリアも積むので、企業にアプライするときに評価が高くなります。こうした人たちが、子供たちの憧れとなって、同じような成功を生みはじめると嬉しいですよね。

フィリピン人は高いホスピタリティをもっています。明るいし、元気だし、どんな人にも親切。「ケアする力」が国民の資質として備わっているような気がします。最近は日本で働く外国人看護師・介護士が増えてきていますが、逆に日本で身寄りのない人が、フィリピンに移り住んで、現地の人に世話をしてもらうというケースも、今後はニーズとして出てくるかもしれません。

たとえば、ワクワークセンターの一部をケアセンターにして、日本の介護は高いし、定年退職後は南国で楽しく暮らしたいと考える人たちが、フィリピンで半年ぐらい暮らしてみる。その一方で、自分たちがこれまでに培ってきた技術を、フィリピンの学生たちに教え伝えていく。そういった相互にプラスになる、共存の仕方を考えていきたいですね。

「スポーツ」を通じて少年たちの心を育む

―― 起業するきっかけは何だったのでしょうか。

起業のきっかけとなったのは、大学4年生のときのこと。フィリピンを訪ね、路上の子供たちと一緒に遊んでいたときに、一人の子供のお母さんから、「子供たちは楽しいし笑ってるけど、あなたと一日遊んでいたせいで、子供が働くことができず、私たちは今日食べるご飯がないんだよ」といわれたんです。自分がやっていることはただの自己満足に過ぎないのではないかと悩みました。単純にお金をあげるとか食料をあげるとか、そうした既存の援助の形ではなくて、彼らと一緒に夢を叶えていきたいと思ったんですね。

大学の先輩には、すでにビジネスを通じて、社会問題の解決に取り組まれている方たちがたくさんいたので、その人たちが背中をおしてくれました。ワクワークを立ち上げてから、私に最も影響を与えたのは、アメリカの社会起業家、ビル・ストリックランド氏です。彼はアメリカの貧しい地域の人々に「芸術」を通じた教育や職業訓練を提供し、社会変革を起こしました。『あなたには夢がある 小さなアトリエから始まったスラム街の奇跡』(英治出版、駒崎弘樹訳)のなかで、彼は「自分のなかに眠っている可能性を信じなさい」といっています。私も彼のように子供たちの隠れた可能性を引き出すような活動を、これからも続けていきたい。

幼いころの夢は英語か体育の教師になることでした。小学生のときから水泳を続けていたのですが、高校生のときに体を壊し、その後続けることを断念。でも、何かスポーツに関わることがしたいと思い、大学に入ってからは、国際協力の現場でスポーツが果たせる役割について研究していました。

最近は、経営の知識を得るために、監督の本をよく読みます。野球では原辰徳さんや落合博満さん、サッカーの岡田武史さん、あと、ラグビーの平尾誠二さんも。チームの育て方を研究して組織に反映させています。

それぞれの競技で「ボール」が使われますが、このボールはコミュニケーションツールとなり、人と人をつなげていきます。先ほど「ワクワークセンター」を建てるのが夢だという話をしました。実はこのセンターの中心には、絶対に「グラウンド」をつくりたいと思っています。みんながそこに集まり、ボールを使って体を動かし、チームで達成感を味わえるような場所にしたい。初心を忘れずに前に進んでいきたいですね。

プロフィール

山田貴子WAKU-WORK ENGLISH代表

1985年生まれ。2009年慶應義塾大学環境情報学部卒業後、大学院政策・メディア研究科修士課程入学。在学中に株式会社WAKU-WORK ENGLISHを設立。2011年政策・メディア研究科修士課程を修了し、事業拡大に取り組んでいる。

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