なぜアサド政権は倒れないのか? ―― シリア情勢の現状と課題

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課題:なぜアサド政権は倒れないか

 

上記のような状況にあるため、情勢を分析・解説する上での課題は、なぜアサド政権は倒れないのかという問題が焦点となる。この問題に答えるためには、アサド政権がどのような構造となっているのか、どのような人々に支えられているのかについて考察することが有益であろう。

 

まず、「アサド政権は少数派による政権であり、シリア社会の多数派を代表していないがゆえに容易に打倒できる」との見通しを検証しよう。上述の通り、アサド政権は民主的に選出されたわけではないごく少数の者により意思決定がなされ、立法機関や行政機関においても民主的な選出や任用・監視がなされていないことは事実である。しかし、同政権を少数宗派が牛耳る宗派政権で、社会の他の構成要素を排除した政権であると断じるのは正確ではない。

 

たとえば、参照文献に上げた外国語文献3点は、現代シリアの政治について専門的な分析をする上での必読書と言えるものだが、そのいずれも「アサド政権は宗派政権である」との主張を否定している。そのような結論に至る根拠としては、上述の通りアサド政権はアラウィー派の教義を実現するための政権ではないこと、アラウィー派の宗派集団の利益を最大化する政策を講じているわけではないことがあげられるが、それだけでなく、アサド政権下のシリアの政治構造そのものにもその理由がある。

 

アサド政権下のシリアの政治構造は、大統領の近親者や治安機関・軍の有力者からなる「真の権力」と、人民議会(=国会)・政府などの公的機関からなる「名目的な権力」の二重構造を取っている。政権与党であるバアス党は、本来は政治権力を行使する立場にないはずの「真の権力」の構成員に、党幹部の立場を与えることにより、「真の権力」が「名目的な権力」を支配する橋渡しの役割を果たす。

 

一方、「名目的な権力」に相当する諸機関は、政治的意思決定能力という面ではたしかに名目的な存在であるが、アサド政権がシリア社会のさまざまな構成要素との利害調整・関係構築を図る上では重要な役割を果たしている。たとえば、政府の閣僚や人民議会議員の出身地、宗派、所属機関などを細かく観察すると、シリア社会の構成要素(地域、部族、民族、階級、宗派・・・など)を網羅していることが明らかになる。

 

アサド政権は、政府の人事や議会選挙を各々の地域、部族、民族、階級、宗派・・・などとの利害調整・利益配分の経路として、社会の構成要素との関係を構築しているのである。別の言い方をすれば、シリア社会の構成要素となる諸集団は、政府や議会に利益を誘導・配分したり、アサド政権との意思疎通の経路となったりする代表者を何らかのかたちで輩出していることになる。

 

すなわち、アサド政権を社会から隔絶した少数者の政権であると断じる主張は、アサド政権下の政治構造がシリア社会の構成要素を網羅的に取り込むことによって成り立っている点を軽視しているのである。そして、そのような政治構造において、「真の権力」「名目的な権力」、両者を結ぶ「バアス党」のすべてを代表する資格と肩書を持っているのは、かつてはH.アサド、現在はB.アサドただ一人なのである。

 

反体制派や諸外国がアサド政権の打倒・排除を前提としてシリアの将来像を描く場合、少なくともこのような政治構造よりもすぐれた構想と、構想を実現するための手段・手順を明示するべきであるが、本稿執筆時点でそのようなものは存在しない。

 

なぜアサド政権は倒れないのか、という問題を考える上では、治安機関・軍が組織的な離反を起こさない理由について考えることも重要である。チュニジアやエジプトでは、おもに軍が自らの既得権益を守るため当時の政権を「トカゲのしっぽ切り」のようにして見限り、あたかも国民の守護者であるかのような役割を演じて政権放逐の立役者となった。シリアの治安機関・軍にそのような役割を期待することはきわめて難しい。その理由は、シリアの治安機関・軍の構成員たちの大半が、彼らの社会的立場を悪用した違法・脱法行為により、私腹を肥やしているという現実がある。

 

治安機関・軍の者は、その最有力者から交通警官や兵士のような最末端の構成員に至るまで、公然かつ違法に一般民衆を搾取するものとしての性質を色濃く帯びているのである。そのため、治安機関・軍自体が反体制運動の文脈では打倒すべき「体制」そのものであるし、治安機関・軍の側も現体制なしではその社会的立場を維持できないため、組織としてアサド政権を見限る可能性は非常に低いのである。

 

 

おわりに

 

アサド政権打倒の目途も、交渉を通じた政治解決の目途も立たないまま破壊と殺戮だけがつづく現状は、じつは反体制派とその後援諸国がシリア人民を疎外して反体制運動をつづけていること、反体制派が、それなりに強固な構造を持つアサド政権よりもすぐれた政治体制の構想もそれを実現する手段も持たないことが招いた当然の結果である。

 

このような状態でシリア紛争に歯止めをかけるための現実的な政治課題は、「アサド政権の存続を前提としたシリア情勢への対処とそのための政策見直し」と言わざるを得ない。この課題に関連した働きかけの契機としては、2014年に予定されるシリアの大統領選挙や、先日カタルで起きたような反体制派を支援する諸国での為政者の交替が考えられる。これらの契機で時宜を得た現実的な働きかけができるか否かを問われているのは、紛争の当事者だけでなく、反体制派支援国の一翼を担う日本も例外ではない。

 

 

参照文献

Batatu, Hanna 1999. Syria’s Peasantry, the Descendants of Its Lesser Rural Notables, and Their Politics New Jersey, Princeton University Press

Perthes, Volker 1995. The Political Economy of Syria under Asad, London, I.B. Tauris

van Dam, Nikolas 1996. The Struggle for Power in Syria, London, I.B. Tauris

 

青山弘之 2011. シリアにおけるクルド問題と「アラブの春」 『中東研究』512号43-52

2012. 『混迷するシリア 歴史と政治構造から読み解く』 岩波書店

2013. 「アラブの春」の通俗的理解がシリアの紛争にもたらした弊害 『中東研究』 34-43

青山弘之・末近浩太 2009. 『現代シリア・レバノンの政治構造』 岩波書店

髙岡豊 2011. アサド政権の基盤と反体制抗議行動-抗議行動への対応から考察する『中東研究』512号 53-61

2012. シリア-2012年人民議会選挙からミスアサド政権の機能と基盤 『中東研究』515号

2013.「潜入問題」再考-シリアを破壊する外国人戦闘員の起源 『中東研究』516号83-91

 

サムネイル:Freedom House

http://www.flickr.com/photos/syriafreedom/6809359544/

 

 

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