2011.01.25

K-POPのビジネスモデルは今後どうなるのか?  

清水剛 経営学 / 法と経済学

国際 #K-POP#青色LED

今回はこれまでとは少し方向を変えて、具体的なビジネスモデルの話をしてみたい。ただし、ここではトヨタやサムソン(三星)、あるいはハイアールのようなマッチョなビジネスモデルではなく、もっと身近なビジネスモデルに目を向けてみよう。最近話題のK-POPアイドルのビジネスモデルである。

契約をめぐる事務所との対立

いま、ここでこの問題を取り上げるには訳がある。昨年は少女時代、KARAらK-POPの女性アイドルグループが大ブームとなり、新たな韓流を巻き起こしたとまでいわれていたが、そのブームを牽引してきたKARAがまさに今、所属事務所との対立で揺れているのだ。つい先日、5人のメンバーの内4人が、所属事務所との信頼関係が失われたとして専属契約解除を申し出(内1人はその後撤回)、その後事態は収束の兆しをみせているものの、なお先がみえない状況にある。

K-POPのアイドルグループのメンバーが契約をめぐって所属事務所と対立するという事態は、これまでにもしばしば起こっている。有名なのは東方神起の事例だろう。東方神起の場合には5人のメンバーのうち3人が、事務所との対立から専属契約の効力停止の仮処分を求めて訴え、結果的にこの3人と事務所に残留した2人とにグループが分裂してしまった。また、男性アイドルグループSuper Juniorにおいても、メンバー1人が専属契約の無効を申し立て、昨年末にその申し立てを認める第1審判決が出ている。

これらの問題を引き起こす原因としてしばしば指摘されるのが、K-POPアイドルの長期専属契約と、その背後にあるビジネスモデルなのである。それでは一体、このビジネスモデルはどのようなものであり、なぜ上のような問題を引き起こすのだろうか。そして、上のような問題を考えたときに、そのビジネスモデルは今後も維持可能なものなのだろうか。これらの点を考えてみよう。

K-POPアイドルグループの育成方法

K-POPのアイドルグループは、大雑把にいえば以下のようなプロセスで育成される。まず、オーディションで選ばれたり、スカウトされたりすると、当該事務所にまず練習生というかたちで所属する。練習生の期間は歌やダンスなどのトレーニングを受けるが、その期間はかなり長く、6、 7年に及ぶことも珍しくない。この間、トレーニングにかかる費用はすべて事務所が負担する。その上で、グループを結成してデビューさせる。このような長期に及ぶトレーニングによって、たとえば少女時代やKARAにみられるような完成度の高いパフォーマンスを生み出すことができるわけである。

もちろん、すべての練習生がデビューできるわけではなく、またデビューしても売れるとはかぎらない。上のように長期間のトレーニングの費用を事務所が負担するために、個々の練習生にかける費用は決して少なくはないが、それらの練習生のなかでデビューして売れるようになるのはごく一部なのである。

こう考えてみると、このようなかたちでのアイドルの養成は、青色LEDのようなまったく新しい製品の開発に似た、リスクの大きい投資なのである。どちらも個々のシーズに対して大きな投資を行うが、その投資のなかで何が成功するのかはわからない。

投資をした側はそのようなリスクを取って投資を行っているために、投資が成功すれば、そこからこれまでの投資を(失敗に終わった投資の分も含めて)回収しようとするだろう。一方、実際に開発を行った人々は当然、自分の努力の成果を認めてほしいと考えるだろう。この結果、投資をした側と実際に開発した側との間で争いが起こる可能性がある。かつて世間の注目を集めた青色LED訴訟はこのような争いであると理解できる。

青色LED開発と比較すると

しかし、一方で青色LEDとK-POPアイドルには大きく違う部分がある。青色LEDの場合には、開発者が自分で生産を行うわけではない。青色LEDが生産ラインに乗り、売れていければ開発者とは無関係に利益が上がる。

