独露のノルド・ストリームの開通 ―― その背景と駆け引き

ノルド・ストリーム開通

 

2011年11月8日、バルト海経由でロシアの天然ガスをドイツに輸送する「ノルド・ストリーム」パイプラインが稼働を開始した(地図1参照)。総工費は海底部だけで74億ユーロ(約8000億円)。陸部の建設費用も約60億ユーロにおよぶ。ロシアのブイボルクとドイツのグライフスワルトを結ぶ、海底1224キロメートルもにわたる長大なパイプラインだ。

 

パイプライン建設は2005年、ロシアとドイツのあいだで合意された。プロジェクトを取り仕切ったのは「ノルド・ストリーム社」(スイスに本社)。資本比率はロシアのガスプロム51%、独エーオン15.5%、独ウィンターシャル15.5%、蘭ガスニー9%、仏GDFスエズ9%で、ガスプロム社の事実上の子会社だといえよう。プロジェクトはロシアが主導し、ドイツが全面協力したかたちだが、首相職を終えたばかりのゲアハルト・シュレーダーが、ノルド・ストリーム社の役員に就任したことも大いに話題となった。

 

パイプラインはロシアとドイツに加え、バルト三国海域、ポーランド海域を通るため、バルト三国、ポーランドに加え、沿岸国のフィンランド、スウェーデン、デンマークからも許諾を取る必要があった。当初、環境破壊やロシアの影響力拡大などが危惧され、交渉は難航した。しかし、2010年2月12日、フィンランドが排他的経済水域での建設を許可、ついで沿岸国すべての許可が出そろい、同年4月に着工。その後はきわめて順調にプロジェクトは進んだ。

 

ドイツ北東部ルブミンで開かれた記念式典には、アンジェラ・メルケル首相やドミトリ・メドベージェフ大統領らが出席。メドベージェフ大統領はあいさつの中で、「欧州は債務危機を乗り越え、ロシアと共に多くの事業に取り組めると信じている」「ロシアと欧州には明るい未来が待ち受けている」などと高らかに述べた。ともあれ、ロシアはこれまでトラブルが絶えなかったウクライナやベラルーシを経由せず、直接、欧州に天然ガスを輸送できるようになった。

 

天然ガスはいまのところ、ドイツから英国やフランス、オランダ、デンマーク、チェコ、ベルギーに輸送される。初期の天然ガス輸送量は275億㎥/年だが、最終的には550億㎥/年とされており(参考までに、昨年、ガスプロムがドイツに供与した天然ガスは350億㎥であり、これまでの規模をかなり上回ることになる)、欧州のガス供給を支える重要なパイプラインになりそうだ。

 

 

地図1 ノルド・ストリームパイプライン

地図1 ノルド・ストリームパイプライン

 

 

ノルド・ストリーム計画の背景

 

ノルド・ストリームの必要性が強く認識された契機は、「ロシア・ウクライナガス紛争」にあった。欧州は天然ガス需要の4割をロシアに依存しており、そのうち8割がウクライナ経由で輸出されてきた。それが、天然ガス価格やウクライナ側の未払い問題などで、ロシアがウクライナ向けの輸出を停止し(欧州向けの天然ガスは輸送していた)、しかし、ウクライナが自国分を抜き取ったため、欧州分の天然ガスが足りなくなり、欧州へのガス供給が滞る事件が度々起きた。そのため、「ウクライナを経由する」ことは、欧州にとっても、ロシアにとっても不利益だということになった。欧州は安定的なガス供給を確保するために、ロシアは欧州の顧客をより確実に維持するために、ウクライナを迂回する輸送ルートをつくることに意義を見出したのである。

 

同じような計画は欧州の北部だけでなく、南部でもなされているが、それは多くの問題をはらみ、いまだ実現していない。具体的には、欧州が支援するナブッコパイプラインとそれに対抗してロシアが計画しているサウス・ストリームパイプライン計画である。ナブッコ計画は、ロシア・ウクライナガス紛争を受け、トルコと欧米諸国が進めているプロジェクトであるが、ロシアはその計画を阻止すべく、サウス・ストリーム計画をぶち上げた。本稿では紙幅の関係から詳述はしないが、ナブッコ計画は供給源の問題があり、そしてロシアが妨害をしていること、また、ナブッコ、サウス・ストリームの供給先がかなり重複しており(地図2参照)、両方を建設する意味があまり見出されないこと、資金源の問題などから、両省の計画は再三延期され、色々な合意などはなされているものの、具体的な建設にはまだ至っていない状況だ。

 

 

地図2 競合するナブッコ、サウス・ストリーム両パイプライン計画

地図2 競合するナブッコ、サウス・ストリーム両パイプライン計画

 

 

そもそもこれらのパイプラインはウクライナの危険ファクターを回避するために計画されたものだが、2010年にウクライナ大統領に就任したヴィクトル・ヤヌコヴィッチは、ロシアとの懸案だった黒海艦隊駐留問題を解決し(ロシアにさらに25年の駐留を認めた)、他方、ガス価格も安く抑えることに成功するなどしたため、ウクライナとロシアの関係が改善した。この結果、ウクライナを回避する理由もじつはなくなってきていた。ナブッコ、サウス・ストリーム双方の建設意義が、以前に比べ各段に低くなってきていたのである。

 

しかも、ウラディミール・プーチン首相も今年の春ごろからサウス・ストリーム計画をLNG(液化天然ガス)計画に変更することを示唆して(ただし、ガスプロムのアレクセイ・ミレルCEOは現行案でのプロジェクト進行を主張)、サウス・ストリームの実現性がさらに疑問視されている。

 

他方、今年の10月25日には、最近ではナブッコの主要な供給源とみなされているアゼルバイジャンとトルコが、アゼルバイジャンの天然ガスをトルコ経由で欧州に輸出するという協定をトルコのイズミールで締結して(イズミール合意)、ナブッコに弾みがついたと思われた矢先に、イギリスBP社がナブッコ計画をレベルダウンしたかたちの南東欧州パイプライン(South-East Europe Pipeline (SEEP))を提案するなど、ナブッコの状況もまったく読めない状況だ。(拙稿「ロシア対日米 旧ソ連諸国での原発覇権争い:原発輸出をめぐる日露の緊張関係(後編)」Wedge Infinity, 2011年07月29日も参照されたい)。

 

 

 

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