これに対して、アイドルの場合には、努力して開発してきた歌やダンスの技能は本人がもっているため、本人が活動しなければ利益があがらない。ゆえに、投資を回収するためには、できるかぎり長い期間専属契約を結び、本人たちをぎりぎりまで働かせる一方で、本人たちには利益をあまり配分しない、ということになる。

とりわけ、韓国ではアイドルの入れ替わりが早いといわれているために、稼げるあいだにできるだけ働かせて稼がなくてはならない。そこで、練習生のあいだに、デビュー後10年以上に及ぶ専属契約期間、専属契約解除の際の高額な違約金、小額の利益配分といった、事務所に有利な内容を含む契約を結んだ上で、デビューして売れてくれば毎日深夜までコンサートやテレビ・ラジオに出演させ、その合間に歌とダンスの練習、場合によっては海外デビューのための語学の練習まで行わせるということになる。

本人たちからみれば、練習生の時代に必死にがんばってデビューに漕ぎ着け、売れ出しても、毎日深夜まで働かされ、自分たちが稼いでいる割にはお金はそれほどもらえず、長期契約のため事務所を移ることもできない、という状況になる。しかも、単にお金の問題にとどまらず、長時間の労働が本人の生命・身体に影響を及ぼす事態にすらいたりうる。

このような状況を考えれば、本人たちや周りの人々が訴訟を起こそうという気持ちになるのも無理はない部分がある。今回のKARAの問題では利益配分をめぐる葛藤が主な原因という指摘もあるが、そうであったとしても、その背後には上で述べた長期専属契約と長時間労働の問題が横たわっており、単純にお金だけの問題と片付けることはできない。

「完成されたパフォーマンス」とのトレードオフ

一方で、このような長期専属契約と長時間労働、いいかえれば「成功したアイドルからできるだけ投資を回収すること」がこのビジネスモデルの核心であって、これなくしてはこのビジネスモデルは成り立たないことも確かである。

冒頭で触れたSuper Juniorメンバーの訴訟において、契約を無効とした第1審判決に対し、韓国演芸制作者協会は「韓国音楽業界の根幹を破壊する判決」と批判しているというが、上のようなことからすればこの批判は当を得ている。

しかし、他方で本人たちの生命や身体にまで影響が出かねない状況では、このようなビジネスモデルを正当化することは難しく、法の側では長期契約や長時間労働を抑制する方向に動きつづけるだろう。

こう考えていくと、このビジネスモデルは(よくできたモデルではあるとしても)将来的に持続可能なモデルとはいいがたく、どこかの時点で崩壊もしくは変質を余儀なくされるだろう。具体的には、専属契約期間を短くし、労働時間もある程度抑制する代わりに、練習生の期間を短くし、練習期間の間は練習生の側が費用を負担する(つまり、授業料を取って教える)ことにより投資を引き下げることになるだろう。

その結果として、現在のK-POPのアイドルグループにみられるような「完成された」パフォーマンス、すなわち(整形までして整える)美しい顔とスタイル、完全にシンクロしたダンス、そして綺麗な歌声といったようなものはみられなくなり、より素人的なアイドルが増えていくことになるだろう。いささか残念な気もするが、致し方ないことなのかもしれない。

推薦図書

この本は韓国の芸能記者とソウル在住のフリーライターが書いたものであり、韓国芸能界の内幕をかなりリアルにとらえているように思う。わが社のビジネスモデル、わが産業のビジネスモデルなどという言葉を日常的に使っていると、他の産業や他の企業が何をやっているか、それは自分の業界にどのように応用できるかの感度が鈍ってしまう。一度、こんな本を読みながら、芸能界といういささか特殊な産業におけるビジネスモデルを考えてみていただきたい。

プロフィール

清水剛経営学 / 法と経済学

1974年生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は経営学、法と経済学。主な著書として、「合併行動と企業の寿命」(有斐閣、2001)、「講座・日本経営史 第6巻 グローバル化と日本型企業システムの変容」(共著、ミネルヴァ書房、2010)等。

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